自分が特別な存在だということには、物心つくころには気付いていた。
国語、数学、科学、化学、物理、生物、エトセトラ、エトセトラ――
幼くして、膨大な量のあらゆる知識を、スポンジのように吸収して。
幼稚園児でありながら、何年も先の物事を理解していた。
神童。
天才。
大人たちは、私のことをそう持て囃した。
きっと素晴らしい子になる。
誰もがそう信じて疑わなかった。
だからこそ、自己研鑽を、ひと時も怠ったことはなかった。
それはもちろん、運動も同じで。
どんなものでも一番だったし、最強だった。
私に敵はなかったし。
だからこそ。
味方も、そういなかった。
「……ねー、ヒスイちゃーん」
運動は、それほど自分の身になるものではない、と考えていた。
そんなものにかまけるくらいなら、勉強して、知識を吸収しよう。
悪気があったわけじゃない――だって自分には、やらなくてはならないことがあるから。
遊びの誘いを断って、知識を貪欲にかき集めた。
「ねーってばー」
「いーよ、いこ。どーせ付き合ってくれないんだから」
「つまんない。がりべん。どーせまけるのがこわいんだよ」
「――おくびょーもの」
「……」
……誰かを見下したことはない。
バカにしたこともない。
自分にはやることがある。
だから、一心にやり続けただけなんだ。
「――おとうさま」
なのに。
「ん? どうしたヒスイちゃん」
なのに……
「……ヒスイちゃん?」
「わたし……おくびょうじゃないよ」
どうして。
「わたし……にげてないもの。みんなのために、このよのために、みんながしないようなこともやってるの」
どうして……
「にげてないよ。むきあってる。みんなのために、いっぱい、いっぱい、がんばってるんだよ……
なのに……なんで……
なんで、あんなこといわれなくちゃ、いけないの……?」
「……ヒスイ……」
……号泣する私を見かねて。
父は引っ越しを決意した。
それは療養を目的とした一時的なもの。
都心の喧騒から遠く離れた、自然に恵まれた田舎町。
そこの、寂れた学校に、私は通い始めた。
「……」
雑音とも。
騒音とも。
……嘲笑とも。
無縁の、新しい世界。
そこでも私は、しかし、何にも邪魔されずに。
相変わらず、勉学に励んでいたのだけれど。
「――っ」
外。
あまりにも室内が暑いものだから、まだ風の吹きつける外のがマシだ――と、木陰で読書をしていたら。
突然、ボールが飛んできて、頭に当たっていた。
「――あ、わりーわりー!」
真っ赤な髪をしたそいつは。
悪びれもせず、笑いながら言い。
「ちょっと手元が狂っちまって……あ、ってかちょうどいいや! 今ちょうど人が足りないんだよ。付き合ってくんね?」
「……」
「ん? あれ聞こえてるよな? おーい、もしもし? ドッヂボール付き合ってほしいんですけども。キコエテマスカー?」
「……興味ありません」
「はぁ?」
そう返して、ボールを投げ返すと。
その子は不機嫌そうに舌を鳴らす。
するとそこに、栗色のポニーテルの子もやってきて。
そこで、話し出す。
「……ったく。付き合い悪いな」
「どうしたの、カペラちゃん」
「あー、なんでもねー。いいや別に。『がり勉』はずーっとそこで本読んでろってんだ」
話し出す――
「――この臆病者」
『おくびょうもの』
「――っ」
……その頃の私には。
既にその単語は、禁句と化していた。
「――貸しなさい」
「あ?」
「叩きのめしてやるから、貸しなさいと言ってるんです」
まぁそんなわけで、ドッヂボールに参加して。
本当に滅茶苦茶に叩きのめしてやったわけだが。
「――!」
「――……」
「――……!」
「――」
そんな風に、奇妙な繫がりが出来て。
たびたび煽られてはアツくなり、ボコボコにし……なんて日々が、続いたのだけれど。
――もう、そんな風にアツくなるなんて。
二度とないだろうと、そう、思っていた。
そう、
思っていた。
そう。
思っていた、のに――
あぁ、本当に。
私は――
バカ、だったのだな。……