16年度の卒業生   作:Ray May

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迫りくる宵闇

-◆◇◆-

 

 

 

 トレーナー室にて。

 自分でもわかるくらい、にっこにこの笑顔を浮かべていると。トレーナーさんは、わかりやすく不愉快そうな顔をしていた。

 

「……おい。ムカつくからその顔やめろ」

「えぇ~、そうなんですか~? じゃ、出来るだけ続けられるように頑張りますねっ」

「……」

「あ、ごめんなさい。調子乗りました」

 

 トレーナーさんが、傍にあったそれなりに厚い雑誌を手に取り、くるくる丸め始めたので、元に戻っていた。さすがに、痛みと引き換えには出来なかった。

 

「お前浮かれるのもいいけど、反省もちゃんとしておけよ」

 

 トレーナーさんは、雑誌を戻して私に言う。

 

「例の模擬レース。散々な結果だったけど、収穫はある一戦だったろ」

「お、おぉ。容赦なく刺しますね……」

 

 でも、彼の言う通りでもある。

 スイーツビュッフェ無料券を巡る仁義なき競争……やる気満々で臨んだけれど、結果は惨敗。

 下から数えた方が遥かに早いという、目も当てられない結末を迎えてしまった。

 一応、自分の中では色々試したんだけど。それが悉く裏目に出たような気がする。

 やっぱり……ターニングポイントは。

 

「マックイーンさんから、目を離したとこですね……」

「だな。あそこで全てが瓦解した。もっと言えば、ライスシャワーと思考が被ったところか」

「……まさか、私と同じこと考えてるとは思いませんよ」

「そういう不測の事態が平気で起こる。シニアの舞台ってのはそういうもんだ」

 

 彼の言うとおりだった。正直……もう少しやれると思っていた。一年、場合によっては一年以上の差があるとはいえ、ある程度は食らいつけるだろうとタカを括っていた。

 ……まさか。

 あそこまで、通用しないだなんて。

 

「何度も言うが、お前の能力は平均的だ。それは悪いことじゃないが、器用貧乏ともいえる」

 

 トレーナーさんは、言う。

 

「それを、知識と観察力、あとアドリブ力と、それを実行する度胸でカバーしてきたが、まだまだお前の思考レベルは()()()()ってことだ。先輩たちの上に行くには。これからシニア級で戦っていくには。もっと斬新で大胆な発想力か、不測の事態を覆せる地力が必要になる」

「……どっちにしても、トレーニングは欠かせませんね」

「当然だ。まぁそういう意味では、今日の敗北は『いい敗北』だったよ。……一応最下位でもなかったしな」

 

 どうだろう。イクノさんにネイチャさん。手を抜いていたようにも見える。もしそうだったとして、本気の本気で走られていたとしたら、ぶっちぎりの最下位、辛酸を舐めていたかもしれない。

 

「それに……お前の友人ズも、決して無視出来ない存在だともわかった」

 

 トレーナーさんは続ける。

 

「中盤で驚異的な追い上げを見せたガーネットカペラ。常識破りの走りでごぼう抜きしたヒスイレグルス。カペラはまだチームに入って日が浅いし、ヒスイに至ってはトレーナーすら着いていないが――その状態で既にあのレベル、と言うことも出来る。

 適切なトレーナーの元で『仕上がれば』――間違いなく厄介な存在になるだろう」

「最大の敵はお友だち、ですか」

「もちろん、来年挑戦するなら、他のシニア級の出走者の方が脅威になるだろうさ。だが――ダークホースになるポテンシャルは十分にある」

 

 固唾を呑むも――少し、楽しみにもなる。

 その光景、感覚は、今や、決して非現実的なものではなくなった。

 はるか遠くにあると思っていた理想に。

 手が、届こうとしている感覚。

 

「……つってもまぁ、シニア級まであと一年あるしな。そう焦らなくてもいい。ただ今回のレースの結果、くれぐれも忘れないようにしろ。特に『差し』のプロフェッショナル――『黒い刺客』の動きは参考になったろ」

「……はい。人は、見かけによらないですね」

 

 ライスシャワーさん。

 あの可愛らしい見た目に反して、結構えげつないことをしてきた。

 喫茶店でのお食事会でも、色々アドバイスしてくれたし、何か困ったらまた教えを乞おうかな。

 ……何なら。

 併走、付き合ってもらおうかな……

 

「まぁそういうわけだから、研究もこれからも欠かさないようにするとして――だ」

 

 そこで、トレーナーさんは話題転換する。

 

「……ともあれ、お前の『夢』は確実に前進した。実現まであと一歩だな」

「……、はい」

 

 夢。

 16年度の卒業生みんなで、有マの大舞台に立つ、夢。

 カペラちゃん、ヒスイちゃんが、無事に学園に入学してくれて……

 残すところは……あと、一人。

 

「コハクダブルスター、な」

 

 しかし、それがまた。

 一筋縄では、いかない話で。

 

「……一応、ヒスイレグルスを勧誘する途中の成り行きで、南坂さんにもぼちぼち手伝ってもらってるんだけどな。コイツの情報――不自然なくらいに何も出てこない」

「居場所とかも、何にもですか」

 

 あぁ、とトレーナーさんは頷く。私は、思わず視線を下げる。行方が分かっていなかったのは、カペラちゃんも同じだったけれど。

 それとはまた、訳が違っていた。

 カペラちゃんは、まだ推測が立てられた。あぁいう性格だから。ブラックレースに関わっているのでは……と、捜す糸口くらいはつかめていた。

 でも、コハクちゃんは違う……

 捜すための糸口すらも。

 未だに、掴めていない……

 

「……それで確認なんだが」

 

 すると彼は、そんな私に言う。

 

「……コイツってその……お前らが結託して生み出した妄想上の存在とかじゃないよな……」

「は、はぁ!? そんなわけないから!!」

 

 失敬な!! さすがに存在していますぅー! 確かに不思議ちゃんだったけど! 浮世離れしてるとこあった子だけど……!!

 

「実在しています!! ちゃんとこの目で見ましたもん! 触ったし、話したし、聞いたし! なんなら今からその特徴、箇条書きにして書き出しましょうか!?」

「あー、わかったわかった。冗談だ冗談。俺が悪かったよ」

 

 いや、冗談なのはなんとなくわかってたけどさ。わかってたけどさ! 全く。時と場合を考えてほしい!

 ……ついさっきまで煽ってた私が言えることじゃないけど!!

 

「えっと。じゃああれだ。何か手掛かりとかは知らんか? ほら」

「え?」

「えじゃねーよ。親友だったんだろ。何か使える情報とか。何でもいい。親御さんの名前とか、普段何してたかとか……」

「……」

 

 なるほど、と納得する私だけど。

 ちょっとだけ中空を見つめただけで、結論は出てきていた。

 

「……知らない……」

「オメーよくそれで親友なんて言えたな……」

 

 ……それに関しては、反論の余地がない。いやでも、仕方がない。本当にそうなのだから。

 私。私たち。彼女と出会って……だいたい三年くらい。同郷で過ごしていたけれど。

 彼女の身の上。普段の生活。家族の有無、エトセトラ……

 何一つ。

 これと、確信を持って言えるもの。ないな……

 

「でも当時はガキだったんだろ。そいつの家に遊びに行ったりしてなかったのか?」

「なんか……何度か話は上がってたんですけど、結局そのたびに、立ち消えになってたんですよね。なんというか……」

 

 ……それらしい理由はなかったけれど。

 子供心に、私たちは、彼女に感じていたのかもしれない。

 

「……なんとなく、あの子のそういうところに、触れちゃいけないような気がして……」

「……恐怖か?」

「禁忌……の方が、近いかもしれません」

 

 生まれながらにして。

 そこに踏み込んではいけない。

 神的な何かによって。

 それを、禁止されているみたいな。

 

「あの、トレーナーさん、お願いします」

 

 私は、彼に頭を下げる。

 

「私も、出来る限り思い出します。だから、その。大変なのはわかりますけど! 頼れるの、あなたくらいしかいないんです。だから……」

「当たり前だ。担当の我儘を聞くのも、トレーナーの仕事だ」

 

 出来るかどうかとは別だけどな、と彼は語尾に付け足していた。でもそれだけで……だいぶ、心強かった。

 

「とにかく。まだ二ヶ月くらい時間はある。ひとつずつ、確実に調べていくぞ」

 

 そして、彼は言った。

 

「まずは――」

 

 ……が。

 その言葉は、途中で切れる。

 突然鳴り響いた、携帯電話の着信音によって。

 

「――悪いな。……はい、もしもし」

「……」

 

 部屋の隅っこに寄って、対応し出す彼の傍ら。

 私は……コハクちゃんのことを、思い出す。

 

 謎。

 彼女を表現するのに、これ以上適した単語は無いだろう。

 授業中に平気で寝るし、平気で抜け出すし、平気で帰ってくるし。

 遊びにいつの間にか加わったと思ったら、いつの間にか消えてるし。

 蝶を追いかけてドブに嵌まったことも何回かあったな。

 そういえば駄菓子屋でくじの景品のおもちゃに話しかけてたっていうのも聞いたし、私自身も、彼女が虫に話しかけてるところ、見たことあった。

 かと思えば部屋の、何もない隅っこをじっと見つめてたこともあったし……

 ……っていうか、そもそもそういう奇行に及んでいないタイミングとかあったのかな……? 遭遇するたびに何かしら奇妙なことをやっていたような記憶しかない……

 

 天才だとか。

 霊感があるだとか。

 危ないヤクをやってるとか現実逃避してるとか――

 とにかく。

 とにかく。

 

「……謎だ」

 

 やはり、いくら考えても。

 行きつく結論は、その一文字だった。

 

「――は?」

 

 その時。

 トレーナーさんが、頓狂な声を上げる。

 それがあまりに突然、かつ特徴的なものだったから。私は、思わず視線を向けていた。

 それに気づいたのか、ゆっくりとこちらに振り向き、視線を寄こすトレーナーさん。

 

「……」

 

 そのまましばらく。

 無言になり。

 

「……わかりました。では、そのように」

 

 恭しく言うと。

 通話を、終了していた。

 

「……だ、誰からですか?」

 

 尋常ではない様子の彼に、不安になりながらも話しかけると。彼は一瞬だけ間を置いて、

 

「理事長からだ」

「理事長? またどうして……」

「……」

 

 聞き返すと。

 なぜか。

 なぜか。彼は、心底言いにくそうに、目を逸らす。

 そして、戻すと。

 

「コハクダブルスターのことだ」

「――!!」

 

 思わず、その場に立ち上がってしまった。

 コハクダブルスター――コハクちゃんのこと!?

 嘘、嘘でしょ!?

 そんな、そんなタイムリーなこと、ある!?

 

「も、もしかして手掛かりがあったんですか!? まさか行方が分かったとか……!?」

「いや……行方どころか」

「……?」

 

 一頻りはしゃいで。

 小首を傾げると。トレーナーさんは――

 

「匿名の人物から、連絡があったらしい」

 

 ゆっくりと。

 慎重に。

 

「コハクダブルスターを――」

 

 言っていた。

 

「トレセン学園で、保護してほしい……と」

「……」

 

 ……

 ……そんな。

 

「……は……?」

 

 絶句に値する――

 事実を。

 

 

Uma-Musume

Graduate of 16

Act.3

Top of the Light

光芒の頂点より

 

-End-

 

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