16年度の卒業生   作:Ray May

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ウママニア p4

-◆◇◆-

 

 

 

 ミスターシービーは、少し遅れてその『会場』を訪れていた。

 客席には、既に数えきれないほどの生徒がいる。それでも、グラウンドが見渡せないほどではない。

 レースは始まる直前のようで――西崎が、参加者に説明を始めている。

 彼女は――それを、どこか不安そうな瞳で見つめる。

 まるで先が見えているかのように。先が見えていて、それを恐れているかのように。

 しかし、今更になって、後戻りさせるわけにもいかないと。

 とにかく、とにかく。来るその時を、待つ。

 全てがうまくいくようにと――願いながら、待つ。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「そういうわけで、みんな。今日はこの模擬レースのために集まってくれて、感謝する」

 

 全員が目の前に集ったところで、西崎は呼びかけていた。

 

「それじゃ、まずは発起人の担当クン。よろしく」

「あいっす」

 

 発起人は厳密には自分ではないが、と思いながらも、彼は前に出た。

 

「えー、本日は、うちの担当のバカでかい夢のために集まってくれて感謝する。今回のレースだが、定点カメラから模様を録画するつもりだ。データが欲しいやつは後で連絡してくれ。個別で共有する」

 

 言う彼の背後、客席の最前列に、三脚に固定されたカメラがある。それを確認した一部のウマ娘は、小さく感嘆の声を上げていた。

 

「模擬レースだから肩の力を抜いて……と言いたいところだが、勝負である以上、手を抜きたくない奴もいるだろう。止めはしないけど、それのために公式試合に影響が出たら元も子もない。各々、適度に力をセーブするように。……じゃ、俺は最終調整してきます」

「おう、サンキューな」

 

 彼は、そこまで言い終えると、カメラの元へと歩いていく。言葉のバトンを受け取った西崎は、咳払いして続けた。

 

「さて、じゃあここからは俺から、今回の試合のルール説明をする。

 

 まずコースだが、見ての通りトレセン学園第一グランドだ。初見の子もいるから一応説明しておくと、一周が1,000m。高低差もほぼない芝コースだ。

 

 ここの生徒に最もよく使われるグラウンドで、初心者でも走りやすい素直なコースだが――逆に言えば、小細工が効きづらく、各々の実力が如実に表れやすいコースということでもある。くれぐれも嘗めてかからないように。

 

 今回は、このコースで3,000m……つまり三周を走る。ゲートはないから、スタートラインで一列に並んで、空砲の合図で走るトリガースタート方式だ。いつもと違うスタート方法だから、それぞれしっかりイメージしておいてくれ。

 

 番号はこっちで抽選した。今から呼ぶから、点呼がてら返事をしてくれ――

 

 じゃ、まず一番。ツインターボ」

「おぉ! ターボが一番か!」

「二番。エルコンドルパサー」

「はい! いマスよー!」

「三番。トウカイテイオー」

「はいよー」

「四番。サファイアミザール」

「あっ、はい!」

「五番。ゴールドシップ」

「おう、いるぜ!」

「六番。メジロマックイーン」

「ゴルシさんの隣ですか……」

「え、なんでそんな顔すんの? さすがのゴルシちゃんも傷つくぜ?」

「七番。マチカネタンホイザ」

「はーい、いまーすっ」

「八番。ライスシャワー」

「は、はい!」

「九番。ガーネットカペラ」

「おう」

「十番。ヒスイレグルス」

「はい」

「十一番。イクノディクタス」

「はい。います」

「十二番。サイレンススズカ」

「えぇ」

「十三番。ナイスネイチャ」

「はいはい、いますよ~」

「十四番。タマモクロス」

「げっ、ビリッケツかいな……」

「以上、十四名だ。呼ばれてない生徒はいないな?」

 

 西崎の締めの言葉に、出走者たちは各々顔を見合わせる。特に漏れがないことを確認し、彼はひとつ頷いた。

 

「よし。それじゃあ改めて。今日は模擬レースだから。一着でも賞金やトロフィーはない……良くも悪くも『経験』の手に入る、貴重な体験……と言えば触りはいいけど。それだけじゃ、お前らも燃えないだろ?」

 

 そして、そう言うと。彼はくつくつと笑っていた。

 

「――というわけで」

 

 それからその手は。

 彼の着ているベストの内側に入る。

 

「今日は――こんなものを用意した!」

 

 次いで、戻った手の先端。

 指の間に、挟まっていたのは――

 

「――? なんやあれ」

「何かの券かしら」

「ご明察!」

 

 タマモクロスとサイレンススズカが言うと、西崎は、その笑みを自信満々なそれに変えていた。

 

「――なんと! あの『スイーツ・ショコラティエ』の、ビュッフェ一日無料券だ!!」

「い――一日無料券やと!?」

 

 告げられた言葉に、タマモクロスが驚愕の声を上げていた。

 それに気を良くしたように、西崎はにやりと笑う。

 

「ははは! そうだ! 皆ご存じの通り、週に一度ビュッフェ形式でスイーツを振舞っている、あのお店のな!」

 

 そしてそのまま、続けた。

 

「そう! 今日の模擬レースで一着を取った出走者には、こちらを進呈しようと思う!」

『お~!!』

 

 黄色い歓声は、観客たちから。

 

「どうだお前ら! これで少しはやる気が――」

 

 西崎は――

 心底楽しそうに。

 なおも朗々と演説するが。

 

「出る……」

 

 止まっていた。

 なぜなら。

 

 出走者たちの瞳が――

 明らかに。

 

「…………」

 

 

 変わっていたからだ。

 

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