そう、先ほどまでは、朗らかに、柔らかなムードで集っていたというのに。
彼がそれを告げた瞬間に。
「………………」
誰もの瞳が――
燃え始めたからだ。
まるで、重賞のレースに臨むかのように――
めらめらと。
燃え盛っていたからだ――
「……あ」
その注目を一身に浴びた西崎は。
それまでの誇らしげな笑みを、瞬時に、困ったようなそれに変えていた。
「え、えーっと……」
それから、起源を伺うかのように。
「お、お嬢様方……?」
戦々恐々と、彼が言った時。
「!」
メジロマックイーンが――唐突に、挙手をする。
「は、はい! なんでございませう!?」
「……僭越ながら」
いつになくおどおどと対応する彼にも構わず、メジロマックイーンは、そう前置くと。
言っていた。
「――勝負服に、着替えてきてもよろしいでしょうか?」
「――!?」
続けられた言葉に――
西崎は、目を見開く。
勝負服――本来なら、一部の重賞レースにおいて、彼女らが着用する、いわば正装。
それを着ることで、不思議と力が湧き出てくる、彼女らにとっての、『バフ装備』でもあるのだが――
今は、そのためのレースではない。
公式ですらない――模擬レース。
そのために、勝負服を引っ張り出すというのは――
「い――いやいや」
さすがの西崎も、二つ返事での承諾は、しかねた。
「お、落ち着けマックイーンさんや? あのな? 一応これ模擬レースで、いくらスイーツが欲しいからって――」
「……トレーナー。私からもお願い」
「!?」
そんなマックイーンに。
スズカが加勢し。
「んー、じゃあゴルシちゃんもそれで!」
「ま、やるからには、ボクも本気でやりたいしねぇ」
「おぉ! よくわかんないけど、ターボも着てやりたいぞ!」
「勝ってオグリにご馳走するんや……!」
「え、えと、じ、じゃあライスも!」
「シー! ならエルも着たいデース!」
「……」
次々と。
次々と。出走者たちは同調し。
客席からの歓声もあって、場は手が付けられなくなりつつあった。
「…………」
――軽率に、スイーツなんぞで釣るべきではなかった。
次はもっと考えないとな――と思いつつ。
西崎は、片手で顔面を覆っていた。
「……、わかった。但し急いでな」
そして。観念したように。
そう言って、手を叩く――
「ほい、ゴー――」
――という、合図も待たずに。
彼女らは、一斉に、元来た道を、戻り始めた。
ドドドドド……と、砂埃を上げながら、走り去り。場には、西崎、ガーネットカペラ、ヒスイレグルス、そしてサファイアミザールが残される。
「……お前は行かなくていいのかよ」
「へ?」
肩を落とす西崎の傍ら、カペラは、ミザールに問いかける。
「あたしらはそもそもデビューしてないからあれだけどさ。お前はあるんだろ? 勝負服。着てこなくていいのか?」
「え……い、いや。別にそこまで本気でほしいわけじゃ……」
「いや……ミザール。お前も行ってこい。さもないと、先輩に捻り潰されるぞ……」
「……」
西崎もまた、それに続く。助けを求めるように、ミザールはヒスイの方を見るが。
「……」
彼女も彼女で。
黙々と、ウォームアップに勤しんでいた。
どうやら――
それ以外に、選択肢はないらしかった。
「……、わかりました。行ってきますね……」
そうして、嘆息したミザールも、また――
着替えるために、元来た道を戻り始める。……
――斯くして。
役者は、再び集結していた。
トレセン学園第一グラウンドは、先ほどまでとは、全く異なる様相を呈している。
ゴゴゴゴゴ――という擬音でも見えてしまいそうなほどの空気。
ガチで重賞レースの出走前じゃねぇか、と西崎は、固唾を呑まずにはいられなかった。
そのせいか――客席の盛り上がりも、模擬レースとしては異様なほどになっている。
「――!」
「――!!」
「――……!!」
そこもまた――
異様な熱気に、包まれている。
「……よし、じゃあみんな、始めるぞー……」
西崎の、後悔に満ち満ちた呼びかけに応じて、彼女らはスタートラインに立った――
『全力大逃げ娘』――ツインターボ。
『怪鳥』――エルコンドルパサー。
『不屈の帝王』――トウカイテイオー。
『栗毛の怪物』――サファイアミザール。
『不沈艦』――ゴールドシップ。
『ターフの名優』――メジロマックイーン。
『眠れる才女』――マチカネタンホイザ。
『黒い刺客』――ライスシャワー。
『ブラックレースの申し子』――ガーネットカペラ。
『賓客』――ヒスイレグルス。
『鉄の女』――イクノディクタス。
『異次元の逃亡者』――サイレンススズカ。
『愛しき名脇役』――ナイスネイチャ。
『白い稲妻』――タマモクロス。
総勢――十四名のウマ娘は。
出走の準備を整えた。
「担当クン。そっちは?」
「いつでも」
「おし」
最後の確認を終え、彼はスタートラインの端に立つ。
それからスターターピストルを手に握り。
空に向けた。
「じゃ、行くぞ! みんな、位置に着いてー!」
そして。
「よーい――」
高らかに――宣言していた。
「――どん!!」
斯くして、模擬レース――
もとい、スイーツビュッフェ一日無料券を巡る、仁義なき競争が。
幕を開けたのだった。