この素晴らしい世界に烙印を! 作:イヌタデ
クエストを終えて戻ってきたダストとアルバス達が見たのは、そこだけ洪水でも起きたのかのような惨状のアクセルであった。一体何事なのかと尋ねると、どうやら魔王軍幹部がこの街に襲撃に来たらしいとのこと。
「それでこれかよ。やっぱりそんなのとは関わるもんじゃねぇな」
戦闘が行われたであろう街の入り口付近でボロボロになっている建物を見ながらダストがぼやく。エクレシアは祈るように両手を組み、そっと目を閉じた。
が、その後に返ってきた言葉で皆が皆怪訝な表情に変わる。曰く、この惨状はアクアが起こしたものなのだとか。
「どういうことですか?」
フルルドリスの疑問に、丁度その場にいた冒険者が気付いて振り向いた。どこ行ってたんだよ、という声掛けから始まって、魔王軍幹部ベルディア討伐の一連の流れを語り始める。始まりはどこかの誰かがベルディアのいる場所に爆裂魔法を撃ち込んでいたこと、それによってアクセルに来たベルディアとめぐみんを庇って呪いを受けたダクネスのためなのかやる気になった冒険者達と即戦闘になり、ミツルギの足止めとカズマの弱点看破の結果、水で押し流すことで瀕死に追い込みそのままとどめを刺したこと。
そして、『水で押し流す』の規模がでかすぎて街の一部が半壊したこと、が話のオチとなる。
「そんなわけで、カズマ達は盛大に借金を負わされたらしいぜ」
「……功労者に対して、それは随分な対応では?」
難しい顔になったフルルドリスの言葉に、流石にせめて一部は補填して欲しいとかいう頼みだったみたいだけどと冒険者は苦笑する。ダストはそれを聞いて、まあ貴族連中の対応ならそれでも十分な温情だろうと肩を竦めた。
「どうせ、ここの領主なんか全部突っぱねてんだろうぜ。見かねた無関係の誰かさんが手を差し伸べてやっと、って感じだろ」
「詳しいんですね」
「……だから俺はここを仕切ってる冒険者だって言っただろ」
「はいはい、そういうことにしといてあげるよ」
エクレシアの純粋な疑問に、ダストは目を逸らしながらそう返す。キットの茶化しには全力で睨み付けていたが。
ともあれ。ちょっと街を離れているうちに色々と起きていたことは分かった。そして、一応曲がりなりにも世話になっている相手が困っていることも、だ。そうなるとはいそうですかと見なかったことには出来ないわけで。アルバス達の目的地を察したダストは、面倒な生き方をしてるなお前ら、とぼやいた。
「俺は行かねぇぞ。貴族に関わるとかごめんだからな」
「ああ。付き合わせて悪かった」
「……気にすんな」
素直にそう答えられると、ダストとしても嫌味も言えない。なにより、彼は見てしまったからだ。眼の前にいるアルバスがドラゴンで、それも白い竜であったことをだ。
踵を返す。クエストの報酬をいただき温まった懐をさすりながら、ダストはそのまま自身のパーティーメンバーがいるであろう場所へと足を進めた。ダストになったのに、まだホワイトドラゴンに縁があるとはな、などと一人自嘲しながら。
「そう、そうなのよ! おかしいわよね!」
がしり、とアクアはフルルドリスの手を握った。そうしながら、やっぱり私のアクシズ教徒は分かってくれるわよね、とぶんぶんその手を振っている。現場を直接見ていない上にアクアの普段の言動や行動を詳しく知らない彼女にとって、これらの結果は流石に苦言を呈するものであった。その辺の事情などおかまいなしのアクアは、これ幸いと自身の味方に引き入れ、百人力だとばかりに勝ち誇っている。
「この私の素晴らしい活躍であの魔王軍幹部だとかいうモンスターを討伐できたのに、本来ならば褒め称えてしかるべきなのに。脅威が去ったら責任をおっかぶせるなんて、酷いと思わない!? こういうところから優秀な人材が去っていって、気付いた時にはもう遅いってなるのよ」
拳を握り力説するアクア。その付近のテーブルでは、めぐみんとダクネスがどうしたものかという表情で彼女を眺めていた。めぐみんは事態を起こしたきっかけともいえるために今回は自重しており、ダクネスは性癖を除けばこういう時は基本常識人寄りなので同意はしない。
唯一、カズマだけは違った。どういう方向性で進めば自身に背負わされたマイナスがなくなるか思考を巡らせながら立ち位置を慎重に見定めている。
「……なあ、アクア。まあお前の誇張しすぎた大活躍とその後の顛末はこの際置いておいて。実際どうするんだ? 愚痴っても借金は減らないぞ」
「何を当たり前のことを言ってるの? カズマったら本当に何も考えてないのね」
「よし、お前を追放して俺達のパーティーは借金無しにしよう。なんだ、それが一番手っ取り早いじゃないか」
「なぁぁんでよぉぉ! 私とカズマさんは一心同体でしょ!? というか優秀で可憐で聡明なアークプリーストを追放してカズマが冒険者なんかやっていけるわけないじゃない。すぐに戻ってきて欲しいって泣きついてきてくるわよ。まあもう遅いけど」
「そうか。じゃあこれからのご活躍をお祈りしています」
じゃ、と手を上げてそのまま踵を返したカズマにアクアが縋り付く。なんだかんだスタイルのいい美少女のはずなのだが、そんなのに密着されても彼は別段何とも思わず、あーめんどくさいなどと思う始末。
アクアも、そんな彼の思考、というか冷めた目を見て開き直ったのか逆ギレしたのか、だったらいいわよと指を突きつけると、そのまま再度フルルドリスの手を掴んだ。
「行きましょう。精々私がいなくなって泣きべそをかくといいわ」
「……アクアさん?」
「おいアクア、お前人様に迷惑かけるのはやめろよ。謝るの俺なんだから」
「さっき私のこと捨てたのにそういうこと言っちゃうなんて、やっぱり未練タラタラじゃない。今なら謝れば許してあげてもいいのよ?」
「お前さっきもう遅いっつってたじゃねーかよ」
「女神アクア様は寛大なの。ほらほら、どうするの?」
ふふん、とドヤ顔で何故か勝ち誇るアクア。そしてそんな彼女の顔を見たカズマの中で、今回の自分の立ち位置が決まった。ふ、とアクアを鼻で笑うと、傍観者となっていためぐみんとダクネスに声を掛ける。
「じゃあ姐さん、それ、適当な場所で捨てていいんで」
「カズマ!? え? いいんですか?」
「流石にそれはちょっとどうかと」
めぐみんとダクネスの言葉にも気にすることなく、そのままカズマは手をヒラヒラさせて酒場から去っていく。そんな彼と残るアクアを交互に見ていためぐみんとダクネスも、しょうがないと諦めたように溜息を吐きカズマを追いかけるように足を。
「それでアクアさん、こちらに合流して一体どうするのですか?」
「それは勿論抗議に向かうの。この街の貴族のところに行きましょう。領主のアルダープか、大貴族のダスティネスのどっちかが狙い目よ」
「ちょっと待ったぁぁ!」
進める直前に聞こえてきた会話で、ダクネスが即座にそこに割り込んだ。
ダスティネスはベルゼルグ王国の貴族でもかなりの名家である。アクセルの領主は別の貴族が行っているが、その領主もダスティネス家は無碍には出来ない。そんな大貴族の屋敷では、一人の青年が当主の男性に相談を持ちかけていた。
青年の名はバルター、領主アレクセイ家当主アルダープの息子である。今回の魔王軍幹部討伐の際に起きた被害について、アルダープの行った施策に思うことのあった彼が相談をしにやってきたのだ。アルダープの評判ははっきり言ってしまえば非常に悪いが、その養子であるバルターの評判はかなり良い。だからというわけなのか、ダスティネス家当主イグニスは、彼の話をきちんと聞いた。そうして、二人揃ってどうしたものかと悩んでいた。
相談の内容は、早い話が被害の補償をろくにしないアルダープをどうにかしたい、だ。補償金をバルターの個人資産から多少出したが到底足らず、やむなくダスティネス家が補償したという経緯もある。
とはいえ、ならばどうすればいいのかといえば。二人でもどうにもできないというのが現状だ。評判は悪い、彼を擁護する街の住民もほぼいないであろう。かといって領主の座を引きずり下ろすような何かがあるわけでもない。まるでそう辻褄が合わされているかのように。
扉がノックされる。どうした、とイグニスが問い掛けると、お嬢様が友人を連れてこちらに、という返事が来る。彼の愛娘であるララティーナがそんなことをするのは珍しいと少し嬉しくなりながらも、来客中であることを理由に少し待つように執事長のハーゲンに伝え。
「話は聞かせてもらったわ!」
バァン、と盛大に扉が開かれ、無駄に自信満々な青髪の少女が部屋に突入してきた。慌てている執事やメイドを気にすることなく、その少女はズカズカとこちらに近付いてくる。その後ろには申し訳無さそうなララティーナと、青髪の少女の行動に呆れていたり傍観していたりする少年少女と静かに様子を見守っている女性がいる。
「……ララティーナ、これは一体」
「申し訳ありませんお父様……アクアの暴走を止められませんでした」
「アクア……? ということは、彼女がこの間の」
ララティーナの言葉に、バルターは成程と頷き視線を動かす。そうしながら、魔王軍幹部討伐の件はありがとうございましたと頭を下げた。
「そんな、気にすることないのよ。水の女神としては当然のことなんだから。……えっと、まあそれはそれとして借金肩代わりしてくれたみたいでごめんなさい」
「アクアが素直に謝った……!?」
「この状況でお礼を言われたので、流石のアクアも良心が咎めたのでしょう」
「あぁ、お前と違ってか」
「失礼な。私はそもそもこんな風に突入しませんよ」
「……じゃあ俺の目を見て言えよ」
アクアの言葉でカズマとめぐみんのそんなやり取りをしていたが、当の彼女は聞いていなかったのかスルー。そしてそのまま勢いついでにこちらの訪問の目的を宣言した。
すなわち、残りの借金の部分もどうにかして欲しい、である。
「なあ、キット」
「ん?」
「俺はこういうのよく分からないんだが。けど、あれは駄目なんじゃ?」
「うんまあ。あたしもこの手の交渉とか苦手だけど、あれは駄目だと思う」
そうは言いつつ、あの人の良さそうな貴族の二人は話くらいは聞いてくれそうだなとキットは思う。そうして事実、アクアの宣言を聞いたイグニスとバルターは少し考え込む仕草を取ると場所を変えようと皆が座れる会議室へと案内させた。
「僕としても、養父アルダープをこのままにしておいてはいけないと思っています」
口火を切ったのはバルター。とはいえ現状打つ手がないのですけど、と肩を竦め苦笑する彼にイグニスはそう悲観することはないと告げた。
「……お父様と彼は、仲が良いのでしょうか?」
「特別そういうわけでもないが、ここのところ相談を持ちかけられることが多くてな」
イグニスの言葉に少し思い当たることが合ったのか、問い掛けたララティーナは苦い顔を浮かべる。視線をバルターに向けると、申し訳無さそうに眉尻を下げ苦笑していた。
「おいダクネ――ララティーナお嬢様、どういうことだ?」
「ララティーナと呼ぶな、お前たちはそのままダクネスと呼んでくれ。……大した話ではない、気にしないでくれ」
「なによダクネス、水臭いわね。迷いや悩みを聞くのも女神の努め、ほらほら、ドーンと吐き出しちゃいなさい。お代はシュワシュワでいいわよ」
そしてそんな状態でもブレないアクアを見て、ララティーナ――ダクネスはどこか面白そうに笑った。そうだな、と呟くと、バルターとイグニスに視線を向ける。二人はそちらの意思に任せるとばかりに頷いた。
「……実は、領主アルダープは私に執着しているようなのだ」
「……え? それは、その、そういう意味ですか?」
めぐみんの言葉に彼女は頷く。口を挟んではいけないと思っていたアルバス達も、それには流石に反応してしまった。アルバス以外は、であるが。
「なあ、エクレシア」
「はい?」
「どういう意味だ?」
「……えっと。多分ですけど、その領主の人は、ダクネスさんが好きなんだと思います」
「? それの何が問題なんだ?」
「少年。わかりやすく言えば、アルベルみたいなものだ」
「それは問題だな」
実際は大分違うが、まあ似たようなものだろうとフルルドリスが補足し、あうあう言っていたエクレシアは救われた。こういうのもある意味セクハラかな、とキットが思っていたとかいないとかあったらしいが割愛。
ともあれ。元々街の住民のことなど碌に顧みない領主が、名家の愛娘に執着し自分のものにしようと画策している。そういう前提条件の下今回の魔王軍幹部討伐の際の被害騒ぎだ。これ幸いと彼はダスティネスの力を削ぎ落としにかかったのである。
「じゃあ、本来は別に俺達が借金背負わなくてもよかったのか?」
「元来魔王軍幹部討伐というのは偉業です。最悪街が壊滅していた恐れもある以上、そこで活躍した冒険者に被害の補填を押し付けようというのは問題ではあります」
被害額は膨大なので、報奨金が無しになることはあるかもしれない。だが、そこから更に膨大な借金を上乗せするというのは明らかな悪手だ。場合によっては、これまで崩せなかった魔王軍の牙城に切り込んだ強力な冒険者という貴重な戦力をみすみす手放すことにも繋がりかねない。
「あ、そっか。別に夜逃げでも何でもして最悪別の国にいけばいいもんな」
アクセルの街に絶対に留まるという堅い意志など特にないカズマはすぐにその答えを弾き出す。ダクネスやめぐみんはどうか分からないが、アクアもそこは同じだろう。そしてその流れでアルバス達も引っ張れれば何の問題もなく旅に出られる。
「ですので、王国としても出来るだけそのようなことは避けるはずだったのですが」
自身の養父であるアルダープがそれを突っぱねた。その結果が個人資産とダスティネス家の力を借りても尚冒険者に負担を強いてしまった補償金である。ダクネスはここから離れる気はないということも見越しての考えなのだろう。申し訳ない、と彼女に頭を下げるバルターを見て、ダクネスはいいやと首を横に振った。
「大丈夫だ。私は借金のカタに悪徳領主に売られて慰み者になるというのもまた唆るからな」
「……はい?」
「ゴホン。いやなに、家の重荷になるくらいならば私は自身を差し出す覚悟はあるということだ」
じゃあ冒険者辞めて素直に貴族の娘やってくれないかな、というイグニスの視線は意図的に無視をした。
その辺りは置いておいて。結局は領主アルダープをどうにかすれば今回の借金も連鎖的にどうにかなる可能性がある、というのがこの問題の結論である。しかし不思議なことに先程言っていたような問題点が多々あっても、何故かその辺りが話題に出されない。それどころか、そうなって当然だというような風潮すらあるのだ。
「失礼。少しよろしいでしょうか」
そんな中、フルルドリスが割り込んだ。どうしましたか、と尋ねるイグニスとバルターに向かい、彼女は気になったことがあると言葉を紡ぐ。その領主アルダープは何かよほどの力を持っているのか、と。
「権力、という点ではここダスティネス家の方が上なのでしょう? だというのにそれが効いていない。ならば、別の力があると考えても不思議ではないと思いますが」
「別の力……? いえ、義父にはそのようなものなど」
「あ、ちょっと待って」
バルターの言葉を遮ってアクアが立ち上がる。そのまま彼の近くまでやってくると、何故かじっとその姿を見詰め、そしてふんふんと匂いを嗅ぎ始めた。見た目は美少女であるアクアにそんなことをやられたバルターは目を見開き、少々恥ずかしそうに視線を逸らす。
「おいアクア。お前何失礼なこと――」
「あなた、悪魔と関係してない?」
「――やってん、え?」
皆の動きがピタリと止まる。話の急展開についていけない結果のその静寂の中、アクアだけはこれは自分の独壇場だからだというポジティブシンキングで調子に乗って言葉を続けた。
「なんというか、悪しき力の残滓を感じるのよね。悪魔、それもかなりの上級の力を感じるわ。でも残滓ってことは、悪魔と直接関係してるのはあなたじゃなくて近しい人なんじゃないかしら。……あ、それってつまり、そうよ! 領主が悪魔なんだわ! だから私に借金なんか背負わせたんだわ。よし、そうと決まれば憎き悪魔を討伐にもがぁ」
「後でよく言い聞かせるんで、今回だけは勘弁してもらえませんか」
我に返ったカズマがアクアの口を塞いで座らせるが、もう大分手遅れである。イグニスもバルターも、どうしてもいいものかと何とも言えない表情を浮かべていた。
その一方で、エクレシアとフルルドリスは彼女の言葉を聞いて成程とどこか納得していたように頷いていた。わずかに漂っていたこの嫌な感じ、どこか既視感のあったそれは。
「いえ、アクアさんの意見も一理あるかと」
「わたしも、その領主の人は怪しいと思います」
「二人はアクシズ教に入っただけでまともだと思ったのに……」
「ダクネス。アクシズ教を選ぶ時点でまともではありませんよ」
おふざけ無しでそう意見をするフルルドリスとエクレシアを見て、ダクネスは嘆き、めぐみんはどこか納得したように諦めの表情を浮かべる。そしてその意見で調子に乗ったアクアがバルターから領主の屋敷に向かう許可をもぎ取るのに、そう時間はかからなかった。