16年度の卒業生   作:Ray May

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雨の日◎ p5

「――、」

 

 そして。傘を差すと。

 

「――~♪ ~♪ ……」

 

 こちらに背を向け。

 鼻歌を吹きながら。

 テラスの外、雨の降る路地へと、歩き出す。

 その纏う雰囲気に、漂う空気に、誰もが動けないまま。

 その姿に、釘付けになる。

 シービーは。

 そうして、雨の只中に出ると。

 彼女らの方へと、振り返り。

 

「……」

 

 ――徐に。

 傘を、退けていた。

 

「――!?」

 

 雨を一身に受け始めた彼女は、しかし動じない。

 動じず、肩を竦めると、そのまま傘を畳み、肩に負い――

 そして――歌を。

 歌い始めた。――……

 

 

*1

I’m singin’ in the rain.

Just singin’ in the rain.

What a glorious feeling,

And I’m happy again.

 

 

 歌いながら、彼女は歩く。

 雨で既に水浸しになった路地を、悠々と歩く。

 やがて、近くの街灯に近付くと。

 器用にも、その台座に飛び移った。

 

 

I’m laughing at clouds

So dark, up above,

 

 

 そこで、高らかに歌ったかと思えば。

 再び、路地へと飛び降り。

 街灯に頬ずりをしながら、歌う。

 

 

The sun’s in my heart

And I’m ready for love.

 

 

 街灯から離れ。

 彼女は再び歩く。

 

 

Let the stormy clouds chase,

Everyone from the place,

 

 

 そして。

 空いていたもう片手で、ミニハットを取ると。

 腕を広げ、全身で、雨を受け止める。

 

 

Come on with the rain

I have a smile on my face.

 

 

 ハットを被り直した彼女は。

 再び、歩き出す。

 

 

I’ll walk down the lane

 

 

 傘を、手首のスナップで、縦に回しながら。

 

 

With a happy refrain

Just singin’, singin’ in the rain.

 

 

 そこで、傘を浅く、宙に放り投げ。

 半回転させると、もう片手で受け取る。

 そして――流麗な動きで、胸に手を当てながら、歌いながら――

 ステップを踏み、ターンをし始める。

 

 

Dancing in the rain...

 

 

 ひとしきり、そうして歌い、踊ったかと思うと。

 先ほどと同じように、ハットを手に取り、手を広げて。

 雨を、受け止める。

 

 

I’m happy again!

 

 

 そしてまた、ハットを被り直すと。

 軽快な動きで、タップダンスを踊る。

 流れるようなその動作と、洗練された無駄のない動きに。

 集った客は――様子を見に来たスタッフまでもが。

 見入る。魅了される。

 一旦は止まった彼女は。

 傘をギターかウクレレのように高めに構えると。

 

 

I’m singin’ and dancin’ in the rain!

 

 

 それを悠然と弾きながら、歌い――

 そして――

 踊り始める。

 

「――……」

 

 雨の中。

 タップダンスをメインに踏みつつも。

 手にした傘を、自由自在に操って、それに花を添える。

 時に左右に忙しなく揺り動かし。

 風車のように回したかと思えば。

 地面に突きたて――

 先端を蹴り。

 宙に回転させ、受け止め、肩に背負う。

 

「――!」

 

 その豪快ながら繊細、そして優美な動きに、客は、思わず声を上げる。

 それに気を良くしたのか、シービーは、刹那的にウインクをしてみせていた。

 ――タップダンスは続く。

 彼女は、ようやく傘を差し。

 それを忙しなく回しながら、左右へと動く。

 雨樋から水が流れ出るのを見ると、それに近付――こうとして後ずさりし。

 再び近付――こうとして、もう一度後ずさる。

 そこから離れ、今度は傘を『さかさま』に突き立て。

 それを中心に回ったかと思えば。

 傘を宙に飛ばし、回転させ――

 手で受け止める。

 その拍子に再び、軽めの拍手が起き――

 彼女は、それに応えるようにウインクする。

 徐に――次は先ほどの雨樋へ。

 そこから流れ出る雨水を、傘で受け止めた――かと思うと。

 

「――!?」

 

 まるで打たせ湯のように、それを頭で受け止めていた。

 が、それも一瞬。再び傘を頭上に掲げると、ダンスを再開させる。

 段差を上ったり下りたり。

 溜まった雨水を蹴り飛ばして、水飛沫を上げさせたり。

 水溜りに飛び込んだり――

 激しく、しかし心底楽しそうに、遊ぶように踊りに踊って――

 

「――……」

 

 徐々に、徐々に動きが緩くなり。

 やがて、観衆の目の前、路地の真ん中に立ち止まる。

 それまで差していた傘を差し、再三、身体で雨を受け止めると。

 

 

Dancin’ and singin’ in the rain…

 

 

 締めとばかりに歌い。

 テラスへと、戻ってきた。

 ――ぶるぶると、滴り落ちる水を軽く払った彼女は。

 注目する人々に――笑い。

 

「……」

 

『一芸』の始まりと、同じように。

 丁寧に、お辞儀をしていた。

 

 

『――!!』

 

 

 集った客とスタッフは、歓声と共に拍手を送る。

 それにどこか恥ずかしそうに頬を掻いたシービーは、手にした傘を、先の男性へと返していた。

 

「ごめんね、急に借りちゃって」

「いやいや! 久々にいいものを見せてもらったよ!」

 

 が、男性は気を悪くした風ではなく、むしろ満足、とばかりに、財布を取り出していた。

 その指に摘ままれたのは、一枚の千円札。

 

「これ、受け取ってくれ! 少ないけど」

「へ!? い、いやいや。別にそんなつもりでやったわけじゃあ……」

「あの! 私からもどうぞ! すっごくよかったです!」

「へ? いや、あのー……」

「ってか、あなたミスターシービーさんよね!? 現役時代ファンだったの! ぜひぜひ受け取って!」

「……困ったなぁ」

 

 押し寄せる客たちに、正しく困った顔をするシービーだったが。それを呆然と見つめるヒスイと、目が合う。

 何かを思いついたように。

 彼女は、人を掻き分け、ヒスイの元へと歩み寄っていた。

 

「――ごめん。やっぱり受け取れないや」

「えー! そんなー……!」

「でも、その代わり」

 

 それから、そう答えて。

 ヒスイの両肩に、手を置くと。

 

「――この子、今度レース出るから」

「――!?」

 

 ぎょっと目を向けるヒスイにも構わず。

 シービーは続ける。

 

「その情熱、この子に捧げてあげて?」

「おぉー! そっか! 君、なんて名前なんだい? シービーさんの推薦とあらば、喜んで応援するよ!」

「え……」

 

 呼びかけに――

 人々が押し寄せ、ヒスイの周りに、瞬時に人だかりが出来る。

 

「あ、っていうかこの子、あのヒスイグループのご令嬢じゃない? やっとレースに出ることになったんだ!」

「あ、あの……」

「真面目そうでいい子じゃねーか! 応援してるぜ嬢ちゃん!」

「……っ」

 

 次々と投げかけられる声は、情熱的ながら。

 暖かで、優しさと、期待に溢れている。

 それは、ウマ娘からすればこの上ない名誉であり。

 喜びにあふれるものであるが――

 

「――っ!」

 

 ヒスイは。

 それを振り払うように、荒々しく立ち上がる。

 響いた物騒な物音に。

 人々は引き、黙り込んでいた。

 

「……か」

 

 その静寂を。

 ヒスイは、俯きながら切り裂く。

 

「帰ります」

「……あ」

 

 そそくさと立ち去る彼女を見て――

 シービーは、千円札をテーブルに置き、その背中を追う。

 

*1
Singin' in the Rain / Gene Kelly JASRAC NexToneどちらにもヒットしなかったため、注釈で掲載しています。年数的に著作権切れてそうですが、念のため。

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