これからどうしたものかと考えながら空を飛んで行く魔法少女を眺めているうちに、ふと気づいた。
今まで特に考えていなかったが、自分がこの身体になる前の名前や性別、年齢など、自分が何者であったのかを全く覚えていなかったのだ。
それに気づいてどうにか思い出そうと頭を回転させてはみるものの、まったく思い出される気配はない。
むしろ、だんだんとそこまで思い出そうとする必要もないのではと考え始めた。
元の世界とは異なる世界に来ていて、人の形も失っている。
過去の記憶に執着する理由はないだろうし、記憶が無いことも立とうとして手脚がなかったことの衝撃に比べれば大したことではなかった。
むしろ、過去のことを思い出して、ホームシックやらなんやらと元の世界への未練が残ってしまう方が面倒だ。
というか、そもそもずっとこんな調子なのだから自分が本当に元々人間であったかどうかも怪しいが。
···これについては精神衛生上あまり考えるべきではない。
ついでに、分からなくなってしまっていた一人称は、無いと少し不便なので、これからは、『私』にすることにする。
と、私はこれからのことに対して途方に暮れて、思考を逸らしていた。
しかし、このまま川の底に浸り続けていてもどうしようもない。
お金も戸籍も無く、そもそも人間ですらなければ、言語もわからない。
これからの問題は山積みであるが、自分でどうにか解決していかなければならないのだ。
まずは、魔法少女達にとって抹殺対象になってしまっているであろう、この流体状の身体を誤魔化す所から始めるべきだ。
便利な身体ではあるものの、彼女達の攻撃対象となりうるのは、当然、あらゆるメリットを上回るデメリットだ。
おそらくは、現在も行っている水への擬態の対象を別のものに変えて利用すれば可能な筈である。
川を泳ぎ回る魚に意識を向け、だんだんと情報を取り込んで擬態していく。
水と同じ見た目、動きをするが、緩く一塊に纏まり続ける性質を持っている現在の状態から、より強く纏まった状態をイメージする。
だんだんと、水のまま、纏まり、形を成す。
ラグビーボールのような形状になり、そこから細く、小さく。
大まかな目、ヒレ、エラの形を粘土のように作り出していき、デフォルメされた魚の形へ。
そこから、さらに本物へと身体の形を近づける。
肉眼では見えない魚の細部まで捉え、再現する。
念の為、働きは持たないが本物と同じ動き、形をする臓器を形成。
そして、最後に出来上がった透明な色のない魚に色を付ける。
身体が水に擬態する前の、水に浮いた油のような虹色の光を放つ銀色へと戻り、そこからタコが色を変えるかのように本物と同様の色合いへと変化──成功した。
今の私の身体は川を泳ぐ魚の姿そのものとなっていた。
骨格から筋肉まですべてを模倣し、情報を収集する過程で泳ぎ方を習得したので魚と同様に水中を素早く泳ぐことも容易い。
ただの水に擬態していた時とは比べ物にならないスピードである。
やはり液体以外の擬態も時間はかかるものの可能であった。
更に、一度情報を取り込んだものはいつでも模倣ができるようだ。
ただし、当たり前のことだが見本が居なければその前提となる情報の取り込みは出来ない。
テレビなどの遠隔で観察する場合はどうなるか分からない。
ひとまず、生物の見本さえあれば擬態できるとなれば、陸上を移動する生物へ擬態し、そこから人に近づいて擬態するのが良いだろう。
そうすれば人間に紛れ込む事が出来そうだ
魚に擬態した状態で川の岸へと泳いで向かう。
出来れば陸に上がるために擬態を解除することなく陸の生物を模倣出来れば良いのだが。
誰かに元の姿を目撃されたら面倒だ。
───そして、私が岸へ近づいた時、視界が急上昇した。
私の泳いでいた川が離れていく。
一瞬、何が起こったのかと思ったが、周囲の状況を確認するとすぐに理解することができた。
私の身体には鋭い爪が突き刺さっていて、そこから血に似せた液体が滲んでいる。
その鋭い爪の持ち主は鷹だった。
つまり、私は浅瀬に近づいた所をこの鷹に餌として捕えられてしまったようだ。
360°の視界を持っているとはいえ、人間であった時の名残かそれに未だ慣れていないのだ。
なので、視覚的には見えているが把握出来ていない無意識の死角が生まれてしまっている。
今回は完全に物理的な攻撃なので、身体に穴が空いていてもノーダメージで滲む血も偽物だが、少女たちの用いる魔法的なものによる攻撃を受けた場合、無事で済むとは限らない。
この癖は改善しなければいつかあっさりと殺されることになりそうだ。
さて、この後はどうするか、と鷹に掴まれた状態で思案する。
掴まれている所のみを液状化させて落下し逃走するのもありかと思ったが、もうすでに鷹は川から少し離れたビル群の上を飛行している。
今、私が逃げると陸上に落ちることになり、今擬態しているのは魚なので、地面に落ちた後に動くためには擬態を解かなければならない。
しかし、それは人に見られると面倒であり、上から魚が落ちて来たとなれば周囲の人は注目するに違いなく、目撃される可能性が高い。
鷹に擬態しようにも、周囲の人には上空で鷹が急に増えたように見えるかもしれない。
と、私が逡巡していると鷹がビルの上に止まり、魚となっている私の肉を啄む。
そこで、私は千切られて鷹の体内に飲み込まれた部分を元の流体状へと戻していく。
流体に戻った肉片は鷹の体内で再び結合し、サイズを縮小していく。
それを繰り返し、身体の大部分が鷹の体内に入った。
食べ残した身体の一部はどうなるのかと思ったが、徐々に消えていき私の中に戻ってきた。
私の身体の小片は大部分へと転送されて元に戻ることが出来るようだ。
鷹の食事が終わると、そこには一滴の血も残っていなかった。
私を食らっても腹が膨れなかったであろう鷹は次の獲物を探して飛び立つ。
出来れば次の獲物は鳩などであってほしい。
鳩であれば、何の違和感もなく人に近づいて模倣できる筈だ。
そう願いながら、後で鷹に擬態出来るように鷹に意識を向け、模倣に必要な情報を取り込んでいく。
少しして、鷹は次の獲物を決めた。
次の獲物はスズメのようだ。
鷹はスズメの群れに突っ込むと、逃げ遅れた一匹を鋭い爪で捕らえた。
そのままスズメを安全な所で食べようとしている内に、私はスズメの情報を取り込む。
だんだんと模倣するための情報を取り込むのに慣れてきたのか、そのスピードが向上していることに気づいた。
そして、鷹が木の上に止まってスズメを啄もうとしている所で、情報の取り込みが終わった。
少量の血液に擬態し、鷹がスズメの肉を啄むタイミングでスズメの血を偽装して鷹の体内から脱出する。
しばらく啄まれるスズメの死体の近くに留まり、残骸となり鷹が去った後、静かに木の枝を伝って木の特に葉が茂った部分へと向かう。
そこに辿り着くと周りから隠れ、形を変えてスズメへと擬態していく。
今度は上空に鷹がいないか確認して、木から飛び立った。
残酷な描写(鷹の捕食シーン)