「っ……!」
想定外の事態ではあるも。
メジロマックイーンは、その赤色の髪に、思わず口端を歪めていた。
まだデビューも果たしていない新鋭。
まさか、ここまで追い上げてくるとは――と、その表情には、期待と畏怖が入り混じる。
「いいんですの!? そんなにトばして!」
その感情に押されるまま、彼女は言う。
「不慣れなコースではないのですか!?」
「はっ――こちとらもっとクソみたいな『コース』、走ってきてるもんで!!」
それに煽られたように。
カペラもまた、応じる。
自身の生い立ち、そのさなかで踏破してきた、数々の『クソ』を思い出しながら――
「こんなもん――ハゲ山と変わらねぇッ!!」
「ちぇっ――アツいなぁっ」
熾烈な先頭争い――
この状況に置かれてなお、諦めないガーネットカペラに、サファイアミザールも思い直す。
そうだ。何を『掛かって』いるんだ自分は。
抜かれたからなんだ。立たれたからなんだ。
まだレースは終わっていないのだ――と。
前に出られたのなら。抜かれてしまったのなら。
その彼女らを中心にして――
――先頭はまだスズカさんか――カペラちゃんあの二人と張り合ってんの!? 凄すぎ――
情報を――
――マチタンさん意外と速いんだな! 人は見かけによらない――ターボさん苦しそう、そろそろ垂れるかな――
収集し――
――わ、ゴルシさん邪魔!! ――タマちゃん先輩はそこか――ライスさんはまだ傍にいるのかな――ってか後続の状況は――
整理し――
――やっぱコースで使えそうなとこはなさそう――さすがに何もないとこで躓くのなんて私くらいのもんか――全体の速度だいぶ速いな!! ――体力はとりあえずまだ大丈夫そうだけど――
分析する――……
「……っ」
その末に。
彼女は、思う。
――やば。なんじゃこの
思った末に。
表情が、変わる。
――考えること、多過ぎ――……!!
その口端が。
楽しげに、上がる――
「――ははっ」
そこまで来て。
彼女は、実感していた。
これが。
「あはははははっ!!」
これが――
そんな思考の果て。彼女は結論する。
とにかく今は、待つことだと。
そう、レースはそろそろ終盤。
そこで、仕掛けるタイミングを伺うしかない、と。
だから今は――
雌伏の時だ、と――
そうして、動揺しかけた頭を落ち着かせ。
息を入れ直し、改めて走った。
「……」
そんな彼女の様子を。
ライスシャワーは、刃物のような冷たい瞳で、見つめていた。
レースは白熱し。
観客の生徒たちも、盛り上がる。
トレーナー陣も、その様子を各々、分析する中――
誰もが――もはや。忘れかけていた。
……そもそもこのレースが。
『何を目的として開かれたのか』、を。
「……」
なぜ自分は。
こんなことをしているのか。
ヒスイレグルスは、妙に冷静に、そう考えていた。
まだ片付けないといけない仕事があるだろうに。
まだやらないといけないことがあるだろうに。
父にお願いして、ここまで態々やってきて、あぁまで息巻いてその結果がこれ。
無駄だ。
時間の無駄だ。
何をムキになっているのか――自分は。
「…………」
そうだ。
無意味だ。
何の生産性もない。
諦めてしまえばいい。
辞めてしまえばいい。
どうせこんなの、続けたところで。勝ったところで。
何の意味もない――
「……、」
そうだ――
大丈夫。
自分の心に衝立を立て、折り合いをつけて、みんな大人になっていく。
自分もそうやって、大人になるのだ。例外なく。
苦しくない。
辛くない。
悲しくなんて、ない。
こんなことに負けたって。
ここで辞めたって。
終わったって……
平気だ。
何の問題もない。
大丈夫。
大丈夫。
大丈夫……
「――……」
そうだ。
大……丈夫……
「…………」
……
……
……ほ。
本当に――?
「――るさい」
大丈夫だ。
大丈夫に決まってる。
何をアツくなるのか。何を必死になるのか。
冷静になって、落ち着いて。
帰ろう。
戻ろう。
全て……投げ出してしまおう。
それでいい。
それでいいんだ。
それで――
「……それで」
――全部。
いい――
「――やほ」
「――?」
そんな風に。
結論付けようとした、彼女の思考に割って入る、声。
明朗で、爽やかで、透き通った――
聞き覚えのある、声。
「元気してる?」
「……」
ミスターシービーが。
彼女の横を、走っていた。