核攻撃を阻止し、ファウンデーションの軍港に入港したアークエンジェルを迎えたのは割れんばかりの大歓声。
エンジンを停止させる前から艦内に届いていたのだからその声量は尋常ではない。
マリュー・ラミアスがドックに降りた時、そこもまた喧騒に包まれていた。
軍人達にもみくちゃにされるシン・アスカ。それを面白くなさげに睨むアグネス・ギーベンラート。更にその様子をニヤニヤと眺めるヒルダ、マーズ、ヘルベルトの三人組。
先程までの極限状況が嘘のように平和な光景に思わず笑みが零れ、ミレニアムから預かったMSパイロットが全員無事だった事に胸を撫で下ろす(戦闘中のキラ・ヤマトの異常行動だけは気がかりだったが)
アークエンジェルの整備と補給は国営の兵器メーカーが担当するという事で、出迎えてくれた責任者と握手を交わす。
相手は初老の男性だった。スーツ姿だが身に纏う厳格な雰囲気と体幹のブレない歩き方から実戦経験者だろうと直感。退役軍人が軍需産業に再就職するのは珍しい話ではないのでその類かと推測する。
「かの不沈艦の整備に携われるとは光栄な話です」
「よろしくお願いします」
つい声が弾む。マリューにとってここ数年はそれまでの二十余年の人生よりも濃密なもので、生死を共にしたアークエンジェルに対しては人と機械の垣根を越えた絆を感じていた。
それゆえアークエンジェルへの称賛は我が事のように喜んでしまう。
マリューがサインした書類を確認すると責任者の男性は作業用アームに固定されたアークエンジェルの船体に目を向ける。
そこにあるのは愛おしさ、あるいは羨望。
「この艦に助けられるのは二度目ですな」
「二度目……ですか?」
男性がしみじみと呟いた言葉にマリューは疑問符を浮かべるが、それは直後に驚愕に変わる。
「かつて私の部隊もアラスカにいたのですよ」
「アラスカ……!?」
それはマリューにとっても因縁深い名前だった。
大西洋連邦上層部に巣食うブルーコスモスによって不要と判断された部隊を囮にしてザフトを引き込みサイクロプスで一掃する非道な作戦。
むざむざ死ぬ事に納得出来なかったマリューは持ち場を離れ、紆余曲折の末にこうしてここにいる。
あの時、交戦中の他の部隊にも離脱を促していたが生き残りとこんな形で出会うとは……
「捨て駒にされたのは薄っすらと察していましたが私には決断が出来なかった。恥ずかしながら、考えるのを放棄して玉砕するつもりだったのです。部下を巻き込んで」
それは懺悔のようで、静かに語る彼の声には後悔がこびりついていた。
「しかしあなたとフリーダムのお陰で部下達は救われ、私も故郷の土を踏む事が出来ました」
そう言って深々と頭を下げる。
平時は控え目な性格であるマリューは恐縮してしまったが、彼はここにいない部下の分もとばかりに微動だにしない。当初は慌てたマリューもここは気が済むまで待とうと思い直す。
ふと周囲を見渡すとムウ・ラ・フラガやムラサメ隊のパイロットもお辞儀をされたり握手を求められており、自分達に奇異の視線を向ける者はいない。
逆の立場だったら自分もそうしていたに違いないと思案しているとようやく彼が頭を上げる。
「いつか直接会って礼を言いたいと思っていましたが、まさかその前に更に恩が増えるとは」
「いえ、そんな……」
「宰相閣下からは可能な限りの支援を、という指示を受けておりますが……その指示がなくとも私財をなげうっておりましたとも」
会話を重ね、自分の行動で救われた命がある事を実感するにつれて深い感慨が胸を打ち、目元が潤む。
クルーを助ける為の判断は決して間違ってはいなかったと断言出来るが、外部から見れば命令無視の脱走でしかない。あの場には最期まで命令を遵守して死んでいった兵士も大勢いたというのに。
大西洋連邦にとっても掘り返されたくない醜聞故にいつの間にか有耶無耶になってマリューも本名でコンパスに参加出来るようになったが、それでも心の奥深くに蟠るものがあったのだ。
それが今、軽くなった。彼は救われたと言うが自分もまた救われたのだ。
変に思われるかもしれないけれどこちらも感謝を述べたい。
そう考えたマリューだが、喉元まで出かかった言葉は向こうに遮られた。
「ファウンデーションのコンパス参加で我が社のMSがアークエンジェルの一助になるなら私としても本懐です。あれは凄いですぞ。MS開発史の転換点になり得ると自負しております」
それは秘密基地を自慢する子供のように底抜けに明るい声だった。
──感謝は不要。今はただ生きて会えた事を喜びましょう。
言葉の裏にそんな意図を感じた──ひょっとしたら単純に照れているのかもしれない。
「まあ! それは興味深いですね。後で詳しい話を伺っても?」
「どうぞどうぞ! いずれにせよ情報共有は必要ですし、PS装甲の生みの親にして歴戦の艦長であるラミアス女史の見解など世界中の兵器メーカー垂涎ですよ」
ともかく彼が作った雰囲気に乗る事にした。
せっかく再会出来た戦友との間に湿っぽい空気は似合わないから。
ミレニアムが停泊している軍事拠点の一画、ジンが運搬してきた医療用コンテナ──ジン用に調整されたホスピタルウィザード──の中でキラは検査を受けていた。
診察したのはファウンデーションの医師ではなくアスランがターミナルの伝手で呼び寄せた二十代半ばの青年。
ジンのパイロットでもあり、普段は医療系NGOとしてユーラシア南部で活動しているのだという。
「詳細な検査結果は追って報告しますが……」
椅子に座って向かい合う二人。
傍らのモニターとキラを交互に見ながら医師の青年は渋面を作る。
「普通の健康診断なら体重がちょっと気になりますが……それはさておき、薬物や怪しい機器を埋め込まれている痕跡は認められません。誤射の原因については現状では不明としか。譫妄状態に陥ったのがメンタルに起因しているのならここでは調べきれませんね」
「……そうですか」
オルフェが分かりやすい証拠を残すとは思えなかったので予想通りの結果だった。
ハインライン大尉主導でライジングフリーダムの分解調査も行われる予定だが、そちらでも異常は発見出来ないだろう。
前途多難であるが体に目立った問題がないと分かっただけでも良しとする。
謝辞してミレニアムに戻ろうとするキラ。けれど医師の青年が眉尻を歪ませ何か言いたげにしている事に気付く。
「あの……もしかして別件で不審な点でも?」
不安になったキラが尋ねると青年は重々しく口を開く。
「やはりその声……おかしな事を聞いたら忘れていただいて構わないのですが……アラスカにいたフリーダムのパイロットもヤマト准将なのでしょうか!?」
「……っ」
予想外の質問にキラの思考が一瞬停止する。何故目の前の青年はそんな事を聞くのか。
以前、フリーダムに煮え湯を飲まされた連中が大勢いるから気を付けろとイザークにされた忠告を思い出す。
キラが青年を凝視したまま椅子から僅かに腰を浮かすと向こうは慌てた様子で体の前で両手を左右に振る。
「ああいや、違うんです! フリーダムに恨みはありません! むしろ感謝したいんです! フリーダムがいなければサイクロプスで死んでましたから!」
「──」
思いがけない出会いに動揺したキラは思わず軍服の胸元を握り締める。だがそれは決して嫌悪からではない。
「あ……はい。僕がフリーダムのパイロットです」
躊躇いがちに告げると青年は目を輝かせて破顔した。
「自分はこれでも同期の中ではトップクラスの腕前だったのですがあっさり頭を落とされてしまいました」
「それはフリーダムの性能のお陰ですよ」
「いやいや。戦闘中にマルチロック状態からマニュアルで急所を外すなんて普通じゃありませんよ。嘘か真かフリーダムの開発者が「こんなの私のデータにないぞ!?」と叫んだって噂も流れてました。いや、それは翼を広げた一斉射の方だったかな?」
「ははは。今度本人に本当かどうか聞いてみます」
青年が用意してくれたココアを飲みながら談笑。
銃火を交えた相手と話す機会はこれまでもあったが、遺恨のない相手とのやり取りは新鮮だった。
その過程で彼の身の上も聞いた。アラスカ以降もザフトに身を置きつつ医師の免許を得たが、ブレイク・ザ・ワールドの復興支援で地上に降りた後はザフトを除隊して紛争地域で医療活動。今日もアスランから連絡を貰う前はエルドアにいたらしい。
「MSと違って人の体は教科書通りにいきませんね。日々勉強です」
救えない命も多く、戦火を広げる者を惨たらしく斃したい衝動に駆られる瞬間もある。戦場に渦巻く怨嗟に何度も挫けそうになった。
それでも──危険を顧みず両軍を助けようとしたフリーダムのような善意と良心も確かにこの世界には在るのだと、それを心の支えに今日まで頑張ってきたのだと彼は語る。
「だから……本当にあなたには感謝しているのです」
「こちらこそ……生きててくれてありがとうございます」
──何故……助けた?
──殺した方が……早かっただろう……に。
かつて救えなかったジンのパイロットが遺した言葉。
そんな事はないと否定したかった。けれどナチュラルとコーディネイターの憎しみの連鎖は際限なく続いている。
ヤキンでは行動不能にしたMSが敵軍に撃破されるの見た。オルドリン自治区では助けた守備隊が市民の救助ではなく報復を優先した。
自分の苦しみに意味はあるのか自問自答する毎日。
それが──報われた。
「また、会えますか?」
「生きていれば会えますよ」
彼が朗らかに微笑むと胸の奥に温かさが灯る。
つられてキラの口元も緩む。久し振りに心の底から笑えた気がした。
※こんな気の良い彼らですが核を撃ち漏らしたら消し飛んでました。
「私では駄目なのです……キラの望むものを何一つあげられない……平和どころか、彼を笑わせる事も出来ない! 私には幸せに出来ない……」といじけるラクスにオルフェが発破をかける展開が……来ません。