〇〇ってサークルの新しいイラストレーター微妙だよな 作:あいうえお
ぼくは特にシナリオを書くでもない、冴えない生活を送っていた。仕事で繁忙期なのにシナリオ書いてる場合じゃないって。
残業をゼロにしよう!とかいう本社からのお触れが届いた結果、サービス残業が以前よりも常態化してしまった悲しき我が社。コンプライアンス管理の重要性から、チェック項目が2倍以上になってさらに過密スケジュールとなった我が社。ここに年度末という時期も組み合わさるとなかなかにカオスだ。
だからシナリオ書けなくてもしょうがない。
って、いうのは誤魔化しだ。ちょっと前だったら、どれだけ仕事が忙しくったって書けてたのになにかが違っちゃったんだろうなぁ。まぁ……答えは自分でもわかってる。
「もう年だからなぁ!」
既に三十路に差し掛かろうとしている齢。美術館でモネ展がやるって知れば、知ったその日には飛んでいったあの頃の自分。この前なんてゴッホ展があったっていうのに、あー今週は疲れたから家で寝る。来週行くかぁを繰り返して、結局行かないままだった。
仕事終わった後すぐに新幹線乗ってインテに行ったり有明に行ったりできてたのだって。
「今のぼくには無理無理無理!あー、最近小説も読めてないのに」
シナリオの書き出しってけっこう難しい。きちっと決まってしまえば、そのまますーっと物語を紡いでいけるんだけど、始まりで躓いてしまうとにっちもさっちもいかなくなってしまう。
よくも悪くも何かに触発されたのを導火線とし、そこから独自性を紡いでいくのがぼくのシナリオのスタートラインだから「読書をしない=作品が始まらない」と言える。じゃあ、なぜ読書をしないのか。結局、これも体力の話につながる。
でも、それだけじゃない。
仕事鞄を下ろして、部屋着に着替えて「よっこいしょ」と言いつつソファに沈み込みながら、スマホで某SNSのアプリアイコンをタッチした。
「うわぁ、増田くんの日常ポストに100以上いいねがついてる……」
導かれるようにハートマークを指でつついた。ぼくは最近、増田くんのSNSアカウントに釘付けだった。軽々しくポストされる流麗なイラストには瞬く間にリポスト・いいねがされて世界中に行き渡っていく。英語圏のユーザーからの delete this というぼくには理解できない迂遠な賞賛も散見されるって言えば、どれくらいのもんか分かってもらえると思う。
いつ増田くんは新たにポストするのか。ぼくはSNSの更新を繰り返し続けてわずかな余暇を消化していた。時折更新した瞬間にひょこっと増田くんの日常ポストが現れると、脳の中の快楽物質がじゅわって出てるような錯覚がする。
「増田くん。増田くんはどこまで行っちゃうんだ?」
そんなもん本人の勝手だ。
今のぼくはシナリオ書いたり小説読むよりも、増田くんからの供給がリアルタイムで更新されたときの喜びを貪って生きる、碌でもないヤツになっていた。
サイエンの月一の進捗報告を欠かしたことのなかったぼくが、既に3ヶ月もデールサイトにログインしていない。こいつは大事だ。
ま。ほんのり屋のSNSアカウントに「いつ新作の制作を開始するんですか」って催促のメッセージが来てるわけでもないし、なんならこのまま同人活動引退してもいいんじゃないの?だって誰にも求められてないし。ぼくも、今とてもやりたいわけではないし。なんてったって零細サークルなんで。
いつまでも上から下にスワイプするのを続けたところで切りがないし、どっかでお風呂に入らないとなぁ。でも、お風呂掃除とか服を脱ぐのだとか、そういう一切合切が面倒くさい!
ソファの上で多磨のご当地キャラクターであるグデ多磨といい勝負するくらいのだらけっぷりでぼくは日課のスパムアカウントブロックをし始めた。
ふわぁと大きなあくびをして目をつむった、そんなときに電話がかかってきた。
「こんなときに誰ぇ?」
タイムラインの更新とスパムブロックしかしていなかった自分を棚に上げ、あくびに少し濡れた目の周りを指で拭いつ目をかっ開くと、発信者はなんと増田くんだった。すごくドンピシャ、なんていう偶然。もしかすると運命。ま、ずっとSNSを睨んでればそういうこともあるだろうってことは考えない。
一体、どんな用事なんだろう?ぼくは胸をドキドキさせつつ通話のボタンを押してスマホを耳にかざした。
「まままま、増田くん?どうしたの?」
「……?慌てちゃって、どうかしましたか」
「ううん。ちょうどSNSで増田くんのポストにいいねしたところだったからさ。びっくりしちゃって」
「そうなんですか。単に丸鶴ラーメンに行ったってだけの面白味のないポストでしたけど」
「ぼくも丸鶴ラーメン好きなんだよね。今度暇なときに行かない?で、電話の方はどんな用だった?」
「今度行きましょうか。で、ぼくからは、ほんのり屋のサークル活動って始まってないんですかってことですね。サイエンの更新も最近ないですよね。過去ログさかのぼっても新作発売した次の月からすでに新規プロジェクトの紹介を始めてるのが常だったので心配になっちゃって。ぼくは準備できてますよ」
「増田くん!ぼくももうそろそろ始めようと思ってたんだ。ちょっと仕事が忙しくてさ。最近になって落ち着いてきたところ。じゃあ、増田くんからも連絡をくれたことだし、すぐにシナリオ書いて送るからよろしくね!」
「はい!」
つー、つー、つー。と通話が切れた。
「よっしゃ、シナリオ書くぞ!!」
やっぱり、増田くんはぼくが育てたみたいなところあるし。これからもぼくが導いてあげないといかんよなあ。俄然燃えてきた。
「ふふふ。さて」
明日やろうはバカ野郎なんてよく聞くけれど。とりかかるなら今しかないでしょ!どこからともなく出てきたハチマキを頭にぎゅっと巻いて、腕をぐるぐるとまわした。先駆けるに、本を読まねばどうにもならない。積ん読なら大量だ。
まずはこのちくわ書房からこの前出版された「空芯友人帳」でも読みましょうかね。