16年度の卒業生   作:Ray May

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真剣勝負デス! p5

-◆◇◆-

 

 

 

「もー、参っちゃうよねー、みんな」

 

 ミスターシービーは、既に憔悴しきった顔のヒスイレグルスに、軽快に笑いかける。

 

「たかがスイーツなんぞに、あんなに必死になっちゃって。ほら見て。先団なんか。親の仇でも見るような顔してんじゃん」

「……」

 

 周囲が、スローモーションになったような感覚。

 そんな錯覚の中で。

 ミスターシービーの声だけが、妙にはっきりと、響いていく。

 

「不思議だよね。こんなに必死になるなんて」

 

 それは、言葉こそはやや棘があったが。

 

「本当に、バカみたいに本気になって……」

 

 声色までには。

 棘はなかった。

 

「……どうしてだろうね?」

「……知りません」

 

 ヒスイは。

 もはや、取り合おうとも思わなかった。

 もはや全てが気怠く、どうでもいいと、世捨て人のように考える。

 

「皆……何も背負うものがないから、あんなにも必死になれるのですよ」

「自分は、それとは比較にならないでかいものを背負ってるって? おぉ、女王様思考。すごいね」

 

 けらけらと笑ったシービーは。

 そこで、真剣な瞳をする。

 

「……でも、背負ってるのは、みんな同じだよ」

 

 吐き捨てるように言ったヒスイに。

 諭すように、言う。

 

「その性質が、微妙に違うだけ。それは夢であったりすれば、使命であったりする。純粋な欲望もあれば、ただただ楽しいって感情だったりもする……

 

 そこに優劣なんてない。ただ大小があるだけ。ここの子たちは……少なくともみんな、拮抗するほど大きいってだけ」

 

 その瞳が。

 ヒスイの瞳を、真っ直ぐに見つめた。

 

「ねぇヒスイちゃん」

 

 そして、言うのだ。

 

「あなたのそれは――本当に、背負うべきものなのかな」

「――……」

 

 それに。

 ヒスイは、目を見開く。

 

「本当はあなただって――」

 

 シービーは。

 容赦なく、しかし優しく、言う。

 

「――走りたいんでしょ?」

「……」

 

 心臓を、直接掴まれたように。

 ヒスイは、息を呑む。

 

「別にさ、」

 

 シービーは続ける。

 

「キミの責任や義務がちっぽけだなんて言わない。むしろ、キミのそれは、普通の人よりずっと、ずーっと大きいって思ってる。だからアタシは、キミがそれを背負おうとしてるの、本当にすごいと思ってるよ。

 

 でもさ……それって、キミの本心を無視してでも、叶えなくちゃいけないものかな?」

 

「……そ、れは……」

「『関係がない』。うんうん。そうだよね。でもさ――それって逃げ口上じゃない?」

「……っ」

 

 逃げ道を塞がれるように。

 ひとつひとつ、紐解かれる本心。

 

「言ったでしょ、ヒスイちゃん」

 

 シービーは。

 彼女は。

 言う。

 

「キミは、何にも縛られていない。親にも、他人にも、友だちにも、神にすらも、縛られていない。あなたを縛っているのは、他でもないあなた。わかるでしょ? 道は既に開かれてるんだよ。あとは、キミが行くだけ。キミが選ぶだけ。

 

 いいと思うよ。少しくらい、レールを外れたってさ。確かに、そんなの間違ってるかもしれないけど。でも……そんなに無理して、自分を追い込むこと、ないんじゃない?」

 

「……わ」

 

 動悸がうるさい。

 息が上がる。

 ヒスイは。

 ヒスイは、言おうとする。

 

「わたし、は――」

「いいんだよ、自由になって」

 

 そんな彼女に。

 シービーは、続けた。

 

「少なくとも、アタシたちは――ターフの上じゃ、自由なんだ」

「――……」

「そこに小難しい理論も、遠回しな理屈も必要ない!」

 

 その末に。

 ヒスイの背中を、そっと押した。

 

「行ってきなっ」

 

 言う。

 

「負けたくないなら。勝ちたいなら。走りたいなら。楽しみたいなら――」

 

 ただただ。

 簡単な、結論を――

 

「――バカになれ!」

 

 言った。

「理論も理屈も論理も、面倒臭いもん全部全部脱ぎ捨てて――

 

 

 バカに、

 なっちゃえ――!

 

 

 応援、してるよ!」

 

 ――どれだけ時間が経ったのか。

 気が付けば、ヒスイレグルスは、シービーの姿を追っていた。

 彼女は今やコースを外れ。

 突然コース内を走り始めたことについて、トレーナーから呆れられる。

 それを、飄々と笑う彼女を見届けて。

 

 ……前を見た。

 

「……」

 

 そこで思い出されるのは。

 あの、校長先生の言葉。

 未来に『先行』なさい。

 叡智を発揮し。

 皆を引っ張れ。

 時代を。

 世界を。

 自分が、掴む――なのに。

 それなのに、今はどうだ。

 前を走られている。

 皆に、引っ張られている。

 自分は、その遥か後ろで、燻って――

 

「――……るな」

 

 ふざけるな。

 

「ふざけるな……!!」

 

 ぎりぎりと。

 歯ぎしりをした、彼女は。

 

「――私のッ、」

 

 込み上がってきた感情に、身を任せるまま――

 叫んでいた。

 

 

「――私の前をッ、走るなぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 それは。

 少女の絶叫というよりも。

 獣の咆哮に――似ていた。

 

 

 喰らってやる。

 コイツら全員――

 喰らってやる、と。

 

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