「あ─────あぁ…」
目の前に散らばる岩塊と意味を成さない金属片の数々。難攻不落といわれた宇宙要塞ボアズはそこにはなく、目の前に広がるのはデブリの散らばる虚ろな空間のみ。
その光景は否応なしに、アスランの脳裏にかつての地獄の光景を過らせた。
ユニウスセブン─────母レノアを殺した核ミサイルを、時を経てその力を取り戻した地球軍が再び撃ち込んで来たのだ。
「─────っ!」
思考が定まらず、言葉が出ない。しかし状況は、アスランが正気を取り戻すのを待ってはくれない。
核によって生み出された虚ろな光景に目を奪われていたアスランに、容赦なくリベルタスが襲い掛かる。
振り下ろされる斬撃に対してシールドを割り込ませ、辛うじて捌きながらコックピット内の機器を操作してこの宙域にいる味方機との通信を繋げる。
今すぐにでも衝動のままに叫び出したい、喚きたいし、怒鳴り散らしたい。だが、今すぐに彼がすべき事は他にある。何よりそんな弱い自分を、今のアスランは決して許さない。
「こちら特務隊のアスラン・ザラだ!ただいまを以て、守備隊の指揮は自分が受け持つ!」
リベルタスの猛攻をシールドで受け止め、時に躱しながらアスランは言葉を発する。
「全艦、全機、この宙域から離脱!プラントに帰るんだ!」
要塞は消滅し、周囲に巡らされた多くの仲間達もあの光に巻き込まれ蒸発した。生き残っているのは運よく爆発の範囲から逃れられた数少ない者達のみ。
あの光が怖い筈だ。あまりに呆気なく、目の前で仲間が死んでいった光景がショックな筈だ。またも核を撃ち込んで来た地球軍が憎い筈だ。
それらの感情を発散すべきは、ここではない。
「何としても生きて帰る!俺達は、絶対に生き延びなければいけないんだ!」
国を守る為に戦い続けた同胞達─────眼前に広がるあの光を見て、どれだけ無念だった事か。
彼らの意志を受け継ぐた為にも、自分達はここで撃たれる訳にはいかない。
硬直していたザフト軍が、アスランの言葉を受けてようやく動き出す。
その内心でどれだけの葛藤が生まれようとも、この場で報復せんと激情に駆られる者は一人も居なかった。アスランの命令通り、この宙域から皆が離脱を始める。
その光景を目にしたアスランもまた、リベルタスを弾いてから離脱を始める。
途中、後方からリベルタスから砲撃が撃ち掛けられるが、それを躱して敵との距離を引き離す。
積極的にこちらを殲滅しようとする気はなかったらしい。ボアズを落とした地球軍は逃げるアスラン達に追撃を掛ける事はせず、リベルタスもまた離れていくジャスティスを追わず、背を向けて母艦へと戻っていくのが映像を通して小さく見えた。
「─────くそぉっ!」
何故─────何故!?何故またしても、あの焔が向けられる!ユニウスセブンを撃ち落とし、その果てにNJを打ち込まれて億単位の犠牲を出しながら─────そうしてまた、奴らは何らかの方法で再び核の力を手に入れた。
『殺されたから殺して…殺したから殺されて…!それでホントに、最後は平和になるのかよ!?』
以前、言われた言葉が過る。
ユニウスセブンを撃たれたからプラント内の対ナチュラルへの憎悪は増大した。その報復に打ち込んだNJによって、今度は地球に住む人達の対プラントへの怒りは加速した。
殺されたから殺し、殺したから殺される─────あぁ、その果ての結末がこれだというのか?いや、違う。これはきっと、始まりに過ぎない。
地球軍は更に進軍を進め、今度はプラント本国を狙うだろう。ユニウスセブン、ボアズに飽き足らず─────またしても、核の力を使い、宇宙のコーディネイターを根絶やしにしようと…。
「─────」
得体の知れない怖気が全身を奔り、アスランは身を震わせる。
もし父が─────地球軍の核に対抗し、噂で耳にした
これから始まる戦いはただの戦争ではなくなる─────今までの戦いとは全く別の何かが始まる。
そんな予感に、アスランは再度ぶるりと身を震わせたのだった。
核が撃ち込まれ、ボアズが蒸発する瞬間をクルーゼもまた、パトリックらと共にプラント本国で確認していた。
愕然としてスクリーンに映し出されたボアズの残骸を見つめたまま、身動きすら出来ずにいる評議会議員や軍の高官達。
そんな中で、クルーゼは笑みを堪えるのに努めていた。
─────結局、これが結果だよ。ユウ。
人を信じる選択をしたユウに、人の醜い感情が生んだこの光景を見せてやりたいものだ。そうして奴の口が何を発するか、是非聞いてみたい。
─────…いや、奴は
そこまで考えてから、クルーゼはふと思い直す。
これだけの地獄を目の当たりにしようと、どれ程人間の醜さを思い知ろうと、奴は決して信じる事を止めはしないだろう。
分かり合い、愛し合う事ができたからこそ、それが自分以外の人達にも可能なのだと─────それがどれだけ難しい事なのかを分かっていても、クルーゼが出した結論をユウ・ラ・フラガは認めない。
「おのれ!ナチュラル共…!」
憤怒に顔を歪め、食い縛った歯の間から上がったパトリックの呻きに、クルーゼを含めたその場にいた誰もが振り向いた。
「議長閣下…!」
パトリックの隣で核の光を目撃し、未だ動揺が収められずに狼狽えるエザリアが声を掛ける。
エザリアのみならず、クルーゼとパトリックを除いた誰もが余りの事に動揺しきり、まともに事を考えられずにいた。
ただ縋るように自身の長を見つめるばかりの彼らへ、パトリックは素早く命令を下し始めた。
「直ちに防衛線を張れ!残存部隊はヤキン・ドゥーエに集結させろ!」
「─────ハッ!」
命じられてようやく、議員、補佐官達が我を取り戻して慌ただしく動き始める。
その様にクルーゼは目も向けず、爛々と憎しみに目を燃やすパトリックだけを見つめていた。
動く彼らを見つめ、何かを考えている─────それが果たしてクルーゼの思惑通りのものか否か、その答えは彼が思っていたよりも早く、パトリックの口から発せられた。
「クルーゼ!」
「は!」
「ヤキン・ドゥーエへ上がる!」
議長自らが前線へ向かうと宣言し、他議員達がハッとして振り返った。
そんな中、パトリックは血走った眼で一同を見回してから、正にクルーゼが待ち望んでいた言葉を口にするのだった。
「
その言葉にエザリア達は息を呑み、立ち竦む。
ジェネシス─────最終決戦に備えて極秘裏に作られていた、ザフトの新型兵器の名称だ。しかし、エザリア達はそれを使う日が実際に来るなど、到底思いもしていなかった。
またしても核を向けられたという現実に怒りを抱いていた者でさえ、パトリックの口から飛び出たその名に怯えるあまり身体を震わせる。しかしただ一人、クルーゼだけは違った。
「─────ハッ」
黙り込み、静寂が流れる中、クルーゼだけは密かに笑みを漏らしていた。
これでもう誰にも止められない。再び向けられた核によって、無意識に掛けられていたパトリックの中の最後の枷は外れた。
地球軍も、そしてザフトももう躊躇わない。相手が撃ってきたから─────殺されたから─────こちらも撃つ。こちらも殺す。その果てに待つものなど知らず、知ろうともせず、彼らは突き進むだろう。
─────…なんだ、
望むままに流れていく世界を見ながら、クルーゼはさぞご満悦─────という訳ではなかった。
クルーゼ自身も、その正体は分からない。分からないが─────胸の奥に何かが引っ掛かる。
それに気付いた時、彼の顔に浮かんでいた笑みは一瞬で収まり、部屋を退室するパトリックの後に続きながら胸に引っ掛かる何かについて思考する。
こうなる事を望んでいた筈だ。思惑が外れるならばそれもいいと思いながらも、こうなるよう仕向けて来たのはクルーゼ自身だ。それが実を結び、彼の思い描いた光景が実現したというのに─────どうしても胸を渦巻くモヤモヤを拭う事ができない。
考えを巡らせ、意識の奥へとクルーゼの思考が潜り込んでいく。
─────鍵は私の手の中にある。鍵が渡らなくとも、ユウが作り出したアレを基にして遅かれ早かれ核は奴らの手に渡ると思っていたから…。いつまでも動きが見えずヤキモキしていたが、ギリギリ間に合ってくれた…っ。
そこまで考えが至った時だった。
脳裏に過る何者かの影─────口元に笑みを浮かべながら、暗闇に隠れてその全貌は確認できない。
ユウが発明したNJの影響を受けない通信機─────それを基に地球軍はNJCを独自に開発しようとした。しかしその開発は思うように進む事はなく、ただ時だけが流れていくだけだった。
その流れが突然、何の前触れもなく変わった。クルーゼが情報を流す必要もなく、地球軍は独自でNJCの開発に成功してみせた。
何故─────?ユウの発明という、大きすぎる手掛かりを得ながら開発が進まなかったにも関わらず、何故今になってその流れが変わったというのだ?
まるで
「…」
自身の中で至った可能性を振り払う。
例えそれが事実だったとして何だというのか。むしろこちらの目的を後押ししてくれるのだから、有り難いくらいではないか。
だから関係ない。どこの誰が闇の中に潜もうとも、地球軍の開発を後押しした理由が何であろうとも、結末が変わる事はない。
欲望と憎悪に呑み込まれ、人は滅ぶ─────決して変わる事はないのだから。
アークエンジェル、エターナル、ドミニオン、クサナギの四隻はL4を逃れた後、デブリベルトに身を隠していた。ムルタさんが手配したジャンク屋が時折やって来ては、補給と情報を受け取りながら先の戦いから二ヶ月という時を俺達は過ごしている。
つい今日も、ジャンク屋が補給をしに来て、ついでにとある情報を届けてくれた所だ。
「月艦隊がボアズに侵攻、か…」
格納デッキにて、コンソールを叩きながら小さく呟く。
宇宙要塞ボアズ…プラントを防衛する二つの宇宙要塞の一つであり、原作では地球軍の核攻撃によって沈んだ。だがこの世界では果たしてどうなるか読めない所がある。
先のL4の戦いでは、原作で起こった捕虜の返還─────つまりクルーゼから地球軍へのNJCの受け渡しは行われなかった。故に現時点で地球軍は核を保有していないと見るのが自然な流れだ。
俺が以前に開発したNJの影響を受けない通信機を手掛かりとして、NJCの開発に地球連合が躍起になっているのは知っているが、開発は殆ど進んでいないとムルタさんからは聞いている。だから心配は要らない、と思いたいのだが─────タイミングが余りにも出来過ぎている感が否めない。
時期は原作と同じL4での会戦から約二ヶ月後。月艦隊を動かし、ボアズに攻め込む。艦隊には原作とは違い、ムルタ・アズラエルはいないが、彼以上に過激派であるロード・ジブリールが乗り合わせている。仮に核を手にしていた場合、奴は決して躊躇わないだろう。
「…バカな」
何で地球軍が核を取り戻している前提で考えを進めているのだろう。クルーゼにレイダーが落とされたとはいえ、それ以外のG三機の戦力は大きい。それを当てにした侵攻かもしれない。
フレイとあのヴォワチュール・リュミエールを搭載した機体─────あれだけでも、相当の戦果は確保されているも同然だ。核はなくとも、ボアズが陥ちる可能性はある。決して高くはないだろうが─────。
『全艦発進準備!各科員は至急持ち場に着け!全艦発進準備─────」
「っ…」
艦内に流れた放送を耳にして、咄嗟に天井を見上げる。
「すみません、後をお願いします」
「え?ち、ちょっと!?」
丁度近くを通りかかった整備士に後の事を任せる。突然の事に戸惑う整備士に対して申し訳なさを感じつつも、それ処ではない俺はとにかく、胸騒ぎを抱きつつ艦橋へと急いだ。
俺が艦橋に着いた時には、すでに放送を聞いて同じく急いだのだろうキラが来ており、そしてラクスやバルトフェルドさん達は席に着いて発進準備を始めていた。
「ラクス」
俺と一緒にラクスの傍らへ寄ったキラが問い掛ける。
「動くの?月艦隊のボアズ侵攻はどうなったの?」
キラに尋ねられたラクスが、青ざめた顔で振り返る。それを見た途端、キラは何かが起こった事を悟ったらしい。
固唾を飲みながら、固い口調で告げられるラクスからの返答を待っていた。
「いえ…。事態はもっと早く、そして最悪の方向へ進んでしまいました」
「こっちのルートからさっき入った情報だと、ボアズはもう陥ちた」
ラクスの後をバルトフェルドさんが引き取り、続ける。
「…」
「それって、どういう…」
思わず耳を疑う。
月艦隊がボアズを陥とす─────決してあり得ない訳ではない事態だが、それにしても早すぎる。
頭の中が混乱する。だってこれでは、同じではないか─────核を手に入れてボアズへと侵攻した原作の展開と全く同じだ。
可笑しい、地球軍はまだ核を手にしていない筈じゃあ─────そんな俺の仄かな願いは、この後に続いたバルトフェルドさんの言葉で打ち消される事となる。
「地球軍の核攻撃でな」
「─────」
何者かに頭を殴られたかの如き衝撃、ふらりと揺れる身体と遠退きそうになる意識を繋ぎ止め、思考を働かせる。
どうやって…どうやって地球軍は核を手に入れた?ムルタさんの見解では、地球軍の独自開発が実を結ぶのはまだまだ時間が掛かるというものだった。その見解が間違っていた─────いや、それはない。例えそうであったとしても、余りに
─────手引き。
「ユウ?」
手引き、そうだ手引きだ。誰かがNJCの情報を地球軍に流した、そう考えればこの余りにも早い核の奪還にも説明がつく。
しかし、誰が?最も疑わしいのはクルーゼだが、あの戦いの中でそんな素振りは見られなかった。それ以前から地球軍と繋がり、情報を流していたというのなら話は別だが、だというなら今まで核を温存していたという事になる。それは不自然だ、理由がない。現状、ムルタさんが戦死扱いとなり、地球連合内の穏健派はその力を大きく削られ逆に過激派が異常に力をつけている。この状況ですぐにでも本国攻略に乗り出さないという方が不自然だ。
ならばやはり、二ヶ月前のL4会戦前後で地球軍へNJCの情報が流れたと考えるべきだろう。だとしたら、一体誰が─────いや、それ以前にだ。
─────いるのか?クルーゼ以外に…、世界を闇に陥とそうとしている輩が?
「ユウ!」
「っ…、え、あ…ど、どうした?」
最悪の可能性へと思考が至り、ぞくりと悪寒に身を震わせたと同時に傍らからキラに大きく呼び掛けられ、思考にのめり込んでいた意識が一気に引き上げられる。
「どうした、じゃないよ。さっきから呼んでるのに、ボーっとして…」
「顔色も悪いですわ。…何か、今回の件で思う事があるのですか?」
キラが俺の表情を覗き込み、ラクスも席を立って心配そうにこちらを見つめている。
二人に心配を掛けてしまった事に罪悪感を感じながら、さてどうしたものかと考える。
今、俺が考え至った可能性について、果たしてここで話して良いものか。何しろ根拠も何もない、ハッキリ言ってしまえばただの絵空事でしかない。そんな話をここで聞かせるよりも、目前に迫っている戦いに集中させた方がよっぽど良いのではないか。
「…あぁ。地球軍は前々から独自で核を使えるように開発をしていたが、ムルタさんの見立てではまだまだ時間が掛かる筈だったからな。どうしてこんなにも早く、と思ってな」
だが、俺はもう出来る限りこの二人に隠し事というのはしたくなかった。
この場には二人以外にも人はいるが、別に聞かれて困るというほどのものでもないし、あっさりと打ち明ける決心はついた。
「…何者かが手引きした、という事ですか?」
俺の返答を聞いたラクスが少しの間思案する素振りを見せてから口を開く。
「その可能性は高いと思う」
「…それならユウ、やっぱりあの人が─────」
「いや、クルーゼじゃない」
ラクスからの問い掛けに頷いたのに対し、キラからの声に対してはあっさりと否定した俺へ、驚きの視線が向けられる。
「どうして、そう思うの?」
「…俺も初めはその可能性は考えた。だけど─────」
さあ、ここからどう話すべきか。
これ以上に踏み込んだ説明をするには、俺の前世の知識についても話さなければならなくなる。
「手引きした輩が誰か─────確かにそれも重要だが、それよりも先に気にするべき事があるんじゃないか?」
逡巡する俺へ、思わぬ所から助け船が渡された。
艦長席に座するバルトフェルドさんが、背凭れから身を乗り出しこちらへ振り返りながら続けた。
「地球軍はいよいよプラントへ総攻撃を仕掛ける。…奴らはまた、核を撃って来るぞ」
キラとラクスの顔が引き締まる。
もう二人からは、俺が何故あんな考えに至ったのかという追及をしようという気配は感じられなかった。
そう。今俺達が集中すべきは、来る次の戦いだ。バルトフェルドさんが言った通り、地球軍は間違いなく核を撃つのに躊躇わないだろう。
一つでもプラントに命中すれば、かつてのユニウスセブン以上の犠牲者が出る。そして、人間の憎悪の渦は更に加速し、誰にも止められなくなるかもしれない。
俺の中でも意識が切り替わる。この場でどれだけ考えても至る筈もない第三者へと回していた意識を全て、次の戦いへの心構えへと集中させる。
いよいよ最終局面だ。こうなってほしくはなかったが、
気付けば俺の頭の中からは、地球軍へNJCの情報を流した何者かの存在は消えていた。あるのはこれから行われるであろう決戦についてだけ。
だけど俺は、ここでもっと考えるべきだったんだ。ヒントはあった。俺の中にある知識を総動員すれば、疑いを持つ事自体はこの時点でできた筈なんだ。そうすれば不自然にも急激に地球軍の核開発を進めたそいつの事を、そいつの正体を─────ここでもっと、何もかもの根本を疑ってさえいれば、もしかしたらもっと早くあいつの正体を掴めていたかもしれない。
そうなれば、
この時の俺の選択は、後に起こる事件の引き金となった。
しかしこの時点ではそんな事は到底知る由もなく、ただ目の前の戦いに集中する事しかできなかった。