「……!」
その展開に、ミザールの担当は、目を見開いていた。
「おー……こりゃ面白い」
それに同調するように、西崎も言う。
「……『刺客』が。『怪物』連れてやって来たぞ」
そして――レースは。
それを皮切りに、激化していく。
一方――
それよりも、少し前。
そんな彼女らよりも、遥か後方で――
「……」
――『彼女』は。
悔しさに、顔を歪めていた。
なんだこれは。
それが、ヒスイレグルスが最初に思ったこと。
こんなはずでは。
それが、次に思ったことだった。
確かに自分は、ここ最近まともに走っていなかった。
仕事という名の義務、秘書という名の責任に駆られ、子供のように遊ぶことすら出来ていなかった。
それでもただ走るだけ。たかが駆けるだけ。少しウォームアップすれば感覚は戻ると思っていたし、実際、かつてのように走ることが出来ていた。
だが――目の前にした現実は、非情であり。
無常であった。
あれだけ息巻いた自分が――
まさか――『最後尾』に甘んじるなど。
「――っ」
――そんなわけはない。
そんな現実は認めない。
歯を食いしばり、唇を噛み締め。
彼女は脚に力を入れる。
目の当たりにした結果を否定するために。
少しでも、追い付こうとする――
「――いやぁ、素晴らしい」
そんな彼女に――
余裕そうに語り掛ける影が、ひとつ。
「速いですね。さすがに」
「……!」
橙色の三つ編みと、丸眼鏡。イクノディクタスは――ヒスイレグルスと併走しつつ、感心したように言っていた。
「『あの子』の同級生と聞きましたので。それなりの実力だろうとは思っていましたが……正直、想像以上でびっくりしていますよ」
「……っ」
褒め称えているはずのその言葉は。
しかし、ヒスイには全く響かない。
それどころか、それらの言葉は。
自分を、嘲笑っているようにすら聞こえる。
「……しかし、あなたの走りには迷いが見える」
「――!」
その中で――
イクノディクタスは、語り続ける。
「えぇ、別にそれが悪いとは言いません。誰しも悩みを抱えているものですから。あなたが迷っているのであれば、気が済むまで迷えばいいと思います」
どこか優しく、どこか暖かく――
「――ですが」
だが。
そこで、明らかにその声色は変わった。
瞳もまた、柔らかさとは無縁の。
攻撃的で、鋭い色を灯す――
「そんな『ノロマ』を待ってくれるほど――
「――……」
ヒスイレグルスは。
そこで、ぞっと悪寒を覚える。
「では」
しかし、イクノディクタスはそれに構わず。
眼鏡を指で押し上げると。
「お先に」
強く一歩を踏み込み、文字通り、ヒスイレグルスの先を行く。
彼女はそれを――
呆然と、眺めるしか出来なかった。
そして場面は――
現在へと、戻る――
結局、お互いに少し競り合っただけ、展開自体は大きく動かなかった。動かないまま、レースは二周目へ突入する。
――ヤバいことになってる気がする、と。
心境は、かなり複雑だ。
まさか、『大先輩』と思考が一致するなんて……夢にも思わなかった。
冷静に考えると喜ぶべきことなんだろうけど、そう手放しでも喜べない。
思考が一致しているということは――モノを言うのは地力ということ。
純粋なその勝負に持ち込まれたら――
競り負けるのは、必然、こっち――!
「……っ」
……だからって。
だからって、簡単に譲る気はないけどさ……!!
しかしどうする、このまま走り続けてもジリ貧だ。かといって無暗に先に行かせても……あぁくそ! これが差し戦術の宿命!? とにかく、とにかく置いてかれないように縋り付いて、えっと、それからそれから――!!
「――だらっしゃあぁっ!!」
とかいう、混沌とした考えを。
耳障りな奇声が遮断する――!
「邪魔するぜぃっ! お二人さん!!」
「ッ……!!」
クソッ――
うぜェ
→KEEP 6th ゴールドシップ
→KEEP 6th サファイアミザール
→KEEP 6th ライスシャワー
こちとら今必死に考えてんの……!! 邪魔しないでお願いだからッ……!!
「――あはっ、みんな元気ですね~!」
しかもしかも――状況はまだ動き続ける。
そんな呑気にも聞こえる陽気な声は、前から。
「そしたらマチタンも――ちょっとやる気っ、出しますか~ッ!!」
ふんわりとした可愛らしい声とは裏腹に――
そこから生まれる加速は、えげつない。
「!? ――」
マチカネタンホイザさんが――
一気に前進する――!
「ちょ――マチタン!! 抜け駆けは無しだぞっ!!」
「ごめんねターボちゃん! これもスイーツのためなのですっ!」
「ちくしょーっ!!」
↑UP! 3rd マチカネタンホイザ
↓DOWN… 4th ツインターボ
「……っ」
……落ち着け。
落ち着くんだ私。
確かに、確かに今の状況は混沌としてるけど、私がやるべきことは、最初から最後までひとつだ。
それこそ抜け駆けされないように、先に行かれないように。
マーク――を――……
「――……」
……あれ。
ちょっと待て私。
確かに決めたよね。最初の方で。マックイーンさんからマークを外しちゃ駄目だって。
自分でも、その気持ちを、頭から完全に排除したつもりはなかった。
でも――ちょっと待て。それなら。
「……」
そのマックイーンさんは。
どこに行った――……!?
「――目移りし過ぎですわよ」
冷汗を垂らした時。
ゾッとするほど、冷たい声が聞こえてきた。
「
それに反応し、目を向けた時には――
もう、遅かった。
「――!!」
薄紫の髪が。
優雅なドレスコートが。
冷酷なまでの速度で、疾走する――!!
しまった。
しまった――!!
周りのめまぐるしい変化に注目するあまり――マークが薄くなってしまった。
マックイーンさんが。
一気に、集団から抜け出す――!
……やばい。
やばい。
やばいやばいやばいやばい――!!
ここで抜け出されたら。ここで前に出られたら――
捉えられなくなる――!!
メジロマックイーンは、無慈悲に加速し、出走者を追い抜いていく。
「あ――!」
ツインターボを。
↑UP! 4th メジロマックイーン
↓DOWN… 5th ツインターボ
「む――!」
マチカネタンホイザを。
↑UP! 3rd メジロマックイーン
↓DOWN… 4th マチカネタンホイザ
更には――
二位をひた走る、エルコンドルパサーをも捉える。
「――!」
「ごきげんよう『怪鳥』さん。……休憩ですの?」
余裕そうに。
まだまだ序の口、とばかりにそう言い。
「それなら――端に寄ってくださいませ?」
↑UP! 2nd メジロマックイーン
↓DOWN… 3rd エルコンドルパサー
あっという間に。
二位へと、浮上していた。
「――ははっ」
それを見たエルコンドルパサーは、悔しがるでもなく、憎らしがるでもなく――
ただただ、愉快そうに笑った。
「まだまだ――エルは、いけマスよっ!」
そして――
加速するメジロマックイーンへと、負けじと追い縋る。
ただのそれだけでも、サファイアミザールにとっては、追うのもやっとなほどの混沌であったが――
それでもなお――
状況の変化は、終わっていなかった。
「……」
トウカイテイオーは。
自身の前に作られた『壁』――
ゴールドシップ、サファイアミザール、ライスシャワーの三名を見やる。
そして、一瞬目を閉じると。
もう一瞬で、目を開ける。
同時――彼女の目に、映し出される。
自分の進行を阻む壁を。
越えるための、最適なルートが――
「――」
果たして彼女は。
そのルートを、目にもとまらぬ速さでなぞる。
当のサファイアミザールには――
それは、風が通り抜けたようにしか感じられなかった。
一瞬背後を確認し。
もう一瞬で前方を見直し――
「――!?」
動揺していた。
嘘、と。
なぜテイオーさんが、と。
さっきまで後ろにいたはずじゃ――と――
↑UP! 6th トウカイテイオー
↓DOWN… 7th ゴールドシップ
↓DOWN… 7th サファイアミザール
↓DOWN… 7th ライスシャワー