模擬レース。
文字通り、模擬的に行われるレースのこと。
基本的にトレセン学園のグラウンドとか、近場で借りられそうな競技場とかを使って行われて、希望者は観覧も可能なので、たびたび公式のレースと混同される。
けどあちらと違って賞金は出ないし、トロフィーもない。場合によっては、名誉も栄誉も手に入らない。経験が手に入るだけ――本当に、練習のためのレース。
なので、観覧者が現れるかどうか、というのは、出走者は誰なのか、どう広報するのか、によるのだけれど……
……なるほど今回は。
そのどちらかが、成功したらしい。
「……」
トレセン学園のグラウンドの簡易的な客席は、生徒たちでいっぱいになっている。
誰もが口々にレースの結果の予想をしており、今か今かと出走の時を待っている。
その多くの視線の先――グラウンドにいるのは、私、サファイアミザールだけ。
もちろん、全員が私に注目しているわけではないとはいえ、多少なりとも注がれる視線は感じており、正直結構……居心地悪い。
……気合い入れて、早めに来たのが仇になってしまった感じだ。
「……ただまぁ、逃げるわけにはいかないってね」
そういうことである。ここまで来て、こうまでして来たのに、逃げ出すなんて、選べるわけがない。
緊張はするけど、楽しさもちゃんと同居している。
ならば逃げずに――準備を整えるだけ。
走るために、気合いを入れるだけ……
「……」
そういうわけで、入念に準備運動をしながら。
あの日――一週間前に。
トレーナーさんと話したことを、想起する。……
『――で、メンバーはどうするんだ?』
『方々に頭下げて回ります!』
『目星はついてるってことか』
『えっと、まぁ。声掛けられそうな子に、片っ端から声掛けるつもりっす』
『……集められなかったら?』
『モノで釣ってでも集めます!』
『まぁ、場合によっては必要か。で? 内訳は?』
『はい! えっとですね――……』
「……」
『――なるほど。そりゃまぁ、すげーメンバーだな』
『私としても、いい経験になるかなーとか思ってます』
『順当に集まってくれればいいけどな』
「……」
『……なぁ。それ、俺も手ぇ貸そうか?』
『え? いいんですかウオッカさん』
『あぁ。だって
『俺が直接声掛ければいいんだしな――……』
「……あれっ?」
と、その時。
儚げな声が、そんな想起を、控えめに追いやっていた。
「……もしかして、私が一番乗り?」
「えっと……あはは。まぁ、そうですよ」
厳密には一番じゃないけど。私は、それに答えていた。
「……スズカさん」
「そうなのね。てっきりみんな、もう集まってるかと思ってたわ」
彼女は――
サイレンススズカさんは。
私の答えを聞いて、困ったように笑っていた。
それに、私も笑みを浮かべながら、応じる。
「……というか、私こそ、一緒に来ると思ってましたよ」
「そのつもりだったんだけどね。どうも寝坊助さんがいたみたいだから。先に来ちゃったの」
「寝坊助さん?」
「――おいおい、そりゃアタシのことかー?」
そこに。
続けて、複数の人影が現れる。
「アタシじゃねーぞ、こいつがアラームかけ忘れたーっつーからよ」
「むぅ! でもゴルシだってボクと大して変わらなかったでしょ! お互い様じゃん!」
「まぁまぁ。こうして間に合ったのですから、いがみ合いは無し、ですわ」
「せやな。せっかくの『お祭り』なんやし、遅れて逃したらもったいないで」
その数は――四つ。いずれも、このレースの出走者。
ゴールドシップさん。
テイオーさん。
マックイーンさん。
そして――タマちゃん先輩。
「――あ、ってかそもそも全然集まっとらんやん! 時間にルーズなのはお互いさまやなホンマに!」
「あはは……みんなにモーニングコールすべきでしたかねぇ……」
「新婚かいな!」
なんだか、タマちゃん先輩とこんなやり取りするのも久々だ。ともあれこれで……六人。『残りの子たち』は……もう少しかかるんだろうか。
「しかし、すごい数の生徒ですわね。皆さんお暇なんでしょうか」
「忙しいやつは忙しいだろ。実際、うちでもスペとかスカーレットとか……あとウオッカも、先を見据えて見送るっつってたしな」
「あ、トレーナーもちゃんといるね! おーい、ボクはここだよー!」
「いや、これだけしかおらんねんやから、さすがに見失わへんやろ……」
そもそもあちらのトレーナーさん――西崎さんも、ちゃんと協力してくれる。探さなくても、ちゃんと後で会えますよ。
さて、ここまでなら、まだいつもの面子だ。
誰も彼もが強豪とは言え、これなら、緊張感もそこそこ、で走ることが出来たろう。
でも私が、いつもより強い緊張感に襲われ、いつもよりも浮足立ってしまっているのは。
メンバーは――
『いつも通り』ではない、ということを、知っているからだ。
「――オーウ、エルとしたことが、一番乗りを逃してしまいマシたーッ!!」
それを証明するかのように。
その声は、程なく聞こえてくる。
「ぜーんぶアラームが上手く鳴らなかったせいデスね! これは荒めのクーリングオフをしなきゃデス!」
レスラーみたいなマスクに、長いポニーテール。独特な口調の元気な声――
……更には。
「……で、でも、本当に、ライスがいていいのかな……こんなところに」
おどおどと、その陰に隠れながらやってくるもう一人。外跳ねしたロングヘアに、青薔薇の映える黒いミニハット。
エルコンドルパサーさんに。
ライスシャワーさん、だった。
「シー! ドンッウォーリーデスッ! もし悪く言う人がいたら、エルがとっておきの技でわからせてあげマース!」
「ひっ……や、優しくしてあげてね……!?」
「ツッコむとこ違うと思うぞライスちゃんよ」
ゴルシさんが苦笑いでツッコむ中――
やって来るのは、それで終わりじゃない。
その更に背後から――ドドドド、と走ってくる、複数の影。
「――あーっ! くそっ! もしかしてターボたちが最後か!?」
「これは由々しき事態ですね。ターボエンジンを改良する必要がありそうです」
「むむっ! そしたら出力1000%どころか、10000%を目指しましょうかっ」
「いやいや……別に遅れたのは、ターボのせいじゃないからね……」
ツインターボさん、
イクノディクタスさん、
マチカネタンホイザさん、
そして、ナイスネイチャさん――
トレーナーさんの繋がりで声を掛けてもらった、南坂さんというトレーナーさんの率いるチーム――チームカノープスの面々。
そして。
「――あ、カペラちゃん!」
程なく、息を切らして現れたものの、周囲を見回しているその人影に、私は声を掛けた。
カペラちゃんは、それに気づくと、私の方にそそくさと近寄ってきていた。
「お――おいおい。あたしが最後かよ。勘弁してくれ……」
「本当、いつまで経っても時間にはルーズだね」
「っるせぇよ! 久々の『まとも』なレースで緊張してんだよこっちは……って、あれ?」
がやがやと、出走者たちがやり取りを交わす中――
カペラちゃんは、何かに気付いたように声を漏らす。
「おい。『主役』がいねぇじゃねぇか。もしかしてバックレか?」
「いやいや。違うと思うよ。だって……」
否な可能性を口にするカペラちゃんだけど。時計台を示して、答えた。
「……まだ出走まで、ちょっと時間あるから」
「……あぁ、なるほど」
彼女が頷いた時。
客席の生徒たちが、突然にざわめく。
傍らから――
『それ』は。現れる。
「……」
それは、一人のウマ娘。
傍に数人の、黒服の人間を率いている――
私の。
私たちの、幼馴染。
「……ヒスイちゃん」
ヒスイちゃんは。
本当に同年代か疑わしくなるような、威厳ある佇まいで、現れていた。
「おーおー、『お嬢様』はいつになくぴりぴりしてらっしゃるな」
「……でも、あの子もジャージだから、ちょっとシュールだね」
「……おい、こっち来たぞ」
「……」
黒服の方々が立ち退いて。
周囲から、異様な注目を集めながら。
ヒスイちゃんは、こちらに歩み寄ってくる。
「……」
相対すると。
その姿は、いつも以上に、大きく見えた。
「……一週間以上ぶりだね」
それに、冷汗を垂らしながら。
私は、言う。
「元気してた?」
「えぇ。仔細なく」
「は。この間ブチギレてたやつがよく言うぜ」
「……」
「おい無視すんなよ!」
……というカペラちゃんの声も無視して。
ヒスイちゃんは、こちらに背を向ける。
「……やるからには」
そして、振り返らないまま。
言っていた。
「徹底的にやりますので。……そのつもりで」
「……」
固唾を呑み。
でも、私は、私たちは、その威圧にまで、呑まれない。
「……望むところだよ」
「はっ。そう来なくっちゃなぁ」
「――おし、お前ら集合ー!」
刹那。
グラウンドに出てきた西崎さんが、私たちに呼びかける。
それに応じて――私たちは、彼の元に集合した。