フラガとか聞いてない   作:もう何も辛くない

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PHASE114 波打つ感情

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍本部内は慌ただしく人が動き回る。緑、赤、黒、白、色様々な軍服を身に纏った人達は皆、一様にその顔に緊張を張りつけて通路を行き交っていた。

 長かった戦争が、もうじき終わる─────その気配を強く感じ、心中足取り共に浮ついた様子が見え隠れする。

 

 アスランもまたその内の一人だった。表情は硬く、胸中は決して穏やかではない。しかし、周囲を歩く者達が来る戦争の終結の気配に緊張しているのに対し、アスランは少し違った感情を覚えていた。

 

 ─────父上…。

 

 まだあの恐るべき閃光を目撃してから数時間と経過していない。アスランの脳裏には未だ鮮明に、あの時の光景を蘇らせる事が出来た。

 

 つい先日、アスランはボアズで核の光を見た。あの光に灼かれ、無念にも死んでいった者達の為にと意気込み、戦い、そしてつい先程、アスランはジェネシスで灼かれていく敵の姿を目の当たりにした。

 

 ─────何故ですか、父上…。これでは、我々は…。

 

 核を向けて来た地球軍と同じではないか─────そこまで考えた時、アスランは前から歩いて来る二人組の視線がこちらを向いた事に気付きハッとした。

 

「アスラン!」

 

 二人はそれぞれ程度は違えど、表情に安堵を浮かべながら歩み寄って来る。アスランもまた、二人の無事な姿を見て同様に安堵を覚えていた。

 

「ディアッカ、イザーク…。怪我もなさそうで良かった」

 

「無用な心配だ!…貴様は何だ、そのしみったれた顔は?」

 

「…そんな顔をしてるか、俺は」

 

 今までになくショックを受けている自覚はあったが、他者に気付かれる程に表情に出ているとは思っていなかった。自分の手を頬に添えながら、苦笑を浮かべるアスランを見て、ディアッカが口を開いた。

 

「あんなの見た後だ。無理ねぇよ」

 

 言われて初めて、アスランも気付く。一見、いつもの飄々とした感じに見えるディアッカの顔も、疲労が濃く微かに青白い。次いでイザークの顔も見れば、同じく顔色が良くなかった。

 

 そう、彼らもまたアスランと同様に至近距離からあの光景を見たのだ。あんなもの─────気分が良くなる筈がない。

 

 アスランからも彼らに何か言葉を掛けようと、その言葉を考え付く前に咄嗟に口を開こうとして、しかしイザークの目が自身ではなくその後方に向けられている事に気付いて止める。足を引いて振り返り、イザークが見ていた人物─────彼の母、エザリアの姿を認めてアスランはそちらへ向き直った。

 

 母も息子に気付き、手にした書類を共に歩いていた側近に預け、微笑を浮かべてやって来る。

 

「イザーク」

 

「母上…ずっとこちらに?」

 

「えぇ。大事な局面ですから」

 

 エザリアはイザークと言葉を交わしてから、この場に立つアスランとディアッカへも微笑みを向けた。エザリアの視線に対し、アスランとディアッカは居直って敬礼を返す。

 敬礼をとる二人に対し、エザリアは軽く手を上げて礼を解くよう無言で命じてから口を開いた。

 

「間もなくジェネシスの二射目が行われます」

 

「─────」

 

 不意にエザリアが触れた話題に、アスランの身体が強張る。

 

 他でもない、最高評議会のメンバーの一人が言ったのだ。ジェネシスの二射目─────嘘八百である筈がない。つまり、上層部はまだあれを撃つつもりなのだ。まだ、犠牲が欲しいというのか─────?

 

「そうすれば、この長かった戦争も、ようやく終わるわ」

 

 反射的に浮かんだ上層部への反発、憤りが、続いたエザリアの言葉に一瞬にして鎮静化する。()()()()()()という一言によって─────エザリアに対して、何か言い募ろうとしたイザークもまた、その勢いを失った。

 何故なら、戦争を終わらせる為に自分達は皆、多くを失いながら戦ってきたのだから。その本懐が、二射目によって終わるのだとしたら?プラントを守り切る事が出来るとしたら?

 

「貴方達も連戦で疲れているだろうとは思うけど、あと少しです」

 

 見れば、化粧で隠そうとしているのだろうが、エザリアの顔にも隠し切れない疲労の色が浮かんでいた。目の下に微かに隈の痕が見えるのも、多分気のせいではないのだろう。

 

 そうだ─────誰も好き好んで、あんな兵器を撃とうとしている訳じゃない。それでも、長すぎたこの戦争を終わらせる為には必要だから─────大切なものを守る為にはどうしても必要だから、撃つしかないのだ。父だって、同胞を守る為に仕方なく命じたに違いない。

 

 ─────()()()

 

「では、無茶はしないで。…貴方の隊は後方に回します」

 

 足を止めて待っていた側近に「エザリア様」と促されると、エザリアは慌てた様子で彼らの近くまで顔を寄せ、後半は抑えた声量で囁いた。

 

「ごめんなさい。貴方の事も本当は便宜を図りたかったのだけれど…」

 

「…いえ。自分の役目は分かっています」

 

 呆然とするイザークから視線をアスランへと移したエザリアは、続けて申し訳なさそうに目を伏せながら謝罪をする。向けられた謝罪に驚きながらも、それを冷静さで抑え込んでアスランは返した。

 

 特務隊として、最新鋭機を託された軍のエースとして、自分の役割はハッキリしている。誰よりも前で戦い、誰よりも多く敵を落とし、味方を奮い立たせる事─────それはイザーク達と一緒に後方にいては決して出来ない事だ。

 

「お待ちください、母上!私は─────」

 

「イザーク。貴方の仕事は、戦後の方が多くなるのよ」

 

 声を荒げたイザークを遮って続けたエザリアは、立ち尽くす息子の頬にキスをしてから立ち去っていった。

 

 側近を伴って去って行くエザリアの後ろ姿をアスランとディアッカは見つめ、母からの愛を受けた息子は未だに呆然としたまま立ち尽くしていた。

 

「おい、イザーク…」

 

「…俺は─────俺は、そんな事を求めて戦って来たのではない!」

 

「…分かってるさ」

 

 拳を握り震わせながら、イザークは声を上げた。そんな彼の背中を、ディアッカが軽く掌で叩く。

 

 息子を想う母の愛─────先程のエザリアのイザークへの言動は、それ以外の何物でもない。ただ一つ、エザリアは読み取れていなかった─────その愛され方を、イザーク本人が望んでいる訳ではないのだと。以前までのイザークならば喜んでいたのかもしれないが、今のイザークにとって戦後の立場など、どうでもよい代物になっているのだと。

 

「行こう、二人共」

 

 三人はそれから少しの間、その場に立ち続けていた。やがて行き交う人達が、立ち尽くしたままの彼らに視線を向けるようになった頃、アスランがそう声を掛けてようやくその場から離れていく。

 

「しかし、今更になって何をしに来たんだろうな。()()()()は」

 

「─────」

 

 イザーク、ディアッカと共にその場から去ろうと歩む足を、不意に聞こえて来た名前が縫い留める。振りむいたアスランの視線の先に居たのは、赤服、緑服をそれぞれ身に着けた二人の若い軍人だった。

 

「地球軍の核ミサイルを止めたのはクライン派だろ?…やっぱり、プラントを裏切ったってのは勘違いだったんじゃ」

 

「なら、スパイの手引きをして軍の最新鋭機を奪った事はどう説明するんだ?スピットブレイクの情報が漏れた事も、地球軍の手に核が戻った事だって、一番怪しいのはクライン派だ。今回助けに来たのは、俺達を動揺させる為の演出だろ」

 

「けどよ、()()()()の時もラクス様は助けに来たって噂だぞ?スピットブレイクの情報を流したのがラクス様なら、サイクロプスが仕掛けられてる事だって知ってる筈だ。演出の為にわざわざそんな危険な目に遭いに来るか?」

 

 ラクス─────アスランの元婚約者であり、今は国家反逆罪を犯した大罪人として国に追われている。そんな彼女は突如、核ミサイルが飛び交う戦場に現れ、プラントを救った。

 アスラン自身、自身が受け持つ隊の部下達からすでに質問責めにあっている。プラントを出てからこれまで、彼女が何を思い、何をしてきたのか全く知らないアスランに、彼らの質問に対する答え等持ってはいなかったが…。

 

 アラスカにも現れていたという噂も聞いた事はあったが、気にした事はなかった。それ以上にその噂が流れ始めた時のアスランは、自身のすべき事に悩み苦しんでいた時期だったから─────。

 

 ─────いや、悩んでいるのは今も同じか。

 

 プラントを守る為に戦う。例えそれが自身の友だった相手だったとしても、愛する祖国に仇なすのなら容赦はしない。その覚悟を持っていた筈だった。

 

 だが今のアスランは悩んでいる。戦う覚悟が揺らいでいる訳ではない。だが、戦うべき相手が定まらない。今、自分が戦っているのは─────本当に、プラントを守る為になっているか?またすぐにでもアスランは戦場に出る。その戦いは果たして、祖国を守る為の戦いになるのだろうか?

 

 ()()()()()()の戦いではなく?

 

「アスラン、何をしている!」

 

「っ、すまない、すぐに行くッ」

 

 気付けばイザークとディアッカは先まで行っていて、曲がり角の所で振り返ってアスランの事を待っていた。イザークから呼び掛けられ、アスランは慌てて早歩きで二人を追い掛ける。

 

 迷いはある。ただ、覚悟は揺らがずに残っている。プラントに仇なす相手には容赦しないという、その覚悟だけは。

 

 そう、プラントを守るのだ。ジェネシスの二射目は、その為に必要な事なのだ。

 

 ─────()()()

 

 ジェネシスはプラントを守る為に必要なのだと、何度も自身に言い聞かせ続ける。しかしその度に、アスランの中で問い掛ける声が止む事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球連合軍アガメムノン級戦艦ドゥーリットル。その艦内のとある一室─────クルー一人一人に割り当てられた居室のベッドの上に、フレイはいた。

 艦隊の整備と補給が急がれる中、来る決戦へ向けて彼女には束の間の休息が充てられていた。堅苦しい軍服を脱ぎ、過ごしやすいキャミソールを身に着け、少しでも仮眠をとろうと瞼を閉じている。

 

 しかし、彼女が望む休息をとる事は出来ずにいた。こうして一人になり、瞼を閉じて、眠ろうとする度にあの戦場で聞いた彼の声が過るのだ。敵である自分を大切な人だと言い放った、あの男の声が。

 

『俺はお前に死んでほしくない。だから守るんだ。…フレイ・アルスターは俺にとって、大切な人だから』

 

「っ…!」

 

 胸元を握りしめる。あの人の声が過る度、コーディネイターへの憎悪が─────心の中で爛々と燃え上がっていた黒い炎が、鎮まっていくのを感じる。

 

「なんで…、私は─────」

 

 愛する全てを奪ったコーディネイターを殺して、殺して、殺し尽くして滅ぼす─────それこそが、フレイ・アルスターの戦う理由であり、生きる理由であった筈なのに。その悲願を妨げるあの男が憎たらしくて仕方ない筈なのに。

 

「安心してるの…?」

 

 頭で拒もうとしても、心がそれを受け入れてしまっていた。あの人の声が自分の中に染み込んで、それを拒む事が出来ないまま、身体を通り抜けて心の中へと澄み渡っていく。

 それだけではない。彼の声を思い出して心が凪いでいくと同時に、フレイは彼の言葉と行動にどうしようもなく嬉しさを覚えてしまっていた。大切な人と謳い、自身を殺そうとする相手から守ってくれたあの人を─────もう、憎む事など出来やしない。

 

「ダメ…ッ!」

 

 しかし今のフレイには、その気持ちを受け入れられない。どこの誰とも知らない相手にこんな感情を抱くなど─────父を奪ったコーディネイターへの憎悪よりも、そんな感情を優先するなどあってはならない。

 

 こんな事ならば、ジブリールの所へついていくべきだった。感情の方向がどうであれ、ジブリールと一緒に居た方が少しでもこの感情に流されそうになるのを防げていただろうから。その感情を堰き止めるのが不快感であっても─────今はその方が良かった。

 

 ─────怖い。

 

 恐怖、今のフレイが感じている複雑な感情の正体だ。切っ掛けはまさにあの男と戦場で出会った事だ。あれから自分の中で、何かがズレたように思える。そのズレはあの男と再会する度に増していきそして、今─────まるで自分の中にもう一人の誰かがいる様な、そんな感覚にすら陥っていた。

 

 復讐へと突き動かす憎悪を叫ぶフレイ・アルスター(自分)と、あの声に安らぎを覚え憎悪を鎮めようとするフレイ・アルスター(自分)。二人のフレイ・アルスター(自分)が鬩ぎ合い、彼女の心に恐怖を覚えさせていた。このまま自分が、取り返しのつかない程に変わってしまうのではないかと…。

 

『第一戦闘配備発令!全クルー、各自持ち場に着いてください─────繰り返します!』

 

「っ─────!」

 

 結局碌な仮眠もとれないまま、流れた放送を聞いたフレイは飛び起きた。

 

 心の中は未だぐちゃぐちゃなまま、しかし軍服を身に纏った瞬間にフレイの顔は何もかもを振り切り、引き締まる。まだ切り替えられたとはいえないが、大丈夫でなくとも戦わなくてはいけないのが今のフレイであり、彼女に求められる役割だ。

 そう─────戦い続けるのだ。今のフレイの背中には何も自分の復讐だけではなく、後方で自身の戦いを見守るしか出来ない他者の命も掛かっているのだから。

 

 ─────戦うしかない。私も、()()()()()()()

 

 軍服へと着替えたフレイは自室を飛び出し、持ち場へと急ぐ。急ぐ故に、フレイが気付く事はなかった。

 

 ()()()という身に覚えのない記憶が、心の奥底から顔を出した事に─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジェネシスに対する調査が進んだとエリカさんから報告が入り、俺達はエターナルの艦橋に再び集まっていた。戦略パネルに表示されたジェネシスの全体図を見上げる俺達へ、エリカさんが説明を続ける。

 

『ジェネシスは連射が利かないのが唯一の救いです。恐らく、一射ごとにこのミラーを交換しなければならないのでしょう』

 

 画面に映されたジェネシスの全体図の内、大型ミラーに対面する小型の円錐型ミラーブロックが点滅した。エリカさんが口にしたミラーとは、この小型のミラーブロックの事だ。

 

「だが本体はPS装甲─────その前にはヤキン・ドゥーエと、幾重にも張り巡らされた防衛線だ。地球軍も総力で来るだろうが、攻略は容易じゃないぜ…」

 

 コロニーサイズにまでなるジェネシスの本体全てを覆うPS装甲は、原作ではエターナルの主砲もクサナギの陽電子砲も受け付けない桁違いの出力を誇っていた。この世界でもその厄介な防御力を備えているのはまず間違いない。だがジェネシス本体以前に、たった今兄さんが言ったように俺達は前面に配置された防衛線を攻略しなければならない。ジェネシスの破壊もそうだが、目下の課題はまずそこからだ、

 

「二射目の照準は月か…、それとも」

 

 バルトフェルドさんが苦々しく唸る。原作通りならば、二射目の照準は月面のプトレマイオス基地だが─────クルーゼがパトリック・ザラに何かを吹き込み、照準を地球へと変えさせる可能性だって考えられる。そこは最早運だ。この状況ではどうしたって、二射目を防ぐには時間が足りない。ここに来て運ゲーなのは情けなさが極まるが、最早祈るしかない。

 

「地球軍はまた、核を撃ってきますよ」

 

 問題は山積みだ。ザフトの事だけでなく、地球軍の行動にも注意を払わなければならない。何しろ、ジェネシスで甚大な被害を被りつつも、まだ地球軍には戦力が残っている。核ミサイルだって、プラントとジェネシスを破壊するには充分な数がある筈だ。

 

 プラントか、地球か─────どちらが先に滅ぼされるのかという状況に陥っている。地球軍艦隊がプラントに核を撃ち込むのが先か、ザフトがジェネシスを地球へ向けて撃つのが先か。

 二つの人種の間に生じたすれ違いは憎悪を生み、いくつもの事件を経て膨れ上がった憎悪は戦争を生じさせ、そして今、絶滅戦争へと発展させた。

 

『地球軍艦隊、進撃を開始します!』

 

 その時、撤退した地球軍艦隊の動向を監視していたアークエンジェルからエターナルを含めた他三隻へ向けて通信が届く。

 

 それは、この戦争の最終局面の始まりを告げる合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から戦闘開始の予定だったのにね、もう一話掛かっちゃいますすみませんm(_ _)m
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