「アスラン・ザラです。通告を受け、出頭致しました」
先の戦闘でローエングリンが船体を掠め、傷つき撤退したヴェサリウスの艦長室に、アスラン・ザラはクルーゼに招かれ入室する。
他の機体と共にアスランは一度、ガモフへと撤退したのだが、その後クルーゼの命を受けてミゲルと共にヴェサリウスへ戻り、そして今はクルーゼに出頭を命じられこの場に馳せ参じた。
アスランをここへ呼び出した張本人、クルーゼはデスクにて座り、入室したアスランに視線を向ける。
「来たか。君を休ませたいとは思っているのだが、話を聞かせてほしくてね」
クルーゼは立ち上がり、アスランへ歩み寄りながら声を掛ける。
「先の戦闘、君本来の動きではなかった。あのストライクに対しては特に、戦うのを躊躇っている様にすら見えた」
「…」
「理由を、聞かせて貰えるかね」
ここへ呼び出された理由は、アスランの思った通りだった。
当然だ。撃破を命令されたにも関わらず、それを無視して無理に鹵獲を試みて、挙句逃してしまう。
更にはクルーゼの言う通り、ストライクと…キラと戦う事を躊躇っていたという自覚も、アスランは持っていた。
「あのストライクに乗っているパイロットの名は、キラ・ヤマト。月の幼年学校で友人でした」
「…ほう」
仮面に隠れたクルーゼの顔からは、感情が読み取れない。
しかし、微かにその口から漏れた声からは、確かな驚愕が込められている様に聞こえた。
「あいつはコーディネーターです。俺達の仲間なんです!だから…ストライクを鹵獲し、あいつをここへ連れて来たかった」
「なるほど…。戦争とは皮肉なものだな。仲の良い友人と、戦場で再会を果たすとは」
口元に手を当て、何かを考える素振りを見せてから、クルーゼが続けて口を開く。
「次の出撃、君は外そう。そんな相手には銃を向けられまい。私とて、君にそんな事をさせたくない」
その言葉を聞き、俯いていたアスランは勢いよく顔を上げる。
「いいえ!隊長、私は大丈夫です!行かせてください!」
「アスラン」
「あいつは、ナチュラルに良いように利用されてるだけなんです!あいつ、優秀だけどぼうっとして、お人好しだから…。だから、私は説得したいんです!俺達が戦う理由なんてないって、分かってくれる筈です!」
そう。キラは利用されているだけ。戦いたくて、自分からあの機体に乗っている訳じゃない筈なのだ。
だから、自分達と戦う理由なんてないと、こちらへ─────
「君の気持ちは分かる。だが…聞き入れない時は?」
「っ…!」
しかし、分かって貰えなかった時は?
話をして、説得をして、それでも、こちらへ来てくれなかった時は?
「その、時は…。私が、撃ちます」
絞り出すようにして、アスランはクルーゼへとそう返答するのだった。
重い足取りで艦長室を出て行くアスランを、クルーゼは見届けてから再び椅子へ腰を下ろす。
「(キラ・ヤマト。…奴がその名を口にしたから、よもやとは思ったが、まさか生きていたとはな)」
先の戦闘、ユウが口にした
しかし、まさか…あのキラ・ヤマトが生きていたとは、アスランと話をした今でもクルーゼは信じられない気持ちでいた。
いや、生きているだけならばまだ信じられた。まさか─────
「…本当に良いタイミングで、面倒な話が舞い込んで来たものだ」
何とも皮肉な話に、愉悦に表情を歪ませていたクルーゼだったが、その表情はデスクに乗った一枚の紙を見て退屈気なものへと変わっていく。
その紙は、プラント最高評議会への出頭命令が記された書面だった。
クルーゼが出頭を命じられたのは、ヘリオポリス崩壊の件について説明を求められたからだ。
自らが不在の間はガモフがアークエンジェルの追跡をする手筈となっているが、ユウ・ラ・フラガにキラ・ヤマトが相手となると、些か心許ない。とはいえ、最高評議会からの命令を無視する訳にもいかない。
「(早く戻れれば良いのだがな)」
この事で騒いでいる穏健派も、あのGの性能について知ればある程度鉾を収める筈だ。
こんな面倒な話は早く終わらせて、アークエンジェルの─────ユウ・ラ・フラガとキラ・ヤマトの追跡に戻りたい。
ただ、クルーゼはそうなれるよう、祈る事しか今は出来ないでいた。
アルテミス─────小惑星を利用して造られた軍事基地であり、規模としては大したものではないが、このアルテミスはとある防衛装置を持っている事で敵味方問わず有名だった。
全方位光波防御帯、通称アルテミスの傘。実体攻撃は勿論、ビーム攻撃も決して通さない絶対的防御力を誇る光波で基地全体を包み、それによってアルテミスはザフトから身を守って来た。
その特性を知っている者は、基地への入港許可が下りた事で少しは落ち着く事が出来ると考えただろう。
ここで補給を受け、月本部へ辿り着く希望を繋ぐ事が出来ると、誰もが思った筈だ。
しかし、そんな者達を待っていたのは、冷たい銃口だった。
入港した艦に雪崩れ込んで来たのは、武装した軍人達。ラミアス大尉、バジルール少尉、そして兄さんの三人は基地内部の指令室へと通されていき、俺を含めた他のクルー達は食堂へと押し込められる。
「あの、ユーラシアって味方なんじゃ…」
食堂内で、俺はキラとフレイ、サイ達と一緒に固まっており、その近くには操舵士のアーノルド・ノイマン、そして整備士のコジロー・マードックといったクルーが立っていた。
サイがノイマンに向けて小声で耳打ちしたのが、俺にまで聞こえて来た。
まあ、普通はそう考えるよな。ただ、地球連合軍というのは俺も元の世界でちゃんと調べるまではよく分からなかったが、設定としてはかなり複雑なものだった。
地球連合として一括りにされてはいるが、大西洋連邦とユーラシア連邦は全くの別の組織と考えていい。更にこの二つの組織は、ハッキリ言えば仲が悪い。
「認識コードがないからな…」
アルテミスからすれば、自らとは別の組織が開発した新型戦艦と新型モビルスーツが、認識コードを持たないままのこのこと目の前に現れたという状況だ。
敵ではない。サイの言う通り、表向きでは味方の筈なのだ。
が、その裏ではお偉いさん同士の腹の探り合いが日常茶飯事で行われている。
「ま、本当の目的は別みたいだがな」
「…ですね」
「「?」」
マードックが溜め息混じりに言い、それにノイマンが同調する。
そんな二人の会話に、サイと隣に居るフレイが顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
何その仕草、可愛くて微笑ましいんだが。
─────さて、と…。気を抜くのもここまでにしておこうか。
ここ、アルテミスで起こる最も大きな事は、ブリッツの襲撃だ。
アルテミスはその絶対的防御機能により、強大な防御力を誇ってはいるが、弱点はある。
それは、光波を展開するにあたり膨大なエネルギーを消耗する事だ。
よって、アルテミスは常に光波を展開している訳ではない。敵機の接近を察知してから光波を展開し、この基地を守り続けて来た。
そこで致命的なのが、探知に引っ掛からない機体─────ブリッツだ。
ブリッツはミラージュコロイドを展開する事で、センサーから身を隠す事が出来る。つまり、アルテミスの管制に悟られる事なく、光波を展開される前に基地内部へと侵入する事が出来るのだ。
今頃、アルテミス周辺でこちらを偵察しているであろうガモフにて、ニコル、イザーク、ディアッカ達でブリーフィングをしている筈だ。
そして、ブリッツの襲撃以外にもう一つ、注意すべき事がある。
「ねぇ、ユウ。これ、大丈夫なのかな…?」
「…さぁな。まあ、あの銃で撃たれて死ぬ、なんて事はないだろうけど」
それが俺の隣に居るキラについてだ。
原作ではここで色々とあり、とある士官の心ない言葉を受けて深い心の傷を負った。
『君は裏切り者のコーディネーターだ』
ガンダムSEEDを見た殆どの人が、この名言(?)を知っているだろう。
キラの気持ちも知らず、どういった経緯で戦いに身を投じたのかも知ろうとせず、適当を抜かしたあの糞爺に、当時作品を見ていた俺は腹を立てたものだ。
…あぁ、今思い出しても腹が立つ。ちょっと、あいつに悪戯してみようかな?
なんて事を考えていると、どこからかこちらへ近付いてくる足音が聞こえて来た。
その足音は確かに食堂へと向かってきており、やがてユーラシアの士官達が兵士を伴ってこちらへやって来たのだった。
「私は宇宙要塞アルテミス司令官、ジェラード・ガルシアだ。単刀直入に聞こう。この艦に積んであるモビルスーツのパイロット、及び技術者はどこかな?」
アルテミスの司令官を名乗った禿げ頭─────もといガルシアは、舐めるような視線で食堂内を見回した。
「あ…っ?」
その問い掛けに素直に手を挙げようとしたキラの腕を掴み、その動きを止める。
キラがこちらへ振り向き、目線で何故?と問い掛けてくるがそれに答える事はしない。
こうした動きも、奴らに悟られてはならない。そうなれば、色々と面倒な事になるのが目に見えているからだ。
「何故我々に聞くのです?艦長達は言わなかったのですか?」
ノイマンが口を開き、ガルシアへと返答する。
質問に対して質問を返す、という上官に対して向けられる無礼極まりない態度に、ガルシアは一瞬不愉快そうに眉を歪めるが、すぐに澄ました笑顔を浮かべる。
アルテミスへ入港する前に、俺とキラは兄さんからスピリットとストライクのOSをロックするように言われた。
言う通りに俺とキラは二機のOSをロックした。ガルシアがここであんな事を聞いたのは、二機のロックを外せず、調査が全く進んでいないからだろう。
「あの二機をどうするおつもりで?」
「別に、どうもしないさ。ただ、公式発表よりも前に見る事ができる機会が貰えたんだ。色々と聞きたくてね」
嘘を吐け。
咄嗟に出てきそうになった言葉を呑み込む。
「それで、パイロットは?」
「フラガ大尉ですよ。そちらへお聞きした方が良いと思いますが」
「先の戦いは私も見ていた。ガンバレル付きのゼロを操れるのは彼しかおるまい。それに、例え彼がパイロットの一人だとしても、機体はもう一機ある」
今度はノイマンが表情を歪める番だった。
ガルシアの問い掛けに嘘の答えを返したが、あっさりと看破されてしまった。
澄ました笑みを更に濃くするガルシアを見ながら、ノイマンは小さく歯ぎしりする。
「…まさか女性がパイロットとは思えんが、この艦の艦長も女性という事だしな」
「え?きゃっ…!」
ガルシアの笑みがにたりと厭らしいものへと変わり、不意に視線を向けたミリアリアへと歩み寄ると、その細い腕を強く握り締めた。
「ミリィ!?」
ガルシアは無理やりミリアリアを立たせると、そのままどこかへ連れ去ろうとする。
「なっ…!まっ─────」
その様子を見ていたキラが再び手を挙げようとするのを、俺はまたも止める。
「ユウ…!」
「大丈夫」
表情を険しくさせるキラに笑い掛けてから、俺は一歩前に出て、手を挙げた。
「俺ですよ」
「…なに?」
「パイロットは俺です」
突如名乗りを上げた俺を、呆けた目で眺めていたガルシアだったが、すぐに再びあの厭な笑みを浮かべると、ミリアリアの腕を離し、俺の方へと歩み寄ってくる。
「彼女を助けようとする心意気は買うがね…。あれは貴様の様なひよっこが乗れるものじゃあない。ふざけた事を言うな!」
「おっと…。それは止めた方が良い。でないと、俺の口が滑ってしまう」
「何だと…?」
あろうことか拳を握り、俺へ殴り掛かろうとしてきた、その時。
俺はその拳を避けながらガルシアへと近づき、ガルシアにのみ聞こえるようボリュームを抑えて語り掛ける。
不意なその台詞にガルシアの動きが止まり、丸くなった目がぎょろりとこちらを向く。
「貴方が行っている軍人にあるまじき恐喝行為…、俺は知ってますよ?」
「っっっっ!!!?」
今度こそガルシアの目が驚愕に大きく見開かれ、弾かれるように俺から距離を取る。
ガルシアはこの周辺を通り掛かる民間船から通行料を巻き上げるという、恐喝行為を行っているという情報を俺は人脈を通して掴んでいる。
その事について知っていると伝えてやれば、面白いくらいにガルシアは動揺した。
「司令官!貴様、何をした!?」
「いえ、別に。ただちょっと、司令官殿とお話をしただけですが」
「真面目に答えろ!このっ…!」
「ま、待て!いい!その銃を下ろせ!」
ガルシアの様子に只事じゃないと考えた兵士達が俺へ銃口を向ける。それをガルシアは必死な様子で押さえていた。
そりゃそうだよな。ガルシアからすれば、知られれば失脚間違いなしの情報を俺に握られているのだ。
しかもさっきは見事な脅しを俺から受けているのだから、この反応も仕方がない。
「…なるほど、貴様がパイロットなのは信じよう。それなら、我々と共に来て貰おうか」
「構いませんよ」
ガルシアが忌々し気に目元を歪ませこちらを睨みながら、ついてくるよう命じてくる。
それに対し、俺は素直に従う旨の返答をして、ガルシアの方へと近づく。
「ユウ!」
その時、背後から俺を呼ぶ声がした。
振り返れば、キラが心配そうな目で俺を見ていた。
今すぐにでも飛び出してきそうな必死な目を、俺に向けていた。
「すぐ戻ってくるから!待っててくれ」
だが、ここでキラがついてくれば俺が名乗り出た意味がなくなってしまう。
キラには来ないでくれと願いを込め、声を掛ける。
「…貴様、名は」
「ユウ・ラ・フラガ」
「ユウ・ラ・フラガ…だと…!?」
食堂を出る直前、ガルシアに名前を聞かれたから名乗ったのだが、その名を聞いたガルシアが目を剥く。
…地球軍の人に名乗ると、必ずこんな反応をされるな。
ラミアス大尉やバジルール少尉もこんな反応していたし、しかも何故か兄さんはその反応も仕方ないといった素振りをしていたし。
俺ってそんな有名人なのかな?確かに一般人とは言い難い人脈はあるけど、それについてはアークエンジェルのクルー達は勿論、ガルシアにだって知る由もない事の筈なんだが。
不思議に思いながら、基地の格納庫へと向かうガルシア達の後に続いて食堂を出る。
その背中にキラの視線が注がれている事に気付いていたが、反応を返す事はしなかった。
今俺が振り返れば、キラが飛び出してきそうな気がしたから─────。
次回、何故ユウの名前が地球軍内に知られているのか理由を語る─────予定。