「───ちゃん、ジアちゃん」
お姉さんの手が私の肩を優しく揺らす。
彼女は私と同じぐらいの高さに屈み、その琥珀色の瞳で心配そうに私を覗き込んでいた。
少し意識を外し過ぎたようだ。
この身体になってからというもの、マルチタスクは得意になった気がするとはいえども、流石に限度はある。
しかし、戦闘をしながら相手を模倣している際に、別の身体が上の空気味になることは避けるべきだろう。
疑われる原因はできるだけ潰しておくに限る。
マルチタスク能力向上の為のトレーニングでもしてみようか。
「はい、どうかしましたか?お姉さん」
私に呼びかける彼女にそう返事を返した。
すると、彼女はその表情を変えて微笑むと私に抱きつく。
私を抱擁する彼女からはどこか優しい香りがした。
「あっ、よかったー!ジアちゃん、避難してる間もずっとぼーっとしてたから心配したんだよ?」
そう、別の身体がワイバーン、レインコートの魔法少女と連戦している間、私達はアパートから避難していたのだ。
現在、私達はアパートからある程度離れたコンビニの前にいる。
空色の看板には、白い翼に囲まれた「ヘブン・イーブン」という名前が見える。
他にも避難してきた人がいるのか、ガラス張りの正面から見える店内には人が賑わっていた。
この世界での魔偽禍の発生によって行われる避難は、特に決まった避難所のようなものがないらしい。
魔偽禍が発生した際に優先されるのはとにかく魔偽禍から離れること、どこを目指せという指定はない。
おそらく、むしろ避難所に人が集まると魔偽禍に襲われた際のリスクが高まるという観点からそうなっているのだろう。
「心配かけてすみません」
お姉さんは私を抱きしめるのをやめると、屈んだまま私に優しく微笑んで私の両手を包み込んだ。
私の手を包むその力は強く、けれど優しく感じられた。
「いいんだよ、ジアちゃんが大丈夫なら」
そう言って彼女は立ち上がった。
···過去に何かあったと勘違いされている気がする。
家に帰らない理由も私が魔偽禍で、そもそも家も親もいないから、ただそれだけだ。
彼女に何も話さず、余計な気を使わせてしまっていることに対しての罪悪感はある。
だが、彼女の優しさには心地良さも感じているのだ。
と、私がなんとも複雑な感情を抱いていると、ふと彼女のスマホが着信音を鳴らした。
「ん?」
彼女はスマホをバッグから取り出すと通知の内容を見た。
そして、彼女は困ったような顔をして私にその内容を告げた。
「アパートの近くで魔偽禍と戦ってた魔法少女、負けちゃったんだって」
「そうなんですね」
私が眠らせた魔法少女のことが報告されたようだ。
スズメから彼女のことは監視していたのだが、まだ誰も駆け付けていない筈だ。
何らかの通信手段や魔法少女の状態を確認するシステムでも存在するのだろう。
お姉さんは通知の内容を更に確認する。
「えーと、魔法少女はコルス・リファントって人で、契約してる精霊はウォーター・リーパー······。で、家は···あっ、やっぱり封鎖になってるかも」
お姉さんの独り言を聞くに、魔法少女というのは何らかの精霊と契約をすることで成れるものなのだろうか。
レインコートの魔法少女、コルス・リファントも自分でウォーター・リーパーと話していた。
魔法少女の能力は契約した精霊と直結している。
今後魔法少女の能力への対策の為に精霊のことを調べておくべきか。
「ねぇ、ジアちゃん、しばらくアパートに帰れないかも」
「そうなんですか」
魔法少女を倒した危険な魔偽禍がまだ周辺にいる可能性があるのだからそうなるのも当然か。
まぁ、戦闘していた私の身体はもう既に存在しないので、骨折り損だが。
この後は調査の為に他の魔法少女が派遣されるのかもしれない、やってきた人をスズメを使って観察しておこう。
「うん、ちょっと色々調べる」
お姉さんはスマホに視線を戻した。
少し時間がかかるかもしれないので、その間私が今までテレビやラジオで得た情報を整理することにした。
まず、私が今いる場所について。
この世界には「オルガイア」という巨大な大陸がただ一つ、海に囲まれて存在している。
そして、オルガイアには七つの「都市」と呼ばれる大まかなエリアの区分があり、都市の下にはそれぞれ26の地区が存在する。
この「都市」というのは、かつてそれぞれが大国であった時の名残のようなものらしい。
私が現在いるのはその七つの都市の中の、第一都市「アトラソフィア」の外郭。
基本的に都市は中心に行くほど発展している傾向があるようで、外郭ですらビル群があったりと発展した様子を見せているが、中心はそれどころの話ではないようだ。
後、都市がかつての大国の名残と言ったが、この世界にはもう既に国という概念は存在しない、大昔に統一されているのだ。
なので、もちろん国家間の争いは存在せず、魔偽禍が現れること以外は基本的に平和だ。
そして、この世界の政治形態については民主政治となっていて、国民の選挙によって選ばれる大統領も存在している。
魔法少女については「魔法少女連盟」という組織が存在するようで、魔法少女は全員この組織に所属している。
魔法少女としての活動や日常生活の支援を役割としているらしい。
魔法少女達はテレビやラジオにて出演することもある。
強く、そして麗しい正義のヒロインである彼女らは、憧れの的であり、その人気は高いのだ。
私が収集した情報は大まかにこのくらいだろうか。
この世界の成り立ちや魔法少女連盟の詳細など、私の知らないことはまだまだ多いが、それでもテレビやラジオの受信が出来るようになったことによる効果は大きい。
これからも引き続き情報を集めていこう。
「ジアちゃん、やっぱ帰れないって、少なくとも午前中は無理そう」
「わかりました、この後はどうするんですか?」
そう聞き返すと、お姉さんはそれを待っていたとでも言わんばかりに自信満々に言った。
「だからさ、どっか遊びにいこっか、せっかくの休日だし」
直後、ぐぅ~、と情けない音が彼女のお腹から鳴った。
それに気づいた彼女は顔を赤らめて縮こまってしまった。
というか、今日は休日なのか。
お姉さんは顔赤らめたまま私を覗き込む。
「そっ、その前に朝ご飯···食べないと、だね?」
「そうですね」
◇
朝陽の差し込む店内にコーヒーの香ばしい香りが漂っている。
緑と調和したクラシックな雰囲気でどこか落ち着く。
私達はカフェにやってきていた。
コンビニで済ませるのは混んでいるし、味気ないのでやめたらしい。
「はい、これメニュー表」
「ありがとうございます」
お姉さんから受け取ったメニュー表を開く。
まず、飲み物は普通にコーヒーにしよう。
しかし、コーヒーを頼むと言っても豆の種類が色々あって、対して詳しくもない私にとっては決めかねるものだ。
まぁ、そんなに考えずとも、この店のおすすめでいいか。
メニュー表のおすすめと書かれた枠内には、オリジナルブレンドというコーヒーが載っている。
後、朝食は···フレンチトーストでいいか。
頼む内容も決まったので、私の後ろから覗き込むようにしてメニュー表を眺めていたお姉さんの方を見る。
「ん、決まった?どれ頼むの?」
「これにします」
お姉さんの質問に対して、メニュー表のオリジナルブレンドとフレンチトーストを指し示して答える。
「へぇ~、コーヒーって、ジアちゃん大人だね、私も同じやつとパンケーキにしようかな」
そして、お姉さんは店員を呼びその内容を伝える。
注文したものが届くのを待つ間、私達は朝食の後のことについて話していた。
「ねぇ、ジアちゃん、この後ショッピングに行かない?」
「いいですけど、何買うんですか?」
夕飯の食材や必要な日用品でも買うのだろうかと私がその提案について考えていると、私にとって予想外の内容がお姉さんの口から飛び出してきた。
「うーん、ジアちゃんの服買ったり色々?」
「いえ、そんな、悪いですよ」
流石に服なんて高いものを買ってもらうのは気が引ける。
しかし、お姉さんはすでにその気になってしまっているようだ。
「遠慮しなくていいよ、私が買いたいだけだから、自己満自己満」
「うーん······」
というか、私にとっては服などデザインを模倣すればいくらでも変えられるものなので買う必要はないのだ。
けれど、そんなことをお姉さんに言える訳がないのでどうしたものかと考えていると、頼んだ朝食が届いた。
「おまたせいたしました、オリジナルブレンドコーヒー二つにフレンチトーストとパンケーキです」
「あっ、はーい」
私の前に出来立てのフレンチトーストとコーヒーが置かれる。
食欲を唆るいい香りが立ち込めている。
「こちら、メープルシロップをお好みでどうぞ」
そう言ってメープルシロップで満たされたガラス製のシロップピッチャーがそれぞれに置かれた。
「美味しそうだね」
彼女の言葉に頷いてから、早速私はフレンチトーストを食べ始めた。
まず、何もかけずにナイフでフレンチトーストを切り分けて口に運ぶ。
このままでもフレンチトーストのふわふわの食感と卵や牛乳の風味と優しい甘さが感じられて美味しい。
次は少しだけメープルシロップをかけ、更にフレンチトーストの上に乗せられたホイップクリームも塗って口に運ぶ。
元の美味しさにメープルシロップとホイップクリームの味わいが足されて更に美味しさが引き出されている気がする。
フレンチトーストを味わってからコーヒーを啜る。
コーヒーの程よい苦みと酸味が口内に広がる。
フレンチトーストとの相性は抜群だ。
「ねぇ、パンケーキあげるからフレンチトーストちょっとくれない?」
「いいですよ」
すると、お姉さんはパンケーキを切り分け私に差し出した。
「ほら、あーん」
「ん」
そういうのは恋人とやるべきなのではと思いながら、私は差し出されたパンケーキを口に入れる。
フレンチトーストとはまた違ったふわふわの食感とバター、メープルシロップとホイップクリームによる甘じょっぱさ、これも美味しい。
「私にもやって〜」
「はい」
私もフレンチトーストを大きめに切り分けホイップクリームを塗って彼女に差し出した。
彼女はそれを嬉しそうに頬張る。
「ん〜、美味しー!」
「よかったです」
そうして、私達は朝食のひとときを楽しんだ。
ちからつきた
毎日投稿できる人が羨ましい
後なんで食レポ始めたんでしょうね(深夜テンション)
ちなみに私は猫舌です