「危なかった、けど、遂に残すは決勝戦……」
照りつける厳しい日差しから逃げるように延長戦の結果を本部に伝えた後、15分後に決勝戦が開始されるというアナウンスを背に受けながら電光掲示板の前に1人ぽつりと立つ沙希に近づいていく。
昌也が沙希の隣に立つと沙希の控えめな声が鼓膜を揺らす。
「……昌也、見てたよ」
昌也はその言葉に静かに、しかし力を込めた言葉を返す。
「今度は勝つよ」
沙希は首をふるふると振って昌也のその言葉を否定する。
「ううん、昌也は私に勝てない」
「それでも、勝つよ」
「昌也はどうしてそんなに……」
「答えが聞きたいから」
昌也が沙希を見つめて言う。
「沙希の本当の気持ちが聞きたいから」
昌也がその言葉を言い終わる所を見極めてイリーナが昌也の肩を叩く。
「一度フラれた女の子に言い寄るのは感心しませんね?」
「……」
「大丈夫デス。昌也さんが沙希に勝てたらちゃんと場をセッティングシマス。勿論、沙希に本心から断られてしまっても私は責任を持ちまセンが、約束は守ります。ほら、沙希、そろそろ試合の準備をしますよ」
「はい、イリーナ」
沙希が昌也をチラリと一瞥してからイリーナの後を追って去っていく。
昌也も試合の準備をするためスカイスポーツ白瀬のバンへと歩いていく。
「昌也、決勝進出おめでとう! はい、これスポドリ。あんまり飲みすぎて身体を冷やさないように気を付けてね」
昌也がバンの座席に座るとそう言って運転席の白瀬からドリンクボトルを渡してくる。
「あの……昌也、さん……どこか痛い所とか、ないですか?」
そう言って後部座席に座っていたみなもが昌也の手足を軽くマッサージしていく。
「ありがとうございます。でも、みなもちゃんのマッサージはなんというか、少しくすぐったいし、遠慮しとこうかな……?」
健気に昌也をマッサージするみなもに困惑した昌也が頬を掻きながら辞退の意を示す。
「でも……こういうのは……ちゃんとやったほうが……んっ……いいん……はぁ……ですよ……うくっ」
昌也の身体が硬いのか全力で力を込めながら手足をもみほぐすみなもが息も絶え絶え応える。
「おい、昌也、まさかみなもに変なことさせてるんじゃないだろうな?」
そう言って白瀬が冗談交じりに運転席から顔を振り返らせる。
「何言ってるんですか? そんな訳ないじゃないですか……」
昌也がみなもの全力のマッサージを仕方なく受け入れながらドリンクボトルのスポーツドリンクで喉を潤す。
「葵に聞いた話じゃ同じ学校の女の子が4人も応援しに来てくれてるらしいじゃないか。僕はその手練手管でみなもにもちょっかいだしてるんじゃないかと思っただけだよ」
そう言って白瀬もバンのドリンクホルダーのドリンクボトルを取り出して中身を啜る。
「え……? なんですか、それ? わたし、聞いてないです!」
興奮したみなもが昌也の肉をぎゅっとつねり上げる。
「痛い痛い! みなもちゃん! 爪! 爪刺さってる!」
「あ、あわわ……! ごめんなさい、昌也さん……!」
そんなこんなをしているとスカイスポーツ白瀬のバンに葵がやって来る。
「おい、昌也、そろそろ時間だぞ」
昌也はみなもちゃんの手、というよりも爪を自身の身体から引きはがしバンの外に出て、堤防から砂浜に降りて行く。
昌也がスタートラインにつくと間もなく隣に沙希がやって来た。
「さあ、いよいよ夏の大会も決勝戦を迎えました! ここで実況を担当するのは久奈浜学院1年保坂実里です! プリティーな声でガッチリ実況します。略してプリガチな実里と覚えてくださいね!」
どうやら決勝戦では実況が解説に着くようだった。
物凄い声の大きさに砂浜で観戦している観客の悲鳴がここまで聞こえてくる。
「決勝に駒を進めたのは前回大会覇者の真藤を下した久奈浜学院の隠し玉『返って来た天才』日向昌也、2年生!」
『帰って来た天才』……人の噂も七十五日とよく言うがどうやら何年経っても忘れて貰える訳ではないらしいな、そんなことを昌也は思った。
「そしてもう一人、ここまでの試合全てを大技バードゲージで完封して無傷で勝ち上がった海陵の秘密兵器『空域の支配者』乾沙希2年生! いよいよこの夏、四島で最強のスカイウォーカーが決まります。果たして激戦の四島決戦を制するのは日向か? それとも乾か? いよいよ試合が始まりますっ!!」
保坂の実況が響き渡り、会場の声援が一段と大きくなる。
審判が「セット」の合図を送る。
一瞬で訪れる静寂。
先ほどまでの熱狂が一転、肌に突き刺さる程の無音の緊張感に変換され、誰もが審判の開始の合図を待つ。
バッ、と審判の手が開始を知らせるポーズを取ったと同時に試合開始のホーンが真っ青な空に突き刺さる。
「……先に行く」
開始直後に飛び出したのは沙希の方だった。
不条理な加速、ソニックブーストを使用しているのは明らかだったが事前の動作が無かった。
恐らく昌也のソニックブーストと沙希のソニックブーストでは根本の技術が違うのだろう。だが、だからこそわかることもあった。
「夏の大会最速の乾選手がローヨーヨーで一気に加速します! しかし速い! 圧倒的に速い! 決勝戦に来てまだ速度が上がる乾選手! この魔術的加速は最近アメリカで名前がついたばかりの新技ソニックブーストでしょうか! しかし日向選手も負けていません! こっちも使えるんだぞ! そう言わんばかりのソニックブーストでの追撃を見せますがここに来てスピーダーとオールラウンダーというスタイルの差が立ちふさがります! 何か策はあるのでしょうか?!」
乾沙希にはアンジェリックへイローの技術を応用したソニックブーストの派生技は使えない。
これは確信だった。
「行け、昌也。もう今までのような手加減は無用だ」
「はい!」
昌也は葵の指示を聞き終わると、乱れそうになる飛行姿勢を固定し、手と顎の動きでメンブレンを調整、昌也の使う従来のソニックブーストを遥かに超える加速度で加速する。
リードを守る形の沙希を加速して、加速して、遂に昌也が沙希を追い抜いた。
「っ……!」
そしてその差は一気に開きイリーナと沙希にブイの到達を諦めさせた。
「なるほど、流石昌也さん。沙希を倒す為のナイフを準備して来てたみたいですね。沙希、気を落とさずにセカンドラインにショートカット」
「……はい、イリーナ」
そうしてセカンドブイに到達し、1対0。
得点を獲得したのは大勢の予想を裏切り昌也だった。
「こ、これは予想できない展開がいきなり起こりました! スピーダーの乾選手を一気に抜き去った日向選手が見事セカンドブイにタッチ! 先制点を獲得しました! 荒れに荒れた夏の大会、決勝戦も一筋縄では行きません!」
ソニックブーストはエアキックターンで言う所の急停止急加速の加速の部分を取り出す技である。
しかし昌也のソニックブーストは自動車で言う所のターボボタンのようなものなので持続性はない。端的に言うと飛行姿勢とメンブレンが乱れるために直進できなくなってしまうため持続できないのだ。
勿論、乱れた飛行姿勢とメンブレンを正常に戻す必要があるため連続使用にはそれなりのクールタイムも必要になる。
同じソニックブーストが使える者同士だとスタイルの違いによる能力値の差で沙希とのスピード勝負で昌也が勝つことは出来ない。
だから昌也はこの夏、鳥籠の熟練度と並行して鍛えたのが飛行姿勢の維持とメンブレンへの感性だ。
これらを鍛えることにより昌也はアンジェリックヘイローが直進できる有効時間の限界と言われる2秒間にアンジェリックへイローが取り出せる急加速を可能な限り詰め込んで2秒間で可能な加速の上限を引き上げた。
従来のソニックブーストが2秒間でエアキックターン3回分程度の加速を取り出せると仮定した場合昌也はその倍量は一気に加速することが可能になった。
これを昌也と葵は単純にオーバーブーストと名付けた。
この圧倒的な加速は、加速部分を取り出し続けるアンジェリックヘイローの技術を応用した為に可能になった技術であるため沙希のローヨーヨーを重ね掛けしたような滑らかなソニックブーストには真似できないだろう。
「昌也、このまま気付かれる前に点数を重ねたい。沙希の仕掛けてくる想定される鳥籠をぶち抜いてサードブイを狙え」
「はい!」
既にショートカットしてセカンドラインの上空で両手を広げ待ち構える沙希を一気に抜き去ることの出来る距離を見極め昌也が手をタイミングよく動かしオーバーブーストの準備を始める。
「沙希、わかりますね?」
「大丈夫です、掴めました」
「では、いきましょう。バードゲージ・バージョン2です」
「はい」
沙希は両手を広げ、やや前傾姿勢を取った上でこちらに向け迫って来る。
「おおっと、ここで乾選手Bブロックの相手をことごとく粉砕してきた大技、バードゲージを仕掛けてきました!」
「バージョン2、変化させてきましたね」
昌也が葵に言う。
「恐らく私たちが考える鳥籠の弱点を克服させる戦略なんだろう、油断するなよ、昌也?」
「勿論……!」
昌也は準備を完了させると身体に力を入れメンブレンを解き放ち一気に加速する。
__沙希のソニックブーストと俺の使うソニックブーストは全くの別物! 沙希がそれに気づいていなければオーバーブーストはまだ沙希に通用する!
「……そう何度も通用しない」
そう言って沙希が昌也のオーバーブーストに合わせソニックブーストで軽やかに加速して昌也を下方向へ押し込む。
「日向選手、乾選手のバードゲージを突破しようとその圧倒的な加速力を誇るソニックブーストで対抗しますがあえなく防がれてしまいます! 果たして彼も彼女のバードゲージの餌食となってしまうのか!」
「クソっ! もう気付かれたか!」
「この早さ、恐らく真藤との試合で既に勘づいていたんだろう。昌也のソニックブーストは直進しかしていないことに」
そうなのだ、昌也がソニックブーストと言うものを動画である程度検索してみたのだが凡そそれらの技術は通常飛行からローヨーヨーの倍以上の加速度を持っている場合どんなものもソニックブーストと呼ばれているらしいことがわかり、確立された再現方法などはなく無数のソニックブーストが存在しているという事実だけが確認されたのだ。
なので昌也の扱うソニックブーストはアンジェリックヘイローの応用を軸にした短時間に急加速を可能とするどちらかと言えばエアキックターン型のソニックブースト、と言う事になるのだ。
そこで問題となったのが操作性だ。
このタイプ、メンブレンを一点に集め一気に放出して加速するという都合上必ず前動作を必要とし、発動中はその加速を持続するために基本的には決められた方向にしか進めないという制約が存在するのだ。
打って変わって沙希の使うソニックブーストはローヨーヨーの重ね掛けとも言えるような加速方法を取っているため純粋に初速に優れ、操作性も充分、継続時間もエアキックターン型より優れ前動作すら必要ない場合がその殆ど。
短時間での加速にはエアキックターン型には劣るがスピーダーである沙希はその弱点もある程度カバーしている。
「……完全に閉じ込める」
沙希が縦横のシザーズで鳥籠の構えを取る。
「昌也、今お前は勝っている、つまりバードゲージバージョン2なんぞに付き合ってやる必要は無い。いけ、スモーだ」
「わかりました!」
昌也が縦横のシザーズで迫って来る沙希にそのまま斜め上の軌道を取り一気に突っ込んでいく。
リバーサルを警戒したのか沙希が少しだけ上昇する。
あるいは充分に引き付けてから自分の距離で背中にタッチするつもりなのかもしれない。
自分で作った空間は心理的に動きやすいためその線も充分に考えられる。
しかしその上昇は昌也にとってスモーを差し込む絶好のタイミングだった。
昌也はその上昇に合わせて横に半回転、背面飛行の姿勢を取る。
さっきまで昌也の背中だった位置に放たれた沙希の手を視認してからしっかり避けて、わずかな隙が出来た沙希を後ろに弾かれるように考えて昌也が手を伸ばす。
するとその反撃を嫌がって沙希が更に上に距離を取ろうとするが昌也が速度もそのままに沙希との距離を詰める。
「鬱陶しい……!」
「距離は取らせない!」
昌也と沙希の超至近距離で息もつかせないドッグファイトの応酬がはじまる。
「日向選手、背面飛行で乾選手のバードゲージに対抗します! 上下で向かい合って繰り広げられる鏡面のようなドッグファイトを制すのは果たしてどっちだ!」
昌也の使うこの背面飛行、通称スモー……スモールパッケージホールドは鳥籠の強力なアドバンテージである近距離でのポジションの優位を潰しリバーサルを狙う防御の技だ。
そもそも鳥籠が有利なのはポジションを取ることで近距離ではドッグファイトが、遠距離ではスピードにアドバンテージを得ることができるからと言うのが大前提なのである。
だから近付いても遠ざかっても不利を押し付けられるため中近距離で機を見てリバーサルを狙ってポジションを取り返すという方法以外で不利を返すことが出来ないから凶悪な戦略として猛威を奮っているのだ。
しかし鳥籠の近距離のアドバンテージは背面飛行をすることによって全てかき消せる。
一方的に見えていた背中も、相手を捉えることの出来なかった視界も、その弱点を全て克服してイーブンにすることができる。
それだけ聞くとスモールパッケージホールド……というよりも背面飛行は対鳥籠戦術として良いことだらけのようにも思えるが実は問題があった。
背面飛行それ自体が難しいのである。
ただ背中を地面に向けて飛んでいるだけのように思えるがバランサーによって調整して飛行姿勢をある程度保っている都合上上下が反転するというのはとんでもない不都合なのだ。
よってバランサーを背面飛行用にでも調整しておかない限り背面飛行の難易度は想像を絶する。
事実昌也が背面飛行をここまで仕上げることができたのは天性のメンブレンへの感受性による所が大きいだろう。
その天性を持ってしてもスモーで熟練のスカイウォーカーとドッグファイトを繰り広げるのは負担だ。
実際沙希と向き合っている昌也は最初こそ沙希と攻防を繰り広げれていたが今では防戦一方、沙希の姿勢を崩すための攻撃を避けるので手一杯だ。
「日向選手の攻撃に陰りが! やはり乾選手のバードゲージを破ることは誰にも出来ないのかぁ~?!」
しかしスモーはその熟練度を補って余りある防御手段なのだ。
勿論スモー側が有利を取れる訳ではないがポジションを取っている側の近距離でのアドバンテージを全てかき消せるのはとても大きい。
故に昌也はスモーを使う。
そうして昌也が沙希の猛攻の隙を狙って一撃を放つ。
「……遅い!」
沙希がその昌也の攻撃を咎めるようにカウンターを放つ。
しかしそれは昌也の誘い。
昌也は自身が攻撃を放った直後から沙希からわからない程度に下方向へと距離を離していた。
そして沙希の攻撃と同時に手が届かないギリギリの位置まで下がり飛行姿勢を戻し一気に沙希の脇を抜けてリバーサルを成功させる。
沙希が昌也のリバーサルに気づいて沙希がポジションを取り返すためにソニックブーストで即座に上を取り返すがその行動を予期していた昌也は沙希が上のポジションを取り返すのと同時にソニックブーストを発動させサードブイを目指す。
「リバーサルを成功させた日向選手でしたがそのリバーサルすら囮! 自慢のソニックブーストでサードブイを目指します!」
「なるほどなるほど……背面飛行、バードゲージの近距離の優位を潰してリバーサル……沙希、ショートカットです」
「くっ……わかりました、イリーナ」
昌也が道中で追撃を許さないよう飛行姿勢を整えた後さらにオーバーブーストでセカンドラインを駆け抜けてサードブイにタッチ、2対0。
__行ける、行ける、行ける! このまま後1点取って3対0まで持ち込めればルミッキさんの言う残り2分も何とかなる。後1歩で勝てる!
「葵さん、残り時間は!」
「昌也、残念だがまだ4分しか経ってない。まぁつまり残り時間は6分だ」
両手を広げジリジリと此方へ近づきプレッシャーをかけて来る沙希を見上げてうんざりしたように昌也は言う。
「まだ半分以上残ってるなんて、時間の流れおかしくないですか?」
「それだけ集中してるんだな、調子がいい証拠だぞ? ほれ、まだ半分以上残ってるんだから今の倍以上得点してこい」
「中々面白い冗談ですね!」
昌也がオーバーブーストの準備を終え、一気に斜め上の沙希に向かって加速する。
「……だから、そう何度も、」
しかし昌也は沙希がソニックブーストで現れた手前で更に加速。メンブレンが加速度に耐えきれず遂に直進できなくなる。
そのブレを昌也が独楽のような回転でコントロールし沙希の背後を取る。
「これで、3点!」
「……えっ?」
目の前からかき消えた昌也が沙希の背中にタッチ、軽快な音と共にポイントフィールドが広がる。3対0。
昌也のド派手な加速と変態的挙動に会場の観客がひと際盛り上がる。
昌也はその速度を活かし余裕を持ってタッチする場所を上手くコントロールし上のポジションを勝ち取ることに成功していた。
「これでポジションは俺が持ってる! さぁ、どうする沙希」
昌也が沙希からのリバーサルを拒否しながら呟く。
「イリーナ、今昌也は一体何を……」
昌也の縦横のシザーズを牽制しながら沙希が問う。
「恐らくですが、アンジェリックヘイローのなりそこないで沙希の背後に回り込んだものと思われます」イリーナが冷静に、しかし昌也の評価を更に1段階上方修正させる。「中々期待が持てますね……」
「なんだなんだ! 日向選手! ソニックブーストから更に加速! いつの間にか乾選手の背後に回って得点していたー! 一体どんだけ速いんだー!! 会場も日向選手のありえない加速に沸きあがってまいりました!」
そんな実里の実況と観客たちの歓声を全身に受け止めながら昌也が言う。
「どうです? 葵さん、アンジェリックヘイローが禁じ手なんてバカバカしいでしょう?」
そんな風に昌也が問うと葵は少し呆れたように答えた。
「調子に乗るな昌也、それはアンジェリックヘイローじゃないだろ。全く」
そう、確かにこれはアンジェリックヘイローではない。
オーバーブーストを発動した後そのまま手を動かし続けオーバーブーストの動作を継続し続けることでメンブレンを態と暴走させ釣り針型に急ターンする技、フリックフックだ。
そもそも発見方法からして少し異質だった。
元々はオーバーブーストでもっと自由に動けないかと色々試していた時飛行姿勢とメンブレンを保つことが出来ずに旋回してしまった時だった。
そもそもアンジェリックヘイローは直進するための技でなく円を描くような軌跡で超高速旋回することで相手を輪の中に閉じ込めてしまう技。
それを奇襲的に使えないかと考えたのがこの技だ。
加速度と昌也の回転の大きさである程度どのような軌道を取るか選択できるのでほぼ直角に曲がった後に回り込むような動きも出来るため1度目のオーバーブーストさえ成功させてしまえば相手にはそれがただのオーバーブーストかフリックフックかわからないため相手に背中を守るか行先を塞ぐかの2択を迫ることができるため結果的に奇襲以上の効果を発揮する昌也の対沙希のオーバーブースト、スモールパッケージフォールドと三位一体をなすメインウェポンだ。
ただ、問題があるとするならこれもまた根本的な話になってしまうのだがオーバーブーストの発動に時間がかかりすぎるということだ。
ソニックブーストなら精々2秒程度なのだがオーバーブーストは5秒、これだけの長さの予備動作があれば中距離程度までの相手は余裕で昌也の技の起こりを潰すことができる。
つまりオーバーブーストからフリックフックに派生するまでの僅か2秒弱の間に最初の直線運動を阻止されてしまうという事だ。
オーバーブーストが速すぎるが故に起こった悲劇である。
しかし、これによってポジションを取られている時はオーバーブーストを恐れて遠距離に逃げることが出来ずドッグファイトに不利を背負う近距離でのドッグファイトを強いられ、ポジションを取っている時ですらスモーに付き合わなければならない。
そして下のポジションからリバーサルするためのスモー状態と非スモー状態での幾多の小技の組み合わせたち。
対策を取られていないなら絶対に負けることはない。
そう言いきれるだけの準備をしてきた。
その後、沙希は昌也のスモーに付き合わざるを得なかったが昌也の細かいフェイントやリバーサルによって更に得点を許して4対0。
「はぁ……はぁ……、葵さん、言われた通り、倍、得点しましたよ」
昌也が滴る汗を拭いながら葵に言う。
「私が言ったのは倍以上、だが、まあいいんじゃないか?」
そうやって昌也と葵が話していると再び上のポジションを取っている沙希がスモー状態の昌也に声を掛けた。
「昌也、強くなったね」
沙希からの突然の問いかけ。
昌也は少し驚きながらも気を確かに持ちながら応える。
「沙希からの返事、あんなのじゃ納得できなかったからな」
昌也が沙希からの攻撃を避けながら答える。
「……私のこと、そんなに好き?」
沙希が抜き手のような鋭い突きを放つ。
「勿論だ。俺がもう一度空に戻ってこれたのは、戻ろうと思えたのは沙希のことが好きだったから。まぁ、ぶっちゃけると沙希と毎日会いたかったからなんだと思う」
昌也のリバーサルが沙希によって拒否される。
その後沙希が少し悩んでから聞いて来た。
「ねぇ、もし昌也が私に勝てなかったらどうする?」
昌也が即答する。
「勝てるまで、何度だって挑んで、勝つまでやる」
そう言って昌也がもう一度リバーサルを試みると、今度は何の拒否もなく昌也がポジションを取ることができた。
「なんだか、また昌也が警備員さんに捕まっちゃいそうだから……」
沙希が少し照れながら言葉を続けようとした所でイリーナが声を掛ける。
「沙希、残り3分、予定より速いですがそろそろ……」
「はい……ごめんなさい、リードされてて」
沙希が少しだけはにかんだような表情をする。
「仕方ありません。予想以上に日向昌也は強かったです。もっとも、想定の範囲ではありましたが、引導を渡しましょう」
「……はい」
沙希の瞳に力が宿る。
「しっかりと大差を付けて勝ち切って来なさい。圧倒的な力の差を見せつけて、日向昌也にはもっとやる気を出して貰いましょう」
「はい、イリーナ」
そう言って、沙希は突然空中で膝を抱えた。
「……なんだ?」
昌也は最初一体何が起こるのかと訝しんだが、やがてそれは膝を抱えたのではなく、屈んでシューズに触れたのだとわかった。
「……昌也、今日昌也とのFC凄く楽しかった。私のために昌也がこの2か月間凄く努力したのが伝わって来た」
瞬間、シューズが一瞬だけ光る。
「だからね、昌也。もう一度私もイリーナのこと説得する。昌也のこと、私も好きだから」
その沙希からの告白に昌也はとっさにどう返していいかわからず口をまごつかせる。
その昌也の様子を見て沙希の顔が柔らかく微笑んだ。
「……だから、安心して負けていいよ、昌也__アグラヴェイン、フェーズセカンド」
その沙希の言葉と共に沙希のグラシュ……アグラヴェインのコントレイルが羽を広げるように大きくなる。
「沙希……?」
昌也はあまりに色々な出来事に脳がフリーズしてしまっていた。
「昌也! ボーッとするな!」
葵の悲鳴のような指示はしかし、昌也にはどこか薄皮1枚隔てたような現実感のない物のように聞こえた。
__ああ、そうだった。今、FCの試合中だったんだ。だけど、沙希は俺の告白に返事をくれて、両想いで、あれ、俺、今何で飛んでるんだっけ……?
昌也はしかし、そのぼんやりとした頭とは裏腹に体に染みついた動きでポイントされた時の斥力を使って加速してブイを狙う。
「昌也! 前だ!!」
するといつの間にか後ろに居た筈の沙希が瞬間移動でもしたのかブイの目の前に居て、昌也を待ち構えていた。
「これ以上の得点はダメ」
そう言って昌也は下方向に弾かれる。
__凄いな、沙希は。まるで追いつけないし、まるで歯が立たない。
そうして下方向に追いやられた昌也を更に追いかけるようにして沙希が昌也の背中からポイント。4対2。
「昌也! 諦めるな! リードを守れ! 昌也! 聞いているのか!! 昌也!!」
昌也は葵の声をどこか遠くに聞きながらも現実感が薄れて行く空を駆ける。
__こんな風に歯が立たないのはいつ以来だろう。悔しさよりも感心が先に来る。こんなのは俺がFCを始めて、葵さんにボコボコにされた時以来じゃないか?
昌也がそうやって殆ど身体に刻まれた練習量による半自動のような挙動で沙希に対応していると、ふと、沙希が視界に入る。
笑っているような、泣いているような、悲しんでいるような……そんなどんな感情にも当てはまらないような不思議な表情。
昌也が沙希に出会ったばかりの頃の、沙希の表情。
その表情に昌也は一気に現実に引き戻される。
沙希が昌也の背中を狙って手を伸ばす、そのすんでの所で昌也は身体を捻りポイントされることを防ぐ。
「……昌也?」
沙希が不思議そうな顔をする。
__そうだ、そうだった。
昌也は思い出す。
__俺が、なんで沙希に一目惚れしたのか、ようやくわかった。
「うおおおおおおお!」
昌也が雄たけびを上げながら沙希を目指して飛んでいく。
「……昌也は負けず嫌いだね」
そうやって近付く昌也の後ろを魚のような流麗な動きで昌也の背中を取るが咄嗟に昌也がスモーを発動し、再びポイントされることを防ぐが、その背中の裏を更に取って4対3。
__子供の頃の俺は最強だった。
「それともイリーナのこと、そんなに心配? 私も今回は譲る気はないから安心していい」
沙希が昌也の必死のキリモミを捉えポイント。4対4。
__何にだってなれると思っていたし、誰にだって勝てると思っていたし、どこにだって行けると思っていた。
「沙希? そこまでの約束はしてませんよ」
「イリーナ、私は本気」
昌也はそうやって沙希とイリーナが会話している最中も裂帛の気炎を迸らせドッグファイトを挑む。
__でも、その世界を維持するためには多大な努力が必要で。いつしか楽しいから飛ぶんじゃなくて、勝つために飛ぶようになっていた。
「沙希? 本気、なんですか?」
「私はいつでも本気。イリーナも祝福してくれるよね?」
沙希はその昌也の怒涛の攻撃をまるで児戯とでも言わんばかりの余裕で回避する。
「……イリーナ?」
イリーナはそのあまりにも真剣な沙希の問いかけに遂に根負けしてしまった。
「はぁ、わかりました……。スケジュールの調整まではしないですよ?」
「それで問題ない」
そう言ってから沙希は昌也を下に叩き込むようにしてポイント。4対5。
__俺は、勝つために強くなって、強くなったから孤独で、強さだけが全部の理由になっていた。
「遂に逆転! 試合時間も残りわずかとなったこの時点で遂に乾選手が日向選手の得点を逆転しました! 熱い、熱すぎる!」
割れんばかりの声援の中沙希が問う。
「昌也、イリーナの了解も取れた。もう私たちの間に障害はない。それでもまだ、私に勝ちたい?」
昌也が迫りくる沙希の手をなんとか避けて攻撃する。
__だから、俺は沙希に勝たなきゃいけない。
「ああ、勝ちたい!」
昌也はそう言って沙希の動きを殆ど神がかり的な直感で予測して背後を取る。
「……っ?!」
「だって、今の沙希は楽しそうじゃないから!」
__FCは決して1人ではできないから。勝ち負けだけが、全てじゃないと思うから。
昌也が思いを込めて腕を伸ばす。
沙希の背中にポイントフィールドが広がる。5対5。
再び同点。
「うおおおおお! 熱い! 乾選手の怒涛の連続得点を打ち止めて日向選手……」
「俺は、沙希が好きだ!」
晴天に昌也の叫びが響き渡る。
「得点……? ど、うてんに持ち込みました! えぇと、昌也選手何かを大声で乾選手に宣言しましたが、さきが好きだ? 恐らくさきとは乾選手のことだと思いますが、日向選手決勝戦でまさかの告白を……? えぇと……あっ、はい、はい。はい……?」
「だから、俺は沙希がつまらなそうにしてるのが我慢ならないんだ! まだ見せてない技がある! 驚かせてやるから覚悟しろよ」
__FCは、きっと楽しい筈だから。
「……昌也は生意気。でも、いいよ。遊ぼう、昌也」
沙希が昌也を空に誘うように手を差し出す。
「勿論!」
昌也が沙希を追いかけるように空を飛ぶ。
「どうやら日向選手決勝戦で乾選手に告白しOKを貰った様子! 一体決勝戦を何だと思ってるんだ! しかし依然として試合は続いています! 現在乾選手が得点を重ね5対8! 圧倒的実力で再びの優勢です! 突然の告白というハプニングに混乱している間に重要な場面を見逃してしまいましたが、どうかそれでもプリガチ実里を応援してください!」
昌也は沙希の動きに全然ついて行けなかったし、まるで目が追いつかなかった。
だけど楽しくて楽しくて、それ以上に悔しくて、もっと対等にFCを出来ればいいと思って。途中から勝ち負けはどうでもよくなった。
悪戯っぽく、多分昌也にしか見えない笑みを見せる沙希を驚かせてやりたいという気持ちで空を駆け続けた。
だから、試合終了のホーンが鳴り響いた後もまるで気付かなかった。
結果は5対12。
沙希の華麗な逆転劇で四島、夏の大会の決勝は幕を閉じた。