オルフェ「その血塗られた手で私の手を取れ」   作:とうゆき

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※イングリットの口調に違和感があったら申し訳ない。



君はもう誰かのために生きなくていいと、這いずる鳥は身勝手なこの言葉だけ選んだ

 

 

 

 ラクス・クラインを総裁とする世界平和監視機構コンパスの来訪を数日後に控え、ファウンデーションの関係各所は大わらわになりながら歓待の準備を進めていた。コンパスとの協調はファウンデーションが国際社会に認められる為の第一歩であり、役人のモチベーションは高い。

 もちろん最終的な責任者であるオルフェ・ラム・タオも多忙を極める。次々に持ち込まれる書類を決裁し、広報関係者と街頭に流す映像の打ち合わせを終えると省庁内のカフェテリアで国務秘書官であるイングリット・トラドールと共に休息を取る。

 

《ラクス・クラインの素材が足りないからといってまさかあの女の映像まで使うとはね。適性があっても必ずしも熱意を抱く訳ではないのがデスティニープランの瑕疵だが、果たして先方がどう思うか》

《そう、ですね》

 

 アコードと呼ばれる特殊なコーディネイターである彼らは言葉を交わさずとも意思疎通が可能だった。

 他人に聞かれると困る密談をしたい時はこの上なく便利である。宰相を務めるオルフェにはこのような場所でも護衛が控えているから。

 

《オルフェは、ラクス・クラインの事をどう思ってるの?》

 

 他のアコードは同胞であるラクスと会える日を待ち焦がれていたが、オルフェだけはそういった雰囲気が見られなかった。遺伝子によって定められた結婚相手だというのに。

 だから思わずイングリットは問いかけてしまった。その理由が好奇心ではない事を自覚しながら、読み取られないよう必死に隠す。この想いだけは何があっても秘めておかなければならない。

 幸いな──あるいは不幸な──事にオルフェはイングリットの様子に気付く様子はなかった。

 

《……生まれた時から決められた会った事もない婚約者が嫌だと言ったら恋愛小説のヒロインみたいかな?》

 

 茶化した態度でどこまで本音なのかは分からない。しかし歓迎していないのは確かなようだった。

 イングリットの中に仄暗い悦びが込み上げるが、それは役割に背く恥ずべき事だと自戒。

 

《ファウンデーションのコンパス参加を認めてくれた姫を裏切る心苦しさもある》

 

 実際はそこまで苦しみを抱いていない事をイングリットは読み取ったが、同時に落胆がオルフェの胸中を支配しているのを感じた。

 

《デュランダル議長を否定したコンパスが平和な世界を築けるならそれで良かったが、先日のオルドリン自治区の惨状を見てしまうとね》

 

 地球各地ではブルーコスモスのミケール大佐とその部下が蠢動し、宇宙ではプラント国防委員長ジャガンナートが暗躍している。

 世界の均衡は危うく、何がきっかけで三度目の大戦に発展するか予断を許さない。そのような世界情勢がオルフェに決断をさせた。

 

《戦争を指揮した政治家や実行した軍人を標的にするならまだ分かります。でも民間人を狙うのは……》

《そう感じてしまうのは結局我々が恵まれていて、しかし狭い世界しか知らないという事なのだろうさ》

《……》

 

 まただ。こうやって彼は時折自嘲する。

 コーディネイターを超えた種などと思い上がりだと言わんばかりに。

 ──己のアイデンティティーに関わるが故に、怖くて真意を尋ねた事はないのだが。

 

 

 

 そうして生まれた沈黙を破ったのは突然の大声。

 

「オルフェ様!」

 

 声が聞こえた方向に視線を向けると幼い少女が駆け寄ってくるのが見えた。

 それまで無言のまま直立不動だった護衛が動こうとするのをオルフェが手で制する。

 席を立った彼は少女の前でしゃがんで目線を合わせ、右手を胸に当てて一礼。それはまるで王侯貴族に仕える騎士のようだった。

 

 微笑ましい光景だがユーラシア連邦との関係が拗れている現在、子供とはいえ素性の不明な者を近付けるのは如何なものか。護衛が困ったようにイングリットに視線を送ってきたので首を振って問題ないと合図。

 紛争地帯では少年兵が珍しくないと聞き及ぶがこの少女に限ってはその心配はない。

 

 ──母親と一緒に省庁に泊まり込んでいる父親の着替えを持ってきた。母親は手洗いで不在。

 

 アコードの読心能力を用いれば正体を偽っての暗殺など無意味だ。

 とはいえ本人が気付かぬうちに爆発物などを持たされた場合には対応出来ないのでオルフェの行動はいささか迂闊だった(省庁の出入りは厳しくチェックされているので杞憂といえば杞憂だが)

 

「姫君にも我が名を知っていただけていたとは光栄の極み」

「お父さんがいつも言ってました! この国はオルフェ様のお陰で平和だって!」

「過分なお言葉です」

「いつも守ってくれてありがとうございます!」

 

 満面の笑みで告げ、少女はポケットの中から造花──コサージュを取り出す。

 残念ながら作りは甘く不恰好。きっと少女の手作りなのだろう。

 それでもオルフェは両手で包み込むように受け取る。

 

「このような栄誉を賜り、このオルフェ・ラム・タオ、歓喜に堪えません」

 

 その寸劇は少女の母親が戻ってくるまで続けられた。気障ったらしい台詞や振る舞いもオルフェが行えばとても様になっている。

 優れた容姿や美声の成せる技だが、それを指摘されるとオルフェは不愉快になる事をイングリットは知っていた。

 

 

 

 何度も頭を下げる母親と手を振り続ける少女を笑顔で見送ってオルフェは席に戻り、姿勢を崩して無感情な目でコサージュを眺める。

 

「いるかい、イングリット?」

「それはあの子がオルフェに……いえ、貰います」

 

 自分が受け取らなければオルフェはそのまま捨てしまう気がしてイングリットは慌てて手に取る。

 

《オルフェは、嬉しくないんですか?》

《彼女の父親はコーディネイターだったからね。ナチュラルだったら今のファウンデーションで手放しの称賛はなかっただろう。その程度の事さ》

《……》

《それに私もそこまで厚顔無恥ではないよ》

 

 オルフェが何を言いたいのかはイングリットにも分かる。

 現在ファウンデーションやコンパスだけでなくプラントやユーラシア連邦を巻き込んで進む恐ろしい謀略。

 その結果、引き起こされる事態を思えば感謝の言葉を受け取る資格はないと考えるのは当然のなりゆきだろう。少なくともイングリットはそう捉える。

 

《ふふ、アコードの中では君くらいだよ。この国の将来を真剣に憂いているのは》

《そんな事は……》

 

 ない、とは言えなかった。

 あと数日でこの国が地上から消えるかもしれないのに仲間達は普段通りに過ごし、むしろその日が来るのを今か今かと待ち望んでいるようにさえ思えた。

 

《オルフェもこの国に愛着はありませんか?》

《どうだろうね。私は他人を気にする余裕などなかったから。もしその時が来ても平然としているかもしれないし、逆に狂乱して泣き叫ぶかもしれない。どちらにせよ始めてしまえば後戻りは出来ない》

 

 ふと、テーブルの下でオルフェが固く手を握り締めている事にイングリットは気付く。

 

《あの、オル……》

《君はこの国から離れた方が良いかもしれないね。戦禍のない場所で静かに暮らすのが君には似合っている》

《……え?》

 

 予想だにしない言葉にイングリットの頭の中は一瞬真っ白になる。

 いや、想定出来なかった訳ではない。自分が今回の作戦に乗り気でないと察したオルフェならそのような提案をする事もあり得る。

 …………否、やはりあり得ない。

 

《無理よ。陛下がなんと言うか》

 

 使命を放棄する事をアウラは決して許さない。そんな事はオルフェも分かっている筈なのに、どうしてこんな事を言うのだろうか。

 

《もっともらしい言い訳なら考えておくさ。アコードの特性を踏まえればそれらしい理由は幾らでも思い浮かぶ》

《そういう事じゃなくて!》

 

 反発するイングリットに対してオルフェは穏やかな笑みを湛えたままだ。

 

《……こう言ってはなんだが君はいずれあの女の逆鱗に触れるだろう。そして彼女には愛玩動物に手を噛まれても笑って許す鷹揚さはないよ》

 

 あくまで落ち着き払い、だがその思念には背筋を凍えさせるような冷たさが混じっていた。

 アコードはみな母であるアウラを慕い、愛される事を望んでいたが、オルフェだけは昔から違っていた。

 ある時から何かを諦めたように彼女に対して壁を作るようになったのを覚えている。彼女自身や他のアコードは気付いていないようだが。

 

《君が我々に読まれないように何かを隠している事は知っている。その正体についても大まかにだが把握しているつもりだ》

 

 続いて告げられた言葉にイングリットの心臓がドクリと高鳴る。それは絶対暴かれてはならない秘密。

 だがもし、オルフェがその中身を知った上で受け入れてくれるならその時は……

 

《そこまで必死に隠すのだからあの女に対する不満やそれに類するものだというのは容易く想像出来る。私もそうだからね》

《…………ええ》

 

 嘘を吐く。意気地無し。ここで本心を明かしていれば何かが変わったかもしれないが、仲間やアウラから向けられるだろう失望や侮蔑を想像するだけで体が震える。

 そして課せられた役割から逸脱し、何の指針も与えられないまま自由に生きる事への恐怖が枷となってイングリットを縛る。

 

《人は本来、使命を果たさなければ生きる意味がないという事はない筈だ。だが誰も彼もが好きにすればおのずと混乱が生まれる。技術が発達しすぎた今の世では愚かな民は役割で縛らなければこの星に未来はない。だが君は優しい人だから自由に生きても良いんじゃないかと思う。こんな恣意的な運用をするとデュランダル議長に怒られてしまうだろうけどね》

 

 オルフェから温かい感情が流れ込んでくる。

 彼が自分の身を案じてくれるという嬉しさ。そこにあるのは純粋な友愛だけという寂しさ。

 相反する想いに胸が引き裂かれそうになる。

 

《……オルフェの方こそ逃げたいと思ったりしないの?》

《ないね》

 

 自分ではどうするか決められず、逆に問いかけたイングリットにオルフェは間髪を容れず断言。

 

《私は世界を導く存在であれと生み出された。その役目に殉じる》

 

 僅かでも期待してしまった。

 もしかしたらオルフェも自分と同じように運命に従う事に抵抗があるのではないかと。

 だが違った。彼には与えられた使命を遂行する強い意志がある。

 

《心配してくれてありがとう、オルフェ。でも私は大丈夫。アコードとしての使命を全うしてみせるから》

《……そうか》

 

 もしオルフェが弱音を吐いていたら自分はどうしていただろうか。辛いと、こんな事はやりたくないと打ち明けられたら彼と共に何もかも捨てて……

 そんな夢想を切り捨ててイングリットは心を決める。

 この想いが成就する日が来ないのだとしても。大事な人の傍らで支える事が出来るのならそれで十分ではないか。

 

 

 

 

 ──イングリットをファウンデーションから離したいと考えたオルフェが弱さを吐露する筈がないと彼女は気付けない。

 ──オルフェもまた、自分だけ役割に逆らう訳にはいかないと彼女が自制してしまう事に考えが及ばない。

 ──互いを想い合う男女はしかし、本心を隠すが故に互いを縛りつつ終局に向かう。

 

 

 

 

 







破滅に向かい突き進む運命──
上司が残業してると部下は帰り辛いよね。
アウラにヤマト夫妻やシーゲル・クラインの半分……いや一割でも愛情があれば話は違っていたのですが。


なんか続きました。とりあえず全5話の予定。
第3話:シン・アスカは超人と化した。
第4話:ラクス「は?この男、何?」
第5話:フフフ…ロマンティクス!

ただ4話と5話は小説版の下巻を買ってからで、もしかしたら1話に纏めるかもしれないし3.5話が生えてくるかもしれない。


原作以前のイングリットの口調はかなり悩みました。
小説版のイングリットはアコードの事を大事な家族と認識していたので砕けた話し方でもおかしくないと思いつつ、叶わぬ恋を押し殺しているが故にオルフェに対しては必要以上に堅苦しい口調、それが最期に……というのもエモいかなと。
基本は丁寧口調。心が揺れていたりすると気安い口調になるのが本作イングリットです。

オルフェ「きみもわかってるだろう? 二次創作者は皆、決めてほしいんだよ、アウラが若返っている理由やコノエ艦長の出自、会話した事のないキャラ同士の口調を」



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