蒼の彼方のフォーリズム√乾 沙希   作:amaあま雨音

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4話

『ねぇ、イリーナ。こっちにはいつ来れるの?』

 スマートフォンのスピーカーから沙希の声が響く。

「沙希、もう寂しくなってしまったのですか? だからあれほど私と一緒に渡日しようといいましたのに、でも、そうですね。喫緊の問題も片付きましたし……」

 そう言ってイリーナは秘書を呼びつけ日本のチケットを取るように指示し、スケジュールの調整などを考慮して2週間後の便を予約することを勧められる。

「……ええ、ええ。それでいいわ。沙希? 2週間後には日本で合流できるわ」

『そう、楽しみ』

 沙希のふわりと柔らかい声からイリーナはスマートフォンの先にいる沙希の綻んだ口端を幻視しながら言葉を返す。

「その時は私にも命の恩人の昌也さんを紹介してくださいね」

『ええ、イリーナ。イリーナもきっと昌也のことを気に入る』

 すると沙希にしては珍しい弾んだ声が返って来た。

 こんなのは出会ったばかりの頃に聞かせて貰った空への想いについて語っていた時以来だ。

「ふふっ、その昌也さんは沙希のお気に入りなんですね」

『……別に……そう言う訳じゃ……』

「まぁ、そう言う訳なので2週間後を楽しみにしててくださいね」

『はい、イリーナ』

「ではまた……」

 そう言ってイリーナは沙希との通話を切る。

「伝説のスカイウォーカー日向昌也、世界大会を棄権してからは話を聞きませんでしたがFCから離れていたのですね」

 イリーナはアヴァロンの社員に調べさせた日向昌也の素行の調査票に添付されていたスナップショットを指で撫でる。

「でも、戻って来た。ふふっ、沙希……私も2週間後が楽しみです」

 

 

「ねー昌也―! あの後あの銀髪ちゃんとずっぽししたの~? ねぇ大人の階段上ったの~?」

 1日の授業が終わり、放課後。

 昌也が家に帰ろうと席を立とうとした所みさきが目の前に立ちはだかった。

 ずっぽしってなんだよ、今日日おっさんでもそんなこと言わないぞ。コンプライアンスとかで。

 そんなことを思いながら昌也は返事する。

「登ってない、そもそもそんな関係じゃない」

「ひかよろーひかよろー!」

 そう言ってスマートフォンを操作したみさきはカメラロールの中から昌也と沙希が家の最寄りの停留所から一緒に歩いている所が映っている画像を選択して印籠のごとく昌也に突き付けた。

 多分あの日、夜も遅いからと沙希を家まで送って行った時の物だろう。

「なんでそんなの持ってんだよ……」

 昌也は思わずため息を吐いてしまう。

「こらっ! なんだその態度は、ネタは上がってるんだぞー!」

 みさきが片手で軽く机をたたく。

「遅くなったから家の前まで送っただけだよ」

 するとそれを見かねた窓果が制止に入る。

「みさき、そろそろやめとこうよ。このまま突き詰めて行って日向くんが本当に大人の階段登ってました、なんてことがわかっちゃったら空気が大変なことになっちゃうよ~」

 だからそんなんじゃないって言ってるだろと昌也が言おうか言わないかと言うタイミングでみさきが口を動かす。

「今それを確かめてるんだから仕方ないでしょ~? 情報提供者の実里からもそこのところをしっかり問い詰めてきてって言われてるんだよね」

 __実里、久奈浜学院の新聞部の1年の女子か。俺のような無名の生徒のゴシップなんかに構わずもっと大きなネタを狙いに行ってほしい。

 しかしみさきも流石にそろそろ潮時と思ったのかスマートフォンをしまって昌也の隣の席に腰掛ける。

「だから、朝にも説明したようにあの後みさきを撒いてから俺たちは夜までグラシュで追いかけっこしてからあの子を家の近くまで送って終わり。そもそも彼女じゃないしな」

 その昌也の言葉にみさきが呆れたように溜息を吐いてから問いかけた。

「じゃあ昌也とその子は少なくとも3時間以上はずっと飽きもせず追いかけっこしてたってこと?」

「そうなるな」

 昌也が真面目腐った顔で言う。

 本当は追いかけっこばかりしてた訳じゃなくて寝落ちした時間も含むのだが、一緒に居眠りしてた、なんていう方がよっぽど不自然だったので昌也はこれで押し通す気だ。

「昌也、よく言い訳が下手って言われない?」

 みさきが理解できないという顔で昌也を見る。

「あ、それはわたしも思った! 日向くん流石に言い訳下手すぎだよね。わたしが睨むに浮気は絶対出来ないタイプ」

 確かに昌也は言い訳があまり上手くないがそれとは何かが違う気がする。

「まぁ、俺も流石にこれが言い訳なら下手すぎると思うが、本当のことなんだ」

 昌也がこれで許してくれと万歳する。

「もしもそれが本当だとしたら昌也は男の子失格だと思うけどね! あんな可愛い女の子普通ぺろっと食べちゃうでしょ!」

 __みさきの中身にはもしかしておっさんが詰まってるのか?

「だから、そんなんじゃ……」

「でも好きなんでしょ?」

 そう言われ昌也は思わずむせ返ってしまう。

「それは認めるんだ」

 昌也は別にそんなんじゃないと口を開こうとして、やはり言い返せなかった。

 きっとむせたせいで喉が痛かったから咄嗟に言葉が出せなかっただけだ思うことにして、もしもみさきに好きな男が出来たら絶対からかってやろうと昌也は決意した。

 

 

 __沙希に四島を案内してから6日経った。

 今回の追いかけっこは無理しすぎないようにと言う事で土曜日の半休に合わせていつもの公園近くの崖で追いかけっこに興じていた。

「今日こそ……わたしの、勝ち」

 沙希が軽く息を切らしながら言う。

「くそ……やっぱ……まだ、っ……身体が! ……出来て、ないか」

 昌也が激しく息を切らしながらそんなことを言う。

 やはりブランクは大きく、前の追いかけっこの様にはいかなかった。

 心肺機能が低下しているせいで長い間の全力飛行は昌也を蝕み、また筋肉の不足は飛行姿勢の維持、技の発動を阻害した。

「また、鍛えて出直してくるよ」

 そう言って昌也が引き下がる。

「またやろう」

 沙希がそう言ってふっと笑う。

 そんな顔をされると昌也もそれに応えたくなってしまう。

 __ランニング増やすか。

 軽いダウンが終わった後、昌也がテーブルベンチに腰を掛け大きく腰を反る。

「あー、疲れた」

 そのままの勢いで顔を逆さにして昌也の後ろにある公園の時計の針を見たらまだ20時30分と言ったところ。

 いつも解散する時間よりも20分は早い時間だった。

 そのままの視線で南の空を見上げるとやけに光を放つ星が目に入り、今朝見た情報番組の内容を思い出す。『今日は夜空がすっきりと晴れます。こんな日は気になる人を誘って天体観測に行ってみては? 今の時期、南の空に浮かぶ獅子座が見ごろなので一緒に探してみると互いの距離もぐっと近まっていいかもしれないですね』と、確かそんな内容だった。

 もしまだ沙希に帰る様子がないなら一緒に獅子座を探してみようかなと思ったところで沙希から話かけて来た。

「ねぇ、昌也。まだ少し解散には早いし、一緒に天体観測でもしてみない?」

 それは昌也にとっても渡りに船な提案だった。

「いいよ」

 そう言うとスマートフォンのアプリを起動させた沙希がちょこちょこと昌也を手招きしたので、テーブルベンチの反対側の沙希の隣に移動する。

「この時期は南の空に見える獅子座が見ごろらしい」

 隣でアプリを操作し夜空に獅子座を構成するレグルスを見つけたらしく昌也にスマートフォンと指で交互に夜空を示す沙希。

「へー、そんなのよく知ってるな? 星が好きなのか?」

 そんなこと、昌也は今朝まで全く知らなかったのだがもしかして常識だったのだろうか? そう思い昌也が尋ねる。

「ううん、今朝たまたま見た情報番組で今の時期は獅子座が見ごろって言ってたから、どうせなら昌也と一緒に見てみようかなって」

 それはもしかして昌也が見た情報番組と同じ番組なのだろうか? 昌也の頭の中で情報番組の女性キャスターの『気になる人』がずっとリフレインしていた。

「へ、へー」

 沙希がスマートフォンのアプリを操作し昌也にもわかりやすいように夜空とアプリを交互に指すが昌也にはもう夜空の星が目に入らなかった。

 正直獅子座が一体何個の星から形を成すのかなんて毛ほども気にならなくて、真剣にアプリと夜空を行き来する沙希の顔から眼が離せなくなっていた。

「あ、ほら。あれがラサラス。これで獅子座は全部かな? なんだかあんまりライオンに見えないね」

 そう言って柔らかに笑う沙希とばっちりと目が合ってしまった昌也は自分が夜空でなく沙希の横顔に釘付けになっていたことがバレないように適当に夜空に顔を向ける。

「た、確かにライオンって感じはそんなにしないな」

「でしょ?」

 昌也の視界の端の方で沙希が少し悪戯っぽく微笑んで言う。

 無表情にも見える沙希の僅かな表情の変化を少しでも見逃したくなくて、昌也は顔を夜空に向けながらもずっと沙希を見ていた。

 __くそ、一体俺はどうなってしまったんだ。

 いや、と昌也はかぶりをふるう。

 もう認めるしかないだろう。

 昌也は沙希のことが好きになってしまったのだ。

 それを認めると昌也の頭はすっと霧が晴れたようにクリアになって、胸の鼓動と身体のほてりや呼吸のわずらわしさが一気にどこかへ消えて行った。

 昌也は今でも近い沙希との距離を更にもう一歩詰める。

「じゃあもっとちゃんと似てる星座が無いか確かめてみないか?」

 昌也が近付いたことで窮屈に感じたのか沙希が少し身じろぎをする。

「う、うん……」

「お? これなんかどうだ?」

「……どれ」

 和やかな空気だった。

「もういい時間だね」

 時計を確認するともうあと少しで23時と言ったところだった。

 __もうそんな時間か。

 昌也には時間が過ぎるのがゆったりと感じられたはずなのに、その声を聞いた瞬間夢から覚めたように一瞬で時間が過ぎ去ってしまったような気がした。

 今言うべきか言わないべきか迷っていた言葉を、昌也は言う事にした。

 今言わないといつまでも言い出せないような気がしたからだ。

「沙希」

「どうしたの?」

 スマートフォンのアプリを閉じた沙希がこちらを向く。

「俺、沙希の事が好きだ」

「……え?」

 キョトンとした感じの沙希の顔が珍しくて少しおかしい。

 昌也は沙希の方に向き直ってもう一度言った。

「俺、沙希の事が好きなんだ。よければ俺と付き合って欲しい」

 沙希はその大きな瞳をぱちぱちと何回もしばたいて、まだ困惑が抜けない様子で答えた。

「……わたしも、昌也のことは嫌いじゃない……。好き……なんだと思う……でも、こんなの初めてで、どうすればいいのか」

 昌也の心臓が喉から飛び出しそうな程にばくばくしている。

「じゃあ、おためしで付き合ってみないか? 一週間後、おためし期間が終わった後また聞いてみるからその時答えを教えてくれたらいいよ」

「……うん、大丈夫だけど、付き合うって何したら……」

 沙希が少ししどろもどろと答える。

「実は、俺もこういうのは初めてだからあんまりわかんないんだ、だからとりあえず手探りでやってみようと思うんだ」

「手探り」

「取り合えず明日は一緒にデートしないか?」

「……デート?」

「デート……って言っても前の日曜日とそう変わらないかな? この前案内しきれなかった場所を案内するよ」

 そう聞いた沙希が少し安心したような表情になる。

「……うん、楽しみにしてる」

 沙希がふわりと笑ってくれる。

 

 

 昌也がマンションの前までわたしを送り届け帰っていく背中を見えなくなるまで見送って、少し呟いた。

「……告白」

 多分、あれを愛の告白と言うのだろう。

 沙希はずっと男女の惚れた腫れたというのは自分には関係のないことだと思って生きてきた。

 勿論一度も妄想しなかった訳ではないが、精々物語の中の白馬の王子様がいつか自分の前にも現れたりするのだろうか? と考えた程度で具体的なことを考えたことはなかった。

 でも、昌也から告白されるのは嫌な気持ちじゃなかった。

 昌也本人のことも、恋愛的かはわからないけど好ましく思っているのは事実だった。

 でも、ただ不安だった。恋愛について全く知らなかったから。

「……昌也は、わたしに恋してる」

 付き合ったら、男女の仲になったら昌也とわたしの形は何か変わってしまうのだろうか?

 今までのように昌也と会話したり、追いかけっこしたり……会えなくなるのは嫌だった。

「わたしのこの気持ちは恋?」

 明日のデートでこの気持ちに答えはでるのだろうか?

 

 

「やばいやばいやばいやばいやばい」

 昌也は入浴を終え自室に戻るや否やどうしようもない気持ちを抑えきれずベッドを転げまわる。

「明日どうしよう……! まだ行ってないのは浦脇教会にゲーセンに……」

 無数の候補が浮かび上がるがどうすればいいのかよくわからない。

「くそ、どうすればいいのか全然わからないぞ」

 そうやって、明日のデートの計画に頭を悩ませていると階下から母の声が聞こえて来た。

「昌也ー! うるさいわよー!」

 無意識に声が大きくなってしまっていたようだったが、それを指摘された後もそのことに気を使うだけの余裕がなかった。

 取り合えず14時に集合……いや、そう言えば沙希のあの勘違いはまだそのままにしているのだった。

 今更それを指摘するのも1回乗ってしまった昌也には恥ずかしい。

 取り合えず15時にいつもの停留所前に集合することをメッセージする。

 __ああ、明日のデートどうすればいいのだろうか?

「やっぱり不安だな」

 朝、あの後悩むのはほどほどにしてしっかりと睡眠を摂ったのだが、やっぱり不安は拭えなかった。

 取り合えず今日こそは沙希に『今着たとこだよ』と言わせないために1時間15分前には着くように家を出た。

 停留所のベンチが見えて来た。

 スマートフォンで時間を確認すると8時42分。

 しっかりと1時間15分以上前だ。

 今日は沙希より早く到着することができた。

 そのことに安堵してしばらく待っていると、本当に数分もしないうちに沙希が現れた。

 沙希はこの前一緒に行ったイロンモールで揃えた黒のアシメスカートとブラウンのパーカーに濃緑の丈の短いブルゾンを合わせた例のコーディネートだった。

 胸ポケットにはやはり昌也のプレゼントした猫のチャームが揺れている。

 ベンチに先に座る昌也を見つけると沙希が驚いた顔をした後少し微笑んだ。

「ごめん、待たせた?」

「いいや、今着たところ」

「今日も『今着たところ』を言おうと思ってたのに」

 沙希が昌也の隣に腰を下ろす。

「そう何度も言わせられないしな。えーっと、ほら、作法だし」

 沙希がクスクスと笑いながら答える。

「……そうだね」

「今日は浦脇教会を拝観してからゲームセンターで少し遊んだら鬼ノ岳の星空デッキに行こうと思うんだ」

「いいね。もっと似てる星座探すんだっけ」

 昌也が沙希の手を自然に取る。

「ペアリングで行こう。それがさ、似てる星座を見つける方が難しくってさ、それならもういっそ、その星を繋いだらなんの星座に見えるか当てるほうが面白いんじゃないかと思ってさ」

「何それ」

 沙希が思わず吹き出す。

「それに今から行く浦脇教会も凄くってさ……」

 

 

 浦脇教会ではボランティアの説明員に四島の歴史とおすすめの場所なんかを教えて貰いながら中を拝観させて貰った。

 どうやらウェディングドレスの貸し出しなんかも行っているらしく、説明員さんに勧められたけど流石に恥ずかしかったから遠慮したら昌也が少し残念そうにしてたのが印象的だった。

 ゲームセンターでは2人でダンスゲームをした後に記念にプリクラを撮った。

 慣れてなかったのか緊張した昌也の少し驚いたような顔が面白い。

 鬼ノ岳では星座当てのゲームは大変だった。

 そもそも星座なんか名前に似てる方が少なくて大喜利のようになってしまった。

 でも乙女座はどう見ても乙女には見えない。わたしにはトビウオに見えた。

 それなのに昌也はわたしのその答えに大笑いして大変だった。

 どう考えてもそれは麦じゃなくてトビウオの胸ビレだと思う。

 そう思うと絶対そうだとしか思えなくなってきて、沙希は今日撮ったプリクラを自分とイリーナのプリクラが貼られていない髪飾りに貼りながら吹き出してしまう。

「……ふふっ」

 自分の昌也への好きが恋なのかはまだわからなかった。

 でも今日で確信できたことはあった。

「わたし、昌也のことが好きなんだ」

 

 

「今日、沙希は楽しんでくれたかな……」

 それにしても春の星座を調べててよかった。

 沙希は星座当てゲームで案外楽しんでるように見えた。

 沙希が昌也のスマートフォンのカメラロールから乙女座をトビウオに見立てたラクガキが出てきて少し吹き出してしまう。

「まぁ、確かにこれを見た後だと乙女座はもうトビウオ座にしか見えないかもな」

 ひとしきり昌也が笑った後、スマートフォンを投げ出しベッドに身体を倒す。

「……あー、くそ。やっぱり好きなんだなぁ」

 

 

「……そう、そう。なるほど、もういいわ」

 イリーナはアヴァロンの社員からの報告の電話を切り、添付の資料に目を落とす。

 浦脇教会に手を繋いで入っていく2人。ゲームセンターでダンスゲームに興じる2人。鬼ノ岳で個人スペースに入っていく2人。部活終わりにコロッケを食べる2人。2人。2人。2人。

「日向昌也は沙希にとっていい刺激になるかと思って居ましたが、逆でしたね」

 日向昌也と出会ってからの沙希はFCの練習にも熱が入らない様子で体調管理も時間管理もお粗末になっている。

 その原因は日向昌也との連日連夜のデートだ。

 資料をぐしゃり、と握りつぶす。

 イリーナの中で日向昌也の位置づけが完了した。

 排除すべき害虫だ。

「沙希、あなたは色恋に現を抜かす暇なんてない筈でしょ?」

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