-おれとアカマツ2-
サバンナエリアで今日も今日とてブルレク中。ペアになるような人もおらず、姉ちゃんも先生の付き添いで違う地方に飛んで行ってしまっているので、俺一人。目当てのポケモンの写真を数枚撮ったのち、次の目標へと思考を切り替える。
次は、ノーマルタイプのポケモンを一匹捕獲。捕まえやすいドードーあたりでいいか。
「えっと、ボール何個あったっけ」
バッグの中を漁り所持品を確認していると、鼻孔を香ばしいにおいが擽った。この香辛料の奥底からくる揚げた豆腐の匂い。その匂いにつられるように進んでいくと、サバンナスクエアのキッチンでアカマツが料理をしていた。そろりそろりと背後に近寄り、においの元であるフライパンの中身を確認。スパイシーな赤へと変貌を遂げているが、ところどころ残っている黄金色は間違いなく...!!
「あ、油揚げ!」
「うわ、びっくりした。居るなら声かけてー」
「あ...ご、ごめん」
思わずいつも出さないような大きな声を出してしまった。そんなことをしている間にも、こんがりとやけた油揚げの匂いが俺の腹の虫を鳴かせる。相手の目を見て話をしないと失礼に値するので、なんとか逸らそうとしても、極上のそれに目が釘付けに。
それを面白がったのか、アカマツがフライパンを上下左右に移動させるが、俺の目もそれに反応し後を追う。
「欲しいの?いいよ、食べて!」
「あ、ありがとう。...いいの?」
「うん。自分以外の人の味の感想も知りたいからさ」
友達でもない間柄なのに食べ物をくれるなんてアカマツはいい人なんだな。垂れてきそうなよだれを袖で拭い、近場にあった箸を手際よく用意する。フライパンから皿へと移し替えられた油揚げが、赤い光沢を放つ。高級車にも負けないような美しい色合いに、料亭からも香ってこないようなおいしそうな匂い。これから至福の時が始まろうとしている。
箸でそれを掴み、ごくりと生唾を飲み込む。にやけ面が止まらない。
「い、いただきましゅ」
がぶりと豪快にかぶりつく。おお、これはまるで空気を食べているような味わい。...ではなく、口に運ばれているはずの油揚げが見当たらない。箸を確認してみても、初めから何もなかったかのように存在していない。焦って周囲を見渡してみると、どこからやって来たのか姉ちゃんが嬉しそうに何かを食べていた。
「おいしー、至福の味わいね。ピリッと辛いのが最高!」
「ね、姉ちゃん、なんでいるの?」
「予定より早く帰ってくれたのよ。それよりアカマツ、アンタいい腕してんじゃない!」
「でしょ?」
姉ちゃんの口の中から油揚げの匂いが漂ってきた。食道を通り、胃へと消化の道をたどっていく。察するに食べたんだ。そう、あれを食べたんだ。簡単な答えじゃないか。口からひのこが出そうになるのをなんとか抑えありったけの罵声をぶつける。
「なんで食べたの!?ねーちゃんの、バカ!アホ!」
「あー、おいしすぎてスグの声も届かないかもー。うっふっふ」
姉ちゃんとは一週間口をきかなかった。
-おれとクラスメイト-
ポケモンの生態を学び、バトルへと理解を深める生態学。本日の授業内容は、ポーラエリアでラプラスの習性を学び、レポートを提出する。肝心のラプラスは自分たちで探して、そこから観察、もしくは捕獲という流れになっているのだが。
「わ、わやー」
クラスメイト達にもみくちゃにされている。これではまともに授業も受けられない。ロコンの状態になれば抜け出すのも容易いけど、人前で変化してしまうことになるので確実にアウト。どうにかして脱出できないだろうか。
俺の体温が人よりも高いため、ポーラに来るといつもカイロ代わりにされている。酷いときには背負われたりもしたものだ。気を許していない人間にベタベタと触られるのは好きじゃない。
「はー、スグリあったけえ」
クラスメイトのうちの一人がそんな声をあげる。声質からして男性ということはわかるんだけど、囲まれすぎてどんな顔の人かすらもわからない。匂いも密集しているせいで、なんとも言えないことになってしまっている。俺としてはラプラスの匂いは覚えているので、早くひとりで活動したいのに。
「えと、は、離れてほしい...べ」
「そう言うなって。ポーラ寒いんだから」
「ええ...」
見かねた教員が生徒たちを注意すると、蜘蛛の子を散らすように去っていった。このエリアだとこれがお決まりの流れ。姉ちゃんは性格的にはっきりというタイプなので暖房にされることはなかったんだけど、俺は違う。嫌なことを嫌と言えない性格なので、どうにもできない。
授業に関係ないことを考えていても仕方がない。さっさとラプラスを見つけてしまおう。筆記用具を準備し、目標を探していると辺りを心配そうにキョロキョロと見渡す女子生徒を発見。ボールでポケモンを戻そうとしているが反応なし。だんだんと焦りの表情が見えてきている。困っていそうだけど、声かけるのは迷惑かも。ここは見なかったことにして。...でも、クラスメイトだし、友達も作っておいた方がいいかもだし。
「やっぱり、たすけた方がいいかも」
俺にできることは数少ないけど、何かしないよりはいい。人間のことはよくわからないけど、何も理解しないで3年を過ごすよりも、こっちの方がいいと思う。雪山を移動し、女子生徒に声をかける。
「あの、ど、どうかした?」
「あ、スグリくん。...うちのパッチールがボールから出した途端、何処かに行っちゃって。探してるんだけど見当たらなくてね」
いかにブルーバリー学園という教育施設とはいえ、ここはあくまで野生を模して造られている。山のポケモンたちよりかは多少は大人しいだろうけど、凶暴ではないかと言われればノー。危ない目に合う前に捜した方がいい。かといってパッチールの匂いなんて嗅いだことがない。仕方がないのでボールと生徒の匂いから割り出そう。
「ちょっと...失礼」
「わ、何?」
女子生徒の服の裾を軽く匂ってみる。シトラス系のさっぱりした感じ...もう少し情報が欲しいな。ボールを嗅いでみると、かすかに残っている今まで嗅いだことのない独特のもの。情報がそろったので、さっそく追跡を開始。山を超えていかないといけないのが面倒だ。
「ちょっと待っててくんろ」
雪山を往くのは慣れている。駆けるのも、歩くのも。田舎生まれ田舎育ちの特権と言えるだろう。匂いをたどっていった先には、小さな洞窟があった。この先にいるのはわかるが、今の状態では入れない。周囲に生徒がいないのを確認し、変化。洞窟の中を歩いていく。
先を行くと、特徴的なぐるぐる模様が。
『あれれー?ロコンがいるぞー?』
首元を甘噛みし、洞窟の中から引っ張り出す。周りに生徒がいないことを再度確認し、変化。やっぱり、ロコンの時の方が動きやすいな。パッチールを小脇に抱え、雪山を超える。雪を踏みしめていると、傍らから声が聞こえてきた。
『ロコンだと思ったら人間だー?あれれれー?』
「内緒さしといてな」
『はーい』
なんとも抜けたポケモンだな。そんなことを考えつつ、トレーナーの元へと到着。ここで時間を食っていても仕方ないので、さっさと受け渡してラプラス探しへと向かう。
人間の事はまだまだわからないことだらけだけど、こうやって人を助けていったらいつか友達もできないだろうか。
-おれとカキツバタ2-
ある日の放課後。いつものようにお菓子が散らばっていたりする汚い場所、リーグ部部室。そこへカキツバタ先輩に呼び出され、しぶしぶ向かうことに。以前にこの人と話しているところを姉ちゃんに見られたときは大目玉を食らった。だからなるべく会いたくないんだけど、これも人間社会の性質上仕方ない。
バッグを背負いなおし、部室へと入る。
「し、失礼します」
「おう、来たか」
「あの、用って...なんですか?」
「いやー、昨日タロにいくら何でも散らかしすぎだって怒られちまってね。掃除しようと思ったんだが、オイラ部員の笑顔を守ることで忙しいからさ。代わりに掃除してくんね?もちろん報酬は出すぜ」
部員の笑顔を守るとか言ってるが動きたくないだけなんだろうな。明日は小テストがあるから勉強に時間を割きたいんだけどな。なんて心の中で文句を垂れる。カキツバタ先輩がよっこらしょっと立ち上がった
かと思えば、部室のドアが勢いよく開いた。確認しなくても匂いでわかる。姉ちゃんだな。
「ちょっと待ちなさい!スグ、そいつから離れて!」
「あらら、ゼイユが来ちまったか」
「アンタねえ、人の弟をなにパシリにしようとしてくれてんの!?噛むわよ!」
「いやいや、パシリじゃねえよ。報酬だってちゃんと用意してるし」
ほれっと鞄の中から報酬とやらを取り出す。キュウコンの毛並みのように鮮やかな食材。パック詰めされた油揚げだ。しばらくの沈黙ののち、俺と姉ちゃんが目を突き合わせる。
「スグ、アタシが代わりにやっとくから、アンタは予習でもしてなさい」
「いや、姉ちゃんこそ忙しそうだしおれがやっとく」
「あっはっは、変わり身すげえや」
ゲラゲラと笑う前髪が特徴的なさぼりで有名な先輩。結局二人で掃除して報酬は俺3の姉ちゃん7という配分になった。どちらかと言えば俺の方がテキパキと働いたのに。ちなみに俺たち姉弟に掃除させたことがどこかからバレ、カキツバタ先輩はタロ先輩に笑顔でこってりと絞られていた。
-おれとカミッチュ-
サバンナスクエアの一角にて、ブルレクがひと段落し休憩している今日この頃の俺。周囲に人がいないことを確認し、ボールの中からカミッチュを出す。おばさんもおじさんもいないし、姉ちゃんも忙しそうなので愚痴は基本こいつに話している。俺の数少ない相談相手だ。耳と尻尾を出し、愚痴をこぼす。
「はあ、うまくいかねえなあ」
『開口一発目でそれかよ』
「だってさ、おれみんなのこと全然勝たせてあげられてないし、ポケモンだって捕まえられてないし、何やってもダメだ」
『そう言うな。いずれ伸びていくさ』
一年生で期待のエースのアカマツに、それに並ぶ実力を持つうちの姉ちゃん。周囲にこれだけ強い人物たちがいれば、自分はバトルに向いていないのではないかという思いも芽生えてくる。
...バトルは好きだ。手元にある技をぶつけ合うのも、どうやって展開していくかを考えるのも。でもやるからには勝ちたい。負けっぱなしは釈然としない。
「どうやったらもっと強くなれっかな」
『まずは経験を積もうぜ。一か月やそこらで急に強くなったって、心がそれに追い付いてねえんじゃ世話ない』
経験と言ってもバトルに勉強にと今この生活だけでも大変なのに、そんな悠長なことを言っていていいんだろうか。いつかは人間の世界で生きていく可能性だって十分に考えられるのに。今のうちに力をつけておかないと、この先苦労するのはなんとなくわかる。
「なーんか考えてたのと違う。もっとキラキラしてるもんだと思ってたのに。山さ帰りたいべ」
『もうしばらく経てばそういう考えもなくなってくるさ』
姉ちゃんはこの先一人でも生きていけると思う。だが、俺はどうだろう。弱っちいロコンの状態で仮に山に戻ったとして生きていけるだろうか。いっそのこと、おばさんと穴で一緒に暮らした方が、誰にも迷惑をかけないのかもしれない。
なんてことを考えていると、近くに見知った匂いが。紙とはがねタイプが混じったようなにおい...ネリネ先輩か。慌てて耳と尻尾をしまう。
『誰か来たか?』
「多分ネリネ先輩。相談のってくれてあんがと」
カミッチュをボールにしまうと、すぐ後ろにネリネ先輩の気配。今の、見られてないと思いたいけど、どっちなんだろう。でも仮に見られてたとしても姉ちゃんの友達だから言ってしまってもいいのか。もしくはそれとこれとは別なのか。山を駆けていたころはここまで頭を悩ませることはなかった。もっと単純に生きていればそれで無問題だったのに。
後ろを恐る恐る振り返ると、先輩が辺りをキョロキョロと見渡している。
「ネリネ先輩、どうかした?」
「スグリと誰かに向かって話しかける声が聞こえた。...誰も見当たらない?」
「えと、カミッチュに...愚痴聞いてもらってた」
耳と尻尾を見られたということはなさそうだ。よかった。ネリネ先輩から見れば後輩がポケモンに向かって会話していたことになるが、この際それはおいておこう。これからは俺の部屋で聞いてもらった方がいいかも。でも、部屋はなんとなく落ち着かなくて嫌いなんだよなあ。
「...ネリネで良ければいつだって話を聞く」
「あ、うん。ありがとう」
謝辞だけ述べるが、それ以上はない。相談する気もない。ネリネ先輩はリーグ部の四天王。なら俺の勝てない、強くなれないなんて悩みは共感できないだろう。なんでも持ってる人たちと、何も持っていない俺とではわけが違う。俺だって本当は、人間みたいに。と考えたが、これ以上言っても仕方がない。一旦心を落ち着かせる。
「それじゃあ、おれ、行くね」
後ろを振り返らないようにして自室に帰る。
今の俺の悩みは俺しかわからない。だから人に話す必要なんてない。