大切なのはさ 理に叶ったモノばかりを
求める為? それだけじゃないって事を
あやしげな作戦 p1
ちょうちょをおうのがすきでした
ちいさなからだで きれいなはねで とびたつすがたが とってもきれいで
わたしもそれにひっぱられて そのあとをおいました
それはおそらにむかって どこまでもとんでいきました
てはとどかなくなりましたが それでもわたしは がんばって
ちょうちょをおいかけつづけました
それをおいかけていけば じぶんも
どこまでも いつまでも とんでいけるような
そんなきが したからです
桜舞う宝塚市の青空に、地響きにも似た歓声が吸い込まれていく。
阪神競技場の熱狂はピークに達しており、それが何によって引き起こされているものなのか、など改めて連ねるまでもない。
桜花賞――
鮮やかな緑の芝生の上を、そのウマ娘は、橙色のツインテールを揺らしながら駆けていく。
彼女が走る距離を伸ばしていくたび、それに釣られるように歓声もヒートアップしていく。
『さぁ5番ダイワスカーレット! 危なげなく最終直線へ入ります!! このまま逃げ切れるか――!!』
ダイワスカーレットは――
実況の伝えるように、独走に近い状態で最終直線へと入る。このまま勝負が着いてくれれば、彼女としても願ってもみないことではあるが――
勝負の世界は、そこまで単純ではない、ということを、彼女は良く知っている。
それを証明するように――
「!」
それは現れていた。
彼女のすぐ傍――
1バ身もない距離にまで、瞬時に追い縋ってくる。
鹿毛を後ろで結った、ボーイッシュな見た目のウマ娘。
『あーっと!! しかしここで来た! 6番ウオッカ、ここで怒涛の追い上げを見せる!! ダイワスカーレットに届くか、追い抜けるかぁー!!』
ウオッカは――
ダイワスカーレットのルームメイトであり、好敵手でもある彼女は。
驚異的な末脚を発揮し、ダイワスカーレットを追い込んでいく。
勝負は一筋縄ではいかない。
それが分かっている彼女だからこそ――そんな、ウオッカの最後の意地も、織り込み済みだった。
「――悪いわね」
だから、とばかり、不敵な笑みと共に、言う。
「今回は――アタシの勝ちよッ!!」
踏み込む。
温存していた力を解き放ち、追い縋るウオッカを突き放す。
「――ッ」
だが彼女も彼女で、それをただ見つめているわけでもない。
唇を噛み締めながら――
自身も、最後の力を振り絞り、その背中を追う。
追って。
走って。
追って。
走って――
そのデッドヒートを、果たして、制したのは。
『――決めたぁー!! 5番、ダイワスカーレット!! 鮮やかに決め切りましたッ!!』
橙色の髪が、嬉々とした動きと共に揺れ踊る。
ダイワスカーレットだった。
「ひゅぅ~、アッツいレースだったね~」
レースの結果を見届けて、能天気とも取られそうな、のんびりとした声が上がる。
「やっぱりスカーレットの安心感っていうか、安定感はすごいね。最後まで危ないところが全然なかったよ」
「でもでも、ウオッカさんの追い込みも凄かったですよ! 私、最後捲れるのかもってドキドキしました!」
「いい勝負でしたね……」
それに、溌溂とした声と、淑やかな声が続く。
セイウンスカイ、スペシャルウィーク、グラスワンダー――三人は、見知った仲間の活躍を見ようと、大阪まで駆け付けていた。
エルコンドルパサーも誘ったが、トレーニングとの兼ね合いで見送る、とのことで、三人での観覧となる、と彼女らは思っていたが。
そこにはもう一人、いつもならあまり見られない姿があった。
「で、どうだった? 同期の活躍は――」
セイウンスカイが、隣に目を向ける。
そこには、栗色のポニーテール。
「ミザールちゃん?」
「……圧巻って感じでしたね」
偶然であった。
自身も『研究』として観覧に行こうかと思っていたサファイアミザールは、親友であるカペラもヒスイも、さすがに大阪にまで足を運ぶ余裕はなく。
一人で行くか、誰かに同行を頼むかを悩んでいたところに、スペシャルウィークが声を掛けていたのだ。
先輩の輪の中に自分が入るのは――と、最初は断ろうとしたものの。セイウンスカイ、グラスワンダー両名、以前から彼女のことが気になっていた、とのことで。断るに断り切れず。
押し負け、こうして同行している次第である。
「スカーレットさんの強みは、その安定感ある走りだってのは聞いてましたけど。本当に最後までこう……お手本みたいな走り方で」
「そうでしょ~。結構色々、学べるとこもあったんじゃない?」
「あはは……実際、自分のものに出来るかはわからないですけどね」
学べる部分、盗める部分。しかと目に焼き付けた。自分の走りに転用できるかはわからないが。それでも、ここまで来た意味はありそうであった。
「……凄いなぁ」
しみじみと。
噛み締めるように言った、ミザールの瞳は。
「走ってみたかったなぁ……」
既に、妖しい色を伴っていた。
それを間近で目撃したセイウンスカイとグラスワンダーは、思わず息を呑む。
「……はは。勝負好きってのは本当だったんだね」
「ふふっ。向上心があっていいではないですか」
「モノは言いようだねぇ」
「あ……そうでしたね。そういえば、果たすまでレースには出ないっていう話でしたっけ」
スペシャルウィークは、そこで何かに気付いたように言った。
「例の目標……」
「……です」
サファイアミザールの顔が、若干翳る。その目標の現状を知る彼女らだからこそ、その表情の翳りには、多少なりとも同意していた。
「なんなんだろーね。急に保護してくださーい、なんてさ」
セイウンスカイが言うと、グラスワンダーが顎に指を添えていた。
「トレセン学園側がウマ娘を保護する、というお話は何度か聞いたことがありますが……保護してもらう、というお話はあまり聞きませんね」
「保護って単語が結構不穏な感じしますよね! もしかして、なんだかこう、酷い扱いを受けてきたとか……?」
「だとしたら、その親が連絡してくるのはおかしくない~? 普通そういうのって、その事実を知った第三者がするものでしょ~?」
「ですが、匿名の通報者というだけで、親御さんという確信もないというお話ではありませんでしたか?」
「……一応、通報者の正体を追ってはいるみたいです。上手くいってないみたいですけど」
ミザールの言葉を最後に、四人の間に、沈黙が漂う。周囲を包む、未だ冷めやらぬ熱気が、彼女らの耳には、妙に大きく感じられた。
「……明日ですよね? 来るのって」
「っていう話にはなってます」
「何も起きなければいいですけれどね……」
「まぁー、気になるけど、今は目の前に集中しよっか」
スペシャルウィーク、サファイアミザール、そしてグラスワンダーが、心底に不安そうに話す中。セイウンスカイは、いつも通りに軽快に笑っていた。
「しっかり、スカーレットの晴れ舞台を祝ってあげなきゃ」
「そうですね!」
「ですね」
「えぇ」
そんな彼女の発言に、三人は明るさを取り戻す。ちょうどその時、ダイワスカーレットとウオッカが、四人に向けて手を振っていた。その輝かしい姿に、自然、彼女らも元気づけられ、負けじと手を振り返していた。
翌日。
朝以上お昼未満な時間帯。
昨日に引き続き、今日はおやすみなのだけれど。私は、学園の校舎を訪れていた。
休日に校舎内を徘徊する趣味があるわけじゃない。これには当然、相応の理由がある。
誰にも使用されていない、空きのトレーナー室――
『集合場所』へ続く廊下に出ると、遠くからでも、そこに人影があるのが見えた。数にして……三つ。
「……トレーナーさん」
「おう」
速足でそこに辿り着いて、まず、最も見慣れた人の名を呼ぶ。トレーナーさんは、いつも通りの無表情だけれど。どこか困惑しているように見えなくもなかった。
「やぁ、来たね」
そのうちのもう一人――会長さんも、私の姿を見て微笑む。いつもの、余裕すら感じられる風貌にも、戸惑いの欠片が見えた。
最後の一人――たづなさんは、私に浅めに一礼する。動きが強張っているように見えるのは、きっと気のせいじゃないだろう。
彼女らの、そんな佇まいが。
事態が安易ではないことを、言外に物語っている。
「……あの」
それでも。
それでも、私は、ひとまず訊ねることにした。