『おめでとう! 一着は! 十二番、サイレンススズカー!』
どこか浮かれた、メガホン越しの西崎の声が響き渡る。
観客である生徒たちの方からも、ぱらぱら拍手が上がるが。
その分厚さは、集まった人数を考えると、あまりに寂しいものだった。
『い、いやぁー! みんな! いい勝負だったろ、な!』
それを心配に思い、西崎は冷汗を垂らしつつ、フォローする。が、それはあまり上手くいっておらず、むしろ、生徒側の苦笑を買ってしまっていた。
『ま……まぁ、いいや』
これ以上無理に盛り上げるのはまずいだろう――彼はそう考え、グラウンドを見直す。
『それじゃ、みんな集合! これから表彰式、もとい贈呈式を……』
と。
いう呼びかけは。
途中で止まっていた――なぜなら。
『……』
……そこは。
そんな風な浮かれ気分とは、あまりに遠い。
疲弊しきった空気が、漂っていたからだ。
「はっ……はぁ……」
メジロマックイーンは、膝に手を突いて考える。
先のレース、ステイヤーと呼ばれた自分にとって、手慣れたもののはずだった。
だがこんなにも息が上がってしまったのは、ひとえに、最後に襲ってきた『想定外』のために他ならない。
――し。
彼女は、思った。
――
自分は勝った。
勝ったか負けたかで言えば、まだ勝った方。
本来なら、その結果を適度に喜び、次につなげるところであるが。
そんな風に、浮かれることも出来ない。
それくらいに、余裕がなくなるほどに。
恐怖体験に、相違ないものであった――それは。
なんだったのか、あれは。
最後尾で終わってしまうんだなと、失望していたというのに。
最後の最後で、あの、滅茶苦茶な追い上げ――
文字通りに、滅茶苦茶すぎる――
「……」
トウカイテイオーは。
冷静に分析する。
聞いたところによると、ヒスイレグルスの得意戦術は先行だという。
今回のレースは、彼女が大きく出遅れていたから。なんとかなったが――
……もしも。
もしも彼女が、最初から。本気で走っていたのなら。
「……、」
喰われていたのは。
自分の方だったかもしれない、と。
「――もォー!!」
また別の場所では。
芝に座り込んだエルコンドルパサーが、不満そうに絶叫していた。
「なんなんデスかあの滅茶苦茶な走りはーっ!」
そんな彼女の元に、ゴールドシップもまた、腰に手を当てながら近寄る。
「セオリーとかルールとか……そういうの知らないんデスかーっ!?」
「全くだぜ。さすがのゴルシちゃんも、今回のは度肝を抜かれたなぁ」
あそこで抜かせてしまった自分の落ち度でもあるが、とゴールドシップは思うが。
あの気迫は、そうさせないほどの大きさであったし。
そうしないだろう、という確信を持っているようでも、あった。
「勝つためなら、セオリーもルールもまとめて喰らう『百獣の王』……か」
ただ――ゴールドシップは、その結論に、不敵に笑う。
「……いいねぇ。気に入ったぜ」
「……」
そのすぐ傍――
サファイアミザールもまた、悔しそうに座り込んでいる。
結果的に、下から数えた方が早いくらいの順位に終わってしまった事実に――
意気消沈する、彼女に。
「……!」
小さな手が、差し伸べられる。
ミザールが見上げると。
そこには、黒色のミニハットと、青薔薇があった。
「……どうだった?」
その主――ライスシャワーは、可憐に微笑みながら、言う。
「ライスの
「……あー」
それに、ミザールもまた。
微笑みで応じた。
「死ぬほどウザかった」
「……♪」
ライスシャワーは、果たしてそれに。どこか嬉しそうに、笑みを深めていた。
「ぜぇー、ぜぇー、ぜぇー……」
そこから別の方向に、離れた場所で。
ツインターボは仰向けに寝転がり、ナイスネイチャの手によって、足を延ばされていた。
「ひぃ、ど、どぉだぁ……見たか、ターボの、底力ぁ……」
「いや見たけど。見たけどさ。くれぐれも故障しない程度に頑張ってくださいよ? ターボさんや」
「ひぃ~……」
「はい、のびーるのびーる~」
「……」
――そして、ヒスイレグルスは。
そこから一人、外れた場所にいた。
集団へと背を向けて。
先ほどまで自分の走っていたコースを見つめている。
「……」
そんな彼女に。
長身の、白いミニハットを被った人影が、近づく。
「……どう?」
「……」
ミスターシービーは。
彼女に、声を掛けた。
「自分のしたいように、した気分は」
「……」
ヒスイレグルスは、それに、しばし沈黙し。
「……えぇ」
振り返りながら。
答えていた。
「……悪くないです」
その表情には。
疲労の色が見えたが。
同時に――憑き物が取れたように。
晴れ晴れとした微笑みが、浮かんでいた。
「……そっか」
「ヒスイちゃん!」
そこでやってくる、聞き慣れた声に。
ミスターシービーは、振り向いた。
「……こっからは、『部外者』はお邪魔だね」
そして。
ひらひらと、手を振ると。
「じゃね。……
「……」
そう言い残して。
彼女の元から、離れていった。
入れ替わるように――
彼女の目の前に、サファイアミザールと、ガーネットカペラがやってくる。
ミザールは、去っていくシービーの背中を、不思議そうに見つめた。
「……何かあったの?」
「いえ。何も」
どこか素っ気なく言う彼女に、そっか、とミザールは答え、その瞳を見つめる。
「……ヒスイちゃん」
真面目そのものの顔で。
冗談もおふざけもない、真剣な声色で、言う。
「どうだった……?」
「……今のレースが、ですか」
「それ以外に何があんだよ」
「ちょ、カペラちゃん……!」
カペラの、どこか苛立っているようにも聞こえる声を、ミザールは慌てて制す。が、当のヒスイはというと、特に何かを感じた風でもなく、朴訥としていた。
「……あのね」
それを見た彼女は、まだ足りないと感じたのか、再度口を開く。
「……考えてみて、ヒスイちゃん。楽しかったでしょ。きっと、今日のレース……」
うぅん、と首を横に振り、
「そうじゃなかったなんて言わせない。走ってる最中のヒスイちゃん、本当に楽しそうで、元気そうで……見てて、こっちも楽しくなっちゃってたもの。でもねヒスイちゃん。これはただの模擬レース、賞金も何も掛かってない、ただの練習なんだよ。これがもし……もし、G1みたいな大舞台になったら、って思ったら、どう? きっと……きっと、すっごく楽しいと、思わない……?」
「……」
ヒスイは答えない。
その表情は、揺らがない。それを見て、彼女は手を握り締め、
「……わかってる。ヒスイちゃんが、すっごく忙しいこともわかってる。でも、でもさ。わかる? 私たちには、今しかない。今しかないの。今を逃したら、この瞬間はきっと二度と来ない。後悔したって、振り返ったって、もうどうにも出来なくなるの。それが出来るのは今だけなの。今しかないの!」
壁を手で叩くように。
必死に、夢中に、彼女に呼びかけた。
「だから、お願い」
――言った。
「私の夢に――付き合って!」
「……」
対して。
ヒスイレグルスは、自身の掌を見つめる。
その手は、小刻みに震えていたが、それを彼女は、不調とは捉えなかった。
「……、」
彼女もまた。
きゅっと、手を握り締めていた。
「……本当は」
そして。
言う。
「本当は……このレースを走ったら、全てやめようと思ってたんですけれどね」
ミザールに対して。
自身の想いを、打ち明ける。
「ですが……こんな気持ち、知ってしまったら。こんな経験、してしまったら」
口端が緩く上がるのを。
自覚しながら。
「……やめられないではないですか」
「……ヒスイちゃん」
言い終えると。
彼女は、先ほどよりも感情的な目で、ミザールを見た。
「いいでしょう」
それから、どこか不安そうな彼女に、答える。
「あなたのその夢――付き合ってあげます」
「……!!」
ミザールは、思わずカペラと目を合わせる。
そんな二人を見て、ヒスイは眼鏡を指で押し上げていた。
「……ですが、勘違いなさらぬよう」
「へ?」
告げられた言葉に――
ミーザルは、頓狂に声を漏らす。
「お忘れですか。私は……未来に『先行』する」
そんな彼女に。
ヒスイは、続ける。
「いつだって、私が走っているのは前。あなたたちよりも、数歩。あるいは数十歩先です」
依然として、無表情で。
その視線を、逸らさずに――
「故に――
言うのだ。
「
「……」
「……覚悟しておくことです」
絶句するミザールをよそに。
ヒスイは、彼女に背を向け、歩き出す。
「着いてこられなくなったら――置いていきますからね」
「……お、おぉ」
「はっ、徹頭徹尾女王様、だな」
ドン引きしているミザールとは対照的に、カペラは楽しそうに口元を歪めていた。
「いいじゃねーか。庶民は精々、マイペースに行かせてもらうとしようぜ?」
「あ、あはは……そうだね……」
『よし! じゃあ改めて集合! 表彰式するぞー!』
それに、ミザールが苦笑いで対応した時。メガホン越しの西崎の声が、辺りに響き渡る。
それを合図に、面々は、彼の元へと集まっていた。
模擬レース――『スイーツビュッフェ無料券 争奪戦』 最終順位――
1st サイレンススズカ――「まぁ、終わり良ければ総て良しね……」
2nd メジロマックイーン――「どうして勝った気がしないのでしょう……」
3rd トウカイテイオー――「後詰が甘かったかなぁ」
4th ヒスイレグルス――(ノーコメント)
5th エルコンドルパサー――「もォー! 最後のあの追い上げがなかったらー!!」
6th マチカネタンホイザ――「まぁー、順当じゃないですかね?」
7th ガーネットカペラ――「中盤で飛ばし過ぎたぜ……」
8th ツインターボ――(疲労につきノーコメント)
9th ライスシャワー――「色々収穫がありました」
10th タマモクロス――「完っ全にアイツに持ってかれたわ……」
12th(同着) ゴールドシップ――「ゴルシちゃんも歳をとったぜ……」
12th(同着) サファイアミザール――「まぁ目的は果たしたので……」
13th イクノディクタス――「計算通りですね」
14th ナイスネイチャ――(イクノ……負け惜しみ言ってない……?)
1st サイレンススズカ スイーツビュッフェ無料券 獲得――