泥の水たまり、いや、もはや沼と呼ぶべきだろうそれに私の脚が呑まれて沈んでいく。
さらに、沼はどんどんその広さを広げていて、こちらをこの場から逃さんとしている。
「これなら防げない···よねっ!」
彼女がそう言うと、私を囲むようにして泥の盛り上がりが六つ現れた。
全方位からの攻撃なら捌ききれないだろうという考えによるものか。
「『
───瞬間、盛り上がりから一斉に泥の棘がこちらへと突き出した。
私はすぐさま沼に沈んだ脚の、かろうじて露出している部分を破裂させ、風の魔法で飛び上がる。
泥の棘が飛び上がった私の下を掠める。
「でも、それは悪手だよ」
しかし、彼女はそれを待っていたとでも言わんばかりに右腕に泥を纏い巨大な腕を形成する。
そして、先程の泡を踏んだ時のような凄まじい速度で迫り、逃げる間もなくその腕で私を握りしめた。
「地面に戻って···ねっ!!」
そのまま彼女は飛び上がると私を沼目掛けて投げつけた。
私の身体は叩きつけられ、凄まじい衝撃が走った。
チタンの鱗が砕ける。
「はぁ!!」
沼に叩きつけられたことで身体が沈んでいく中、彼女は身動きが取れなくなった私に拳を叩き込む。
それによって私の全身が完全に沼へと沈んでしまった。
彼女はそれを見届けると、沼の私が沈んでいる所に手を当て、私を包み込んだ泥の球体を取り出した。
「これでトドメ『
彼女がそう言うと、全身に圧力がかかり始めた。
身体が形を維持出来ず、ひしゃげていく。
私は一度チタンの球体へと変化して、時間を稼ぐことにした。
そして、私は先程切り離した八本の脚をドリルの頭部を持った魚達へと変化させる。
八体の魚は沼の上を跳ねるように、私を包む球体を持ち上げて片手の塞がっている彼女へと四方八方から迫る。
「今更、そんなことしたって」
魚達は泥の壁に突き刺さり、その進行を妨げられた。
しかし、それで終わるつもりはない。
魚達の頭部のドリルが高速回転し、さらに水と土を操る魔法の発動により泥をかき分け、泥の壁を突き破る。
「ッ!でもっ、無駄!!」
そのままの勢いで魚達は彼女に突っ込むが、私の圧殺を中断した彼女は泥の柱を出してそれらを突き上げた。
上へと飛ばされた魚達はその身体をガソリンへと変えて彼女へ降り注ぐ。
そして、小さく発生したワイバーンの炎によって着火。
「───なっ」
着火したガソリンは一瞬で燃え上がり水の上を跳ねる。
勢い良く飛び散った炎は周囲と彼女を包んだ。
「やばっ」
私を拘束する球体の制御が弱まった。
私はすぐさまチタンの球体から姿を変化させていく。
上半身は彼女の出す泥を模倣した性質の流体を身体の内部に、それを動きを阻害しない柔軟性の高く柔らかいゴムの被膜で包む。
その上に互い違いに幾層も重ね合わせた硬く、頑丈なゴムの装甲を纏う。
下半身は沼で沈まず浮上するためのゴムボールで、球体の内側の底には重りをつけることで倒しても重りによって起き上がる、起き上がりこぼしのような機能もある。
頭部にはそこまで変化は無く、鱗の素材がチタンからゴムに変化しただけだ。
私は変化を終えると両腕を一体化させた巨大なドリルで球体を貫き、ドリルを2つの巨大な腕に変えるとその孔をこじ開ける形で脱出した。
私が脱出した時には、ガソリンの炎は消え去って水蒸気が立ち込めていた。
彼女の姿はどこにも見当たらない。
私の浮かんでいる沼を観察すると、その泥の一部は先程の炎上によって乾燥し、土となっていた。
そこを手で叩いてみると、沼としての機能を失っていて、土の下からはコンクリートが露出した。
さて、彼女はどこへ行ったのか。
逃げた訳ではないだろう。
炎に包まれた彼女は泥で自分の身体を包んで防御していた。
その後の動きは泥によって魔力が捉えづらくなってしまってわからなかったが、少なくともこの沼の辺りには居る筈だ。
···そうか、沼───バッシャーン!!
私は沼より飛び出した巨大な顎を、腕で泥をかいて回避した。
沼から現れたのは泥で出来た巨大な鮫だった。
鮫を中心として泥が湧き出し、乾いた泥を押し流しながら沼を広げる。
泥の鮫は勢い良くこちらへと突っ込んできた。
私はそれを防御すること無く回避しながら考える。
どうやら、彼女は液体の上で加速するだけでなく自らの生み出した沼への潜伏も可能だったらしい。
そして、その状態で泥を纏うことで攻撃と防御を両立させている。
だが、今までこれを使わなかったということは何らかの弱点があるということだろう。
思い付くこととすれば、精密性の低下、魔力の消耗だろうか。
攻撃を躱された泥の鮫は沼の中へと潜伏し、姿を消した。
おそらく下から来るつもりだろう。
───バッシャァ!!
予想通り私の下から現れた泥の鮫の攻撃を回避して、巨大なドリルに変えた腕をその身体に突き刺す。
しかし、先程とは違って泥はドリルの進行を食い止めた。
泥の鮫は私の腕が突き刺さった状態で潜伏を始める。
このままだと引きずり込まれてしまうので、ドリルを細い棒の形へと変更して引き抜く。
彼女の持つ泥の制御能力を集中させているので防御力が向上しているようだ。
なぜこの姿にわざわざなったのかと一時は疑問に思ったが、ドリルによる泥を貫通する攻撃を恐れてのことだろう。
さて、どう攻略するか。
私は右腕をワイバーンの頭へと変化させ、私の足元の泥の水分を素早く炎で蒸発させる。
泥は固まり、ただの土へと姿を変えていく。
すると、下から迫っていた泥の鮫はその動きを中断する。
それから、泥の鮫は私から離れてそこから飛びかかる形で襲いかかって来た。
私はそれを再び躱し、鮫から飛び散った泥により乾燥した泥は塗りつぶされる。
やはり、彼女の魔法は水を失うことに弱いようだ。
彼女の出した泥が沼を作り出す原理について疑問に思っていたが、この沼は泥が地面を溶かしている訳ではなく、泥が異空間に繋がる扉のような役割をしているのだろう。
これに関しては泥を浴びた私が地面と同様に溶かされないことや、表層の泥が乾燥することで沼としての機能を失っていることから考えついた。
彼女は少なくとも乾燥した泥の下からは浮上出来ない。
それなら私が吸水剤にでも変化すればよかったのだが、吸水剤はまだ模倣していない。
だが、その代わりにより高い火力を使えばあの鮫をも焼き払えるだろうか。
ワイバーンの頭がさらに形状を変えていく。
トカゲのような頭はその顎が細長くスリムな形状へ、目の後ろには黄色い魚のヒレが生え、鱗は暗緑色と黄色の鱗が混じり、警告色のような模様を生み出した。
これはワイバーンとアヒルの頭を融合させたものだ。
名付けるのならバブルワイバーンヘッドとでも呼ぶべきだろうか、いや長いな。
これの機能としては、ワイバーンの炎に可燃性の泡を合わせることでより高い火力を引き出すことができる。
私はバブルワイバーンヘッドの炎のチャージを始めた。
一瞬でワイバーンの頭単体とは比べ物にならない熱を帯び、空気を歪ませる。
自らに迫る危機に感づいたのか、泥の鮫の動きが加速する。
先程よりも素早く、執拗にこちらを噛みつかんと何度も飛びかかってくる。
それらを回避しながら熱を帯びたバブルワイバーンヘッドで殴りつけて逸らしていく。
泥の鮫に頭が触れる度に凄まじい水蒸気が発生し、鮫の表面が乾燥して崩れ落ちる。
バブルワイバーンヘッドの顎から荒れ狂う炎が零れ落ち、周囲からは水蒸気が立ち込める。
私はバブルワイバーンヘッドを構えた。
泥の鮫が一刻も早くこちらをその顎で捕えんと迫ってくる。
───そして、炎が開放される。
炎は泥の鮫を飲み込み、射線上の沼を干上がらせ、乾いた土すらも焼き尽くした。
炎が収まると沼はほとんど消え去っていた。
そこにはレインコートの魔法少女の姿は見えない。
つまり、こういうことだ。
「はぁぁぁぁ!!」
背後に残された泥より飛び出した彼女は泥を纏った拳でこちらを殴ろうとしていた。
それを未だに熱を帯びたバブルワイバーンヘッドで噛み砕く。
「きゃぁぁぁ······!」
すると、泥の拳だけではなく彼女自身も水蒸気を立てながらその形を失い泥の姿へと戻り、私を拘束しようとする。
「なんてねっ『
そして、別方向から現れた本体も泥を腕に纏ってこちらに襲い掛からんとしていた。
───だが、もはや無意味だ。
「えっ···?」
私に襲い掛からんとしていた泥の尽くが彼女の制御を離れ、その形を失っていく。
彼女はその光景を理解出来ずに立ち尽くした。
私は彼女の魔法を理解し、彼女の魔法の模倣も概ね完了した。
これにより、彼女の泥の魔法の制御の大半を奪い、その上から水と土を操る魔法を使うことによって完全にその制御を奪ったのだ。
「うっ···」
私は唖然としている彼女が何かしだす前に、長く伸ばした腕で素早く彼女を拘束した。
彼女に触れている部分からは針を出し、身体の一部を送り込む。
彼女の意識が薄まると同時に、地面に残っていた泥が薄まり、その姿を消していく。
そして、気絶したのを確認すると、周囲一帯のスズメ達に他の魔法少女がいないか確認させてから、身体を塵へと分解してその場を去った。
今回のことでわかった反省点は多かった。
行動や魔力量の配分、戦闘時の身体構造、戦い方、今後に向けて改善していかなければならない。
そして、この一連の戦いで私は魔力を消費しすぎた。
素早く魔力を回復する方法も見つけられるといいのだが。
そんなことを考えながら私は、お姉さんと避難をしていた少女の身体に意識の集中を戻した。
オアシスとはちょっと違います