-おれと姉ちゃん-
外を包み込む銀世界。冬のキタカミは、どこを見ても雪景色である。朝から雪かきに駆り出され、燃えない様な小さな炎で邪魔な雪をどかしてきたが、ようやっと解放された。俺たちが拾われたときもこんな雪の中だったななんて思いつつ、帰宅。軒先を見てみると、姉ちゃんが大きな尻尾を毛繕いしていた。
去年か一昨年ぐらいにほのおのいしで一足先に進化したんだけど、いつ見ても立派な尻尾だ。
鮮やかな黒くて毛並みのいいそれは、ゆらゆらと揺れ、飛び込みたくなる衝動が心を揺さぶる。体温は高く、炎も出せるとはいえ寒いものは寒い。ちょっとぐらいいいよね。
幸いこっちには気が付いていないので、ゆっくりと尻尾の中へと侵入した。
「ああ、寒かった」
「コラ、今毛繕いしてんでしょうが!邪魔だからどっか行って!」
神通力で放りだされてしまった。もとはと言えばじゃんけんに負けた方が雪かきに行く約束だった。だが、それは言わば出来レース。俺がグーを出したのを神通力で無理やりチョキにさせたのち、姉ちゃんはわざとらしくグーを出した。普通に痛かったので二度とやらないで欲しい。
「わぎゃー!姉ちゃんのけちんぼ!」
「誰がケチだ!噛むよッ!?」
俺の小さな尻尾ではろくに暖を取れないというのに。少しは俺に優しくしてほしい。雪の上で体制を整え、服についた雪を手で払う。
「耳と尻尾、出てるよ?」
「今はだれも見てねえし、いいべ」
「アンタねえ」
姉ちゃんの隣に腰を下ろす。もう何か月か経てば、学校に通い始めるのでこうやってじゃれあえるのも数えるほどなのか。そう思うと寂しい。黄昏れながら雪景色を見ていると、別の尻尾が一本差し出された。
「ほら、寒いんでしょ?」
「ニヘヘ、あんがと」
雪すら解かす暖かさ。尻尾から感じるのは、体温か優しさか、その両方か。
来年もこうして二人で仲良く暮らせたらないいのにな。
-おれとおばさん-
鬼が山の恐れ穴近く。一応耳と尻尾を出し、辺りを警戒。いつものように、ここでとある人を待つ。わきにじーちゃんが持たせてくれたお酒を持ち、暗闇の中で目を光らせる。近くに濃いにおいが残っているため、遠くにはいないんだろうけど。如何せんキタカミの夜山はほかの何倍も暗い気がする。ゴーストポケモンが多いせいだろうか。
「おばさん、来たよー」
『おばさん言うな』
木陰からちゃんちゃんこのような着物を纏った俺よりも小さなポケモン。貫禄こそないが、俺の何倍も生きる長寿ポケモン。ロコンの状態になったり、それにプラスして手持ちで戦ったりしているが一向にこの人には勝てない。
キタカミのともっこ伝説に出てくる鬼様その人である。村の伝承曰く、恐れられる凶暴なポケモンらしいが、怪我した俺を治療してくれたりおいしい木の実をくれたりで聞いていた話とは全く違う。本人曰くともっこの方が最初からお面を盗みに来た悪党だとのこと。長い歴史の中で解釈がねじ曲がったりするのはよくあることなので、おばさんもそのうちの一つなのかもしれない。
「はい、お酒じゃ」
わきに抱えていた一升瓶を渡すとなんとも嬉しそうな顔をして受け取ってくれた。村の人に恐れられてるせいでたまのこういった時しか渡せない。
『おお、ありがとう。飲みたいと思ってたところなんだよねー』
「礼ならじーちゃんに言って。奮発して高めの買ったらしいよ」
『ありがとうって言っておいて。...ところでゼイユちゃんは?』
「毛繕いしてたらそのまま寝ちゃったべ」
おばさんに会うとなるやいなや、気合をいれてブラシで梳かしていたのに。
キュウコンになったせいで毛量が増え、ブラッシングの手間がかかるようになった。強くなれるし、綺麗な9本の尻尾が手に入るのは嬉しいけどこういうところが面倒だと思ってしまう。俺はばーちゃんや近所の人、たまにおばさんにもやってもらってるけど。姉ちゃんはこだわりが強いせいか自分以外に触られるのが嫌みたい。
おばさんが一升瓶を手先を器用に使い開けたかと思えば、中身をそのまま口に流し込んでいく。なんとも行儀の悪い光景だ。コップか何かも一緒に持ってくればよかったな。
『今日はうちに泊まっていきなよ。夜も更けたら危ないしさ』
「そーする。...ねえねえ、またあのかっこいいお面さ見せて!」
光り輝く碧の仮面。あれを使えば俺ももっとかっこいい姿になれるかもしれない。尻尾ももっと豪勢になって、タイプもドラゴンで、はかいこうせんを撃つ感じに。もっと強くなれば、村の外で出会うロコンたちにもモテモテだろう。
『仕方ないなあ。前みたいに落としちゃダメだよ?』
「うぐ、気を付けるよ」
前に落っことしたときはつたこんぼうで頭を殴られた。痛すぎてたんこぶもできた。
朝方、家に帰ったらなぜ起こさなかったのかと姉ちゃんに怒られた。なんでじゃ。
-おれとおじさん-
キタカミの山の中を、一匹の黒いロコンが駆ける。なんてかっこつけて言ってみるが、姉ちゃんと喧嘩して拗ねて出て行ってるだけだ。事の発端は、俺が楽しみに取っておいたハートスイーツを姉ちゃんが食べたことから始まる。桃沢商店のおばさんから親戚から送られてきたと無料で貰ったもの。ただ俺にとっては、滅多に触れることのない都会の珍しい品物なので、どんな宝石よりも輝いて見えた。部屋に置いておくと腐ってしまいそうで怖いので、名前も書いて冷蔵庫に入れて置いた。名前をちゃんと書いたにも関わらず、それを姉ちゃんがパクリ。一度は謝られたが、些細な言い合いで喧嘩はヒートアップ。そして今に至る。
小さな体で人間の何倍も速いスピードで走る。あてもなくただ走っていると、岩の陰から大きな影が一つ。思わず体が強張る。俺の匂いを検知したそれは、のっそりと立ち上がったかと思えば、ずしずしと巨体で地面に大きな振動を刻みつける。こっちに向かってきた。
リングマと似通った見た目ではあるが、細かな部分は全然違う。目元の欠けた泥の鎧や額の月を思わせるような丸模様。巨木と見紛うほどの太い腕。そんな生物が俺の目の前で立ち止まり、こっちをまっすぐに睨みつけてきた。手が伸びてきたかと思えば首根っこを掴まれる。知らない人が見れば捕食一歩手前だと思われるだろう。
『おい、この時間は来るなっていったよな』
「...だって姉ちゃんが」
『だってもクソもあるか。この時間はガキがうろちょろしていい時間じゃねえ。次来やがったらぶつぞ』
「...はい」
この人...じゃないポケモンはガチグマおじさん。ヒスイという今でいうシンオウ地方からやってきて、今はこのキタカミの里に住み着いている。狩りの時となると凶暴になるんだけど、この時期は暖かく極端に飢えるときもないのでたまに会いに来ている。
『ったくまた喧嘩したのかよ。んで、てめえの姉ちゃんがなんだって?』
「おれが食べたかったおやつ、食べた」
『お前なあ、そんなしょうもねえことで縄張りをうろちょろされる儂の身にもなれ』
「ごめん」
『まあ、なんだ、生きてりゃ喧嘩すんのは仕方ねえ。頭冷やすまで、ここでゆっくりしてくか?』
「...うん」
『木の実でも食って元気出せ』
「ハートスイーツがいい」
そんなことをいうと頭を軽く小突かれる。
『わがまま言うな』