16年度の卒業生   作:Ray May

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ウママニア p3

-◆◇◆-

 

 

 

 模擬レース。

 文字通り、模擬的に行われるレースのこと。

 基本的にトレセン学園のグラウンドとか、近場で借りられそうな競技場とかを使って行われて、希望者は観覧も可能なので、たびたび公式のレースと混同される。

 けどあちらと違って賞金は出ないし、トロフィーもない。場合によっては、名誉も栄誉も手に入らない。経験が手に入るだけ――本当に、練習のためのレース。

 なので、観覧者が現れるかどうか、というのは、出走者は誰なのか、どう広報するのか、によるのだけれど……

 ……なるほど今回は。

 そのどちらかが、成功したらしい。

 

「……」

 

 トレセン学園のグラウンドの簡易的な客席は、生徒たちでいっぱいになっている。

 誰もが口々にレースの結果の予想をしており、今か今かと出走の時を待っている。

 その多くの視線の先――グラウンドにいるのは、私、サファイアミザールだけ。

 もちろん、全員が私に注目しているわけではないとはいえ、多少なりとも注がれる視線は感じており、正直結構……居心地悪い。

 ……気合い入れて、早めに来たのが仇になってしまった感じだ。

 

「……ただまぁ、逃げるわけにはいかないってね」

 

 そういうことである。ここまで来て、こうまでして来たのに、逃げ出すなんて、選べるわけがない。

 緊張はするけど、楽しさもちゃんと同居している。

 ならば逃げずに――準備を整えるだけ。

 走るために、気合いを入れるだけ……

 

「……」

 

 そういうわけで、入念に準備運動をしながら。

 あの日――一週間前に。

 トレーナーさんと話したことを、想起する。……

 

 

『――で、メンバーはどうするんだ?』

『方々に頭下げて回ります!』

『目星はついてるってことか』

『えっと、まぁ。声掛けられそうな子に、片っ端から声掛けるつもりっす』

『……集められなかったら?』

『モノで釣ってでも集めます!』

『まぁ、場合によっては必要か。で? 内訳は?』

『はい! えっとですね――……』

 

 

「……」

 

 

『――なるほど。そりゃまぁ、すげーメンバーだな』

『私としても、いい経験になるかなーとか思ってます』

『順当に集まってくれればいいけどな』

 

 

「……」

 

 

『……なぁ。それ、俺も手ぇ貸そうか?』

『え? いいんですかウオッカさん』

『あぁ。だって()()()()なら……』

 

 

 

『俺が直接声掛ければいいんだしな――……』

 

 

 

「……あれっ?」

 

 と、その時。

 儚げな声が、そんな想起を、控えめに追いやっていた。

 

「……もしかして、私が一番乗り?」

「えっと……あはは。まぁ、そうですよ」

 

 厳密には一番じゃないけど。私は、それに答えていた。

 

「……スズカさん」

 

「そうなのね。てっきりみんな、もう集まってるかと思ってたわ」

 

 彼女は――

 サイレンススズカさんは。

 私の答えを聞いて、困ったように笑っていた。

 それに、私も笑みを浮かべながら、応じる。

 

「……というか、私こそ、一緒に来ると思ってましたよ」

「そのつもりだったんだけどね。どうも寝坊助さんがいたみたいだから。先に来ちゃったの」

「寝坊助さん?」

「――おいおい、そりゃアタシのことかー?」

 

 そこに。

 続けて、複数の人影が現れる。

 

「アタシじゃねーぞ、こいつがアラームかけ忘れたーっつーからよ」

「むぅ! でもゴルシだってボクと大して変わらなかったでしょ! お互い様じゃん!」

「まぁまぁ。こうして間に合ったのですから、いがみ合いは無し、ですわ」

「せやな。せっかくの『お祭り』なんやし、遅れて逃したらもったいないで」

 

 その数は――四つ。いずれも、このレースの出走者。

 ゴールドシップさん。

 テイオーさん。

 マックイーンさん。

 そして――タマちゃん先輩。

 

「――あ、ってかそもそも全然集まっとらんやん! 時間にルーズなのはお互いさまやなホンマに!」

「あはは……みんなにモーニングコールすべきでしたかねぇ……」

「新婚かいな!」

 

 なんだか、タマちゃん先輩とこんなやり取りするのも久々だ。ともあれこれで……六人。『残りの子たち』は……もう少しかかるんだろうか。

 

「しかし、すごい数の生徒ですわね。皆さんお暇なんでしょうか」

「忙しいやつは忙しいだろ。実際、うちでもスペとかスカーレットとか……あとウオッカも、先を見据えて見送るっつってたしな」

「あ、トレーナーもちゃんといるね! おーい、ボクはここだよー!」

「いや、これだけしかおらんねんやから、さすがに見失わへんやろ……」

 

 そもそもあちらのトレーナーさん――西崎さんも、ちゃんと協力してくれる。探さなくても、ちゃんと後で会えますよ。

 さて、ここまでなら、まだいつもの面子だ。

 誰も彼もが強豪とは言え、これなら、緊張感もそこそこ、で走ることが出来たろう。

 でも私が、いつもより強い緊張感に襲われ、いつもよりも浮足立ってしまっているのは。

 

 メンバーは――

『いつも通り』ではない、ということを、知っているからだ。

 

「――オーウ、エルとしたことが、一番乗りを逃してしまいマシたーッ!!」

 

 それを証明するかのように。

 その声は、程なく聞こえてくる。

 

「ぜーんぶアラームが上手く鳴らなかったせいデスね! これは荒めのクーリングオフをしなきゃデス!」

 

 レスラーみたいなマスクに、長いポニーテール。独特な口調の元気な声――

 ……更には。

 

「……で、でも、本当に、ライスがいていいのかな……こんなところに」

 

 おどおどと、その陰に隠れながらやってくるもう一人。外跳ねしたロングヘアに、青薔薇の映える黒いミニハット。

 エルコンドルパサーさんに。

 ライスシャワーさん、だった。

 

「シー! ドンッウォーリーデスッ! もし悪く言う人がいたら、エルがとっておきの技でわからせてあげマース!」

「ひっ……や、優しくしてあげてね……!?」

「ツッコむとこ違うと思うぞライスちゃんよ」

 

 ゴルシさんが苦笑いでツッコむ中――

 やって来るのは、それで終わりじゃない。

 その更に背後から――ドドドド、と走ってくる、複数の影。

 

「――あーっ! くそっ! もしかしてターボたちが最後か!?」

「これは由々しき事態ですね。ターボエンジンを改良する必要がありそうです」

「むむっ! そしたら出力1000%どころか、10000%を目指しましょうかっ」

「いやいや……別に遅れたのは、ターボのせいじゃないからね……」

 

 ツインターボさん、

 イクノディクタスさん、

 マチカネタンホイザさん、

 そして、ナイスネイチャさん――

 トレーナーさんの繋がりで声を掛けてもらった、南坂さんというトレーナーさんの率いるチーム――チームカノープスの面々。

 そして。

 

「――あ、カペラちゃん!」

 

 程なく、息を切らして現れたものの、周囲を見回しているその人影に、私は声を掛けた。

 カペラちゃんは、それに気づくと、私の方にそそくさと近寄ってきていた。

 

「お――おいおい。あたしが最後かよ。勘弁してくれ……」

「本当、いつまで経っても時間にはルーズだね」

「っるせぇよ! 久々の『まとも』なレースで緊張してんだよこっちは……って、あれ?」

 

 がやがやと、出走者たちがやり取りを交わす中――

 カペラちゃんは、何かに気付いたように声を漏らす。

 

「おい。『主役』がいねぇじゃねぇか。もしかしてバックレか?」

「いやいや。違うと思うよ。だって……」

 

 否な可能性を口にするカペラちゃんだけど。時計台を示して、答えた。

 

「……まだ出走まで、ちょっと時間あるから」

「……あぁ、なるほど」

 

 彼女が頷いた時。

 客席の生徒たちが、突然にざわめく。

 傍らから――

『それ』は。現れる。

 

「……」

 

 それは、一人のウマ娘。

 傍に数人の、黒服の人間を率いている――

 私の。

 私たちの、幼馴染。

 

「……ヒスイちゃん」

 

 ヒスイちゃんは。

 本当に同年代か疑わしくなるような、威厳ある佇まいで、現れていた。

 

「おーおー、『お嬢様』はいつになくぴりぴりしてらっしゃるな」

「……でも、あの子もジャージだから、ちょっとシュールだね」

「……おい、こっち来たぞ」

「……」

 

 黒服の方々が立ち退いて。

 周囲から、異様な注目を集めながら。

 ヒスイちゃんは、こちらに歩み寄ってくる。

 

「……」

 

 相対すると。

 その姿は、いつも以上に、大きく見えた。

 

「……一週間以上ぶりだね」

 

 それに、冷汗を垂らしながら。

 私は、言う。

 

「元気してた?」

「えぇ。仔細なく」

「は。この間ブチギレてたやつがよく言うぜ」

「……」

「おい無視すんなよ!」

 

 ……というカペラちゃんの声も無視して。

 ヒスイちゃんは、こちらに背を向ける。

 

「……やるからには」

 

 そして、振り返らないまま。

 言っていた。

 

「徹底的にやりますので。……そのつもりで」

「……」

 

 固唾を呑み。

 でも、私は、私たちは、その威圧にまで、呑まれない。

 

「……望むところだよ」

「はっ。そう来なくっちゃなぁ」

「――おし、お前ら集合ー!」

 

 刹那。

 グラウンドに出てきた西崎さんが、私たちに呼びかける。

 それに応じて――私たちは、彼の元に集合した。

 

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