蒼の彼方のフォーリズム√乾 沙希   作:amaあま雨音

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6話

 

 

 

 

 あれから、沙希との連絡は付かなくなった。

 電話も、メッセージも全部不通だ。

 ストーカーみたいで情けないけど、海陵学園の近くで沙希に一目会えないかとうろついて警備員に注意されたりもした。

「くそっ!」

 ゲームセンター。

 柄にもなくパンチングマシーンを叩いてみたが力み過ぎて結果は60㎏。

 ずらりと並ぶ店内レコードの5分の1程度の数字しか出ていなかった。

 そんな事にも腹がたって、もう一度殴る。

 殴る、殴る、殴る。

 昌也のパンチングマシーンを壊さんとする勢いに音が気になって見に来た人も恐る恐ると言った様子で離れていく。

 昌也が次のコインを投入しようとしてすっかり小銭入れが空になってしまっている事に気づいて踵を返そうとすると知らない間に昌也の後ろに並んでいた誰かが待ちかねたかのようにコインを入れる。

「坊や、随分苛立ってるね」

 そしてその人、ルミッキ・ヨハンソンは間髪入れずに起き上がって来た的を起き上り終わるか終わらないかというタイミングで殴り倒す。

 すると軽快な音楽と共に画面に王冠が現れランキング1位が塗り替わったことを伝える。

 その画面を無感動に見つめ、そのまま帰ろうと再び歩を進める昌也の肩をルミッキが掴み、引き止めた。

「沙希からの伝言、聞きたくないか?」

「……ッ」

 昌也が勢いよく振り返る。

「ハハッ、食いつきは充分だね」

 ルミッキがパンチングマシーンに自身の名前を打ち込み終わったらしくそのまま身体を昌也の方に向ける。

「坊や、立ち話もなんだし奢ってやるからカフェでも行こう」

 そうしてルミッキに連れて来られたのは商店街の中にある少し渋い喫茶店。

 昌也が沙希に四島を案内した時に連れて来たあの喫茶店だった。

 ルミッキは通りからは見えないボックス席に座り呼び鈴を鳴らす。

「沙希にここは美味しいって聞いてたから一度来てみたかったんだ、少し付き合ってくれよ坊や。ナポリタン1つ」

 そして伝票を取る店員から視線を昌也に移したルミッキが顎でさっさとお前も注文を言えと促してくる。

「……コーヒー1つで」

「遠慮せずもっと頼んでいいんだよ?」

 ルミッキが口端を上げ言う。

「大丈夫です」

 昌也は憮然と答える。

 食事などおまけだと言いたい様だ。

「ああそう。……じゃあ、以上で」

 ルミッキがそう店員に告げ店員が去っていくと同時に昌也が食いつく。

「それで、沙希からの伝言って何ですか!」

「落ち着け落ち着け、私の立場とかも考えて声量を落としてくれないか?」

 昌也は落ち着かない様子で、しかし1つ深呼吸を入れる。

「コーヒーです」

 そうしていると昌也の頼んだコーヒーが届く。

 店員が昌也の前にカップを置き去っていく。

「ほら、あんたの頼んだコーヒーだ。飲みながら聞いてくれよ」

「じゃあ……いただきます」

 昌也がブラックのまま湯気を上げるホットコーヒーに口を付ける。

 案の定苦かったが、口に含み一口飲むと自然と少し落ち着いた。

「で、沙希からの伝言だが、『ごめんなさい』だとよ。わたしの事はすっぱり忘れて新しい恋でも探せってさ」

「そう、ですか」

 昌也は二口めを含もうと持ち上げたコーヒーのカップを思わずソーサーに置いてしまう。

「ったく、間抜けにも海陵の警備員に捕まっちまうから沙希が心配しちまうんだよなぁ」

「……ええ、もう、二度としません。今日はありがとうございました」

 荷物を持ち上げ立ち去ろうとする昌也。

「おい、私はまだ飯食ってないんだ。奢ってやったんだからちゃんと見届けてから行きなよ」

 届いたばかりのナポリタンにフォークを入れ頬張りながらルミッキが言う。

「すみませんけど、そういう気分じゃないんで」

 そう言って席を立ち背を向ける昌也にルミッキが言う。

「お前、沙希のこと諦めんのか?」

 ぐっ、と昌也がバッグを握る手に力がこもる。

「今、あんたが教えてくれたんだろ? 沙希が俺のこと迷惑に思ってるって」

「おーおー、女心のわからん奴だね。日本じゃこういう言葉があるんだろ? 嫌よ嫌よも好きのうちってさ」

 ルミッキが昌也が立ち止まったことを確認して言う。

「座れよ坊や。面倒だけど沙希のために私が恋のキューピッドやってやるよ」

「……今、恋のキューピッドって言いました?」

 昌也が反転して再び席に着く。

「坊やはそこが気になるのか、まぁ長くなるだろうしなんか頼めよ」

 そう言ってルミッキが言うと昌也がメニューを取り出し呼び鈴を押す。

 すぐに着た店員に昌也が告げる。

「……この、真鱈のムニエルお願いします」

「やっぱ腹減ってたんじゃないか、あ、私もそれ、真鱈のムニエルと食後にプリンアラモードも頼むよ」

 __どんだけ喰うんだこの人……。

 昌也が若干引き気味になりながらもルミッキに視線を向ける。

「まず、沙希と私の関係からだな。あー、契約ってどうなってたかな、守秘義務……まぁいいか。私は沙希の練習パートナーという形で契約してるんだがまぁ、その関係上沙希とはよく話すんだ」

「……はぁ」

「で、ここ2週間沙希の口から昌也って名前を聞かない日は無かった。ったく、会った事もねぇのにお前の事は何でも知ってる有様だぜ」

 そう言ってルミッキがナポリタンの最後の一口を平らげる。

「あの、話が見えてこないんですが」

 昌也が恐る恐ると声を掛ける。

「黙って聞いてりゃわかるっつーの。ええと、そうそう。で、まさかあの日沙希にぼこぼこにされてた奴が昌也だとは思わなかったが結論から言うと沙希は本当は坊やと付き合うつもりだったんだよ」

 __やっぱりあれは沙希の本心からの言葉じゃなかったんだ。

 そう思うと嬉しいという気持ちと同時にあの時勝てなかった自分に不甲斐なさを感じる。

「で、その筈なのに沙希はお通夜みたいな顔して何にも話さなくなるし、イリーナは機嫌が悪くて近づけない。間抜けな坊やが警備員に絞られてくれたおかげでようやく沙希が説明してくれて事の全容が私に伝わったんだが……」

 テーブルに真鱈のムニエルが2つ届く。

 ルミッキと昌也が新しいフォークとナイフを受け取り真鱈を切り分ける。

「イリーナのやり方が気に食わない。華の学生生活、乙女の恋路を邪魔するたぁ言語道断」

 黙って聞いていればわかるという話だったので随分と長い間聞いていたが今どういう話なのかわからなくて我慢できなくなった昌也がついに聞く。

「つまり、なんです?」

「つまり、坊やが沙希を倒すための手助けしてやるってことさ。坊やにはその覚悟があるかい?」

 昌也は切り分けた真鱈を一口含む。

 真鱈はあの日沙希と食べた時みたいにレモンの風味が利いていてすっきりと美味しかった。

「それで、俺はどうやったら沙希を倒せますか?」

 ルミッキがにやりと笑う。

「それを今から話すんだよ」

 

 

 __小さかった頃の俺は、

 俺の不安が、恐怖が、俺の目の前に実体をもって現れたあの日。

 俺は、俺が空を飛ばなくてもいいんだって、俺である必要なんかないんだって思った。

 だから俺は空に背を向けた。FCを、やめた。

 ただ、怖かったから。

 負けるのが、自分が何も持っていないことに気づいてしまうのが……。

 だからやめた。

 

「各務先生……いや、葵さん。身勝手なお願いだってことを承知でお願いします。俺をもう一度空を飛べるようにしてください」

 放課後話がしたい。昌也がそう各務先生に伝え各務先生……葵に放課後、進路指導室に案内されて開幕の一言だった。

「おいおい、昌也、少し落ち着いたらどうなんだ?」

 そう言って葵が昌也にパイプ椅子を引いてやり、座るようにジェスチャーする。

 昌也が葵の勧めるままにパイプ椅子に腰を落ち着けるのを見ると葵がそのまま給湯器でお湯を入れる。

「昌也は何がいい? コーヒーと、お茶と、ホットレモンもあるぞ」

「じゃあ、コーヒーで」

「了解」

 そう言って葵が昌也と自分の前にコーヒーの入ったカップを置いてから対面に座る。

「で、何だったか? ああ、そうそう。昌也が空を飛びたいって話だったか? 空なんて停留所でグラシュを起動したら誰でも飛べるじゃないか」

 葵が少しにやけながらそんなことを言う。

「俺をFCの夏の全国大会で優勝させてください」

 昌也が真剣な顔のまま頭を下げる。

「夏ね、来年までみっちり鍛えれば……」

 葵がコーヒーカップに口をつけようとする。

「今年の夏、俺を勝たせてください」

「今年……昌也、今年の夏の大会まであとどれくらいあるかわかってるのか?」

 ずっと頭を下げ続けたまま昌也が言う。

「後2ヵ月、全力でお願いします」

 口元まで来て止まっていたコーヒーカップを再び動かし口を付け、コーヒーを一口すすり葵がいう。

「昌也、基礎トレーニングは?」

「ずっとしてませんでした」

「実はこっそりFCを続けてたとかか?」

「1ヵ月前までずっと、飛んでませんでした」

 葵がコーヒーカップをテーブルに置き、頭を抑える。

「FC舐めてるのか?」

 昌也が頭を上げる。

「絶対に、勝たないといけない相手が居るんです」

 昌也のその静かな迫力に葵は1つ頷く。

「なるほど、本気なんだな? 昌也」

 無言で見つめる昌也に葵が遂に観念する。

「わかった、わかったよ昌也。だからそんな真剣に見つめないでくれ」

 そんなことを言いながら葵が手を振り降参をする。

「じゃあ……!」

「ああ、夏の大会、どうなるかまではわからないが全力でやってみよう……。だけど昌也も知っての通りこの久奈浜学院にはFC部が存在しない。勿論、昌也の頼みだ、私の余暇を全部突っ込んだって惜しくはないんだが、出来ることが違う。ちょっと知り合いに相談して高藤学園のFC部に突っ込んでやるからみっちり絞られて……」

「ダメなんです。設備や環境じゃない。葵さんじゃないと俺はきっと夏の大会、負けるんです」

 昌也のあまりの迫力に押され葵が押し黙る。

「……確かに、土台無理な話ではあったが昌也が本気でやるならどこでも代わりはないんじゃないのか? それともあれか? これは遠まわしな愛の告白だったりするのか?」

 葵の惚けた返しに昌也はただただ真剣に言う。

「アンジェリック・ヘイローを教えて下さい」

 その言葉を聞いた葵の表情が険しくなる。

 何故ならその技はFC界に議論を呼んだ曰く付きの技だったからだ。

「昌也、もう昔の事だから忘れてしまったのかも知れないがあの技は禁じ手なんだ。例えルールで使う事が許されていようが使っていいものじゃない」

「それでも、今、俺にはあの技が。あの技の圧倒的な加速が必要なんです」

「……どう考えてもあの技が必要な相手が思い浮かばないな」

「1点」

「……ん?」

「葵さんがファーストラインの1点、俺に譲ってセカンドラインにショートカットしてくれるならその理由教えることができます」

「……ほう、面白い。是非、私にあの技が必要な理由教えて貰おうじゃないか」

「なるべくなら人目につかない場所がいいです」

「オーケー。白瀬に用意させる」

 そう言って葵がスカイスポーツ白瀬……葵や昌也と旧知の仲である白瀬に電話を掛ける。

「ああ、私だ。ちょっと急ぎの頼みがあってね、人目に付かない場所にブイを用意してくれないか? ああ、当然FCの。そう。そう。きっとお前も驚く相手だよ。ああ、うん。じゃあ後で」

 そうやって葵が電話を切る。

「話がついたぞ昌也。この学園からほど近い崖にブイを用意してくれるらしい、ガッカリさせるなよ?」

 

 

「準備終わったぞ!」

 外から帽子のつばを後ろにむけて被った男性、白瀬の声が響いて来る。

 昌也は白瀬が乗り付けて来たワゴンの中で白いラッシュガードのようなフライングスーツに腕を通す。

 __沙希が使ったあの戦略、『鳥籠』の基本戦略は全部頭に入ってる。後は俺が上手く葵さんを支配するだけだ。

 フライングスーツに着替え終わった昌也がランスロットに足を通し、車から出る。

「俺も、準備出来ました」

「ほう、昌也がフライングスーツを着てるのを見るのは久しぶりだな。そしてそのグラシュ、見ないメーカーだが」

 昌也が口を開く。

「そういう葵さんはフライングスーツに着替えなくて大丈夫なんですか?」

 葵が笑う。

「くくっ、これもハンデみたいなもんだと思ってくれよ昌也」

「油断しすぎて何もわからなかった、なんてことにはならないでくださいよ」

「言うねぇ昌也。そっちこそ訛りすぎて私に手足も出ないようじゃ話にならないぞ」

 互いに軽口を叩きながらスタートラインにつく。

「みなも、そっちも葵の位置を告げるだけで頼んだぞ!」

「うん、わかってるよお兄ちゃん」

 そう言って白瀬の妹のみなもが返事をする。

「昌也もそのつもりで頼むぞ」

 昌也のヘッドセットから白瀬の声が響く。

「勿論です」

 白瀬もその昌也の返事に1つ頷いて言う。

「セット!」

 白瀬がそう言い手を上げ試合開始のホーンを鳴らす。

 そのホーンの音と同時に昌也がローヨーヨーで初速を稼ぎセカンドブイを狙いに行く。

「ほう……存外鈍ってないみたいだな」

 葵が昌也がセカンドブイを目指すのを確認してからセカンドラインにショートカットしてその中間辺りで立ち止まる。

 そしてそれを確認した昌也は完璧なタイミングで上昇に転じセカンドブイにタッチ。

 その反動を利用しての高速90度ターンで葵の数メートル上空に陣取り立ち止まる。

 状況が膠着する。

「なんだ? 私はこのまま下から斜め上に向かって飛んでいってドッグファイトを仕掛けに行けばいいのか? いいよ昌也。乗ってやる」

 そう言って葵が速度を上げて昌也に向かって詰めて来る。

 __来た!

 昌也が改めて気合を入れる。

 沙希の使う鳥籠は一瞬の気の緩みも許されない。

 ひと時もテンションを緩めず相手が自分より上にでるリバーサルを潰してポジションの優位を押し付けながら相手を籠に閉じ込めて飛べる場所を制限していく戦略なのだ。

「そらっ!」

 葵が横のシザーズを入れながら昌也へと近づいて来る。

「そこっ!」

 昌也が何とか葵のフェイントを見切り葵を下に弾き縦横の動きを入れたシザーズで徐々に下降していく。

 頭を抑えないと背中を取られる、ブイを狙われる、そういう状況を作り出し昌也に振り切られないように頭を抑える葵を下へ下へ追いやっていく。

「……なるほど?」

 葵が自身が既にセカンドラインの随分下方向に押し込まれることに気づきサードラインへのショートカットを選択する。

「こういう事か?」

 葵はさっきのやり取りである程度この鳥籠がどういう戦略か気が付いたようでサードラインでは最初から昌也の動きに反応して上を取れる位置で待機している。

 昌也はサードブイにタッチした後それを確認したらフォースラインにショートカット、再び高空から葵を待ち構える。

 それを確認した葵は困ったように頭を掻く。

「参ったなぁ、昌也。これは何だ?」

「どうにも『本当のFC』らしいですよ」

「笑えない冗談だな、もういい。大体わかった。昌也がアンジェリック・ヘイローを私に教えて欲しいワケもな」

 2人が空から崖へと降りてくる。

「お疲れ、葵、昌也」

 そう言って白瀬が2人にドリンクボトルを手渡す。

「ありがとうございます」

「サンキュー」

 少し薄いスポーツドリンクで喉を潤しながら昌也はルミッキから聞いた鳥籠の戦略について思い返す。

 

 

「バードゲージ……?」

 昌也は真鱈のムニエルを切り分けるのをやめて聞き返す。

「ああ、イリーナ風に言うなら『本当のFC』。まぁ、長いから鳥籠でいいよ」

 ルミッキは真鱈を切り分け、口に頬張りながら話す。

「で、その鳥籠っつーのは有利なポジション、つまり相手より上の位置だな。を維持することにより試合の展開をコントロールする戦略の総称だね」

「それは……上の位置が有利だっていうのはなんとなくはわかってますけど」

 あんな相手の背中やブイよりも上を目指す戦略が機能してしまっていることに未だ違和感を感じる。

「だから言っただろ? コントロール……対戦相手を支配する戦略なんだよ」

 ルミッキが少しきょろきょろと回りを見渡してからテーブルに置いてある紙ナプキンを手に取り、自身のポーチからボールペンを取り出し何かしらの図を描く。

 その図には上に居ることのアドバンテージと縦の相対距離による期待される優位がルミッキを模した2頭身キャラクターを中心に円心状に描かれていた。

「まず近距離、この位置では対戦相手が自身より下に居るというただ一点のみで相手の背中を一方的に狙いやすい上に自身の視界で相手を捉えやすいことでドッグファイトのアドバンテージが得られる。まぁ、普通に飛んでりゃ上から背中が丸見えっつー簡単な話だね」

 再びルミッキが周囲を見回してからルミッキが笑いながら下に居る昌也の背中をバシバシと叩いている絵を描く。

「次に遠距離、ここでは上を取っている事により重力の影響で速度に充分なブーストを受けれるというメリットがあるね。多分一番わかりやすいがその分彼我の距離やスペックを見誤ったら大惨事になる。基本的にこの距離を使うのはポイントで勝っている時か、ショートカットで相手を待ち構えてる時。後、速度で相手を圧倒できることがわかり切っているファイター相手の時だね」

 もう1枚の紙ナプキンに上の位置でふんぞり返っているルミッキとそれを見上げる昌也、そこに羅列するように利点を書いていく。

「最後に中距離。一番中途半端に見える距離だが遠近両方に派生できる上に鳥籠においては相手を支配し思うように動かすための肝の部分だね」

 ルミッキは新しいナプキンに昌也をどんどん下方向へ追い詰めていくルミッキを描く。

「中距離は近距離や遠距離の圧倒的なアドバンテージを相手にちらつかせながら優位な状況を維持したまま相手を閉じ込める距離。不用意に近づけば背中を取られ、それを嫌がって大きく距離を取ってしまえばブイを取られる。そう言う優位を駆使して相手を圧倒的不利な状況に追い詰め連続得点を狙う距離。これが鳥籠の全貌」

 そう言ってその全部のナプキンをルミッキは昌也に押し付ける。

「なるほど……でもこの作戦、相手のリバーサルを全部拒否できるという前提で成り立ってますね?」

 昌也がそのナプキンを全部自身のバッグにしまいながら言う。

「勿論、沙希はその辺もばっちりだね。現存するメジャーなリバーサルの手段への対策は大体できていると思っていい。まぁ、横から縦への変則エアキックターンに完全に対応されちまった坊やには言うまでもないと思うがね」

 ルミッキは食べ終わった真鱈のムニエルの皿を横に避け呼び鈴を鳴らす。

「終わったんでデザートお願いします」

 そう言って紙ナプキンで自分の口を軽く拭い続ける。

「そんで、ここまでの話を踏まえた上でファーストラインでプロのスピーダーすらぶっちぎっちまう沙希について何か気付かないか?」

 昌也は真剣な面持ちで言う。

「この鳥籠では、最初の1点を取った方がずっと優位を維持したまま相手に圧をかけられる……」

「その通り」

 すぐに届いたプリンアラモードにスプーンを付けながらルミッキが言う。

「更に残念なお知らせだが、沙希は下のポジションから上を取るための隠し玉も持ってる」

 __ここにきてまだそんなものがあるのか。

 もうこの鳥籠の戦略と鳥籠におけるスピーダーの持つ優位性だけでも充分に頭が痛いというのにここに来て沙希はその上のポジションへの優位にすら対抗策を持ってると言う。

「その名もソニックブースト。坊やは知ってるかい?」

 ルミッキが口についた生クリームをペロリと舐めながら聞く。

「……いえ、不勉強で申し訳ないです」

「まぁ、アメリカの方で名前がついたばかりのメンブレン系の技らしいから仕方ないんだろうけどね、前方への急加速を可能にする技。理屈としてはエアキックターンの急停止急加速の加速の部分だけをを取り出す技だね。まぁ同一方向にエアキックターンが出来るって風に考えればいい。これが沙希の隠し玉。圧倒的な速度と操作性で空を支配し続けることを可能にしている鳥籠という戦略を完璧な物にしてる技さ」

 そう言いきってから再びプリンに取り掛かるルミッキに昌也は堪えきれず言う。

「あの、今の話を聞く限りじゃ、俺、とてもじゃないけど沙希には……」

「勝てないだろうね」

 あっけらかんとルミッキが言う。

 ここまで沙希の詳細な戦略や隠し玉について話して貰った上でなんだがじゃあ恋のキューピッドとはなんだったのかと昌也は憤ってしまう。

「まぁ待て坊や。今まで小難しい戦略だの隠し玉だのの話をしてきたがこの戦略は子供でも分かる理屈で出来てることに気づかないかい?」

 昌也が少し悩んで答える。

「……いえ、考え尽くされた完成度の高い戦略だと思いますが」

 ルミッキが昌也のその答えを鼻で笑う。

「はっ、相手より速く動いてオレツエーする。ごちゃごちゃ言ってたけどただそれだけのことなんだよ。つまり坊や、あんたが沙希より速く動ければ全部解決する程度のことなんだよ」

 昌也が呆れたように返す。

「それが出来たら苦労は……!」

「おい、各務葵の秘蔵っ子。あんたには使える人脈があるんじゃないのか?」

「葵、さん?」

 各務葵、現在は昌也のクラスの担任を受け持っている一教師だが元FC選手で現役の当時はスピード、勝負勘、駆け引きなどの各種動作全てにおいてハイレベルなのはもちろん動きにも無駄がなく美しかった。

 何故選手をやめてしまったのかわからないぐらいハイレベルな、世界大会優勝経験のある猛者だ。

「そうだ、その葵さん、元FC選手各務葵。あのアンジェリック・ヘイローを編み出した化け物からアンジェリック・ヘイローを伝授して貰え。これが私が提案できる沙希を倒す唯一の方法」

 アンジェリック・ヘイローとは対戦相手の周囲を高速で旋回し、そこに閉じ込めてしまう超々高速旋回技だ。

 一度、輪の中に囲まれたが最後、そこから出ることの叶わない必殺の技。死のイメージと共にそのコントレイルの美しさから天使の輪という皮肉な名前を付けらた。

「いや、でもアンジェリック・ヘイローは前進には……いや、もしかして可能なのか……?」

 アンジェリック・へイローもソニックブーストと同じくエアキックターンの急停止急加速の加速の部分だけを取り出す技だ。

 しかし違いがあるとするならばアンジェリックヘイローは加速し続ける。

 エアキックターンの加速部分をずっと取り出し加速し続けていく技だ。

 しかしそのあまりの加速度にメンブレンのバランスが崩れるため直線移動はできないとされているが……。

「さぁね? でも理屈で言えばソニックブーストの上位互換。もしもアンジェリック・ヘイローの技術をソニックブーストに落とし込めるなら、沙希より速く飛ぶことも不可能じゃないのかもね」

 ルミッキは既に食べ終わっていたプリンアラモードのスプーンを置き、伝票を取って立ち上がる。

「ああ、そうそう。忘れる所だったけど沙希はこの夏の全国大会で優勝したらその結果を引っ提げてプロデビューするつもりらしい。急げよ坊や」

 

 

 昌也はルミッキから貰った紙ナプキンの内容をノートに改めて写したものを用いて葵と白瀬、みなもに自身が打ち勝つべき相手の戦略の説明をする。

「なるほど、確かにFCの歴史が変わる戦略だが、話を聞けば聞くほど今年の夏全国優勝を狙う理由がわからないな昌也?」

「いや、その、実はちょっと言いにくいんだけど……」

「ん? なんだ? 笑わないから言ってみろ」

 昌也が少し恥ずかしそうに葵の耳元に口を寄せて話す。

「ふんふん? 好きな女の子と交際するためにはFCで勝たないとダメなんだけど試合も組んで貰えないから夏の大会で優勝しないと交際できないって?」

「ちょ! 葵さん! なんで言っちゃうんだよ」

 その話を聞いた白瀬が腹を抱え、みなもがおろおろとする。

「いや、どういう状況か一切わからなかったが青春してるようで結構結構。それにしても、昌也がFCに戻って来た理由が恋愛だったとはな」

 そう言って葵がクスクスと笑う。

「笑わないって話はどこ行ったんですか!」

「いや、だってこれは仕方ないぞ? 昌也」

「いいねぇ、昌也もそういう年になったんだなぁ」

 しみじみと白瀬が言う。

「泥棒……猫……」

 みなもがぶつぶつと何かを言っている。

 そうやってワイワイと盛り上がる中葵が昌也の肩を少し乱暴に叩く。

「まぁ、きっかけは何でもいい、昌也があんなに好きだったFCをやめて、どこへ行くのかずっと心配だったんだよ、私は」

 昌也がその勢いに少ししどろもどろしながらも言う。

「……ただいま、葵さん」

 葵が優しく微笑み昌也の肩を抱いた。

「お帰り、昌也」

 そのまま葵は昌也の頭をぐしゃぐしゃにして続ける。

「この2ヵ月昌也には地獄を見せてやるから覚悟しろよ」

「はいっ!」

 __目指すは2ヵ月後、夏の大会。そこで絶対沙希を倒す。

 

 

 

 

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