この素晴らしい世界に烙印を! 作:イヌタデ
「……ん?」
目を開ける。そうして眼前に広がっている光景を見た青年は、自体を理解出来ずしばし目を瞬かせた。そうした後、ああそうだと傍らにいるはずの自身の相棒とも呼べる少女の姿を探す。むにゃむにゃと呑気に口をもごもごとさせているのを確認すると、彼は安堵の溜息を吐いた。
「は?」
が、それは瞬時に困惑へと変わる。少女の横、そこにいるはずのない人物が眠っていたからだ。知らない顔ではない。そもそも、自分と彼女が旅をしている理由の一つが、そこで寝ている人物を見付けることだったのだから。
一体どういうことだ。そんなことを思いながら、傷跡の残る左目を押さえた彼は、そこで三度目の困惑を受ける。またもや見知った顔が丸くなって眠っていたからだ。かつて共に戦った大事な仲間ではあるが、戦いが終わった後、旅立つ時には彼女は見送っていた側だ。
「状況を……聞くか」
そう呟いたものの、では一体誰にという問題が起こる。相棒の少女が一番面倒がないものの、彼女が状況を理解しているとは考え辛い。かといってその横で眠っている人物は正直一対一で話すのは苦手な相手。
となると、必然的に残る一人になるわけで。
「キット」
「……ん~?」
隣で丸くなっている猫耳の少女を揺する。されるがままになっていたキットと呼ばれた少女は、暫くするとゆっくりと目を開け、寝ぼけ眼を擦りながらそれをした眼前の相手を見た。
「あれ? アルバス? 何で?」
「俺が聞きたい」
第一声の時点で望みが潰えたことを覚った青年――アルバスは、そこで大きく溜息を吐いた。先程とは違う意味合いのそれをたっぷり吐いた後、じゃあ質問を変えるぞ、とキットを見やる。
「ここがどこか分かるか?」
「へ? どこもなにも――」
彼に言われて、キットは周囲を見渡す。どこかの街の、路地裏。彼女に分かるのはそれだけで、それ以外の情報が何一つ判明しない状況を認識し、ピンと立った猫耳と見開いた目のまま暫し固まった。
「どこ、ここ?」
「そうか」
駄目だ。諦めたアルバスは、ならもうしょうがないと残りの二人を起こしにかかろうと視線を向けた。そんな彼の視線にキットも追従する。そして、眠っている残り二人を視界に入れた。
「エクレシア。と、妖眼さん!?」
何故に、と再度驚愕したキットに対し、アルバスは短く簡潔に俺も分からんと返した。そうしながら、まずはどちらを、と一瞬だけ悩み、キットが妖眼と呼んだ女性の方を起こしにかかる。恐らくその方が面倒が少ない。そう判断したのだ。
「……こ、こは?」
そうして揺すり起こされた彼女は、霞がかった思考を元に戻すように頭を振り、次いで視界に映った見知った顔を見て怪訝な表情を浮かべた。どういうことだ、と。
「俺が聞きたい。フルルドリス、あんたは何でここに」
「何故も何も。私は――あの戦いでエクレシアを守って」
聖女に取り込まれた。自身の記憶を呼び起こしながらそう告げると、アルバスとキットはなんとも言えない表情になった。言っていることは間違っていないが、その過程というか、その言葉から想像できる光景というかが大分食い違っているように思えてならないからだ。
「まあいい。俺たちの、エクレシアの目的はあんたと再会することだ。無事ならそれで」
「無事、なのだろうか。……確かに今の私は自分の意志で体も動くし、デスピアの気配も」
手を開き握りを繰り返し、自分の体に問題がないことを確かめた妖眼ことフルルドリスは、そこで少し息を吐くと心配をかけたな少年と口角を上げた。
「そういうことはそこで呑気に寝ているエクレシアに言ってやってくれ」
「ふふっ。勿論、この娘にも言うさ」
そう言って彼女はエクレシアの頭を撫でる。さらりと金髪が揺れ、そしてそのことでムズムズと反応した彼女は眠りながら眉を顰めた。そうした後、ゆっくりと目を開け、そして体を起こす。
「……おふぁようございます、アルバスくん」
「……おはよう」
「どうしたんですか? なんだか変な顔してますけど」
こてん、と首を傾げるエクレシアに、アルバスはどう返そうか少し悩む。能天気だ、などと一瞬頭をよぎった感想を言おうものならば、絶妙に彼女の視界から外れているフルルドリスにぶった切られかねない。面白そうな気配を察知したらしいキットが素早くエクレシアの視界から消えたことで事態がややこしくなっているのも踏まえ、彼は目が覚めてから何度目かになる溜息を吐いた。
「ところで、ここはどこですか? わたしたちが昨日寝た場所とは違いますよね?」
「呑気だなお前――」
ギロリとエクレシアの背後のシスコンがアルバスを睨む。先程の予想と同じような状況に陥ってしまったのを理解した彼は、しかし一連のドラグマ事件を経て成長していたこともあり受け流すことに成功していた。事実だろう、と口にすると、フルルドリスもそれは認めるのか目付きを元に戻し小さく息を吐いた。
「えっと? アルバスくん、今の言葉はわたしに向けたものじゃないような」
「……お前の後ろにキットとフルルドリスがいる」
「――え!?」
ばっ、と勢いよく振り向いたエクレシアは、アルバスの言葉を欠片も疑わない彼女の行動に何とも言えない表情になった二人を視界に入れた。そうして暫し眼をパチクリとさせ、そして。
「姉さまっ!」
がばぁ、と思い切り、迷うことなく抱きついた。いきなりのそれにバランスを崩したフルルドリスがたたらを踏み、それを横で見ていたキットがキシシと楽しげな笑みを浮かべる。
「……エクレシア。私がきちんと本物だと確認したのですか?」
「はいっ」
「絶対嘘だ」
「俺もそう思う」
迷うことなくそう抜かしたエクレシアにキットがツッコミを入れ、アルバスが同意する。が、フルルドリスはしょうがないなと言うかのように苦笑すると、それならばいいのですと彼女を撫でた。姉代わりの元聖女はダダ甘である。
そうして暫し抱きついていたエクレシアは、ゆっくりと離れると、良かった、と短く呟いた。そこに浮かんでいるのは笑顔。涙も同時に流れていたが。
「さて、と。んじゃエクレシアも落ち着いたとこだし、状況の整理しとく?」
「ええ」
「そうだな」
パンパン、と手を叩いて気持ちを切り替えさせたキットが、現状分かっていることを要約して述べる。ここがどこだか分からないこと、何故かアルバス達と合流していたこと、フルルドリスは取り込まれた聖女から抜け出しここにいる理由が不明なこと。
早い話が、何も分からず解決策など練りようがない、ということだ。
「とりあえず、探索をしてみます?」
「どこかの街であるのは確か。ここでこうして話していても何も起こらないならば、治安も悪くないのでしょう。私はそれでも構いません」
「ま、現状それしかないよね」
「そうだな」
そうと決まれば。よし、と路地裏から喧騒の方へと足を進めた四人は、思った以上に賑わっているその街並みを見て思わず声を上げた。かつてのドラグマほどではないだろうが、それでも十分な規模だ。そんな感想を覚えたフルルドリスは、これならば情報収集も容易いだろうと一人頷く。
そうして街を歩いて調べた結果、一行はどうしたものかと頭を抱える羽目になった。理由は簡単、あまりにも自身の知識にない場所だったからである。これではまるで、異世界にでも迷い込んでしまったかのようだ。
「実際にそうかもしれないな」
「アルバスくん?」
「世界と世界は案外簡単に繋がる。エクレシアだって知ってるだろう?」
「……まあ、それは」
「あたしのいないとこでなんかやべー体験してんだ……」
「だがまあ、それならば私がこうして存在しているのも納得がいく」
文字通り、世界から切り離されたのだろう。そう述べると、彼女はそこで小さく微笑む。世界を越えたことで再び自分はこうして独立できている。だから。
「元に戻る際に返り討ちにすれば何も問題がないということだ」
「今の流れからその結論に持ってくのは流石と言っていいのかなぁ」
まあその方がエクレシアも悲しまないし、いっか。そう結論付けたキットは、とりあえず現状は心配いらないということなのかと口にした。アルバスもエクレシアも、彼女の言葉にまあそういうことになると同意する。
とはいえ。それは何か深刻な問題に直面していないというだけであって、小さな問題はそれこそ無数にあるわけで。例えばその一つが。
「それで、生活費とかどうしましょう」
異世界ということは、当然自分達がこれまで使用してきた世界の常識が使えないということに他ならない。貨幣なんかもそうだ。ことこの場では四人が四人とも無一文なのだ。
「冒険者ギルド、とかいう場所で登録して依頼受けるしかないんじゃない?」
それしかないか。キットの言葉に頷いた一行は、情報収集の際に聞いていたその場所へと足を進めた。
「登録には千エリスが必要です」
詰んだ。冒険者ギルドの受付嬢の言葉に、一行はすごすごと退散するしかなくなった。エリス、というのがこの世界のお金の単位らしいということは学べたが、だから何だとしか言いようがない。冒険者カードがないと依頼を受けられないらしいということも学べたが、現状それはマイナス要素しかないわけで。
なあ、と途方に暮れるしかなくなったそんな一行に掛かる声。視線をそちらに向けると、一人の少女と三人の青年がこちらへと歩いてきていた。青年の一人が、何か困っているようだが、と尋ねてくる。
「余計なお節介なんかしても何の得にもならねぇだろ」
「ダストは黙ってて」
四人組の一人、金髪の青年はそんなことを言っていたが、ポニーテールの少女に一喝されて引き下がった。そんなことして何になるんだか、などとぼやきながら、ダストと呼ばれた青年はアルバス達をぐるりと見やる。
「大体、こんな美女美少女侍らせてる野郎なんか何で助けなきゃ――」
そのまま再度ぼやきを続けようとしていたダストは、そこで動きを止めた。アルバスを見て、そして怪訝そうに表情を変え、そして。
まあ、それでもいいか。そう、意見をぐるりと変えた。
「え? ダスト、どうしたの!? 何か悪いものでも食べた!?」
「何でだよ。リーン、お前は助けるのに賛成してたんだから、むしろ喜べよ」
「でも、ダストがそんな人助けをしようなんて言い出すのはおかしいでしょ?」
「確かにそうだな」
「リーンじゃねーけど、なんか悪いもんでも食ったのかは俺も思ったぜ」
「テイラー、キース。お前らまで」
どうやらあのダストという青年はお世辞にも善人とは言い難いらしい。そんな彼が急に助けることに賛成をしたせいで、何やら揉め事が始まりそうになっていた。
そんな疑惑の目を向けられているダストは舌打ちをすると、じゃあ反対すれば満足かよと三人に尋ね、それはそれで面倒だという返答をもらいふざけんなと一人キレる。まあそりゃそうだよなー、と傍から見ていたキットはうんうん頷いていた。
「って、あれ? アルバス? どしたの?」
「ん? ああ、いや。あのダストってやつが妙に気になるというか」
「素行不良の冒険者だろう? まあ、何か隠しているようではあるが」
「あ、ひょっとしてアルバスくんのなくした記憶に関係していたりとか?」
ぽん、と手を叩いてそう述べたエクレシアにそれは多分違うと返したアルバスは、悩んでいても仕方がないと件の相手、ダストに声をかけた。パーティーメンバーであろう面々にボロクソ言われている彼は、その声に不機嫌そうに視線を向けて。そして先程と同じように表情を何とも言えない、それでいてなにか疑惑の眼差しの表情を浮かべた。
「何か用か?」
「いや、用事というか。あんたからどうにも妙な感じがするというか」
「……気のせいだろ。俺はもうお前達みたいなのとは関係がねぇんだよ」
「俺達みたいな……?」
「うるっせぇなぁ。登録料足りないんならここにいるリーンかテイラーが立て替えてくれるから、さっさと行きやがれ」
手で追い払うような仕草をして、ダストはそのまま踵を返す。そんな彼の行動にああもうと唇を尖らせていたリーンであったが、しょうがないと溜息を吐くと先程彼が言ったように登録料を貸してあげるとアルバス達に向き直った。
「いいんですか?」
「元々そのつもりで声をかけたしね」
はいこれ、と四人分の登録料をエクレシアに渡す。ありがとうございますと頭を下げた彼女は、じゃあ行きましょうと三人に声を掛けた。
一連のやり取りは当然ギルドの職員にも見られていたが、どうやらお金を借りたことよりも、ダストが協力してやれと言ったことの方が話題であった。そういう人物なのだということが補強されていったが、しかしそうなると何故という疑問が生まれてくる。
「考えていても仕方ありません。心配ならば依頼を受けて稼いだお金ですぐに返せばいいでしょう」
「そうですね。よし、じゃあ登録お願いします」
かしこまりました、と職員は冒険者についての説明を行い、そして一人ずつ冒険者カードに自身の能力を記録していく。始めたばかりの冒険者のステータスはそれこそまあお察しというものなのだが。いかんせんここにいる面々はドラグマ事件を乗り越えた連中である。
「はい、では皆さんのステータスならば……え?」
「どうしました?」
レベルなどはこの世界に適応されてはいたものの、素のステータスはそこまで変動していない。出てきたそのステータスに驚愕した職員は、最初から上級職を選ぶことが出来ますと興奮気味に言葉を紡いだ。
「少し前のアクアさんもそうでしたけど、大型新人が大量にやってきてとても頼もしいです」
「あ、ははは」
なんだか凄く期待されている。聖女だった頃を思い出し苦笑するエクレシアは、自身の冒険者カードを見ながら、まあやれることをやるだけですと一人頷く。職業欄には『アークプリースト』と記されていた。
「エクレシアはそれですか」
「姉さまはどうなったんですか?」
「よく分からないので、適性があるらしい『クルセイダー』にしました」
ドラグマを抜けてからの戦闘スタイルでは無縁だった気もするが、誰かを守るというのが本質なのだろう、とフルルドリスはひとりごちる。
そんな中ぶうたれているのがキットだ。彼女の得意分野の職業は今の時代には存在していないらしく、ステータスから消去法で『アークウィザード』となっていた。魔法使いはほぼ真逆である。
そして。
「アルバスくんは、どうですか?」
「……どう、なんだろう?」
ひょい、と覗き込んだエクレシアにアルバスはそんな奥歯に物が挟まったような物言いをした。何か問題でもあったのだろうかと首を傾げる彼女を見て、彼は溜息混じりで自身の冒険者カードを差し出す。
そこに書かれていた職業は、『ドラゴンナイト』。
「……ドラゴン、だからですか?」
「どう、なんだろうか?」
エクレシアを護るドラゴン、そういう意味ではドラゴンナイトなのかもしれないが。恐らくこの職業のそれは全然違うだろう。
はぁ、と溜息を一つ。まあいいとエクレシアから返してもらった冒険者カードを仕舞うと、何か適当に依頼でも受けようとフルルドリスとキットに声を掛けた。
そんな一行の様子を見ていたリーン達は、なんだか凄い人たちに貸しを作っちゃったと目を瞬かせて。
唯一ダストだけは、まあそうなるだろうと思ったと言わんばかりの顔で、つまらなさそうに喧騒を眺めていた。