16年度の卒業生   作:Ray May

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強攻策 p4

-◆◇◆-

 

 

 

『すみませんたづなさん! 見つかりました!!』

 

 携帯電話からようやく届けられたその声に、たづなはため息に近い安堵の息を吐いていた。

 

「……まぁ、見つかったのならよかったです」

『本当にすみません! 『コイツ』を使う機会なんかそうないもので……!!』

「すぐに取り出せる場所に置いておいてくださいね。というか、元からそういう規定になっているはずです」

『わかりました! 気を付けます……!!』

 

 そんな通話を最後に、たづなは通話を切る。それから改めて目の前にするのは、依然として、『彼女』が中にいるトレーナー室だ。

 いつもならただの空き室。次なる利用者を待つばかりの、寂しげなドアは。今や異界へと続く禁忌の扉にも感じる。

 秋川やよいはああ言ったが――たづなの中には、未だに恐怖に似た躊躇いがあった。

 あれは文字通りに封印。解いてはならない禁断の鍵。

 破れば――取り返しのつかないことになる。

 そう、本能的に感じる。

 

「……」

 

 だが。

 再び入ったその部屋で。

 コハクダブルスターの姿を改めて見た時、胸を締め付けられるような感覚がした。

 理事長の理念。彼女の願い。それをよく理解しているからこそ――

 それと相反する状態に、息苦しさすらも感じた。

 

「……」

 

 結果的に、その感覚が、彼女の本能を超越していた。

 たづなは、理事長が話して以降、また何の反応も示さなくなった彼女に近付き、

 彼女を縛っていたベルトを、一つずつ外していた。

 腕のものを。脚のものを。胴のものを。外し。

 彼女は、自由の身となる。

 

「……」

 

 コハクダブルスターは、何も言わない。

 言わないが、自由になった掌を――袖が塞がれているため、対外的には服を見つめているように見えるのだが――見つめ始めていた。

 それ以外に、様子に変わりはないが。

 自分の状態に起きた変化に、驚いているように見える。

 

「……『全てのウマ娘は自由であるべきである』……秋川理事長の信条です」

 

 そんな彼女に、たづなは語り掛ける。

 

「あの『説明書』の話も気になりますが……やはり、あなたをあのような状態にしておくのは、我々には見過ごせません」

 

 自分の言葉が届いている、と信じて、連ねる。

 

「……大丈夫です。ここにはそのための設備も装備もあります。少しくらいは――」

「――」

「――?」

 

 刹那。

 彼女の口が、動いていた。

 それはたづなには聞き取れなかった。だから、その視界に映るために、彼女の前にしゃがみ込む。

 

「なんですか?」

「――め」

 

 消え入りそうな声で。

 か細い声で。

 しかし彼女は、確かに言っていた。

 

「――だめ――……」

 駄目、

 と。

 

「え……?」

 

 困惑するたづなに、彼女は両の手を差し出す。

 

「しばって……」

「……いえ。ですからそれは……」

「だめ……あのこが……でてくる……」

「あの子……?」

 

 かたかたと。

 コハクダブルスターは、小刻みに震え出す。

 何かに恐怖するかのように。

 何かに怯えるかのように――

 

「ずっと……ずっとしばられてた……あのこ……おこってる……いらだってる……だからだめ……しばって……おねがい――はやくっ……」

「あの子? あの子とは誰です? 誰かお付きの人が――」

「だ――……」

 

 縋るように。

 願うように。

 彼女はそう言い続けていたが。

 

「――っ」

 

 びくん、と。

 もう一度、大きく震えたかと思うと。

 車椅子の背もたれに凭れ掛かり。

 そのまま――動かなくなってしまった。

 

「は……?」

 

 何が起きたのか理解できず、たづなはコハクダブルスターの両肩に手を添える。

 

「コハクさん? コハクさん!? どうしたのです!? 大丈夫ですか!?」

 

 緩めに揺さぶるも、彼女は反応しない。一体何が――と思い、その手は、携帯電話を取り出す。

 画面を素早く開き、番号を、理事長のそれに繋がる番号を打ち――

 発信した。

 

「――!」

 

 その時だった。

 凭れていたコハクダブルスターが、身体を動かす。

 前のめりになり――

 大きく、項垂れる形となる。

 

「コハクさん!」

 

 携帯電話を放り出し、再びしゃがみ込んだたづなは、その顔を覗き込みながら呼びかける。

 

「聞こえますか? 大丈夫ですか!? 一体何が――」

「――ちゃん」

「……え?」

 

 瞬間。

 聞こえた声は、先ほどまでのそれと、まるで違っていた。

 彼女の声は、か細く、消え入りそうな、少女のそれだったが――

 今聞こえた声は。

 それとは、大きく異なる、低く、男勝りなそれで。

 

「姉ちゃん」

「は……? 姉ちゃん……?」

「あんた……暇なのか?」

「へ……?」

「なら、」

 

 その声のまま。

 困惑するたづなに。

 話し掛けた、『彼女』は。

 

「――」

 

 その顔を。

 ゆっくりと。

 ゆっくりと。

 上げていた。

 

「……おれと、」

 

 その顔は。

 その口元は――

 

「――遊んでくれよ」

 

 禍々しく。

 歪んでいた。

 

 

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