16年度の卒業生   作:Ray May

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強攻策 p6

-◆◇◆-

 

 

 

「正直な話……私たちも、あの子がどこから来た何者なのか、よくわかっていないの。

 

 というのも、あの子の保護者が、自分の身の上を話したがらなかったから。

 

 ここって長閑な田舎町でしょ。療養や、家庭の事情で、引っ越してくる人自体は珍しくなかったわ。

 

 でもあんな風に……説明の一切を拒絶されたのは、初めての経験だったわ。だから、私も『あの人』も、自分の持つ総力を結集して、その身の上をどうにかして調べようとしたの。

 

 でも出てこなかった。不自然なくらい、何も出てこなかった。まるであの子が存在している事実が、この世界から丸ごとぽっかり抜け落ちてしまっているみたいに……

 

 それでも、それでも、お子さんを預かる以上、私たちには、最低限それを知る権利があるわ。わかるでしょう? 人間というのは、よくわからないモノを理由なく怖がってしまうものなの。

 

 だから、根気よく保護者さんを訪問して……話を聞こうとしたわ。その末に、彼はこれだけ話してくれたの。

 

 あの子に今必要なのは、『敵』のいない環境です、とね。

 

 それ以上は話してくれなかったわ。『敵』というのが、一体何を指すのかもわからなかった。踏み込むことは出来たけれど……顰蹙を買って、気まずい関係性になるわけにもいかなかった。だから……調査はそこで一旦は終わったわ。

 

 全てを忘れて……とにかく捨て去って……あの子を、一人の、一介のウマ娘と見て、誠心誠意、指導したわ……もしかしたら、そんな恐怖を拭い去りたいから、というのもあったのかもしれないわね。

 

 そうして、あの子が在学した三年間は、あっという間に過ぎていった。何もわからないまま、何も解明出来ないまま……あの子たちは去って、しばらく胸にしこりは残ったけれど。それも時が解決してくれるだろうと、私も『あの人』もそう思っていたの。……あの『事件』が起きるまではね。

 

 ……新聞紙にも、全国ニュースにもなったから、よく覚えているわ。██県の、強盗殺人致傷。いつもなら、痛々しい遠い地の凄惨な事件か、で終わるのだけれどね。私たちには、それをそれだけで終わらせることが出来なかった。……なぜなら。

 

 

 なぜなら、その事件の唯一の犠牲者が――他ならない、その、コハクさんの保護者だったからよ。

 

 

 私たちはすぐに、その事件の生き残りの方たちに連絡を取って、コハクさんがどうなったのか、無事なのか今どこにいるのか何をしているのか、聞いて回ったわ。負傷者の欄にいなかったからね、無事なのは確かだったんだけれど……なんだかとても、とても、嫌な予感がしたものだから。

 

 ……でも、無駄だった。彼らは知らない、見たことがない、の一点張りで、ろくな情報も無かった。声が震えていたから……知らないなんてことはない、というのはすぐにわかったわ。そして……何かに怯え切っているのも、同時に。

 

 彼らが何に怯えていたのか、どうして知らない振りをしたのかは、わからない。ただ私たちの力じゃ、それ以上はどうにもならなくて……あの子の行方がわからないまま、また数年の月日が流れたわ。

 

 そして……今日。

 

 あなたがここにやってきて……その話をしてくれた、という感じよ。……」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ……木々のざわめきは止まない。

 一連の話を聞いて。

 私は、いや、きっと、私たちは。その話に、違和感を覚えていた。

 

「さて、ミザールさん。ここで問題です」

 

 それを見抜いたかのように。

 教頭先生は、言う。

 

「突然こちらに越してきた、コハクさん。そしてその唯一の保護者。突如として発生した凄惨な強盗殺人事件。彼はその事件の唯一の被害者となった……関係者は、知らない、わからない、の一点張り。有り触れた色々な理由で、何とでも説明は付けられるけれど……

 

 果たして……『これ』は、本当に偶然でしょうか」

 

「……」

 

 ……ひと言も、まともに話すことの出来ない、コハクちゃん。

 そんな彼女に付き添っていた、保護者。

 突然起きた強盗殺人事件。

 その人は――事件の、唯一の犠牲者だった。

 事実は小説より奇なり。

 偶然、と言われれば、それまでだけれど。

 

「……出来過ぎやな」

 

 タマちゃん先輩も、同じように感じたようで、そう呟いていた。

 ……そう。

 出来過ぎている。

 偶然にしては――

 あまりにも、一致し過ぎている……

 

「……私から言えるのは、それくらいよ」

 

 教頭先生のその言葉を、しかし、と紡ぐことは出来る。

 でも今まで、手掛かりなど何もない状態だったのだ。

 その事実そのものが何を指し示すか、まではわからずとも。

 見つかったのなら。それは――大きな前進、と言えた。

 

「ごめんなさいね。もっとこう、真相に近付けるようなことがあればよかったんだけど」

「い、いやいや。何を言うんですか。これだけでも、全然十分です!」

「せやな。藁にも縋る気持ちで来たんやし、こっちは」

 

 申し訳なさそうにする教頭先生に、私たちは、慌てて対応する。

 とんでもない。こちらとしては――()()()()()()収穫だった。

 

「なので、あの。先生」

 

 だから。

 最後に、と、彼女に問いかける。

 

「教えてもらえませんか。その……保護者さんの、お名前」

「……、そうね」

 

 もしかしたら、意図的に伏せていたんだろうか。

 教頭先生は、どこか暗い顔をする。

 瞳は、翳った色を灯し。

 そこに、深淵を見ているかのようにも見えた。

 

「どうせ調べれば、すぐにわかること。包み隠す理由もないわね」

 

 でも。

 自分に言い聞かせるように、彼女は言って。

 

「『彼』の名前は――」

 

 私たちに。

 とうとう、その、最も重要と言える情報を、口にした――

 

「――」

 

 ……

 その直後だった。

 

 

 

『――あ~♪ ボクはテイオ~♪ テイオ~♪』

 

 

 

「……!」

 

 ……辺りに響き渡る、呑気な歌声。

 それが何を示すか……は。私しか、知らない。

 

「や、やば……!!」

「なんや自分。テイオーの『鼻歌』着信音にしとるんか?」

「いえあの、いや、そうなんですけど! ごめんなさい、これオフレコでお願いします……!!」

「え~? いいじゃない。可愛らしくて。ママ友たちに広めとくわねっ」

「全力でやめてください!!」

「えぇからはよ出ぇよ。電話とちゃうんかそれ?」

「~っ、ぜ、絶対オフレコですからね……!?」

 

 あぁもう、顔が、顔が熱い。なんだよもう。あんだけ神妙な空気だったのに。テイオーさんめ。ぶち壊しにしてくれちゃって……!!

 帰ったら盛大に文句言ってやる……!!

 

「……え」

 

 と。

 筋違いな怒りを抱いたのも、つかの間。

 

「トレーナーさんだ」

「? トレーナー?」

 

 その画面に表示された名前を見て。

 呟いた言葉に、タマちゃん先輩が応じる。

 私はそれに頷いて――

 通話開始のボタンをタップした。

 

「……もしもし」

 

『バカウマか!? 今どこにいる!!』

 

「え――へ?」

 

 それは――

 その声は。

 私が今まで、聞いたことのない類の声だった。いつも落ち着き払っていて、朴訥としている彼の――

 珍しく、逼迫しているような、声。

 

「いや……その、昔の教頭先生の家にいますけど。な……」

 

 それに、凄まじく嫌な予感を覚えながらも。

 私は、慎重に踏みしめるみたいに、恐る恐る、訊く。

 

「何か、あったんですか?」

『今すぐ学園に戻れ!!』

「へ……!?」

 

 予想だにしないその指示に。

 頓狂な声を上げるけれど。

 

『コハクダブルスターが――』

 

 それにも構わず。

 彼は、言っていた。

 

 

『――『暴走』してる……!!』

 

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