めちゃくちゃ遅くなってすみませんでしたァーー!
「僕に触れやがって⋯⋯この非感染者のクズが!」
穢らわしい手に触れられたことに憤怒しながらレユニオンの幹部――メフィストは気を失った変な髪型の学生の体を踏みつける。
学校から脱出したのかそれとも逃げている最中に通り掛かっただけかは分からないが、そんな些細な事はメフィストの眼中に無い。
問題はさっきまで倒れていた家畜共だ。
「なんで武器も持っていないただの学生に持ってるお前らがやられてるんだよ。⋯⋯ってもう聞こえてないか」
レユニオンの構成員に訳を聞こうとメフィストは言葉を掛けるが自身のアーツ作用を思い出し肩を竦めた。もうコイツらに言葉の意味を理解する知能はないのだ。
「少し気になるけど、まあいいか。おい、コイツを学校の中に放り込め」
メフィストが構成員に命令を送ると構成員はまるで人形のように有無も言わず黙々と学生を校内へ運んでいく。自分に触れた罰として殺そうとも思ったが、そんなものでは生温いだろう。感染者が受けてきた苦しみは一瞬で終わるものでは無いのだから。
「苦しみは始まったばかり、精々楽しんでね」
校内に運ばれていく学生をメフィストは笑顔で送り出す。その笑みは酷く歪んでいた。
▽
「⋯⋯ぐっ!?」
全身を駆け巡る強い衝撃に仗助は目を覚ます。打ち付けられたような痛みからして体を持って投げられたのだろう。
投げ込んだ人物を一目見ようと背後に首を回そうとするが金縛りに合ったように全く動かない。多分気を失う前に後頭部に受けた強い打撃が感覚を麻痺させているのだ。
――これはマジに、やべぇかも
今にも殺されるのではないかという嫌な想像が仗助の切迫感を掻き立てる。徐々に手足の感覚は戻ってきているが、それでも動かすことは叶わない。
後ろの方からカツカツと地面を鳴らす靴の音が聞こえ、仗助は覚悟を決めた。が、その足音は徐々に小さくなっていき、やがて消えた。始末しなかった事に仗助は疑問を覚えつつも幸運だったと思いようやく力が入った手足を使い上体を立たせる。
「⋯⋯マジにヘビーな状況だったぜ。だが、なんで倒した白仮面野郎が復活してたんだ」
このような状況になったのも再起不能にした白仮面が謎の復活を果たしたことが原因である。白仮面は完全に気を失っていたし、もし失っていなかったとしてもクレイジーDのラッシュをまともに喰らってはまず立ち上げれない。
あそこから復活出来た可能性として、あまり考えたくはないがあの白髪の少年が原因だろうか。今考えてみればだがあの少年は紛争地域にいるにも関わらず身なりが『綺麗』過ぎた。
老若男女問わず死体が多く転がっている都市の中で成熟していない幼い子供が怪我もせずあの地獄のような環境を抜け出すことはまず無理だろう。
まともそうな生存者を発見した。その時の安心感と喜びが招いた盲点だったが、しかし少年が敵だと仮定してもどのように敵を復活させたのかがまるで分からない。スタンドのビジョンも何か能力を発動させる前兆も何も無かったのだ。
「⋯⋯考えても埒が明かない。取り敢えず移動だ」
幾ら考えを巡らせても答えに辿り着ける気がしないので仗助は思考を切り替え、付近を一見する。
壁に飾られた小さな時計に一つ一つ番号が割り振られたロッカーの数々。どうやら先程見えていた学校の校内に投げ入れられていたようだ。
何が目的かは分からないが、この場に留まっていては事態の把握もままならないと思い仗助は歩を進める。白仮面達の動向が気になるため出来るだけ上階の教室から探ろうと考え、廊下を渡り階段を登って行く。
一歩一歩階段を登りながら壁や床に視線を向ける。そこには切りつけた跡や赤色で書かれた荒れた文字などが散布していた。
「⋯⋯⋯」
自身の学校の校内と照らし合わせてみるとその光景の異質さはより朗然と仗助の目に入った。どこか他人事だと思っていたことが、自分の立ち位置と置き換えて見ると急な実感が湧いたのだ。
「こんなにもヤベーことが起きているのに、マジになんでニュースにならねぇんだ」
階段を登る度に増えていく赤い落書きや荒れ具合を目にしながら仗助は脳裏に浮かんだ疑問を口にする。学校に放り込まれる前の都市にいた時からつくづく思っていたことだ。
まず整理するとここはロシア圏内のどこかという予想はつく。文字の特徴や文脈から読み取れるからだ。
しかし仗助自身政治に興味があるタイプではない。テレビニュースに各国の情勢に関する話題が流れても軽く聴き流す程度だ。
ただ世界の情勢をたとえ仗助が認知していなかったとしても、ロシアという大国がここまで激化する程の政治情勢が国内で話題にならないなど有り得るだろうか。いいや絶対に有り得ない。
なら一体ここはどこなのかと思い仗助は更に思考を深めようとすると、
「――!――!?」
「⋯⋯っ!?」
悲鳴。階段向こう側から言葉は分からないが確実に助けを求める声が聞こえた。階段を登る速度を上げ抜けると、長い廊下の奥に鉄パイプを持ち振り上げている男と襲われている少女がいた。
「『クレイジー・ダイヤモンド』!」
走って間に合わないと判断し、仗助は廊下のすぐ側のガラスで覆われ飾られている記念品にスタンドの腕を突っ込ませる。
ガシャン!とガラスの砕ける音に男の注意が引かれこちらを向く。その隙を仗助は見逃さず、すぐさまトロフィーをスタンドの腕で投げつけた。
――ドグォオッとトロフィーが到達したと共に鈍い音が男の顔面から鳴り響く。クリーンヒットだったようだ。
顔面を粉砕された男はトロフィーの衝撃のままに後方へ倒れ動かなくなった。
「なあ、平気かアンタ!」
「――――ひっ!」
男が気絶したのを見届けると仗助は少女の方に早歩きで近づき英語で語りかける。が、かなり怯えているため少し距離を取り、両手を上げ敵意がない事をアピールする。
「大丈夫。襲う気は全くねぇからよ」
「⋯⋯⋯」
「あー、英語って共通語だよな?通じてるかどうか心細くなってきたぜ」
「⋯⋯あの、助けてくれて本当にありがとう。でも英語って何?ヴィクトリア語じゃなくて?」
「おっ、通じたかっ、て、ヴィクトリア語?何だそれ。英語はイギリス発祥の言語だぜ。世界史で習わないのか?ロシアは」
「えっ⋯イギリス?ロシア?貴方一体何を言っているの?!こんな状況で、気でも狂ったの!?」
「えっ!?ちょっと待ってくれ!それマジに言ってんのか?!ここって多分ロシアのどこかだろ!?それをアンタが知らないってどういう⋯⋯」
ことだ、と口にしようとした疑問は廊下に響く怒声に阻止された。
「っ⋯⋯マズイ!別グループの奴らが来たわ!取り敢えずこっちに来て!」
「お、おう!」
武器を持ち後方から迫ってくる者が三人。仗助は撃退しようかと思ったが少女が付いて来いと言い走り出したため従い、後に付く。
長い廊下を仗助と少女は疾走していく。それを逃がすまいと三人組も走り出し、仗助の後を追って行く。長い廊下を突っ切り仗助が階段へと差し掛かろとした時、三人の内一人が仗助目掛け武器を投擲した。
しかしスタンドを持つ仗助にその投擲は命中することはなく、仗助はクレイジー・Dでそれをキャッチするとお返しとばかりに投げ返す。
――ドラァ!
「――ごへぇ!?」
投げた瞬間に階段を下ったので命中したかどうか少し不安だったが、あの間抜けな声からして多分命中したのだろう。
階段を駆け下り、また長い廊下が続くがその廊下を境に追跡してきていた残りの二人が引き返して行った。
何でだ?と不思議に思っていると、
「ここまで来たら大丈夫。ここはあの『冬将軍』の縄張りだから」
「冬将軍?誰かは知らねぇけどダセェ渾名だな」
どうやらここら辺は誰かの領分のらしく、それが理由で二人は引き返したようだ。しかしあんな逆上しながら追ってきていた奴らが躊躇う事無く引き返していく程権威のある人物の名が冬将軍とは、もうちょっと何とか成らなかったのだろうか。
「それ、本人に言ったら怒るかもしれないから口に出さないようにね。今から教室に入るから」
そう言うと少女はドアをスライドさせる。ガラガラと音を出しながらドアが開かれると教室から彼女を心配する声が聞こえてきた。
「――ヴィカ!一体何処に行っていたんですか?!本当に心配だったんですよ。っ⋯⋯その人は?」
教室の前に立っているヴィカ、と呼ばれた少女に水色髪のした少女が不安げに駆け寄るが無事な姿に安堵したのか表情を綻ばせた。が、こちらを見た瞬間、表情は一気に引き締まり、明らかに敵意を込めた目で見詰めて来た。どうやら警戒されているようだ。
「そんな睨まないでアンナ。あと会話はヴィクトリア語で。この人は私を助けてくれた、えっと⋯⋯」
「東方仗助ッス」
「あっ⋯⋯ごめんなさい恩人とも知らずに私。あの、取り敢えず中へどうぞ」
ヴィカを助けた人という事で少し信用を得られたらしく、警戒も解かれたため仗助はホッと肩を落とし教室の中へと入る。
教室は中は完全に学び舎の要素を消し拠点というに相応しく、机でバリケードを築いたり窓を完全に封鎖していて敵の侵入を阻む拠点と化していた。
教室には二人以外にも一クラス近く人がおり少し狭い。机や椅子も使えないため仗助は適当な床へ腰を降ろす。
「改めてヴィカを助けていただき本当にありがとうございました。私はアンナといいます。制服を見るにジョウスケさんはウルサスの学生ではないようですが一体どちらから来たのですか?」
ウルサス。またもや出現した謎の単語に仗助は頭を抱える。まだ確信は得ていないが、先程のヴィカとの会話の食い違いやアンナのこの発言、そしてまだ言及していないが教室にいる全員に獣の耳のような物が別に生えている。
どう考えておかしいのだ。自分の常識と照らし合わせても。まるで自分の知っている世界ではない『別世界』にいるような心地を感じてしまう。
「――?どうかしましたかジョウスケさん」
「⋯⋯なぁ、俺が今から言うこと、冗談と受け取らずに真面目に答えて欲しいんだがいいか?」
姿勢を正し仗助は真剣な趣で会話を振る。急な態度にアンナの顔に不可解な色が浮ぶが、他意は無いと思い「はい」と頷く。
「よし、じゃあ一つ目。ここはユーラシア大陸北部のロシアって国で合ってるか?」
もし現地の人なら聞くのも甚だしい、馬鹿げた質問。しかし、
「え?」
目の前の少女はその質問に対し笑って揶揄うことはなく、正気かと訝しむ目線を送ってくるばかりだ。
「グレート。マ、マジかよ」
「まだあの時と同じこと言ってるの!?本当に頭イカれちゃったのかしら?!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ。取り敢えずここが何処なのか教えてくれないか?信じられねぇかも知んねぇけどよ。事情は後から話すからよ」
困惑する仗助にヴィカが襲われる前にした会話を掘り返し、指摘する。ヴィカの必死な様子から校内は予断を許さない切羽詰まった状態なのだろう。
そう思いどうにか落ち着いてもらうと必死に手を振る仗助だが、あまり効果はなく、異常者を見る目は変わらない。教室からはヒソヒソと雑言が沸き始めていく。
こうも騒ぎ立てられるとは仗助自身も思っておらず先の発言を後悔したが、発言を取り下げられる雰囲気はとうに消えていてどうしようもない。思考を切り替え、失敗をどう誤魔化すかではなく、出来るだけ良い方に持って行こうと考え仗助が頭を回していると、
「⋯⋯ここはウルサス帝国の一部。チェルノボーグという都市です」
「――!あ、あぁそうか。ありがとよ」
相手するだけ無駄な異常者へのアンナの発言にヴィカは声を出すことは無かったが怪訝な表情をアンナへ向けていた。
思わぬアンナの助け舟に微妙な返しをする仗助だがこの返しが仗助の中では精一杯だった。口にリソースを割ける余裕がなく自身の知恵と新たな情報を脳で照合し整理することに手一杯だからだ。
言い出しっぺの仗助が眉間に指を当てながら黙考し始めた為、教室には数秒の沈黙が訪れたがそれは仗助の大きな吐息よって破られる。
一体何を言い出すのかと少しだけ興奮気味な教室の視線を一身に受けた仗助は口を開き、
「心の整理ってのは結構⋯⋯内容次第でキツく来るもんだな。もう、ぶっちゃけで言う。俺、別世界から来たみたいなんだ」
「「「「はぁああ?!!」」」」
――仗助はヤケだった。