やるべきことを後回しにするのは良くないですね
『戦ウ気ハナイ』
人間の擬態時とはあえて違う声、違う口調でそう伝えると、レインコートの魔法少女は顎に手を当てた。
「うーん、でもね、見逃す訳にはいかないんだよね。これ以上強くなったら手が付けられなくなるかもだし」
悩むようなふりをした彼女はそう答える。
まぁ、そう考えられてしまうのも仕方ないか。
実際、私は生き残る為に模倣を続け、力をつけ続けている。
いや、生き残る為にというのは言い訳になるか。
本当はただ生き残る為だけなら、これ以上の模倣は必要無い。
きっと、このまま人間としてやり過ごしていけばいいだけ。
しかし、それはアヒルの魔偽禍の時も、今日のワイバーンの時も見て見ぬふりをすることになる。
それによって助けられた筈なのに死ぬことになる人がいる。
魔偽禍として生まれ変わった私には過去の記憶が存在しない。
それどころか本当に人間だったかもわからない。
けれど、人としての情は残されていると信じたい。
もし、これを失えば、私は人のふりをしたただの化け物に成り下がるだろう。
だから私は戦っているのだ。
『人ヲ襲ウツモリハナイ、信ジテクレ』
「···それは信じられないかなぁ」
彼女は冷笑を浮かべ、そう否定する。
「今までもそうやって嘘つくやつらばっかだったしね」
その視線は冷たく敵意に満ちていた。
「───だから、魔偽禍ってそういう存在に過ぎないんだよ」
魔法少女にとって魔偽禍はどこまでも敵という認識らしい。
相手はこちらを見逃す気は無いようだ。
私はハンマーに変えていた右腕を盾の形に戻して身構えた。
「恨むなら、キミの先輩達を恨んでねっ···!」
レインコートの魔法少女がこちらに向かって駆け出す。
彼女の足踏みに伴い、泥がベチャベチャと音を立てて飛び散る。
私はすぐさま彼女の足元に向かって潤滑性の高い泡を放った。
そして、彼女が泡を踏み転倒する───かと思いきや、むしろ彼女はその上で跳躍するかのように加速し、一瞬で距離を詰められてしまった。
「あははっ!
───バンッ!
レインコートの魔法少女の両腕が泥を纏い、その巨大な腕で強力な打撃を放った。
私はそれを右腕の盾で受け止めたが、凄まじい力によりチタンの盾が歪みダメージが入る。
ダイラタンシー現象でも働いているのか、その腕は柔軟に、制限無く動かすことができるが、打撃時には凄まじい硬さを持っていた。
さらに、こちらの身体は八本の脚に支えられているのにも関わらず、後ろへ押されている。
彼女はさらに追撃を仕掛ける。
その強力な一撃毎に盾がさらに歪み、ヒビが入り、そして割れる。
かろうじて盾としての形は保っているが、次の一撃は防げないだろう。
私は攻撃を盾で耐えている間に変えておいた左腕のハンマーを薙ぎ払うようにして振るった。
「おっと」
彼女は泥を纏った腕でそれを防ぎ、攻撃が止む。
私はすぐさまチタンの盾を修復し、気休め程度だが、薄く潤滑性のある泡で盾をコーティングする。
「防御してるだけじゃ負けちゃうよ?」
そんな彼女の言葉を無視して私は再び盾を構えた。
そして、次の攻撃を盾で斜めに受け止め、水と土を操る魔法でそれを逸らす。
「ッ!」
彼女の拳は私の盾に突き刺さることなく、逸らされて空を切る。
やや前傾姿勢となり、致命的な隙をさらした彼女に私はハンマーを振り下ろした。
「ぐっ···!?」
その一撃を彼女は泥で防ぐが、その泥は飛び散って完全には防ぎ切れなかったようで、ハンマーの衝撃にうめき声を上げた。
泥の一部が彼女の制御を離れて地面に落ちる。
私はすぐさま身体の一部を切り離し、地面に叩きつけた。
───瞬間、暴力的な閃光と爆音が彼女を襲う。
これは光を操る魔法と風を操る魔法を、分裂した身体の一部が持っている魔力を全て消費し、無理やり光と音の威力を上げることで再現している疑似フラッシュバンだ。
普通の人間ならまず行動不能となる。
魔法少女は微妙だが、効果がないことはない筈だ。
私はすぐさま彼女から距離を取りながら身体の分裂を始めた。
ここからさっさと撤退するのだ。
早くしなければいつ彼女が再起するかわからない。
切り離した身体が魔力を失い跡形も無く消え去ると、閃光と爆音が収まる。
そこには目と耳を泥で覆い保護したレインコートの魔法少女がふらつきながらも立っていた。
行動不能とまではいかなかったが、どうやら効果はあったらしく、少なくとも目と耳をやられているようだ。
しかし、その身体は間違いなく私の方を向いていた。
「逃げようとしたって···無駄だよ、魔力を辿ってどこまでも追いかけるから」
その言葉に私は動きを止めた。
なるほど、それによって目と耳を封じられたにも関わらずこちらの方を向いているのか。
彼女の魔力の探知がどこまで可能かはわからない。
しかし、戦っていた今の私を逃走するためにスズメに分配した場合、転移時の魔力の流れのようなものを追って分配した身体も攻撃されるかもしれない。
また、彼女が見つけたスズメから私が他の魔力の質に擬態できると知れば、その能力を報告して周囲の警戒を強めるだろう。
最悪、急に現れた身元不明の人間である少女の姿が擬態だと気づかれる可能性がある。
しかし、ここから逃げずに戦って負ければ、私は魔力の大半を失うことになる。
一応時間経過で回復できることがわかっているが、大幅な魔力の消失で魔力の全快が不可能になるのか、一定量以上の消失で死ぬのか、それとも完全な魔力の消失で死ぬのか、などわかっていないことが多い。
だが、死ななければどうにでもなる。
どちらにせよリスクは高いが、ここは逃げずに戦った方が危険性は低いだろう。
───なら、彼女にはここで少しの間、眠ってもらおうか。
全身を覆う鱗の隙間から鋭い針を生やし、下半身のアシダカグモの脚の毛もまた鋭く硬質化する。
右腕は爪の部分を無くし、より滑らかで厚く頑丈で、横から見るともはや楕円の盾へと変形。
左腕は刃の部分が注射針のような形状をし、一列に小さな孔の空いたレイピアと、その鍔から背へと伸びるいくつものチューブへ。
これで私の身体の一部を直接彼女の体内へ送り込むのだ。
私は彼女の下へと素早く引き返した。
「やっとやる気になったみたいだね」
私が彼女の前へと辿り着くと周囲は泥まみれとなっていた。
出した泥は残留するタイプの魔法なのだろうか。
一瞬そんなことを考えながら、再び両腕に泥を纏っていて、目と耳を泥で保護した彼女に向かってレイピアを突き出す。
「お返しっ!!」
───ドバンッ!!
彼女は腕でそれをいなすと、もう片方の泥を纏った腕の掌が爆発したかのような勢いで泥を放った。
私はそれを盾でとっさに防御したが、やや後方へと弾かれた。
その拍子に泥の水たまりに私の脚が浸かった。
そんな私に対して彼女は好戦的な笑みを浮かべた。
彼女の足元からは先程とは違い、泥が湧き出ていた。
「さぁ、ここからが本番だよ」
───そして、私の脚が泥に沈み始めた。
長くなって途中途中で他のことやりだして投稿が遅くなりうるので一旦区切り