蒼の彼方のフォーリズム√乾 沙希   作:amaあま雨音

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2話

 

 

 

 

「おっ、昌也今日も空から~?」

 席に着くと藪から棒にみさきが話かけて来る。

 ちなみに今日は昨日と違いしっかり余裕をもって登校したため教室に居る生徒は疎らだ。

 こいつは朝が弱い癖に遅刻はしないんだよな、と昌也は思う。

「おはようみさき。少し聞きたいことがあるんだが……」

「ん~? 別にいいけど挨拶はいいの? 順番が大事だったんじゃないのかにゃ~?」

 そう言えば確か昨日そんなことを言った記憶はあるが別に相手が気にしていないのだから取沙汰す必要もないだろ。

 と言うか覚えているのならしっかり挨拶から入って欲しかったと昌也は思いながらも仕方なく付き合うことにするようだった。

「順番が逆じゃないか?」

 少しうんざりとした表情で昌也が問いかける。

「ん、おはよ~」

 ニヤニヤとしたみさきが朝にしては元気な声であいさつを返してくる。

「で! わたしの挨拶よりも大事な聞きたい事ってなに?」

 __なんだか一気に気分が重たくなってきた。

 そう思いながら昌也は昨晩、家に帰ってからの沙希とのやり取りを思い起こす。

 あの後、久奈島海岸から半分夢でも見てるような、熱に浮かされたような不思議な高揚感の中帰路についた。

 高揚感の理由としてはいくつか考えられるが恐らく久々の全力の飛行や沙希との出会いと非日常、そんな所だろう。 

 しかしこの高揚感は理由の曖昧な飛ぶことへの忌避感を払拭するには充分な出来事だった。

 そんな中、沙希が昌也に早速メッセージを送ってきたのだ。

 内容としては、あの後すぐにメディカルチェックを行って異常が無かったため明日もあの公園の近くの崖で練習してると言う当たり障りのないものだった。

 なので昌也からも怪我が無くてよかった旨を伝えたのだが、その後送られてきた『お礼、何がいいか考えてて』という沙希からのメッセージに反射的に送ってしまった昌也のメッセージが今回の議題だった。

『じゃあ、あの場所で俺も一緒に練習させてくれないか?』

 そのメッセージを送った後昌也はしまった。と思ったが時は既に遅くメッセージに既読を示すマークが表示されていた。

 昌也としては『そんなに気にしなくてもいい』と返信するつもりもあったのだが気が付いたら指が知らずその文章を出力していたのだ。

 沙希は態々あんな人気のない場所で練習していたのだ。1人で練習するためにあの場所を使っていたと考えるのが自然なのに、こんな不躾なお願いをしてしまったと後悔し、取り消しのメッセージを送ろうとした時だった。

『わかった、じゃあ明日あの崖で』

 沙希からそう返信が返って来たのだ。

 もしかして気を遣わせてしまったかも知れないと言う不安もあったが今更やっぱり別のことをお願いする、と言うのも憚られて悶々とした気分のまま今朝を迎えたのだった。

「……なぁ、みさき。お前、知り合ったばかりの男と2人っきりってどう思う」

 真剣な顔で問いかけると少し動揺したような顔でみさきが矢継ぎ早に言う。

「えっ、なに? 昌也? 犯罪? やめた方がいいよ?」

「その反応でよくわかった。ありがとうみさき」

 昌也はポケットからスマートフォンを取り出そうとする。

「あー! まってまって! うそ! 嘘だから昌也! ね、みさきちゃんが相談乗ってあげるから」

 何か空気の変化を察したのかみさきが慌てて昌也を制止する。

「いや、だからみさきからの貴重な意見を参考にして」

「しゃーらっぷ! そんなこと言ってるとうどん、いーっぱい! 奢らせるからね」

 __ああ、うどんいっぱいは1杯の方だったのか。

 昌也はまたどうでも良さそうなことを考えながら、取り出そうと手に取っていたスマートフォンを再びポケットの中にしまい、問いかけた。

「で、俺はどうすればいいんだ?」

「まずはこのみさき神に包み隠さず、全てのことを詳らかに話すのです。さすれば道は開かれましょう」

 みさきが胸を大きく前に突き出し言う。

 神を名乗るだけあって実に偉そうなポーズだ。

 いや、神が偉そうなポーズをしてるのかは知らないのだが。

「嫌だ」

 昌也は断固として沈黙の姿勢を崩さない。

「ね~昌也~、そんなこと言わないで~! もうこの際うどんはいいからさ~!」

 知らない間にこの相談は無料になったようだった。

「いや、だから……」

「ま゛さ゛や゛ぁ~」

 話したくはないがあまりにも面倒くさい。

 __まぁ、タダならいいか……。

 昌也としても出費が減るのはありがたかったし、少し内容をぼかして話をすることにする。

「じゃあ、今度は質問を変えるぞ。例えばみさきがうどん好きが高じてついに食べるだけでは飽き足らず自分で手打ちうどんを作っているんだ」

 昌也はノートを広げ、 白い割烹着と頭巾を着て麺棒を振り回してうどんの工房を独り占めしている二頭身のみさきを描く。

「えー、わたしは食べるだけがいいな~」

 隣からみさきが手を伸ばし昌也のノートにうどんをすする二頭身のみさきが書き足される。

「まぁそう言う事にしとけよ。で、みさきは自分だけの厨房で1人孤独にうどんを打ってたんだけどある日突然大恩のある昌也くんがあらわれて良かったら一緒に厨房を使わせてくれないかって言われるんだよ」

 そう言って同じく白い割烹着と頭巾を着た二頭身の昌也がみさきに話しかける絵を描く。

「ふーん、昌也は手打ちうどんを作りたいからみさきちゃんのうどん工房を間借りしたい訳だね」

 みさきがうどんをすする自分の絵の上に『うどんLOVE』とポップなフォントで描くのを傍目に見ながら問いかける。

「なぁ、どう思う? 勿論広さは充分なものと考えてくれ」

「うーん、昌也がどうしてもって言うなら一緒の場所を使わせてあげてもいいかもね? でも昌也くんの本当の目的は手打ちうどんじゃなくてみさきちゃんなのでした! ってこともありえる訳でしょ?」

 そう言ってみさきが二頭身の昌也の目をハートマークに書き換える。

 __うっ、そんな所が少しもないとは言い切れないのが痛いところだ。

「おっと、もしかして図星かにゃー? ま、いいんじゃないの?」

 二頭身昌也と二頭身みさきのデコレーションに満足したのかペンをぽんを筆箱に投げ捨てながらみさきはそう言う。

「おい、みさきお前適当言ってないか?」

「ぜーんぜん? だってさっきの例えならわたし昌也のために厨房貸してあげるよ?」

 何でもない風にみさきは言う。

「そうなのか?」

「そう! そしてわたしはうどんを打つのをやめて昌也の打った手打ちうどんを食べるの! これはWINWINって奴では?」

 目を輝かせながらみさきがこちらに乗り出してくる。

「なんだ、結局みさきが楽したいだけじゃないか」

「ま、そうとも言えるねー」

 乗り出した身体をいそいそと席に戻しながらみさきが答えた。

 結局参考にはならなかったな……。

 まぁ、でも、結局の所同じ場所を使わせてくれというお願いでしかないのだ。深く考えすぎている方が逆に下心があるようじゃないかと思い直す。

 それに、もし本当に1人がいいのならそう遠くないうちに沙希もあの崖に現れなくなるだろう。

 それはそれで申し訳ないのだが、その時はその時だろう。

 昌也は二頭身のみさきと昌也がページいっぱいに躍動するページに再び目を落とす。

 うどん工房にはさまざまなデコレーションが施され、もうここが何をする場所なのか判然としない。

 そして極めつけは二頭身昌也の上に書かれた『みさきLOVE』の文字とサイリウム。もうここは絶対にうどん工房なんかではない。

 そう思って消しゴムで消そうかとも思ったが、みさきが隣にいる今それもなんだかいたたまれ無かったのでまた後日こっそり消すことにしてその日はそのままのノートを使った。

 

 

 昌也は学園から帰った後、FCを再開するにあたり必要と思われる身体を作るためのトレーニングメニューを1ヵ月単位で組み、その日のトレーニングと食事を終えすぐに家を出た。

 おかげで夜の帳はまだ完全には降り切っておらず、空の端っこはまだかすかに橙色だった。

 しかし公園を目指す道のりがもどかしく、家を早く出すぎたことに昌也が気が付くのは公園に続く長い階段を目の前にした時だった。

「流石に早く着すぎたか」

 まぁ、先に空を飛んでいたらいいだろ。

 そう思っていた昌也だったが階段を登り切って公園から海を見下ろすと既に沙希が空を舞っていた。

「嘘だろ」

 こんな時間に公園に着いた昌也の言えたことではないが沙希はあまりに早くから練習を始めている。

 この熱心さだと部活と並行してやってる筈。オーバートレーニングしてしまっている可能性がある。

 制止しようと昌也が声を出そうとする前に沙希の方が公園の昌也に気づいてこっちの方へ向かって来た。

「……早いね」

 着地の瞬間、沙希の後ろから前に流された2つの緩く結われたおさげが彼女をくすぐるように風に靡く。

 地面に降り立った沙希の身長はそんなに高く無かったが、ピンと伸ばした背筋のおかげでずっと大きく見えた。

 そのあまりに綺麗な飛行姿勢に昌也は再び見入ってしまったが、言うべき事を思い出し口を開く。

「ああ、沙希もな。でも流石に早すぎじゃないか? この熱心さだとFCの部活にも顔を出してるんだろ?」

「……部活には所属している。けど、まだ本格的に練習が始まってないから」

 そう言って沙希はテーブルベンチの上に置いていた筒形の黒いスポーツバッグを開き中からドリンクボトルを取り出し一口含む。

 自動販売機の光に照らされたそのバッグには鳥の翼を強調したようなエンブレムとKAIRYOの文字。

 そう言えば近くに新しくできた学校に海陵学園というのがあった筈だ。

 FCでは全くの無名だったため、昌也の進学先の候補としてリストアップした記憶がある。

 そうか、確かに強豪校でもなければ今の時期だと体験入部などで新1年生に向けたレクリエーションのような活動が主になるだろうし全くおかしな話ではなかった。

 むしろそんなことにすら思い至らなかった昌也こそ責められるべきだろう。

「それに」

 沙希が更に口を開く。

「……こっちの空気に早く慣れておきたかったから」

 __ん? こっちの空気?

「もしかして沙希は四島に来たのは最近なのか?」

「……昨日ここに到着したばかり」

 となると沙希は引っ越し初日に空を飛んでいたことになる。

「じゃあ、ここに来る前もどこかでFCを?」

「……ええ、イギリスで少し」

 __イギリスか。もしかしたら沙希のぶっきらぼうな喋り方も日本語に慣れていないせいかも知れない。

 にしてもイギリスか、と昌也は考えた。

 アメリカや北欧、東南アジアは日本よりレベルが高いけど他の国ならそれほどでもないはずだが沙希のFCの基礎レベルは上位側に位置するだろう。昌也はそんなことを考えてから口を開いた。

「じゃあ、俺も少しお邪魔させて貰おうかな。FLY!」

 グラシュの電源を入れて空を飛ぶ。

 メンブレンが昌也の身体を包み込み、髪の毛が首筋をくすぐる特有の感覚に少しの安堵を覚える。

 __ああ、やっぱり俺は飛ぶのが嫌いじゃない。

 そんな風に1人感慨に浸っていると再びグラシュを起動させて昌也に並走する沙希が声を掛けてくる。

「……昌也、グラシュは?」

 沙希がそんな風に声を掛けてくる。

 いきなりの名前呼びに少し面食らうが、海外で生活していたらしいし沙希にとって名前呼びは特別なことではないのだろうと思い直し沙希の疑問に応える。

「ああ、ちょっとあって昨日までFCから距離を取っててさ、実はこうやって飛ぶのも久しぶりなんだ」

 だから今使える競技用のグラシュを持っていないという旨を伝えた。

「そう。私の契約してるブランドのグラシュなら譲ってあげられるけど」

 それを聞いて昌也はぎょっとした。

 ブランドと契約、というのもそうだが競技用グラシュと言うのは初心者向けのエントリーモデルでも5万円はする。

 ハイエンドモデルならピンキリはあるが30万円は優に超えて来るだろう。

「いやっ! そんな高価なもの流石に貰う訳には!」

「……大丈夫、新製品のテストパイロットと言う名目でハイエンドを試供品として提供できる。スタイルは?」

「いや、でも……」

 今の昌也は今はもうFCの強化選手でも強化指定選手でもない。

 グラシュを買おうとしたら定価で買う事になるだろう。

 そうすると今の昌也の手持ちでは親にでも頼らない限りハイエンドモデルを手に入れることができないことも事実だった。

 まさに渡りに船の提案なのだ。

「じゃあ……お願いしようかな」

 永遠にも思える数分の葛藤の末、昌也は欲に負けてしまった。

 やはりもう一度FCを始めるのならちゃんとしたグラシュを使ってしっかりと楽しみたいという気持ちに嘘はつけなかったのだ。

「……わかった。じゃあ丁度いいしこのまま飛んで行こう。付いてきて」

 そう言いながら沙希はスマートフォンを取り出し、誰かに通話する。

『オー! 沙希! どうです、四島は?』

 スマートフォンがスピーカーモードになっているのか昌也の方まで通話相手の声が届いてくる。

 沙希が契約しているというグラシュのブランドの偉い人だろうか? 昌也はそんなことを思いながら耳を澄ます。

「……うん、日本はスモッグが多いって聞いて心配してたけど昔のまま、綺麗な空だったよ」

『ソレはイイことデスネー! こっちもゲルベルトとの契約は順調デスねー。後少しで日本に向かえそうです』

 ん? 今ゲルベルトと聞こえたが、まさかあの欧州選手権2位の『ビッグ・GG』なんてことはないよな?

 昌也は少し緊張しながらも会話を見守る。

「……そう、よかった。それでイリーナ、相談なんだけどハイエンドモデルのグラシュを1つ性能テストの試供品として提供して欲しい」

『ンー? 昨日のアグラヴェインなら充電切れと聞きましたが? それに既にスペア含め充分な数をそちらに用意してある筈ですよ?』

「……昨日、私の命を救ってくれた恩人にグラシュを贈ってあげたい」

『ナルホド、そう言う事でしたか。では海陵に送ってあるアヴァロンのモデルから好きなものを選んで貰ってクダサーイ』

「……昌也、話がついた」

 そう沙希が声を掛けてくる。

『オー! まさか今そこに沙希の命のオンジンさん、イマスかー?』

 命の恩人と言われれば全く間違っていないのだが、声に出して改めて言われると少しむず痒い。

「え、ええ。まぁ俺が、その……命の恩人です」

『沙希の命を救ってくれてホントウにアリガトウデスー! アヴァロン、日本ではあまり知られていませんがイギリスではチイサイ有名です。性能は保障シマース』

「えっと、こちらこそグラシュありがとうございます」

『イエイエー、良ければアヴァロンの感想、オネガイシマース』

 そう言ってイリーナさん? との通話は終了した。

 変なペースで喋る人だったが日本語で喋ってくれたのでなんとか会話することができた。

「……昌也、あそこの停留所」

 沙希がそう言って指した停留所はどこかの学校の敷地内にある停留所だった。

 話の流れから察するに恐らくここが海陵学園なのだろう。

 停留所に降りるとすぐ目の前に警備員の詰め所があり少し止められたがイリーナから既に連絡が行っていたのかすぐに通して貰う事が出来た。

 そのまま海陵の敷地を沙希の後ろを着いて行くが、規模が凄い。

 FCの強豪と言えば高藤が有名だが設備だけならこちらの方が上だろう。

 大きな学舎と整えられた警備体制、そして今昌也たちが目指している本校舎から離れた場所にある練習施設は野球のドーム球場のように広い施設を半円形の屋根が覆っている。

 全天候型と言う事だろう。これなら雨風に左右されずコンディションを一定にして練習できる。凄い力の入れようだ。

 そうして案内されて校舎に入ると黒いスーツを着た、あまり学校関係者に見えない人物に案内され応接間に案内された。

 そこは本当に学校の応接間なのだろうかと思うほどゆったりと余裕を持たせてあり、一面ガラス張りで学校敷地内を一望できるようになっていた。

 解放感がありながら機能的。ラグジュアリーな雰囲気が演出されている。

 そうして黒いスーツの人物に案内されるまま黒革のソファーに沙希と腰を下ろす。

 すると既に伝えてあった足のサイズに近いグラシュが複数用意されていた。

 黒いスーツの人物も対面のソファーに座り説明を開始する。

「昌也さんの足のサイズに近いグラシュを幾つか用意させてもらいました。また、オールラウンダーという話でしたが折角なのでファイターモデル、スピーダーモデルも用意させていただきました。是非気に入ったものをお持ち帰りください」

 そう言ってスーツの男がガラステーブルの上に1つの箱を取り出し開ける。

「こちら、昌也さんの足のサイズに一番近いアヴァロンのオールラウンダーモデル、ランスロットです。バランサーの幅広さと操作性、速度すべてを両立させたモデルです。どうぞ履いてみてください。起動キーは初期状態のままFLY!です」

 そのランスロットは沙希の履いているモデルに似た直線系の力強い印象を受けるグラシュだった。

 天井までの距離も大きくとられている。部屋の中で飛んでも恐らく問題はないだろう。

 サイズもこれでピッタリだ。

「FLY!」

 久しぶりの競技用グラシュというのを差し引いてもそのグラシュは凄かった。

 このランスロットは昌也の意図を汲み取って微妙なメンブレンの操作を受け付ける。

 その後勧められたファイターモデルのガウェインもスピーダーモデルのアグラヴェインもそうだった。

 上級者モデルと言えばインベイドのイメージがあったがアヴァロンのグラシュはその性能もさることながら個々人によって調整できるバランサーの幅広さが他の有名ブランドと比べても段違いだった。

 __バランサーの幅広さに定評のあるミズキだってこうはいかないんじゃないのか……?

 勿論、昌也が現役の選手として活躍していたのはもう何年も前の話だ。しかしそれでも異常とわかるレベルの高さだった。

 まさかミズキでもスモールグローブでもインベイドでもないマイナーメーカーがこれほど高性能なグラシュの開発に成功していたなんて。

 そう昌也は純粋な驚きと共に帰路につく。

 結局昌也が選んだのはアヴァロンのバランサーモデル、ランスロットだった。

「沙希、今日は本当にありがとう」

 海陵学園からの帰路。

 今日は時間が時間なので流石に一旦お開きにしようという話になったので昌也はそのまま最寄りの停留所が一緒だった沙希と帰っている途中だった。

「喜んでくれて良かった」

 いつも無表情な沙希の口端が少し緩んだような気がした。

 停留所が近づいてくる。沙希ともあと少しでお別れだろう。

 そう思うとなんだかとても勿体ない気がして昌也はとにかく何か喋らないとと思った。

「沙希はこっちに来たばかりだろ? 何かと勝手が違って困ることも多いと思うし、何か困ったことがあったら遠慮なく頼ってくれていいからな」

 遂に停留所に辿り着いてしまった。

「別に、困ってることは……あ」

 沙希が停留所に着地すると同時に何か思いついたのか声を上げた。

「……そう言えば、かさ張るから私服は殆ど持って来れなかった。流石に制服ばかりじゃ少し大変」

 それを聞いた昌也が待ってましたと返事する。

「服だな。じゃあ次の休み、俺に案内させてくれないか?」

「……ええ、そうしてくれると助かる。次の全休は今週の日曜日だからその日で大丈夫?」

 沙希が小首を傾げ聞いてくる。

 今日が木曜日なので3日後だ、その日昌也に用事はない。

「勿論、その時四島も案内するよ」

 イロンモールのセレクトショップを周るだけだと時間が余るだろうと思った昌也がそう言う。

「…うん、楽しみにしてる。じゃあ、また」

 そう言って沙希は昌也の家とは反対の方向へと歩を進めて行った。

「ああ、また明日」

 昌也は胸の高鳴りを抑え、ランスロットの入った箱をぎゅっと握りしめ沙希に背を向け家に帰った。

 余談だが、家に帰ってから調べたランスロットの値段は7千ポンド、昌也が今日試供品としてもらい受けた新品のグラシュは日本円にして約130万円のグラシュだった。

「そりゃ性能いい筈だよ……」

 そのあまりの値段に昌也は頭を抱えるのだった。

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