16年度の卒業生   作:Ray May

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強攻策 p1

-◆◇◆-

 

 

 

 窓の外の景色が、高速で流れていく。

 見覚えのある長い髪が、『通路』を駆け抜けていく。

 ハッとなってその後ろ姿を目で追うけれど。それは見ず知らずの子供で、その子は親御さんと思われる女性に抱き着くと、何事かを楽しそうに語っていた。

 胸をチクリと刺されたような感覚がして、視線を再び窓へと移す。

 その時、どこか気だるげな車内放送が、周囲を満たす耳障りな騒音を縫って通り抜けていた。

 

「……自分がそないにブルーになってもしゃあないやろ」

 

 向かい側。

 唐突に話し掛けられて目を向けると、何かを差し出される。

 その小さな手には、一粒の包装された飴玉があった。

 

「これ舐めて元気出し?」

「……」

 

 もうすっかり見慣れた『彼女』に言われて、私は思わず微笑み、飴玉を受け取る。で……それから。彼女の心配りに感謝しながらも、思ったことを言ってみることにした。

 

「……なんか、たまに大阪のおばちゃんみたいですよね。タマちゃん先輩って」

「ちょ――はぁ!? 元気づけた先輩に言うことかいなそれが! はぁー! 心配して損したわ!」

 

 それでも、その声に本気の不快の色はない。むしろ、先の子供に負けず劣らずの楽しげな色に、思わずこちらも微笑んでいた。

 ……トレーナーさんに、『地元』への帰省を言いつけられ、今日。

 揺れる電車の中。本来ならその重要な旅は、私の一人旅になるはずだった。

 でも、心配に思われたんだろうか。彼は言ってくれたのだ。不安なら誰かに同行を頼んでもいいぞ――と。

 それこそカペラちゃんとヒスイちゃんに頼もうと思ったけれど、大事な調整期間に、二人を駆り出すわけにもいかない。

 そういうわけでその対象は、手が空いてそうで、かつ付き合ってくれそうな人へと限定され――

 果たして――頼んだわけである。

 彼女へと――タマちゃん先輩へと。

 

「ま、ちょっとは元気が出たみたいで良かったわ」

 

 私の顔を見て、彼女もまた微笑む。タマちゃん先輩も現役だ。もしかしたら断られるかもな、なんて思ったけど、なんと、二つ返事で承諾してくれた。

 可愛い後輩の頼みを断るわけないやろ――と、男前に笑った彼女には、感謝してもし切れなかった。

 

「それで……そろそろ話してくれへんか?」

 

 そんな彼女は、やや唐突に私に言う。私はその真意を汲み取りかねて、小首を傾げていた。

 

「コハクちゃんのことですか?」

「いやいや。そないなこと、もう散々『あっち』で話したやろ。ウチは自分の地元のことを知りたいねん」

「話すったって……」

 

 それは彼女なりの気配りだったのかもしれない。それ自体はありがたいものだったんだけれど、いかんせん……

 

「な……無いですよ……? 話せるようなこと……」

「そないなことないやろ! なんや? 更地にでも住んどったんか自分?」

「いやそういうわけじゃ……ってかそれ極論じゃあ……」

「極論でも、論は論や!」

 

 滅茶苦茶な理論だった。いやでも、そうか。ここで私が話せることない、なんて言ったら、そこで終わっちゃうからな。そうだ。ここは、私のプロデュース力の見せ所……!!

 

「えーっと……」

「おう!」

「え、えーっと……!」

「うんうん!」

「え、駅前に、おいしい牛丼屋さんが……!!」

「おぉ! その村にしかないローカル店やな!」

「いえ、普通にチェーン店です!」

「ってなんでやねん! もうええわ! はいありがとうございましたー」

「ありがとうございましたー」

「……」

「……」

「……ぶっ、っはははははっ!」

「……あはははっ」

 

 ……まぁ、そんな感じで。

 すっかり和気藹々とした空気の中。電車は、目的地へと向かって、進んでいく。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 コハクダブルスターの一時的な居室から、駿川たづなが退室する。

 扉を閉め、ため息を吐くと。こちらへと近付く影があることに気が付いた。

 長い橙色の髪に、白と青色の映えるハット、小柄な体躯に、頭上には猫。

 

「……相変わらずか?」

 

 秋川やよいは、愛用の扇子を開き、口元を隠すと、たづなへ向けて言葉を紡いだ。

 対し、彼女は残念そうに頷く。

 

「話し掛けてはいるのですが……反応がありません。ただ、耳が全く動いていないわけではないので、聞こえていないわけではないとは思うのですが……」

「ふーむ……今まで口下手なウマ娘とは会ってきたが、ここまでコミュニケーションの難しいウマ娘は初めてだな」

 

 何事かを思案する素振りを見せた彼女は、その末に扇子を畳むと、たづなと目を合わせていた。

 

「よし。私が直接見よう」

「は!? い、いいのですか!?」

「なんだ。私が会ってはならない理由があるのか?」

「いえ……ありませんけれど……」

「ならいいだろう。何。会ったらくたばるわけじゃない。少し様子見をするだけだ」

「……しかし」

「ん?」

「……」

 

 小首を傾げる秋川のその仕草は、見た目相応の少女のような、愛嬌溢れるもののように思える。しかしたづなは、それに気圧されたように冷汗を垂らすと、観念したように息を吐いていた。

 

「……わかりました」

「うむ」

 

 たづなは、居室のドアを開ける。秋川は、導かれるようにその中へと入った。

 

「……」

 

 コハクダブルスターは、相変わらず顔を上げない。微動だにせず、視線を落としている。

 その得体の知れない雰囲気に、秋川も、思わず眉を顰めていた。

 

 何人かは見てきた。

 暗い雰囲気の生徒。自信を持てない生徒。恥ずかしがりやな生徒。敵対的な生徒。

 話さない理由、話せない理由。十人十色で、誰もが相応のバックボーンを持っている。

 だが、同じように誰もが、寄り添い、根気よく話すことで、いずれは心を開いてくれていた。

 しかし、今目の前にしている少女のそれは――そのどれとも違う、と秋川は感じた。

 

 なんだこれは、と思わず疑問に思ってしまうほど。

 

 特に――彼女の、その瞳。

 そこには、およそ光と言えるものは、一切見られず。

 まるでその顔に――そういう形の穴ぼこが。

 虚空が。

 ぽっかりと開いているかのように、思われた。

 

「――はーっはっはっはっは!」

 

 秋川は。

 とりあえず、笑っていた。

 

「歓迎ッ!! すまんな! 昨日は執務が忙しくてな! 会うことが出来なんだ!」

 

 とにかく、彼女の警戒心を解くしかない、という考えのもとで。明るく話し掛ける。

 

「学園は気に入ってもらえたかな!! 何、そう怯えることはない。ここに君の敵はいないし、設備も充実している! 何か不自由があったら、遠慮なく申し付けることだ!」

 

 壁を打ち砕くように。門戸をこじ開けるように。

 暴力的なまでに、呼び掛ける。

 

「頼りになる先輩もいる! 競い合える同輩もいる! 存分に遺憾なく、自由に生きるのがいいぞ!!」

 

 太陽のような、光芒のような。

 その、神々しいまでの言葉の数々に――

 

「……」

 

 コハクダブルスターは。

 顔を、上げていた。

 その真っ黒な瞳で。

 秋川を、真っ直ぐに、見つめる。

 

「……」

 

 秋川もまた、その目を真っ直ぐに見つめるが。

 そこから産まれる、暖かさなどはなく。

 

「……」

「……」

 

 ただただ、不気味なまでの静寂が。

 居室の中を満たした。

 

「……さ、行くぞたづな! 私も忙しいからな!」

「……はい。仰せのままに」

 

 そんな静寂に追い立てられるように、秋川とたづなは部屋から退室する。

 ドアを閉め――

 秋川は、扇子を開き、口元を隠していた。

 

「……たづな」

 

 そして、優秀な秘書の名を呼ぶ。

 

「拘束を解いてやれ」

「――は!?」

 

 続けられた命令に――

 たづなは、素っ頓狂な声を上げていた。

 

「り、理事長! いくらなんでもそれは……!!」

「なんだ。お前はあの傲慢な説明に従うというのか?」

「い、いえ。そうではありませんが……!!」

 

 たづなは狼狽しながらも、自らの長へと進言する。

 

「……拘束服は、何かを抑え込むために着せるものです。もしあれを解いて、何かこう……暴れ出したりでもしたら……」

「約███ニュートン」

「へ……?」

 

 そんな彼女に、秋川は唐突、かつ無関係と思える返事をしていた。

 

「激昂状態のウマ娘が発揮すると言われている膂力だ」

「それが、何か……?」

「対して、一般的な服の引き裂き強度は、7ニュートンから10ニュートンでしかない。そして、手の付けられないウマ娘の鎮圧方法は、何らかの方法による薬剤投与くらいだ。わかるか? あんな拘束服はな、もとより気休めにもならんのだ」

「それなら……自由にしてあげた方がいい、と?」

「かかるストレスは、少ない方がいいだろう」

 

 秋川は、先の彼女の反応を思う。自分のことを静々と見つめた、あの反応を。あれをそうと分類していいものかどうかは議論の余地があったが、とにかく彼女が、外界の刺激の全てを遮断しているわけではないことは確認出来た。

 それならばまずは――極力リラックスさせることだ、と彼女は考えていた。

 

「ただ私も、皆の懸念をよく理解している。部屋からは決して出さず、監視員を一人は付けるように。あまり軟禁のようなことはしたくないのだがな、仕方がない」

「……それで、何かが起きたら?」

「その時はその時だ。……クラスA鎮静剤を用意しておけ。いつ、どんな時でも鎮圧出来るように」

「……、わかりました」

 

 よろしい、と秋川は扇子を畳んだ。

 

「では、何か動きがあったらまた伝えてくれ。私は理事長室に戻る」

「はい」

 

 たづなは、その小さくも大きな背中を見送り、コハクダブルスターの居室を振り返る。

 彼女自身、そのような命令に従うことは、不安と恐怖でしかなかったが。

 理事長の考え、信念を尊重することを選んでいた。

 

 ――また、自分も。

 あのような痛々しい姿を見ることに、限界を感じ始めていた。

 

「……もしもし」

 

 だから彼女は、携帯電話を取り出し、職員へ連絡する。

 理事長の指示した、有事に備えた『厳戒態勢』を、整えるために。

 

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