宇宙空間に浮かぶ、百基にも及ぶ白銀の砂時計─────宇宙植民衛星プラント。
コーディネイター達の本国であるその場に、ヴェサリウスから降り立ったクルーゼとアスラン、ミゲルは軍事ステーションを離れるシャトルに乗り込んだ。
機内には、鋭い顔立ちをした先客が一人、すでにその場に居た。
男の顔を見て、アスランとミゲルが微かに息を呑む。一方のクルーゼは驚きもせず、微笑んだまま。
「御同道させて頂きます。ザラ国防委員長閣下」
「挨拶は無用だ。私はこのシャトルには乗っていない」
男は厳しい表情を変えないまま、端的にそう返してから、次にアスランへと視線を向けた。
「はい…。お久しぶりです、父上」
アスランはぎこちなく頭を下げながら、久しぶりに再会した親子とは思えないよそよそしいやり取りに、微かなもの寂しさを覚えた。
パトリック・ザラ─────男の名前だ。
プラント最高評議会のメンバーにして国防委員長、そしてザラという姓から分かる通り、アスランの父親である。
「レポートに添付された君の意見には無論、私も賛成だ。問題は、奴らがそれほど高性能のモビルスーツを開発した、という所にある。パイロットの事など、どうでもいいのだ。その個所は私の方で削除しておいたぞ」
シャトルが動き出すと、パトリックはプリントアウトしたレポートを見せつけるようにしながら左右へ振る。
一瞬、パトリックの視線がアスランを捉える。
「ナチュラルが操縦してもあれほどの性能を発揮するモビルスーツを、奴らは開発した。そういう事だぞ」
パトリックがアスランの方を見たのはほんの一瞬で、気のせいにすら思える程に短くて、それなのにアスランには、その言葉は自分へ向けられている様に思えた。
機体のパイロットの事─────パトリックがレポートから削除したという個所とは、恐らくストライクのパイロットであるキラの事だ。
クルーゼはストライクのパイロットがコーディネイターである事を記し、パトリックがそれを取り除いた。
敵軍の機体のパイロットが同胞であるなどと知られれば、自軍に動揺が広がるからだろうという考えはアスランには理解できる。
父の立場上、そうせざるを得ないのも理解できる。
だが、こういう政治的な話をしていると、自分が汚れていくような気がしてしまう。
「(キラ─────)」
キラは言った。友達を守りたいから戦う、と。
では、自分には?
自分には、心の底から守りたいと思える─────友達と呼べる存在がいるのか?
アスランは自問自答する。その内、今のキラが眩しく思えてならなかった。
「…」
そんな彼をじっと見つめる視線に、アスランは気付く事が出来なかった。
シャトルはゆっくりと、最高評議会の首座が置かれる都市、アプリリウス・ワンへと近付いていた。
「それじゃあ、お先に失礼します」
「おう!お疲れさん、坊主!」
スピリットの整備を終え、まだ格納庫に残っている整備士達に挨拶をすると、代表してマードックさんが笑顔で俺に挨拶を返してくれた。
それに対して俺も微笑みを返してから、格納庫を出て食堂へと向かう。
その道中、俺はここ最近─────というより、スピリットに搭乗してからずっと脳裏に浮かんでいた悩みについて考えていた。
「…やっぱスピリットって、どうしても火力不足だよな」
それはスピリットの武装についてである。
スピリットの大きな特徴は、他機を置き去りに出来る程の機動力にある。
超短時間で敵へ接近し、撃墜する。それを可能とする推力がスピリットには備わっていた。
しかし、歴戦のパイロット─────クルーゼやミゲルのようなエースが相手となると話が変わってくる。
アルテミスでの戦闘でもそうだった。スピリットの機動力に対し、ブリッツ─────ニコルは距離を取る事で対応し、こちらと渡り合った。
それでもあのまま援軍が来る事なく戦闘が続けば落とせていたという自信はあるが、それでもスピリットにもう少し火力があれば、デュエルとバスターが来た後でももう少し何とかなったのではないかと思う。
「かと言って、単純に装備を付け足してもスピリットの長所が失われるしな…」
それじゃあ装備を追加しよう!原作でのデュエルと同じように、アサルトシュラウドでも取り付けようか!
とはならない。それでは火力不足を補えても、スピリットの特徴である機動力が削られてしまう。
スピリットの火力不足を少しでも補いながら、スピリットの長所を殺さない。
そんな都合のいい解決策を、アルテミスから脱出してまだ短い時間ではあるが、ずっと模索していた。
なお、良い考えは全く浮かばない。マジでどうすりゃいいんだ?
「ユウ!お疲れ様」
結局悩みは解決しないまま食堂へと辿り着いた俺を、先にストライクの整備を終え、友人達と食事をとっていたキラが笑顔で出迎えた。
キラの反応につられて、トール達が俺の方を向く。
「あぁ。ありがとう」
キラに笑顔を返してから、俺はキラ達から少し離れた席に腰を下ろす。
キラとはああして話せる関係にはなったが、未だにトール達とは殆ど会話を交わした事がない。
このユウ・ラ・フラガの外見は文句のつけようがない超絶イケメンではあるが、その中身はどうしようもない程の陰キャだ。
自分から話し掛けて相手と親しくなるなんて芸当、俺には出来っこないからな。
舐めんなよ。
…何で偉そうに陰キャである事を語ってんだよ、俺は?
「あ、あのっ!」
「?」
俺が席に着いた途端、誰かが声を上げながら席から立ち上がった。
その声と音を聞き、何事かと振り返れば、そこではミリアリアがこちらを見ている。
…俺、ミリアリアに何かしたっけ?
そんな事を思っていると、ミリアリアがこちらに向かって歩いて来るではないか。
それだけじゃない。ミリアリアに続いてトールまで立ち上がり、彼もまたこちらに向かって歩いてくる。
ま、待って。本当に何をしたのか心当たりがない。
何でミリアリアもトールも、気まずそうというか、緊張してるというかそんな顔をしてるんだ?
「「この間はありがとうございました」」
「…はい?」
一体何を言われるのだろうか、と戦々恐々していると、突然二人は同時に勢いよく頭を下げながら、お礼をし始めた。
それを見た俺は、やっぱりさっぱり意味が分からなかった。
はて、俺はこの二人にお礼を言われるような事をしたっけか?
「二人共。ユウ、何でお礼をされてるのか分かってないみたいだよ」
すると背後からキラが呆れたように言った。
何でそんな呆れ気味に言うの。
本当に分からないんだから、しょうがないじゃないか。
「ほら…。アルテミスで私が連れてかれそうになった時、貴方が助けてくれたから…」
「…あー」
そう言われ、合点がいく。
あの時はキラが連れてかれないようにしなければ、という考えで一杯で、そこまで考慮は至っていなかった。
とはいえ、彼女からすれば俺に助けられた形になったのだ。助けてくれた相手にお礼を言うのは、人としての礼儀だ。
「俺からもお礼を言わせてくれ。ミリィを助けてくれて、ありがとう」
「いや…。悪いけど、あの時は君を助けようって思って名乗り出た訳じゃないんだ。俺があそこで名乗り出ないと、キラが大暴れしそうだったからさ」
「な、なにそれっ!」
トールまで俺にお礼を言ってきて、少し申し訳なく思った俺は、この際二人にはぶっちゃける事にした。
すると、俺の台詞を聞いたキラが顔を赤くしてテーブルを叩きながら立ち上がった。
「私、そんな事しないよ!?」
「いや、普通にお前キレてたから。司令官に向かって殴り掛かろうとしてたから」
「してないよ!」
何故か必死になって否定するキラを見て、俺は察する。
はーん…、さてはキラ、恥ずかしがってるな?
女の子が誰かに殴り掛かるなんてはしたない、とか思ってるな?
やれやれ、仕方ないな、キラちゃんは。
「あー、分かったよ。キラはキレてなかった。司令官に殴り掛かろうともしなかった。これでいいだろ?」
「…なんか、ユウの態度が腹立つ」
「いや、なんでだよ。折角人が譲歩してやったって─────あ」
「…人が、何だって?」
「…だって、キレてたじゃん。あの後司令官と殴り合いして、
「そんな事、する筈、ないでしょう!!!?」
我慢の限界が訪れたらしい。キラが勢いよくこっちに向かってきた。
俺は慌てて席から立ち上がり、キラから逃げようとするも少し遅く、キラの両手が俺の服の胸倉を掴み、前後左右へと体が大きく揺すられる。
「ま、まっ、て!悪い!悪かった、から!手を離せ!」
「嫌だ!ユウが私をどんな人間だと思ってるのか聞くまでは、絶っっ対に離さないから!」
謝ったが遅かった。キラの怒りは収まらず、やがて俺は壁際まで追い詰められる。
「大体なに、あの台詞!私、そんな事言わないもん!」
「い、いや、実は別の世界線でのキラが言ってたりして…」
「別の世界線って何!?適当な事言って、本当に悪いって思ってる!?」
「思ってる!そこは本当に思ってるから!」
キラは怒りのあまり気付いてない。
現在、俺とキラの距離はかなり近い。
というか、密着してると言っていい。
キラの体が俺の胸板に押し付けられ、かなりハッキリとその柔らかさが伝わって来ていた。
まずいまずいまずいまずいまずい。
以前、クルーゼと対峙した時以上に、俺の全身が危険だと警報を鳴らしていた。
早くこの場から逃れなければ、取り返しのつかない事になると、フラガが継承する第六感が叫んでいた。
取り返しのつかない事って何だよ?
さっぱり分からないが、とにかく早くキラを離さないと…!
「─────ははは」
「「ははっ、あははははっ!」」
「「「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」」」
「「…?」」
不意に聞こえてくる笑い声。
それが次第に広がっていき、やがて俺とキラ以外の全員が笑い出すという始末。
俺達が笑われているというのは分かるが、理由が分からず、俺とキラは今まで取っ組み合いをしていた事も忘れ、目を見合わせながら首を傾げた。
「ご、ごめんなさい…。けど、貴方はもっとクールな人のイメージだったから」
「クール?…誰の事ですか?」
「ぷっ…。そ、それにキラも、あんな風に遠慮なく他人に怒るのは珍しいし」
クールって、俺そんな風に思われてたの?
素で誰の事かと聞いちゃったよ。
ただ、キラに関してはちょっと同意しかねる。
いや原作のキラ君はともかく、キラちゃんはそんな奥ゆかしい感じじゃないぞ。
フレイとも取っ組み合いしてたし、俺にもさっきみたいに遠慮なんてしないし。
「ユウ?」
「キラ、痛い」
キラに耳を引っ張られる。普通に痛い。
ほら、原作のキラ君はこんな事はしない。
ていうか何で俺が考えてる事が分かったの…?
「随分と楽しそうじゃないの」
ついさっきまでトール達との間で感じていた気まずさが嘘の様に、まるで友人とやり取りをしている様な空気が食堂を包み込む中、不意に俺達以外の声が聞こえて来た。
俺達が振り向いた先、食堂の出入り口付近に立っていたのは兄さんだった。
「兄さん?」
「艦長が呼んでる。一緒に艦橋へ来てくれ」
ラミアス大尉が俺達を呼び出したのは、補給について話をする為だった。
それを聞いて皆、声を弾ませて喜びを見せていた。
ただまあ、アルテミスで補給を受けられなかったこの絶望的な状況の中、そこまで上手い話はない。
現在、俺はスピリットに乗って、ユニウスセブンにて補給作業を行っていた。
ユニウスセブン─────血のバレンタインにて、核ミサイルが撃ち込まれ崩壊したプラントの一基。
243721人、これがこの事件にて犠牲になった人の数である。
…正直、その報復にて失われた地球の人の命の数に比べれば大した事じゃない。
失われた命の数は比べるものではないと分かってはいるし、ここで死んでいった人達を弔う気持ちだって当然持っている。
ただ…、こんな事を思うのは俺一人だけなんだろうか。
崩壊したユニウスセブン、当時のまま保存される事となった遺体を見ても、俺の中でどこか複雑な気持ちは渦巻いたままだった。
「…おっと」
ふと前触れもなく我に返り、作業の手が止まっている事に気付く。
作業を再開しながら、俺はスピリットのカメラを常に回しながら周囲の状況を確認し続ける。
原作ではここで、ストライクが偵察型のジンを撃墜した。
現在まだその場面は訪れていない。
「…どうするべきかな」
もし俺がキラよりも先にジンを見つけた時、どうするべきなのか俺は悩んでいた。
原作の様に撃墜するべきか、それとも撃墜はせず、ラクスが乗っているポッドをジンが見つけるように誘導するか。
前者の行動を起こせば、ポッドを回収する事で原作通りにキラとラクスは出会う。
しかし後者の行動を起こせば?ジンがラクスのポッドを回収し、そのままラクスは何事もなくプラントへと帰還する。
そうなれば、キラとラクスは出会う事なく時が進む事となる。
どちらがいい…?
俺個人の望みを言うのなら、やはり原作の流れからかけ離れた行動を起こしたくはない。
しかしその為に、一人の少女を敵陣の只中に連れ込むなど、果たしてやって良いものか。
それも、危険に巻き込まないまま解決が出来る俺自身が─────。
「…」
だが、結果的に俺の悩みは全くの杞憂と終わる事になる。
その理由は─────
「脱出ポッド…。これ、ラクスが乗ってるやつだよな…」
偵察型のジンと会敵する前に、俺がラクスが乗っていると思われる脱出ポッドを見つけてしまったからだ。
というよりも、どれだけ周囲を索敵しても、偵察型のジンを見つける事が出来なかった。
「まさか、来ていないのか?」
センサーには敵対存在の反応は、眼前の脱出ポッド以外には存在しない。
俺自身の感覚にも、敵意の感情は微塵も掛からない。
導き出される結論─────偵察型のジンがまだ、ここへ来ていない?
「…回収するしかないのか」
ジンがいつここへ来るかは分からない。
数分、数時間ならまだしも、まさかとは思うが数日という時間が掛かる可能性だってゼロではない。
最早、決断を下すしかなかった。
「君達は本当に、落とし物を拾うのが好きだな」
苦々しさとほんの少しの諦念が混じったバジルール少尉の声に、俺は答える事が出来なかった。
ユニウスセブンでの作業を終えた俺達は、艦橋で待機をしていたラミアス大尉とバジルール少尉も加わって格納庫へ集まっていた。
俺達の目の前には、俺が回収した救命ボートが横たわっている。
マードックさんがボートのロックを操作し、やがて「開けますぜ」と言った。
ハッチが微かな音を立てて開く。周囲に待機した兵士達が銃を構える。
「ハロ!ハロ!テヤンデー!」
開いたハッチから、ピンク色をした球型の物体が飛び出してきた。
ぱたぱたと耳が羽ばたくように動き、球の真ん中にはつぶらな目が二つ光っている。
何者が出てくるのかと身構えていた一同が、その姿に毒気が抜けていくのが見てとれた。
「ありがとう。ご苦労様です」
物体─────ハロに一同の視線が集中する中、俺は未だハッチの方へと視線を向けていた。
その視線の先から愛らしい声が聞こえて来た。
一同が慌てて視線を向け直し、その先でふわりと淡いピンクが漂った。
柔らかく揺れるピンクの髪と長いスカートの裾。
出て来たのは、俺とそう歳が変わらなく見える一人の少女。
─────ラクス・クライン。やっぱり性転換はしてなかったかー。
現実で見る彼女は愛らしく、それでいて全ての者を魅了しかねない美しさも備えていた。
でも、やっぱり女の子だったよ。これでキラとのカップリングは絶望的か…。
いや、前も言った気がするが、もし百合展開になったら俺は全力で後押しをする所存である。
誰に向けた物でもない宣言を内心でしつつ、俺はラクスへと視線を戻す。
「あら…あらあら?」
慣性で体が漂うラクスの体。
そんな彼女を俺達は眺めて─────あ、待って?
これもしかして、端っこに居る俺が止めなきゃいかないやつか?
自分が立っている位置に気付き、咄嗟に手を伸ばす。
掴んだ彼女の手首はあまりに白く、細かった。
それなのに、どことなく温かく感じて─────ふと、彼女と視線が交わった。
直後、不思議な感覚が全身を包む。
周囲の景色がまるで加速をしている様な─────まるで、この世界に居るのが俺とラクスの二人だけとすら思える、そんな不思議な感覚。
彼女の目から、彼女の感情が伝わってくる。
そして、俺の感情が、記憶が、思い出が彼女へ伝わっていく。
「あなた、は…?」
そんな感覚を味わったのは、ほんの短い間だけだった。
だが、分かってしまった。
あの瞬間、ユウ・ラ・フラガという俺の何もかもが、彼女に知られてしまったのだと。
「っ─────!」
知られた。知られた…!知られた!
俺という存在を、兄さんにも言っていなかった、俺の秘密も、全部!
「ユウ!?」
背後から聞こえてくる兄さんが呼ぶ声を置き去りに、俺は全速力で格納庫を出て行く。
俺は、ラクス・クラインから逃げたのだった。