16年度の卒業生   作:Ray May

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怪物 p2

「レースのローテーションなどは、もう決めたのですか?」

 

 

 なんて思案しかけた時、やや唐突にマックイーンさんが私に振ってきていた。もうそろそろいいだろう、と判断してのことだろうか。なんかタマちゃん先輩は遊ばれたみたいになって可哀想だけど……

 

 

「あ、せやで自分。その辺のこと、ちゃんとトレーナーと話しとるんか? ってかむしろ、目標とかもう決めとるんか?」

「え、えーっと……」

 

 

 ……余計なお世話だったらしい。周りのことじゃなくて、しっかり自分の方に意識を向ける。とは言え、一応話しては、いる。

 

 

「目標……とかは、その、まだぼんやりですけど。今年のローテーションはもう決めていてですね」

「ほーん? そうなんか? やっぱり順当にOPのどっか殴り込みか?」

「殴り込みて」

「ま、まぁ。あはは。よくわかんないですけど、トレーナーさんのオススメで……」

 

 

 そう。よくわかんないけど。

 ついこの間。トレーナーさんと話したローテーションの話を。ここでしちゃうことにした。

 

 

 

「――京都ジュニアステークスっていうのに出ようって話にはなってるんですけど……」

 

 

 

 ……

 

 

 ……瞬間。

 

 

 ピシ、と、空気が固まったのを、肌で感じた。

 

 

 それまで和やかだったタマちゃん先輩も。

 

 狼狽とも同様とも無縁だったマックイーンさんも。

 

 ……ついでに、その時ちょうど近くを通りかかっていた、別のウマ娘さんも。

 

 硬直して、私を見つめていた。

 

 

「……。え?」

 

 

 私が声を漏らした瞬間。

 

 その別のウマ娘さんが、バンッ、とテーブルを叩き、私たちの間に存在として介入する。

 それを合図とした、しばしの無言。

 

 

「――は、はぁ!? いきなしGⅢ(重賞)いくんか!? 正気か自分!?」

「えっ、え」

「pre-OPやOPには出走しないのですか? どこかで場数を踏んでおいた方が……」

「あ、あの……」

「私!! その京都JSに出走するつもりのサクラチヨノオーっていいます!! よろしくお願いします!!」

「いや誰!?」

 

 

 い、一気に場がカオスになってしまった。やばい、そんなに不用意なこと言っちゃったのか私? トレーナーさんもあっけらかんに言っていたから、別に普通のことって思ってたんだけど……

 

 

「あ、あー、たぶんあれや。自分。あれやろ。ほら」

 

 

 気を取り直して、と言い直そうとするタマちゃん先輩だけど、そこに滲み出る動揺は隠し切れていなかった。

 

 

「ローカルシリーズでぶいぶい言わせてたんやろ、きっと。ここに来るまでに結構な場数踏んどって……」

「いえ……この間のメイクデビューが初レースですけど……」

「……終わりや。この世の終わりや……」

「え、そこまでヤバいんですかこれ……」

「ヤバいとかヤバくないとか、そういう次元の話やないで!!」

 

 

 タマちゃん先輩、ものすごい勢いで私に身を乗り出してくる。その動きにサクラチヨノオーさん、思わず身を引いてしまっていた。

 

 

「わかっとんのか!? 重賞やぞ重賞!! その辺に遠足行くんとちゃうねんで!! それに向けて適切に出走して調整してくのがセオリーやろ!! 況してまともな出走経験ないねんなら!!」

「じゅ、重賞……」

「一度トレーナーさんと相談してはいかがです? 私もちょっと信じ難いですわ……」

「はぁ……」

「……なんか実感なさそうですけど、大丈夫ですか?」

「えぇと……あはは」

 

 

 チヨノオーさんの言葉に、曖昧に笑みを返す。三人分の怪訝そうな目線、更に言うなら、『何笑ろてんねん』とでも言いたげな目に耐えかねて、私は、頬を掻いていた。

 

 

「……その」

 

 

 で……言っていた。

 

 

「GⅢ……って、なんですか……?」

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 すぅ、とタマちゃん先輩が身を引く。

 そして、しばしぷるぷると身体を震わせたと思うと、

 

 

「――いやそっからかぁーいッ!!」

 

 

 虚空に向かって、渾身のツッコミをかましていた。

 すぱーん、という擬音すら聞こえてきそうな、素晴らしい動きだった。

 

 

「……よくそれで転入試験をパス出来ましたわね」

「ご、ごめんなさい。興味ないことはすぐ忘れちゃう性で……」

「いやこのことは興味持っとかないとまずいですよ色々と」

「そういうことならしゃーないっ!!」

 

 

 話していると、タマちゃん先輩がバッグから眼鏡を取り出して掛けていた。クイッと理知的に振舞うけど、もしかして常備してんのかな。

 

 

「というわけで!!」

 

 

 そんな私の疑問をよそに、彼女は続ける。

 

 

「第一回!! ドキドキ☆タマちゃんのウマ娘レース講座!! 開講するでー!! はい拍手ー!!」

 

 

 ……言葉に、ぱらぱらと拍手が上がる。ついでに、チヨノオーさんがマックイーンさんの正面、タマちゃん先輩の隣に着席していた。

 

 

「まず!! トゥインクルシリーズのレースっちゅーのには、クラスっちゅーもんが制定されとる。全部で五段階あって、下からpre-OP、OP、GⅢ、GⅡ、GⅠっちゅー順や。だいたい賞金やどれだけ名誉なものかっちゅーことで制定されとる。まぁ上に行くほどヤバいレースって思てもろてえぇ」

「……え? でもそうなると、GⅢってちょうど真ん中? ですよね」

 

 

 最初の説明を聞いて、思わず介入する。その説明だと……GⅢは、ちょうど真ん中ってことになるけど……

 

 

「それって……そんなに騒ぐほどヤバいレベルなんですか?」

「……、マック」

「はい」

 

 

 なんて、口にしてみると。タマちゃん先輩はマックイーンさんに手を差し出す。応じたマックイーンさんは、どこからか一枚新聞紙を取り出し、それを彼女に手渡していた。

 受け取ったタマちゃん先輩は、それを器用に折り畳んでいく。いくつもの山折りと谷折り。一通り折り切ると、またバッグから赤色のテープのようなものを取り出し、その末端をぐるぐると巻き始めた。

 で……出来たそれを掲げ、ひとつ頷くと。

 

 

「――ドアホーッ!!」

 

 

 パシーンッ……と。それで思いっきり、私の頭を引っ叩いていた。

 

 ……要は、即興、かつ強力なハリセン。振り慣れてるのかどうかわからないけど、叩かれた頭はものすっごく痛かった。

 

 な。

 

 何も、わざわざハリセン作ってまで、殴らなくたって……

 

 

「ヤバいレベルやから動揺してるんやろが!! ちゃんと話聞いとったか!?」

 

 

 タマちゃん先輩、すごい気迫だった。まるでレース場の彼女を見ている気分だ……

 

 

「……、確かにあんたの言う通り、GⅢはちょうど真ん中や。でもだからってレベルが低いわけやあらへん。GⅢ以上は特に『重賞』呼ばれててな、獲得できる栄誉も名誉も……ついでに賞金も跳ね上がる。

 するとどや、みんな目の色変えてレースに臨んでくる。誰もが自分が一着取ろ思て本気も本気で挑んでくる……この際だからはっきり言っとくわ――

 

 重賞は……『次元』(レベル)が違う」

 

「……」

 

 

 タマちゃん先輩の眼光が変わる。無情なまでに、現実を突き付けてくる彼女のその目に、私も、その凄さを理屈ではなく肌で感じた。

 ……私。

 ものすごいレースに、挑戦しようとしてるんだ。今。

 ようやく――実感が、湧いてくる。

 

 

「……せやからあれやな。もし今の話聞いて不安に思うんなら、今からでもトレーナーに――」

 

 

 と、タマちゃん先輩は気遣いで言ってくれたと思うんだけど。

 何故だか、途中で止める。

 

 

「……と思たけど。余計なお世話かもしれへんな」

「え? な、なんでです……?」

「だって自分……よう見てみぃ」

 

 

 そう言って。

 タマちゃん先輩は、鏡を取り出す。

 そこに映った自分の顔を見て――

 私は。

 血の気が引いていた。

 ……なぜなら。

 

 

「――笑ろてるで」

 

 

 そう。

 笑っていたから、である。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 幼い頃から経験していた楽しいことがあるとすれば。

 走ることのほかには、ゲームとかお祭りとか。

 田舎町にテレビゲームなんて高級品はなかったけど、それでも子供ながらの欲求を満たせるくらいのものはそこにはあった。

 よく笑い、よく遊んだ。

 そうでない時には、笑っていなかった。 

 

 

 ……当然だ。楽しくない時に笑えるほど、私は頭の中お花畑じゃない。

 悲しい時は泣いたし……苛立った時は怒った。

 感情表現豊かな子供だった、と今にして思う。

 

 

 ……自分の中に不整合を感じる。

 緊張と笑い、という二つはどうしても合致しない。

 だが記憶と……タマちゃん先輩の言葉は、確かにそれらが合致していることを示していた。

 私は。

 場違いな笑いを、何回も経験している。

 

 

「……」

 

 

 私、実は自覚していないだけで、二重人格か何かなのか。

 結局、メイクデビュー戦のあれこれを思い出すことは叶いそうにない。

 時間と共に、記憶の断片化が進む中で、レース中の出来事はある一つの感情だけに埋め尽くされそうになっていた。

 

 

『楽しい』、と。

 

 

 正直ちょっと怖い。

 そこに、全く別の知らない人が、介入してきたみたいになって……

 でも、確かに勝った。

 でも、確かに在った。

 でも、確かにそこで走っていたのは……

 自分だったのだ。

 

 

「……まぁ、妙な行動しない分マシか」

 

 

 ただ笑うだけなら。楽しむだけなら。

 それに記憶を明け渡すくらい、いいのかもしれない。

 とかって、雑に結論をつけて、とりあえず思考を中断する。

 無理にでもこんな答えのない思考は放棄しなくては。重大なノイズにもなりかねる。

 だって()()は。

 そんなもの、許されない日なのだから。

 

 

「――よしっ」

 

 

 気合いを入れ直し、前へと進む。

 カーテンの隠す先の舞台へと、躍り出た。

 ――パドックへと。

 

 

「――……」

 

 

 瞬間、ドッと、溢れんばかりの歓声に出迎えられる。

 

 いくつもの好奇の目。

 いくつもの期待の目。

 ……あるいはいくつもの奇異の目。

 

 それらに晒されて、ここがもはや自分の唯一経験したそれとは違うことを実感した。

 

 

 ……これが。

 これが、GⅢか……

 

 

 そう。何を隠そう、ここは京都。

 京都は、十一月。

 過ぎてみれば早いもので……あっという間に、件の京都ジュニアステークスの日取りとなっていた。

 トレーニングにシミュレーション。時々座学。……詰め込めるものは詰め込んできたけど、やはり方針は変わらず、レースはデビュー戦きり。

 正真正銘……私の、二回目にして初めての、超が着くくらいの大舞台。

 ……うーんさすがに。

 笑っちゃうな、この規模には。

 

 

「……っ」

 

 

 走りながら、口角を抑える。いや、うん。オーケーオーケー、今のはちゃんと自覚していた。笑ったのを。まだ冷静さは保てているぞ。

 ……たぶんあれかな。本能の楽しさと、思考との乖離が最大になった時、あぁいうトランス状態になるのかな。

 思考を放棄して――本能だけがひた走り、身体をも支配する状態。

 とんでもない、とは思うけど。

 とんでもなく、健全とも思えなかった。

 

 

「……あ」

 

 

 パドックを走り終え、中に戻った時。誰かとすれ違う。

 その姿に見覚えがあって、私は思わず声を漏らしていた。

 犬っぽい髪型に人懐っこい笑顔。

 ……サクラチヨノオーさんだった。

 

 

「……」

 

 

 すれ違いざま、彼女とばっちり目が合う。

 お互い、射止められたように硬直したけど……

 

 え。

 えへへー。

 手、振っちゃったりして。

 

 

「――……」

 

 

 チヨノオーさんは、そんな私の行動に驚いたようで、小さく目を見開いていたけれど。

 その次の瞬間には――

 

 

「――」

 

 

 手を振り返す、

 ……ではなく。

 可憐に、優雅に。笑みを返していた。

 そして、私に背を向け、パドックへと出ていく。……

 

 ……

 

 ……そこで、思い至っていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 そうだね、と思う。

 地下バ場道にて。

 これからレースに臨む、何人ものウマ娘たちを見て。

 そうだね、と考える。

 

 ……これは勝負。

 これは試合。

 敬意はあっても。

 馴れ合いはいらない。

 勝つ誰かがいるのであれば。

 負ける誰かが必ずいる。

 勝つか。負けるかの。

 真剣勝負。

 

 

「……」

 

 

 ぞろぞろと地下バ場道を進んでいく流れに、私も乗る。

 先のチヨノオーさんの表情を思い描きながら。

 パン、と自分の両頬を強めに叩いた。

 頭の中が、さっきよりかは鮮明になったのを感じて。

 とうとう、

 レース場へと、出る――……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 そこはもう、

 戦場みたいだった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 会場を満たす声は号砲のよう。

 地響きを感じるのは気のせいだろうか。

 人の数も。熱気も。

 あの時とは……けた違い。

 

 

「……」

 

 

 あぁ……確かにタマちゃん先輩の言うとおりだ。

『次元』が違う。

 何から何まで。

 丸っきり違う。まるで異世界に来たみたいだ。

 何も知らない別世界に。

 

 一人――放り込まれたみたいだった。

 

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