※本作独自設定があります。
また映画と大差ない箇所は容赦なく飛ばしてます。
ラクス・クラインは宮殿内の戦略情報室でオルフェ・ラム・タオやユーラシアの将校と共にミケール捕縛作戦の推移を見守っていた。
形の上ではコンパス、ファウンデーション、ユーラシアによる合同作戦だが、ユーラシアの将校はコンパスの事をプラントの尖兵ではないかと警戒し、ラクスにも厳しい視線を向ける。
けれども彼女からすればエルドア地区での作戦行動に許可を出してもらっただけでも有り難かったし、これまでのコンパスの活動が評価されたようで嬉しかった。
ファウンデーションの方も今回の作戦を足がかりに国際社会での存在感をアピールしたい思惑があるようで士気は高い。
オルフェもそれまでの悠然とした態度とは異なり表情に僅かな緊張が窺えた。
そんなオルフェの様子を観察していたラクスはある事に気付く。
「イングリットさんはどちらに?」
ラクス達がファウンデーションを訪れて以来、イングリットはラクスかオルフェの傍らに控えていた。その彼女が不在となると妙な落ち着かなさを覚える。
「イングリットには私の代理として政務をお願いしています。緊急性の高い案件は事前に片付けておきましたが今回の作戦は長引かないとは限らないので」
「そうでしたか」
オルフェと一緒にいられないのはイングリットにとって残念だろうが必要な事である。コンパスはこの地に戦いに来たが、ファウンデーションの国民には日々の暮らしがあるのだから。
彼らの安寧の為にもなんとしてもミケールはここで捕えなくては。
作戦は順調に進んだ。元よりコンパスのメンバーは大戦を生き延びた優秀な者が多かったし、装備の面でも国家の後ろ盾を持たないブルーコスモス──正規軍からの横流しは公然と行われているようだったが──を上回る。
エルドアで民間人を利用した爆破テロが起きた時は司令部が騒然としてラクスも嫌悪感を隠し切れなかったが、裏を返せばナチュラルからの支持を失う卑劣な所業に出なければならないほど追い詰められている証でもあった。
作戦はもうすぐ終了する。ラクスは安堵するが、それはユーラシア連邦よりもたらされた核ミサイル発射の報に打ち砕かれる。
「発射されたのは三発! 一発はエルドア、二発は……ここです!」
通信士の言葉に驚愕の表情を浮かべたオルフェは素早く大型モニターに表示された戦略マップを確認。モニター内の光点はエルドアでブラックナイツがブルーコスモスと交戦中である事を示す。
「ブラックナイツはすぐさま戦闘を中断して核の迎撃に当たれ! 不可能なら撤退! サーペンタイン団長には核搭載車両を確保するように通達! 四発目があるかもしれない!」
矢継ぎ早に指示を出したオルフェは冷たい目でユーラシアの将校を睨む。
「……ファウンデーションはユニウス条約に批准していないから、そもそも国家として認めていないから核を撃ち込んでも問題ない。そういう事ですか?」
「待て! これは誤射……いや、もしかしたらブルーコスモスに強奪されたのかもしれん……」
「白々しい! 最高機密だろう核搭載車両の配置とパスコード、その両方が漏れたと本気でおっしゃっているんですか?」
しどろもどろになるユーラシア将校の言葉をオルフェは一刀両断。その気迫に相手はたじろぐ。
全身から怒気を発するオルフェは今にも将校に掴みかからんばかりの剣呑さがあったが、そんな事をしている場合ではないとラクスは両者の間に割って入る。
「オルフェ閣下、お気持ちはごもっともですが、今は避難を」
「……ええ、彼らも切り捨てられた側でしょうから不毛でした。シャトルの準備をさせますので共に参りましょう」
「……はい」
オルフェは国民の避難には言及しなかった。彼も理解しているのだ。
今からでは避難は到底間に合わない。むしろパニックによる被害を考えると何も知らせずコンパスやブラックナイツが核を撃ち落してくれる事を信じる方が合理的であった。
──キラ……
美しいイシュタリアの街並みが核の業火に焼かれる風景、コンパスの人員が爆風に飲み込まれる光景を幻視してしまう。
胸を締め付ける残酷な予想を心から追い出し、ただひたすらに皆の安否を願う。
ユーラシア連邦の領内から核ミサイルが発射。デストロイを撃破し、ミケール捕縛が目前に迫ったタイミングでの凶報は瞬く間にコンパスの面々に伝わる。
誰もが言葉を失う中で真っ先に反応したのがミレニアムの技術士官であるアルバート・ハインラインだった。
〈こちらアルバート。発射されたのはGLCMマーク七〇巡航戦術核ミサイルが三発。目標はそれぞれファウンデーションに二発とエルドア地区に一発。後者はアークエンジェルも予想被害範囲に入っています。このタイプの戦術核ミサイルは弾体に外部から一定以上の衝撃が加わると安全装置が作動してNJCが機能停止、Nジャマーによって核分裂が抑制され起爆しません。つまりMSや戦艦の攻撃で撃ち落として問題ありません。エンジンの誘爆で汚染物質が広範囲に飛散する危険はありますが核爆発を起こすよりはマシでしょう。ああ、今ターミナルから詳細なデータが来たので各機に共有します。高度な電子制御と推進装置で回避軌道を描くのでご注意を〉
その通信を聞いたコンパス隊員の心は一つ。『簡単に言ってくれる』だ。戦闘の最中に音速の飛翔体を撃墜する困難さは言うまでもない。
「でも、やるしかない! シン、援護を!」
〈はい!〉
キラ・ヤマトはスロットルレバーを全開にして愛機ライジングフリーダムを急上昇させる。
本当はムウやヒルダ、アグネス達の協力も欲しい所だが彼らはブルーコスモス相手に手間取っていた。向こうはまだ事態を把握していないか、あるいは欺瞞情報だと思っている。
無理もないが思わず舌打ちしそうになる。
〈あと一分でフリーダムの射程に入ります〉
アークエンジェルのオペレーター、チャンドラの報告を聞きつつ、イモータルジャスティスとデータリンクして多角的にミサイルを捕捉。更にこれまでの戦闘で得た、大気圏内でのビームの減衰率も反映させる。
宇宙と地上の違いはあれど核ミサイルの迎撃はこれが初めてではない。極度の緊張を強いられるもののキラには成功させる自信があった。
《さて、どうします? オルフェは確実性がないので作戦には組み込まないと言ってましたが》
《でもこのまま見てるだけってのも退屈だな》
《ならここで試してみればいいじゃん。失敗作にも有効か》
《キャハハハハハ! さんせーい!》
──闇に堕ちろ、キラ・ヤマト──
「──っ」
キラは一瞬強烈な眩暈に襲われる。目の前が明滅し、世界が回転するような気持ち悪さに呻き声が漏れる。
──ここはどこだろう。
頭を振っても意識はモヤモヤしたままだが視界ははっきりしてきた。
──キラ!
──トール! 駄目だ! 来るな!
そうだ、ここはオーブからアラスカに向かう途上にある孤島。今はストライクに乗って戦闘中で、モニターの先にいる紅い機体は
このままではトールの乗るスカイグラスパーが落とされる……!
イージスはこちらに背中を向けており、今なら倒せる。
違う。ここで倒さなければ大事なものを守れない。
キラは素早くイージスをロックオンするとビームライフルと二門の超高インパルス砲、腰のレールガン──ストライクにそのような武装はない筈だがそんな事を気にする余裕はない──を放つ。
振り返ったイージスはこちらの攻撃に気付いたようだがもう遅い。
イージスは咄嗟に左腕のシールドでコクピットを庇うが、一斉射の奔流は頭部と右腕を吹き飛ばし、飛来したシールドブーメランが両脚を抉る。それでもまだ撃破には至らない。
完全にトドメを刺すべくビームサーベルを抜いてスラスターを噴かそうとした瞬間、目の前がブレて景色が切り替わる。
〈隊長!? 何を……〉
──僕はアークエンジェルを守る為にアスランと……違う、コンパスの一員としてミケールの捕縛に……
明瞭になった意識が捉えたのは……
「シン!? なんで……」
頭部と片腕と両脚を吹き飛ばされ、なんとか空中で姿勢制御を行うイモータルジャスティスの痛々しい姿。
口では疑問を放ちつつ、頭ではそれをやったのが自分であると理解してしまう。
何故。どうして。
思考が疑問で埋め尽くされるも事態はキラを待ってくれない。
〈核爆発までもう時間が……!〉
「そんな……!」
チャンドラの悲鳴。それでもキラにとっては十分な猶予がある。引き金を引けば撃ち落とせる筈だ。
──本当に?
友人を喪ったあの日の悪夢を見た事は何度もある。だが現実と混濁した挙げ句に仲間を撃つなんて……かつてバーサーカーと呼ばれた頃でもそんな事はなかった。
自分の事が信じられない。けれど撃たなければ大勢の人間が犠牲になる。でも……
操縦桿を握る手は震えるばかりでキラは動けない。荒い呼吸音が耳朶を打つ。
そんな時、イモータルジャスティスからの通信。
〈隊長! ビームライフルでジャスティスを撃ってください!〉
キラはシールドを構えるジャスティスの挙動からシンの意図を朧気に察した。
だが本当に可能なのか。そもそもこれは現実なのか。また幻覚を見ていて、シンの言葉も幻聴なのではないか。瞬きの間に思考が入り乱れる。
〈俺を信じてください!〉
──シン……!
キラにとってシンは大切な存在だ。
アスランのように何年も一緒にいて友好を育んだ訳ではない。
一度だけ会って多少会話をしただけ。その後に命のやり取りを繰り広げながらも和解し、今は同じ道を歩んでいる。
そんなシンの存在は混迷する世界で戦い続けるキラにとって希望だったのだ。
そんな彼が自分を信じろと訴えている。なんとか応えてあげたい。
歯を食いしばり、思うようにならない心と体を必死に奮い立たせる。
「うわああっっ!」
子供のような叫び声を上げてキラは引き金を引いた。
時は僅かに遡る。
──シン! 後ろだ!
──っ!
核ミサイルを迎撃しようとしていたシンの脳内に突然響いた声。考えるより先に体が動く。
ワンテンポ遅れてのロックオンアラートと機体全体を揺らす衝撃。モニターに破損箇所が表示される。
辛うじて左腕のシールドでコクピットを守る事に成功するが、一瞬遅れていればビームで蒸発していただろう。それを行ったのはライジングフリーダム……!
「隊長!? 何を……」
敬愛する上官に撃たれたという衝撃の中にあっても歴戦のMSパイロットであるシンの体は無意識に最善の行動を取る。
五体のうち四つを吹き飛ばされたイモータルジャスティス。だがインパルスによるシルエット換装を使いこなしていたシンにとって機体重量とバランスの変化による姿勢の乱れを正す事はさほど難しい事ではない。
しかしその胸中は混乱から立ち直れていない。
──いつ背中から撃ってくるかもしれない人、私だったら横にいてほしくないもの。
かつてアグネスに言われた台詞がリフレインする。
もしかして自分は信用されていないどころか恨まれていたのだろうか?
仮にそうだとしてもこの状況で恨みを晴らそうとするのは現実的ではない、と疑念を払拭したくても撃たれたのが現実なのだ。
〈核爆発までもう時間が……!〉
状況は刻一刻と悪化している。不幸中の幸いとして変形機構を有するイモータルジャスティスは頭部を無くしても全天周モニターが機能不全に陥る事はない。
が、そのモニターの片隅がシールドブーメランのスラスター部分にエラーが生じた事を告げている。
頭部の機関砲、右腕に保持していたビームライフル、腰にマウントしていたビームブーメランは破壊され、イモータルジャスティスは射撃兵装を全て喪失。
絶対攻撃させないという執念すら感じる徹底さであり、それはつまり核への対抗策が失われた事を意味する。
一方、未だ無傷のライジングフリーダムなら迎撃を行える筈だがビームサーベルを抜いたまま金縛りにあったように硬直している。
追撃がないなら誤射だと思いたいが、希望的観測は危険だ。
打つ手なしか?
……いや、フリーダムが敵かもしれないという状況が一つの手段を連想させた。
今はそれしか手がない。だがそれにはキラ隊長の協力が必要だ。
果たして今の隊長を信じていいのだろうか。
ビームサーベルなり陽電子砲で攻撃されれば今度こそ死ぬ。
あれだけ一緒に戦うのを嬉しく感じ、もっと頼ってほしいと願っていたのに今はフリーダムが恐ろしい。
ちらりとモニターをチェック。シールドブーメランの近接武装としての機能はまだ生きている。一か八か、単身で迎撃に向かうのが正解なのかもしれない。今のジャスで核爆発に巻き込まれればただでは済まないだろうが、もうこれしか手段はない。
フリーダムと向き合う事を避けたシンがスロットルレバーに力を込めた刹那……
──迷うなシン。フリーダムは……キラ・ヤマトは敵じゃない。
──……ああ、分かってるさ! レイ!
涙が出るくらい懐かしくなった。そしてシンにはその声を疑う理由はない。
故に、繋がったままのライジングフリーダムへの回線に向けて叫ぶ。
「隊長! ビームライフルでジャスティスを撃ってください!」
更にこれまで言えなかった想いも乗せる。
「俺を信じてください!」
程なく、フリーダムから緑の閃光が奔るのを見ながら「エンジェルダウン作戦を思い出すな」と場違いな感想を抱く。
気合を入れると思考がクリアになり、一秒が一分にも永遠にも引き延ばされる感覚の中、タイミングを合わせ、シールドでビームを斜めに受け止めて弾く。
「いけぇぇぇ!」
その先には核ミサイル──
ビームによる跳弾。偶発的に成立するケースはあるだろうが、おおよそ実戦で使える芸当ではない。──シン・アスカ以外にとっては。
緑の一閃が過たずミサイルを射抜く。弾体がひしゃげ、爆発を起こすがそれは核分裂によるものと比べればあまりに小規模。
ジャスティスのセンサーも放射能を検知していない。……成功だ。
緊張の糸が切れるのを実感しつつシンは後方のシートに体を委ねる。
──ありがとな。
虚空に向けた感謝に返事はない。だがどこかで友が微笑んだ気がした。
「お前もお疲れ様」
握り拳でモニターをこつんと叩いて相棒を労う。当初は抵抗もあったがジャスティスも悪くない。
「シン、ごめん!」
ジャスティスを抱き抱えながらゆっくりと降下するフリーダムの中でキラはひたすら謝罪を繰り返していた。それはもうシンの方が申し訳なくなる程に。
〈いや、まあ……上手くいったんだから良いじゃないですか〉
「でも……」
〈そりゃ、さっきの隊長は明らかに変だったんで調べなきゃいけないでしょうけど、一年前と今日でおあいこって事で。それに俺も昔ルナを攻撃しちゃった事があるんであんまり謝れると立つ瀬がないっていうか〉
未だに内心では罪悪感が渦巻いているキラだが、水に流そうと言ってくれるシンにこれ以上自分の我が儘で気を使わせるのも申し訳ない。
〈それに嬉しかったですよ、俺。隊長が俺の事を信じてくれて〉
「──ありがとう、シン」
憔悴を押し殺して朗らかに笑う部下の姿にキラの気持ちも軽くなる。
肉体と精神の消耗は深刻だったがシンと言葉を交わせるこの時間はただただ幸せだった。
〈ファウンデーションに飛んでいった二発は……〉
「そっちはミレニアムが対処してくれるよ」
留守を預かるルナマリアは赤服に選ばれたエースであるし、コノエ艦長も優れた用兵家だ。
あちらのミサイル迎撃も成功し、ファウンデーションもラクスも助かる。そんなキラの願いはしかし、ミレニアムの通信に裏切られる。
〈三発目がコースを変えた! 大きく迂回して……このままでは射程に入らないぞ!〉
〈えええっ!? じゃあミレニアムを上昇させてタンホイザーを……〉〈私がゲルググを飛ばして!〉
〈どちらも間に合わん!〉
アルバートとアーサー、そしてルナマリアのやり取りにキラの全身から血の気が引く。
コノエ艦長は決して冷酷な人物ではない。だが同時に危険な賭けにクルーの命を巻き込む人物でもない。
恐らく次に通信機から聞こえてくるのは離脱を指示する彼の命令。
また自分は守れないのだろうか。絶望に心が塗り潰される。思わず通信を切りそうになるが、
〈ルナマリアとミレニアムは二発目に専念。三発目は俺が担当する〉
──通信に割り込んだ人物は静かに、けれど絶対の信念を込めて宣言した。
ファウンデーションの国境地帯に広がる森林の上空。遮る物のない空を王国を死の焔で包まんとミサイルが疾走する。
十数秒後にはこの地に未曾有の厄災を齎す──筈だったミサイル後部の推進装置に突如として複数の亀裂が穿たれ小爆発。
揺さぶられ、下を向いたミサイル前部はフラフラと森林の中に墜落する。
直前にミサイルが通り過ぎた地点の空気が陽炎のように揺らぎ、深紅の影が浮かび上がる。MSだ。
ずんぐりとしたそのフォルムはグーン、ゾノ、アッシュなどのザフト製水中用MSを彷彿とさせる。その名をズゴック。
ズゴックの内部、コクピットに座る男は黙々と計器を操作。モニターには伝統と革新が調和した首都イシュタリアの美しい情景が映し出される。それを確認した男は小さく頷く。
「進路はメイリンの予測通り。二発目はルナマリアが狙撃してくれた。頼りになる姉妹だ」
口調こそ冷静なものの、眉間に刻まれた深い皺と険しい表情を見れば初対面であっても彼の内心で暴れ狂う激情を察する事が出来るだろう。
「どこの誰だか知らないが、俺の見ている前で核攻撃を成功させられると思うなよ」
全ての核の撃墜に成功。核物質流出の兆候なし。
ミレニアムやファウンデーション軍の報告を受けたキラは将官という立場に不相応な程に浮かれて喝采を叫んだ。
展開していたブルーコスモスの部隊もアークエンジェルとMS隊が掃討。ミケール大佐の捕縛も時間の問題だろう。
今回の作戦はキラの心境に変化をもたらした。
これまで彼は一人でなんでも背負い込むつもりだった。
自分がデュランダル議長を倒したのだからという使命感、だけではない。無謀だと分かっていても誰かを頼るのが怖かったのだ。自分が戦いに駆り立てたせいで失われる命に怯えた。
かつての戦争の頃は誰かに守ってほしかったのに、いつしか守られる事に臆病になっていた。
その恐怖は簡単に拭い去れるものではない。けれどコンパスの皆は志を同じにする仲間だ。巻き込まれた訳でも流された訳でもなく、覚悟の上でこの道を選んだ彼らになら頼る事が出来るかもしれない。
ユーラシア領内、戦場から離れた森の中に二台の車両が停止している。その周辺には死体が散乱しているが、どれも的確に急所を撃ち抜かれるか斬り裂かれるかしており、死者の数に反して凄惨さは薄い。
そこに鎧武者にも悪魔にも見える漆黒のMSブラックナイトスコード シヴァが上空から片膝をついて着地。
本機はシュラ・サーペンタインの専用機だが、開いたハッチから現れたのは青い長髪を靡かせたファウンデーションの国務秘書官イングリット・トラドール。
そしてシヴァに呼応するように車両から鋭利な雰囲気を帯びた青年が出てくる。彼こそがシヴァの本来のパイロットであるシュラ。誰にも気取られぬように単身ユーラシア領内に侵入してこの場の兵士を皆殺しにし、アコードの力で厳重なセキュリティーを突破して核を発射した張本人でもある。
「コンパスもなかなかやる」
軽やかな足取りで機体の凹凸を足場にして駆け上ると、後方に移動したイングリットと入れ替わるようにコクピットに収まる。
強敵の出現に高揚するその態度には自国を焼き払おうとした罪悪感は一切ない。
「ミケールを始末したのか」
「……ええ」
パイロットの入れ替わりが露見しないよう、シヴァの戦闘記録を確認していたシュラがふと呟く。
これからアコード全員が宇宙に上がるとファウンデーションの防衛力は大きく低下する。エルドアにも核を放った事で内外からの追及によりユーラシアは死に体となる筈で、ならば目下の驚異であるブルーコスモスの戦力を削っておくのはイングリットにとっては重要な仕事だったが、国防長官であるシュラにはどうでもよさそうであった。
ミケールが死んだとしてもすぐに別の人間がブルーコスモスを率いて活動を継続するいたちごっこにすぎない……といった諦観ではなく、ファウンデーションが攻撃されようがされまいが意識を割く必要を感じないという無関心。
こういう時にイングリットは他のアコードとの価値観の違いを痛感してしまう。
だが世界を導くという大命の為には人の死に鈍感である方が適しているのかもしれない。
「いよいよだな」
C.E.1の最後の核以来、七十年以上に渡って行われなかった地上での核攻撃。未遂に終わったとしても報復の大義名分としては十分だというのがオルフェの見解だった。
長きに渡る雌伏の時間は終わりを迎え、いよいよアコードが歴史の表舞台に立つ時が来た。
歓喜を露わにするシュラとは逆にイングリットの表情には憂いが纏わりついていた。
軍人や役人による護国の英雄への熱烈な出迎え──握手や抱擁、時には接吻──を受けながらキラはイシュタリアの宮殿に足を踏み入れる。そこは蜂の巣をつついたような喧騒に包まれていた。
「ミケールの乗るヘリをサーペンタイン団長が撃墜したと」「なに? ブラックナイツだけじゃなくてトラドール秘書官まで宇宙に上がるのか!?」「各地からの通信で回線がパンクしそうです!」「ブルーコスモスがユーラシアに抗議文? 悪い冗談だ」「クライン総裁の秘書が置いてかれたって」「ネットで義勇軍結成を呼びかける投稿が複数」「事情説明を求める市民が省庁に押し掛けています!」「プラントで政変!? 誤報じゃないのか!?」「ユーラシアの連中は拘留しておけ! このままじゃリンチに遭うぞ! は? 亡命希望?」「エルドアからの難民だと? 拒否する訳にもいかんだろ!」
その騒ぎを横目に案内役の下士官に先導されて戦略情報室に入る。
正面の大型モニターには部下に指示を出すオルフェの姿。
〈核攻撃に失敗した上に侵攻すればユーラシアは国際社会から完全に孤立する。だがそんな常識的な判断が通用する相手ではない。私からクライン総裁にコンパス駐留を願い出る〉
オルフェにある問いをする為にやって来たキラだが、彼自身その内容が飛躍しているという自覚があった為、一段落つくまで待っていようと部屋の隅に移動する。その際、不意にモニターのオルフェと視線が交錯した。
《これはこれはヤマト隊長》
「っ!」
弾かれたようにキラはモニターを確認する。オルフェは相変わらず部下と話し合っているが、今の声は確かに彼のものだ。
耳の奥に直接言葉を流し込まれたような感覚は覚えがある。ファウンデーションを訪れた最初の日にも経験した。
《私に話があるから来たのだろう? こんな形で済まないが会話を聞かれると困るからね。ああ、君が喋る必要はないよ。私が君の心を読んだ上で返答をするから》
戦場でMS越しに相手の感情を感知した経験のあるキラにとっても不可思議な体験だった。
それより気になったのは途中の言葉。会話を聞かれると困る。それはつまり──
《感謝するべきか余計な真似をしてくれたと言うべきか。罪を背負って退路を絶つ気だったのに、心のどこかではまだ救われたいと願っているのだから、本当しょうもない》
オルフェは暗に核ミサイル発射への関与を認めた。
いくら物証が残らないとはいえ、一国の首脳の身内であり将校でもあるキラに明かすのはリスクしかないというのに。
支離滅裂な妄想であってほしかったキラの疑念は的中した。
──これが君のやり方なのか?
《ああ。議長のやり方を更に悪辣に、短慮にするとこうなる》
宰相が自国に核を撃ち込む。そんな暴挙に対する糾弾をオルフェは平然と、むしろ嬉しそうに受け止める。
──こんな事で平和になると思ってるの?
《確証がなくとも立ち止まる事が許されない強迫観念や焦燥感、君なら分かってくれるだろ?》
分かる。分かるからこそ悲しい。
異なる陣営の自分にしか苦しみを吐き出せない彼の状況が。
──ラクスは無事?
《心配せずとも手荒な真似はしないよ。私にとっては大事な妹のようなものだから》
それを聞いて安心する。
私人としても公人としてもラクスに危害を加えられると困った事になっていた。あるいはシンが助からなかったり核が爆発していたらまだ心の整理が出来ていなかっただろう。
けれど頼りになる皆が最良の結果を手繰り寄せた。ならばもう躊躇う事はない。今のキラはどんな大言壮語を吐いたとしても成し遂げられそうな気がした。
──オルフェ、僕は君を止める。
《出来るのかな、君に?》
──僕だけじゃ無理かもしれない。でも僕
途端、オルフェから強烈な思念が流れ込んでくる。それは嫉妬……?
《……少し、君の事が嫌いになった》
それっきりオルフェの声は途絶えた。
モニターでは部下との会話を続けていたがキラの方には一瞥もくれない。
だがそれが逆に彼の本心と近付いた気がしてキラは手応えのようなものを感じた。
怪奇! イシュタリアの湖に伝説の幻獣ケルピーの影を見た!
宮殿の場面で「イシュタリア湖でケルピーの目撃報告が……!」という台詞を入れたくなる気持ちをぐっと抑える。
アスラン「なんで言わない! 頼らない!」
オルフェ「あいつらが倫理観皆無だから……!」
最初はライフリと一緒にもっとヒロイックに活躍する予定だったんですが「絶対アコード連中が茶々入れてくるだろ……」「キラの「君達が弱いから」って8割くらいトールのトラウマだよね」「ついでにシンも活躍させておくか」とか考えた結果このような事に。
エルちゃんやフレイのトラウマを出す案もありましたが、そこまでやってると核が爆発するか達磨にされたシン・アスカが廃人と化しそうだったので没。
オルフェとのやり取りも本来はもっと長かったんですが「これ対面でやった方がいいな」という事で後回し。
ちなみに一発でも核を撃ち漏らしていたらその時点でグッドエンドルートへの道は閉ざされていました。
前話でも書きましたが続きは小説の下巻を買ってからですね。
ジャガンナートの関与具合によって細かい部分が変わってきそう。
というか本作だとラメント議長を取り逃がしたのが致命傷になりそう。
まあ、全世界でデスティニープランを導入させようと思ったら遅かれ早かれ武力による恫喝は必要なので大義名分はいずれ捨て去らなければならないのですが。