「うっひゃあー!!」
目的地である駅前に降り立つと、いつか聞いたような絶叫を、タマちゃん先輩は上げていた。
「ホンッマに何にもないやんかーっ!」
「あの……それはそうなんですけど。あんまり大声で言わないでもらっていいですか」
一応、利用客はちらちらいる。無用に注目を集めたくはないので。お願いしますね。
「うははっ、堪忍な! でもウチびっくりしたで! 結構整備されとるけど、ウチの想像の斜め上やったわ! 特にこの駅! ここちゃんと駅なんやな! ウチ一瞬郵便局やと思うたわ!」
「いやまぁ。はい。小ぢんまりしてますけどね……」
堪忍してほしいのはこっちです、タマちゃん先輩。お願いだから、ちょっと静かにしてください。
「いやー! おもろいやん、おもろいやーん!」
「……」
……その願いは、どうやら届きそうになかった。嘆きに似た息が口から漏れるのを感じながら、私も改めて、周囲を見回す。
最後に見たこの辺の景色は、田舎町そのものって感じだったけれど。ここ数年で区画整理が入ったみたいで、だいぶ綺麗に、そして近代的な街並みへと変化していた。
ただ相変わらず背の高い建物はなく、見晴らしがいい。青空は伸び伸びと頭上に広がっていて、心なしか居心地が良さそうにも見えた。
……なんか。
帰ってきたんだなぁ、と、しみじみ感じる。
「ミザール! 何ボーっとしとんねん!」
「あ、え」
なんて思う私の手を、彼女は乱暴に握る。腕を伝って視線を送った先には、太陽みたいな満面の笑みがある。
「ウチら確かに、使命があってここまで来たかもしれへんけどな、」
そんな笑顔を浮かべたまま、彼女は続ける。
「でもそれだけやなんて寂しいやん! な! ちょっとだけぶらぶらしようや!」
「え……で、でもいいんですか? 時間とか……」
「かまへんかまへん! いざとなったら、遅くなったから泊まってく言えばえぇねん!」
「え、えー……」
「トレーナーからお金。多めにもらってきてんねんやろ?」
いや、そうですけどね。万が一のために、ちょっと多めにお借りしてきてますけども。
あちらも、こちらが意図的に観光することなんて考慮してないのでは……
「ほなえぇやろ! ほらほら、まずはあっちから行くでー!」
「あ、ちょっと! そっちは何にもないですってばー!!」
……なんていう、私の不安をよそに。
まるで生まれたての子犬みたいに、タマちゃん先輩は、私の制止虚しく、走り出していた。
……そうして、だいたい二時間ほど過ぎたろうか。
「――いやぁー、思っとったより色々あったやん」
たまたま出店していた屋台で購入したお団子を口に運びつつ、タマちゃん先輩は言っていた。
「やっぱしあれや。観光っちゅうんは、外部のもんが自分で見どころ探してこそやな。自分も見つけられてへん魅力、今日再発見出来たやろ?」
「……ほとんど学校・工場・寺社巡りでしたけどね」
まぁ、何もなかったとは確かに違っていた。方々を巡り巡って、とにかく目に付くところに片っ端から訪問していた。さすがに学校・工場には踏み込めなかったけれど。それでもタマちゃん先輩には、十分に魅力的に映ったらしい。
「満足していただけたなら幸いです」
「ん、ウチは結構満足しとるで」
その言葉には、淀みがなければ、濁りもない。ストレートで嘘偽りないそれに、ちょっとだけ心が弾んだ。
「ほんなら、そろそろメインディッシュ行こか?」
「『心当たり』ですか?」
「それもやけど」
お団子の無くなった串を振りながら、タマちゃん先輩は言う。
「北部校。ウチ見に行ってみたいねん」
「え……北部校を?」
「うん。ミザールの始まりの場所。ウチ前から気になっとってん」
「でも――」
予想だにしない申し出だった。ただ私は、北部校の『現状』を知っている。それを脳裏に思い描いて、彼女に事前警告のごとく口にしようとしたが――
「……、」
……やめておいた。いたずらっぽく、その方が面白い、と思ってしまったからだ。
「……わかりました。じゃ、ご案内しますね」
「おいおい、今何か言いかけたやん。なんやねん、気になるなぁ」
そうは言いながらも、にやにやと、なんだかちょっと楽しそうなタマちゃん先輩。私はそれに微笑しながら、飽くまで答えずに、先導を始める。
ここから北部校のある場所までは、そこまで離れていない。太陽が空高く昇る昼下がり、穏やかな町の中を悠々と歩いていく。
車はほとんど通っておらず、人通りも少ない。
もちろん、ウマ娘の姿なんて、欠片ほどもない。
だから、そういう数少ない人たちの注目は、自然、私たちの方へと向けられていた。
そのどれもが、ちょっと驚いたような顔をしているのは、背後を歩くのが、かの有名なウマ娘だからだろう。
私にすらもその反応は、ちょっとむず痒かったのに、タマちゃん先輩は全く気にしていないみたいだった。さすがに、慣れてるんだなぁ。
「……お」
そうして歩くこと、十数分ほど。
とうとう、視界の中に、『それ』が入る。
広大で、舗装された道。停まっている、何台もの車――
「着いた着いた。ほら、ここですよ、タマちゃん先輩!」
「……へっ?」
示すと――
彼女は、おかしな声を上げていた。
目を丸くし、口を小さく開け。
目の前にした光景を、見つめている。
……悪戯成功、って感じだった。
「え……へ? いやでも、自分、ここ……」
「そうです」
私は、彼女に笑いながら、応じていた。
「……トレセン学園北部校は――今は、病院になっております」
そう。
かつてトレセン学園北部校の建っていた敷地は、今やすっかり再開発され――
病院が建ち。
傍らには、広大な公園が整備されているのです。
「……私たちが卒業した後も、二年くらいは残ってたみたいなんですけどね」
ちょっと照れ隠しの笑みを浮かべながら、彼女に説明する。
「コースとか校舎とか……県外のローカルシリーズの子たちが、合宿先として利用したりしたみたいです。ただそれも途絶えると、再開発計画が立って……えっと、今年の始め、だったかな。それくらいに開業したんですって。私たち、色々忙しい時期だったので……連絡は受けても、取り壊しや再建には立ち会えなかったんですけど」
「……年始は、特に『色々』あったもんな」
思い出して、自虐的な笑みを浮かべる。それらの出来事が、私には、既に遠い昔のことのように思われた。
「話を聞いた時には、ちょっと寂しかったですけど、でも、古い建物って倒壊の危険もありますし。しょうがないかなって思ったし……何より、誰かを救う場所になるのなら。それもそれでいいよね、とも思いました。まぁ、私が思わなかったところで、計画を頓挫させるなんて出来っこないので。無意味なんですけどね」
「……そっか」
「……あ。そうだ」
タマちゃん先輩の瞳が、優しく、慈しみに溢れるものになっていた。それにちょっと恥ずかしくなって、再び歩き出す。
「? なんや?」
「来てください。確か聞いた話だと、まだ『残ってる』はず……」
そういう感じで、側道を通り、病院の敷地を通り過ぎる。見えてくるのは広大な公園だ。その、病院の敷地との境界辺り――
「……あ!」
『それ』は。
遠目でもわかるくらいに、雄大に、佇んでいた。
「あったあった、『ご神木』!」
「ご神木……?」
公園の敷地に入り、ぱたぱたとそれの元に駆け寄る。『ご神木』――背の高い、太い幹の、その樹木は。既に花を散らしてしまったみたいだけれど。それでも美しく、雄々しく聳え立っていた。
「よかった。まだ全然元気そう」
「ご……ごっつい木やな……!!」
タマちゃん先輩は、驚嘆の声を上げつつ、ご神木を指差していた。
「ご神木言うてたけど、近くに神社でも建っとったんか?」
「あ、いえいえ。こんなにぶっとくて立派な木なもんですから。みんなが勝手に『ご神木』って呼んでただけです」
そう、別に特別な謂れはない。ただここに『ある』だけの、名も無き樹木――ただ、そのあまりに誇らしい姿は、見る者全てを圧倒してやまなかった。
だから私たちも、当時をして少ない語彙の引き出しから必死に引っ張り出した単語を名前として、勝手にシンボルにしていたのである。
「春になると、綺麗な桜を咲かせましてね。みんなでお弁当やらお菓子やら持ち込んで、この木の下でお花見みたいなことしてたんですよ。……」
……思い出す。あの頃の『色々』を。
まだ、全校生徒が、数十人はいた頃。
それぞれ、思い思いの食べ物や飲み物を持ち寄って。
親御さんまで招いて。
……大人はお酒飲んでハメ外して。
子供は、疲れてぶっ倒れるまで遊んで……
笑って。
笑って。
笑っていた。
……
「……懐かしいなぁ」
もうここに、そんな騒がしさはないけれど。住民にはすっかりお馴染みになってるみたいで。
突如上がった楽しげな声に振り向いてみると、そこでは――公園では。子供たちと青年たちとが混じって、サッカーに興じているみたいだった。
……『ご神木』は。
その様子を、悠然と見守っている、みたいだった。