16年度の卒業生   作:Ray May

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強攻策 p3

「……」

「……」

 

 二人、何も言わない。タマちゃん先輩は木を見上げているので、私も釣られるようにして、見上げる。今日……桜が咲いていれば、良かったんだけどな。

 まぁ、そればっかりは仕方がない。元々、来る予定もなかったのだし。そこまで木に求めるのは酷というものだ。

 

 また。

 落ち着いたら。ここに来たいな。

 ……みんなで。

 きっと――『みんな』で。

 

「……さて」

 

 やがて、タマちゃん先輩は言う。

 

「ほんならそろそろ……もう一つの『本命』、行こか?」

「……、はい」

 

 促され、木に一礼する。タマちゃん先輩も、それに倣って礼をしてくれた。そして……私たちは、そこから歩き出す。

 もうひとつの『本命』。それは、電車の中で既に話していた。

 現状で、コハクちゃんのことを知っていそうな――

 私の知る、今のところ残っている、唯一の伝手。

 ここからは、そう離れていない。北の方へ数分ほど、歩いたところ。

 朧げな記憶を頼りに、その道筋をたどる――

 

「……!」

 

 果たして。

 それは、そこにあった。

 塀に囲まれた、平屋の一軒家。

 表札を確認するけれど――うん。確かに、変わっている様子もなかった。

 

「……ここか」

「はい」

 

 タマちゃん先輩に、私は答えた。

 

「『教頭先生』の、住まいです」

「空き家、なんちゅうことはないよな?」

「もうその時は……その時ですね」

 

 ともあれ、躊躇っていても仕方がない。敷地内に恐る恐る入り、一軒家の玄関の前に立つ。

 昔ながらの引き戸。壁にはインターホン。擦り切れたベルのマークの印字されたそれを、ゆっくりと押した。

 ぽーん……と、古風な音が聞こえ。

 

「――はーい」

「……!」

 

 中から。

 聞き覚えのある女性の声が、聞こえてくる……

 どたどたという、床を速足で駆けた音の末。

 目の前の引き戸が開き。

 

「――はい、」

 

 その人は。

 顔を出していた。

 総白髪の頭に、薄縁の眼鏡。顔には皺が目立つが、活力までもは失われていない。

 そのお陰か――その人が、『その人』だということは、すぐにわかっていた。

 だからこそ。自然、身体が強張る……

 

「――……」

 

 目が合い。

 その目が見開かれる。

 私は、姿勢を正し。

 口を開く。

 

「あ、あの」

 

 とりあえず、と。

 当たり障りのない、言葉を――

 

「お久しぶり――」

「ミザールさん……?」

 

 が。

 そこで彼女は、そう声を漏らしたか、と思うと。

 

「っ!?」

 

 私の両頬に、手を添え。

 ぐいっと、自分の方へと引き寄せていた。

 

「――ミザールさんよね!?」

 

 そして。

 小さかったはずの声は、瞬時に、心底嬉しそうな、浮ついたものへと変わっていた。

 

「へ、あ、あの……」

「間違いない、間違いないわ! この栗毛にポニーテール! えぇ、嘘! どうして!? どうしてここにいるの!?」

「いえ、あの、ちょっと、用事があってですね……」

 

 まるで子供みたいにはしゃぐ彼女だけれど、この状態、ちょっと。いやかなり、喋り辛い。出来れば、落ち着いて、お放し頂けると、助かるんですけども……

 

「え、嘘、嘘ー!? やだっ、来るなら来るって言ってくれればいいのにっ!!」

「ご、ごめんなさい、連絡先がどうしてもわかんなくてですね……」

 

 そんな私の意図を汲んでくれたのか、彼女は手を離してくれた。改めて……改めて、その姿を見る。

 顔をぱあっと明るくした彼女は、目尻に涙を浮かべ、まるで有名人の凱旋を目の当たりにしてるみたいだった。

 ……教頭先生。北部校の無くなった今じゃ、厳密には先生ではないけれど。

 私にとっては、永遠の先生、偉大な『先達』だ。お元気そうで……何よりです。

 

「あらそうなの? 最後に会ったのは五年……六年だったかしら? でも久しぶりねぇ本当!」

 

 そう、元気そうに……本当に元気そうに、矢継ぎ早に、彼女は言う。

 

「あっ、テレビで観てるわよ、あなたの活躍! ちょっと遅いけど、弥生賞一着おめでとう! 次にレース出るのはいつなの? クラシック三冠とかは……!」

「あ、あの、先生、ちょっと、落ち着いてもらって……」

「……、本当に」

 

 困惑する私の頬に、彼女は手を当てる。それから続く、そこを撫でる動きは。大切なものを撫でるかのような、優しく、暖かなものだった。

 

「本当に……立派になって……」

「……」

 

 その、実の母のような眼差しに。

 私も思わず、目元が熱くなる。

 

「……えっと」

 

 さなかで。

 気まずそうに聞こえたタマちゃん先輩の声が――そんな、軽い夢の心地に浸った私を、ぐいっと引き戻していた。

 

「とりあえず……再会喜ぶのは、その辺でえぇか……?」

「え?」

 

 同じように現実に引き戻されたらしい教頭先生は、声に応じると。

 

「……!!」

 

 タマちゃん先輩を見て――

 再び、目を見開いていた。

 

「あ――あなたっ!! もしかして、タマモクロスさん!?」

「えっ、あ、せ、せやけど……」

「わぁー!! 嘘っ!! 夢みたい!! 私、あなたのことも追ってるのよ実は!! なになになに!? こんな有名人まで連れてきて!! もしかしておめでた!? おめでたなの!? やだっ、お赤飯炊かなくちゃっ!!」

「あ、あのー……先生? 落ち着いてください本当に」

 

 話が進まない。頼むからもう少しこちらの話をちゃんと聞いてほしい……

 

「あ……やだ、ごめんなさい、私ったら。も~、困るわよね。おばちゃんはいっつもマシンガントークしちゃうから……」

「あはは……そ、そうですね……」

「それで……」

 

 と、そこで教頭先生は、首を傾げていた。

 

「どうしてまた、ここに来たの?」

「……実は、お聞きしたいことがあって来たんです」

 

 ようやく本題に入り――

 私は、一連の流れを説明する。

 先生は、最初こそ不思議そうだったけれど、話の全貌を把握するにつれ、その顔を深刻そうなそれに変えていた。

 

「そう……コハクさんが」

 

 聞き切って――彼女は、哀しそうに言う。ふと、携帯電話を確認してみるけれど、新しいメッセージは、特に受信していなかった。

 

「……何も連絡がないので、たぶん、進展はないんだと思います」

「それで、何か手掛かりがないか、こんな田舎くんだりまで来たのね……」

「あの、本当に、些細なことでいいんです」

 

 私は、縋るように言った。

 

「お願いします! 何か、知っていることとかあったら、教えてください!」

「……」

 

 先生は、視線を下げる。その顔には、何か、葛藤のようなものが見え隠れする。

 何かを教えるべきか、教えないべきか――と、迷っているように、見える。

 

「……、」

 

 片手を頬に当てると、彼女は眉を顰めていた。

 

「知らない、と言うと嘘になるわ」

「――!」

 

 答えに――思わず、目を見開く。

 その勢いに押されるまま、一歩を踏み出すけれど。彼女は、でも、と続けていた。

 

「立ち話も何でしょ」

 

 そして、老健な笑みを浮かべると、家の中を示してみせた。

 

「……どうぞ、上がってちょうだい。その方が、『あの人』も喜ぶわ」

 

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