16年度の卒業生   作:Ray May

74 / 163
ウママニア p2

-◆◇◆-

 

 

 

「……それならそうと先に言えっての……」

 

 

 ヒスイグループ本社ビル、正門前にて。

 ガーネットカペラは、憔悴した声で言っていた。

 

「ごめんね。時間が惜しかったから」

「それでもひと言くらい言う暇あったろ! 何も肩に担いでえっさほいさすることねーだろうが!」

「うわー、顔青くなってるよ。もしかして酔っちゃった?」

「心配するくらいなら最初からやらねーでほしいんだけどな……!!」

「あはは。キミ面白いね」

「面白がってんじゃねーよ! こちとら軽く生死の境彷徨ったんだぞ!!」

 

 カペラの必死の訴えかけにも、シービーはどこ吹く風、といった様子だった。軽快に飄々と笑いながら、ビルの入り口を観察する。

 昨日見た、彼女の姿はない。さて、果たして順当に来てくれたところで、まともに話してくれるのか――不安半分期待半分、でシービーは待ち構える。

 

「……なんてったってまた『アイツ』を助けてんだよ」

 

 そんな彼女に、カペラは訊ねた。

 アイツが誰なのか、など、問い返すまでもなかった。

 

「別にあんたら、特別親しいわけじゃねーだろ? こうまでして付き合う理由なんて……」

「うん。ないね。でもさ。理論や理屈を超越するものって、やっぱあるよね」

「……?」

()()()()()、きっとわかるでしょ?」

 

 カペラは、彼女が何を言いたいのか、測り兼ねていたようだったが。そう言われて思い至る。

 

『あの時』、何があったのかに。

『あの時』、彼女が何をしたかに。

 

「あの子ってさ。跳ねっかえりで、結構おバカなとこもあって、危なっかしいんだけどさ。……なんか、手を貸したくなるんだよね」

 

 その瞳には――

 慈愛の暖かさが滲んでいた。

 

「仕方ない、手を貸してあげるか……みたいな。他人にそう思わせて、動かさせる、不思議な魅力があるっていうか。うん……なんか、放っておけないんだよね」

「……まぁ、わかるよ。あたしも、あいつの根性に根負けしたし」

「昔から『ああ』なの? あの子って」

「……だいたいな。特に、あたしたちが怪我とかしそうなもんなら、無理矢理にでも助けに来てたよ」

 

 カペラは思い出す。遠い過去の出来事を。

 同時に――つい最近の出来事をも。

 

「それで自分が怪我することもあるんだから、笑えるんだけどな」

「そっか。……いい友だちを持ったね」

「けっ、余計なお世話だってんだ」

「その割に嬉しそうだけど?」

「気のせいだっての」

「……あ」

 

 などと。やり取りするさなかで。

 シービーは、声を漏らす。

 弾かれるように、カペラも視線を辿ると。

『それ』は――そこにいた。

 

「……ヒスイ」

「……」

 

 シービーは、正門の陰から出て、彼女からも見える位置に立つ。

 カペラもまた、その隣に並ぶ。

 当のヒスイレグルスはというと――

 ほどなく、そんな二人の姿を視認し。

 

「……」

 

 しばし、その場に立ち止まり。

 

「……、」

 

 再び歩き出す。

 その視線は伏せられており。

 彼女らの傍を通っても――

 歩く速度は、緩まなかった。

 

「――ヒスイちゃん」

 

 そんな彼女に、シービーは呼びかける。

 

「昨日はごめんね。酷いこと言っちゃって」

 

 ヒスイは止まらない。

 止まらずに、家路を行く。

 それに、シービーとカペラは追い縋る。

 

「あのさ。キミのお友だちが、今度レースを企画するんだって」

「……」

「今日来たのは、それへのお誘いでさ」

「……」

「もしキミがいいなら、一緒にレースしてほしいなって思うんだけど」

「……」

「……駄目かな?」

「……」

 

 ヒスイは答えない。

 答えないまま、まるで逃げるように――

 歩き続ける。

 

「……きっと楽しいよ」

 

 それでも。

 シービーは、続ける。

 

「キミに、投げ出せない使命があるのは、よく理解してる」

 

 続ける。

 

「でも、まだアタシたち、洟垂れのガキなんだから。もっと楽しいことを考えてもいいんじゃないかな」

 

 続ける。

 

「きっといい経験になる。思い出になるよ。ね。一度でいいから。騙されたと思って……」

 

 続ける……

 

「……お願い」

「……」

 

 頑なに。

 頑なに、ヒスイは口を開かない。

 振り返りもせず。

 完全に関わりを拒絶している彼女に。

 

「……」

 

 さすがのシービーも。

 少し、気を落とした。

 

「――ホントに変わらねぇなオメーも」

 

 その時。

 口を開いたのは――カペラだった。

 

「……」

 

 ぴくり、と反応したヒスイは。

 とうとう、その場に立ち止まる。

 

「ここに来てまだ責任がどうとか、仕事がどうとか、ごちゃごちゃ考えてんのか? おいおい、天下の三冠ウマ娘様が、直々に交渉しに来てんだぞ? こんな経験、したくても出来ねーだろうが」

 

 ヒスイは――振り返らない。

 

「オメーの事情を汲み取ってねーのは問題かもしれねぇ。けどよ。それならそれで、一言くらい何か言ったらどうだ? それとも口縫い合わされでもしてんのかよ。あ?」

 

 ヒスイは。

 振り返らない。

 

「……なんとなく想像つくぜ。お前がそうして、色んなことを拒む理由」

 

 振り返らない――

 

「……怖いんだろ。どうせ」

 

 振り返らない――が。

 その長い耳が。

 ぴくり、と反応する。

 

「自分が何かを言うことで。関わりを持つことで。想定外の方向に物事が運ぶのが怖いんだろ。敷かれたレールから外れて、一寸先も闇の道を走ってくのが怖いんだろ。そうして『わからない未来』に辿り着いて、こうしなきゃよかった、ああしなきゃよかった、って思うのが嫌なんだろ。

 

 ……あぁいいさ。別にお前がそれならそれでいい。でも、蜘蛛の糸がいつでも目の前にあると思うなよ。拒んで、拒んで、拒み続けて……あとで思い直しても、それはもうねぇかもしれねぇ」

 

 カペラは思う。かつての自分の姿を。目の前の少女に重ねる。それは――彼女なりの、最大限の、優しさでもあった。

 

「なぁ。もう一度冷静に考えてみな」

 

 だから、言う。

 

「取らなくていいのか?」

 

 ――言った。

 

「この糸を」

「……」

 

 ヒスイは、なおも立ち止まっているが。

 振り返らない。

 返事もしない。

 それに、カペラもとうとう、愛想を尽かしたかのように息を吐いていた。

 

「……まぁいいや。それがいいってんなら勝手にしろ。ずっと未来に怯えて、部屋の隅でガタガタ震えてやがれ」

 

 そして。

 最後通牒のように。

 

「――この」

 

 それを。

 告げた。

 

 

「――臆病者」

 

 

「――ッ!!」

 

 ――刹那だった。

 それまで、微動だにしていなかったヒスイレグルスが。

 突然に振り返り――

 ガーネットカペラの胸ぐらを、荒々しく掴んでいた。

 

「――!」

 

 その出来事に、シービーは目を見開く。

 対するカペラもまた、目を見開いたが。

 すぐに戻っていた。

 なぜなら。

 

「……」

 

 彼女が。

 目の前の、幼馴染が。

 その瞳に。明らかな感情を灯していたからだ――

『大昔』のような。

 ――憤怒という、激情を。

 

「――じゃない」

 

 そして。

 ヒスイは、ぶつけるように、言っていた。

 

 

「私はっ……臆病じゃないッ……!!」

 

 

「……なんだよ」

 

 それを受けて。

 カペラは、恐れもしない。怯えもしない。

 それに駆り立てられるように――

 口端を上げていた。

 

「まだ出来んじゃねぇか……そういう目!」

 

 一触即発――というより。

 既に手遅れと言うべきその状況に。

 だがシービーは、安堵したように笑う。

 何はともあれ、これにて。

 全ては、上手くいきそうだ――と。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。