光の軌跡に貫かれ、炎に包まれるリベルタス─────それを見た直後、全身を撫でるように、優しく風が流れていった気がした。
密封されたコックピットの中、風が起こる事など決してあり得なくて。だけどその風が一体何なのか、
「クルーゼェェェェェエエエエエエッ!!!」
衝動のままに斬り掛かる。スラスターを全開に吹かして、瞬く間に懐に飛び込む。が、クルーゼの反応も素早く、こちらの斬撃に対してシールドを割り込ませて余裕を持って防がれてしまう。
「待っていたぞ、ユウ・ラ・フラガッ!」
喜悦の感情が吐き出されると共に、待っていたと言わんばかりにドラグーンが動き出す。
「カナード、キラを連れて下がれ!」
「っ…!」
「ま、待って…!ユウっ!」
小型ドラグーンから放たれたビームを躱しながら、後方にいるハイペリオンに通信を繋げて呼び掛ける。
カナードは何も言わないまま、フリーダムを抱えてその場から離脱を始める。途端にキラが悲鳴染みた声を上げるが、今のフリーダムの機体状況では抵抗が出来ないまま、カナードと一緒に離れていく。
「─────っ!」
二人が安全な場所へ離れる所まで見届ける暇は与えられず、クルーゼの意を受けてドラグーンがビームを撃ち掛けて来る。
神経を研ぎ澄まし、集中を相手の一挙手一投足のみならず、周囲のドラグーンの気配にも満遍なく注ぎ込む。
機体を錐揉みさせながらオールレンジから放たれるビームを避け、更に正面から矢継ぎ早に放たれるビームライフルと左腕にマウントされたビーム砲に対して、ビームサーベルを抜いて打ち払う。
「感じるぞ、ユウ。お前から、打ち消そうにも消せない、深い憎しみを!」
不意に投げ掛けられるクルーゼの声を無視をする。ドラグーンの包囲をゼノスの機動力で振り払い、スキュラを放つ。
「憎いかね?この私がッ!」
極光を難なく躱すと、その場でビームライフルを構えるプロヴィデンス。同時に先程振り払ったドラグーンがこちらに追いつき、激しく砲火が撃ち下ろされる。
視界を埋め尽くすビームの乱舞から背を向け、一度プロヴィデンスから距離を取る。
「何を─────」
「意地になる事はない。今、貴様が感じている感情こそ、人の本質ともいうべきものなのだから!」
ビームの合間を縫うようにして飛行するこちらの動きを読みながら、プロヴィデンスから射撃が放たれる。
「くっ…!」
機体を反転させ、相手と向き直りながらガントレットで射撃を打ち払う。お返しにこちらもビームライフルを取り出し、プロヴィデンスを狙って撃つ。
だがこちらの射撃は届かず、あっさりと躱されてしまう。続けてライフルを連射するが、ドラグーンが四方へ散開。
追随から逃れるべくスラスターを吹かすが、こちらの動きの先を読んでクルーゼが射撃を撃ち込んでくる。それを避ける為の動きが加速の妨げとなり、ドラグーンに追いつかれてしまう。
「何が言いたい!?」
無数の射線を躱しつつプロヴィデンスと交錯。傍らを通り抜けた先で急旋回し、同様に旋回してきたプロヴィデンスと再度衝突した。
「先程の機体に乗っていたのは友か?恋人か?大切な何かを失った時、人は憎しみに堕ちる!」
衝突の余波が激しい火花となって散る。モニター一杯に埋め尽くすスパークの向こう側から、クルーゼの愉悦に満ちた声が響き渡る。
「貴様は言ったな!人と人は分かり合う事が出来ると!─────あぁ、認めよう。私自身が正に、その光景の目撃者となってしまったのだから!」
途中、愉悦を滲ませた声に微かな悔恨を含ませながらクルーゼが語ったのはかつて、宇宙の中でラクスと感応した時の事だった。
あの時、クルーゼは俺とラクスとの間で通わせた感応を感じ取っていた事には気付いていた。だがそれをこうも素直に認めるとは思わなかったが…、そう驚きを抱く俺の耳に、だが!という奴からの逆説が届く。
「分かり合って何になる!?この醜悪な世界では何にもならん!結末は一つ─────今の貴様が良い例だ!」
「フレイを殺したお前が、偉そうにほざくな!」
何をつらつらと、どの口が語っているのか。燃え上がる炎にガソリンが投下されるかの如く、更に怒りを激しくさせながら力一杯に機体を押し出し、プロヴィデンスを弾き返す。
「グゥッ…!─────フハハハッ!分かっている筈だ、ユウ!私が語っているのは何も、貴様一人に限った話ではない事くらい!」
「っ─────」
弾き飛ばされた衝撃に呻くのも束の間、クルーゼは俺の返答を嘲笑いながら再び語り始める。
あぁ─────、奴の言う通りだ。この際限なく争いが広がるこの世界で、今の俺みたいな境遇の人間なんて五万といる。
俺の様に友を失った者。或いは親を…、或いは子供を…、或いは恋人を…、或いは他の大切な誰かを。それらを誰かの手によって奪われた時、人は何を思い、どうなるのか。自分の大切なものを奪った誰かを憎み、墜ちるのだ─────。
「所詮善意と悪意は表裏一体─────愛と憎しみもまた然り!いや、愛が深ければ深い程、感情が反転すれば憎しみはより強くなる!酷い話とは思わないかね!?」
「この─────っ!」
世界に憎しみを広げる手助けをしておきながら─────とは心の中に留めておく。例えこいつが居なくとも、遅かれ早かれ今のこの状況に陥るだろう事は、認めたくないが明らかだ。
俺が言い返せないのを良い事に、クルーゼは更に言葉を加速させる。
「いい加減に気付け、ユウ!世界に数少ない、貴様の様な思想を持つ者も──────やがて憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者達に呑み込まれてゆくのだッ!」
響くクルーゼの声に強い熱が籠っていくのと同時に、撃ち掛けられるドラグーンもまた加速していく。
初めから違和感はあった。気のせいかと流そうと思っていたが─────間違いない。前に戦った時よりも、ドラグーンの反応速度が格段に上昇している…!
ただでさえこの時代のドラグーンは実装当初という事もあって操作性がかなり難解な筈なのに、それを無視してでも機動性を上げて来るなんて。
「こんな醜い世界に、存在する価値などないッ!」
「前にも言った筈だ!それを決める権利は、お前にはない!」
空間を埋め尽くすばかりの射線を潜り抜け、幾度目かの交錯。振り返りざまにビームライフルとスキュラを同時に撃ち放ち、ここに来てようやく一基ドラグーンを撃ち落とす事に成功する。
しかしドラグーンの動きに翳りはなく、どころか戦闘開始時と比べて動きが鋭くなっている様にすら思える。
速く、鋭く、緻密に─────
「っ…!」
次第にこちらの動きが追い着かれるようになっていく。躱し切れなかった光条がゼノスの左肩を掠る─────が、操縦に対しての動作に問題はない事を即座に確認してから、ドラグーンから距離を取りながらビームライフルを連射。同時にもう一方の手でビームサーベルを抜き放つ。
ビームの軌道を見極めながら、機体そのものを狙っていない牽制の一射は無視をして、直撃を狙っているもののみを打ち払っていく。
「私が決めたのではないッ!この世界の末路を定めたのは、貴様ら人類だ!」
「戯言を─────!」
プロヴィデンスが急加速してこちらとの距離を詰めて来る。直後、ドラグーンからの射線が更に激しくなる。
ビームの合間を縫って回避しながらもプロヴィデンスの動きから目は離さず、絶えず相手との距離を計り続ける。相手をギリギリまで引き付けて、こちらの懐にまで飛び込んで来たのと同時にこちらのビームサーベルを一文字に振るう。
だが、突如プロヴィデンスが急上昇する。振るった斬撃は空を切り、対した相手は流れるようにこちらの背後へ回り込む。
すぐさま機体を反転させる。メインカメラの映像に再び白銀の機体の姿が映ったその時には、すでに左腕から出力したビーム刃がこちらに迫っていた。
左腕を持ち上げ、振り下ろされる斬撃目掛けてガントレットを掲げる。
衝突と同時に、再び視界をスパークが埋め尽くす。先程よりも激しく散らばる火花─────宿敵との戦いは、まだ始まったばかりだ。
激闘を繰り広げるゼノスとプロヴィデンスへ背を向けて、その場から離脱するのは傷ついたフリーダムとそれを抱えるハイペリオン─────キラとカナードだ。
カナードは機体の感知センサーの範囲を広げ周囲を探索、丁度ジェネシスへと向かうエターナルとクサナギが近くを通りかかっている事を知りそちらへと急いでいた。
「クソがッ…!」
だが撤退を急ぐ傷ついた二人を、周囲の敵が見逃してくれる筈もない。飛び交うジンやシグーが、ハイペリオンとフリーダムを狙って襲い掛かる。
ハイペリオンはフリーダムを抱えている所為で両手が塞がっている。この状態で仕える武装はたった一つ、両肩部にマウントされたフォルファントリーのみ。
狙いも何もない。機体の備わった無尽蔵なバッテリーを振り翳し、相手を近付けさせまいととにかく撃ち続ける。
「カナード─────」
「何も言うな、キラ!俺の答えは、とっくに決まっている!」
足手纏い─────今のキラが正にそうだと、彼女自身とっくに悟っていた。このままでは二人共数の暴力で嬲り殺される。それならば、せめてカナードだけでもと呼び掛けようとするが、彼はキラがそれを口にする前に拒絶した。
死ぬつもりはない。その上でキラも助ける。思いに何ら翳りも鈍りもない。だが現実は非情だ。カナードといえど、動けない味方を抱えたままで一対多を熟すのは困難だ。
「チィッ…!」
背後からの射撃に反応し、咄嗟に機体を動かすが躱し切れず装甲を火線が掠める。振り返り、フォルファントリーでこちらを撃ってきたジンを貫くが、またその後方から先程以上の数でザフトモビルスーツが押し寄せて来る。
前方からだけではない。後方からもまた─────
「ダメ、カナード!早く逃げて!」
「くっ…ソォォォオオオオオオッ!!!」
いよいよ万事休すか、とカナードですら内心を過ったその時だった。
「え…?」
「なに!?」
二人に襲い掛かるザフト機が、どこからか現れた光条によって撃ち抜かれていく。
驚きに動きを固める二人を余所に、敵機は素早く第三者からの攻撃に対して動き出す。
シグーが前方へ、ジンが後方へ─────前へと躍り出たシグー達の前方から飛来したのは、深紅の機体だった。
「ジャスティスだと!?」
「アスラン…?」
深紅の機体─────ジャスティスがザフト機との交戦に入った光景を見て更に驚きを大きくしたのはカナード。そして信じられないと目を大きく見開いたのはキラだった。
ジャスティスはまるで二人を守るように立ち回りながら、周囲のザフト機の武装やメインカメラを撃ち抜いて、戦闘能力だけを奪っていく。
「キラ、カナード!無事か!?」
「カガリ!」
この場に現れたのはジャスティスだけではなかった。少し遅れてストライクルージュ─────カガリも参戦し、二機との通信を通して二人へ呼び掛けて来た。
「っ、キラ!お前…!?」
「大丈夫だよ、カガリ。どこも怪我もしてないし…」
フリーダムの状態を目にしたのだろう、カガリが映像回線を繋げながら焦りを含んだ声を上げる。対してキラは、モニターに映ったカガリへ微笑みかけながら自分は大丈夫だと返答してから、再びザフト機と立ち回るジャスティスへと視線を向けた。
ジャスティスと対峙するザフトモビルスーツ群は、目に見えて動揺している様子だ。自軍の味方であり、絶対的エースである筈のアスランが突如反旗を翻したのだから、その反応は至極当然だ。
だけど、一体何故─────?
「あいつ…、なんで…?」
カガリも、キラとカナードと同じ戸惑いを覚えていた。自分達を背にして、ザフト機と対するジャスティスを見ながら弱々しく呟いた。
そうしている間にもジャスティスは動き出す。二本のビームサーベルを連結させ、近くに居るザフト機をアンビデクストラス・ハルバードで次々に斬り伏せていく。あっという間に戦闘可能な機体の数を減らしたモビルスーツ隊は、堪らずこちらに背を向けて撤退を始めるのだった。
「…アスラン」
ジャスティスとの回線を繋げ、中にいる筈の、今では袂と別ってしまった親友を呼ぶ。だが、深紅の機体はこちらに向き直りはしたが、キラの呼び掛けに対しての返答はなかった。
「貴様…、どういうつもりだ?」
次に声を上げたのはカナードだった。その声には多分な警戒が込められており、同時にフリーダムとストライクルージュの前に躍り出て、いつでも前方の相手に応戦が出来るよう身構える。
「…俺は、俺の戦う理由を思い出した。それだけだ」
カガリの様に映像を通じた回線ではなく音声のみでの通信。それに、カナードの問い掛けに対しても素っ気なく、簡潔に答えたアスランはすぐにその場から去ろうとした。
「っ、待って!」
「…俺は、お前に合わす顔がない」
混沌とした戦場の中でも、また出会う事が出来た。もしかしたら、今の彼となら昔と同じでなくとも、また友として歩む事が出来るかもしれないのに。だがアスランは、キラの必死な呼び掛けに応える事なく飛び去ってしまった。
「アスランっ!」
「なっ、カガリ!?」
飛び去ったジャスティスを追って、ストライクルージュもまた飛んでいく。慌ててカナードがカガリへ呼び掛けるが、彼女は止まらない。
「あいつを追う!カナードはキラを頼む!」
「危険だ!戻れカガリ─────クソッ!」
アスランを追うと言うカガリに戻るよう呼び掛けるが、ストライクルージュはあっという間に離れていってしまう。それだけでなく、ハイペリオン、フリーダムとの間に繋げていた通信も途切れてしまった。
カナードは悪態を吐きながらも、傍らにいるフリーダムを放ってカガリを追い掛ける事は出来ず、当初の予定と同じくエターナルへと急ぐ事にした。
「カガリ…アスラン…」
すでにジャスティスは勿論、その後に続いたストライクルージュの姿も肉眼で捉える事は出来ない。だが、二機が飛び去っていった方へ目を向けながら、キラは二人を案じてその名を小さく呟くのだった。
「アスラン!」
「っ、お前!?」
突然、コックピット内のモニターにパイロットスーツを身に纏った少女の顔が映し出されたのは、キラの呼び掛けを振り切ったすぐ後だった。
アスランはモニターに映った見知った少女─────カガリの顔を見て、驚きに大きく目を見開きながら後方の映像を確認する。ジャスティスの後方にはこちらを追う赤いストライクの姿があった。
「どういうつもりだ!お前!?」
「…俺は、俺が戦うと決めた理由を思い出した。だから、ジェネシスを認める訳にはいかなくなった…それだけだ」
モニターのカガリの表情が驚きに染まったのが分かる。プラントを守ると謳い、その為なら友だった相手も切り捨てると宣いながら、今は真逆の行為をしている様にすら見えるのだから当然か。
思わず苦笑を零したアスランへ、カガリが口を開く。
「でもお前、それだとお父さんと敵対する事に…」
「そうだ。俺は今の父上を認めない。…これから父上を止めに行く」
「止めるって、どうやって!?」
「話をするしかないだろう。…それでも止められなかったら」
「…止められなかったら?」
ヤキンの内部に突入─────キラ達を助ける為に仕方なかったとはいえ、やはり軽率な行動に出るべきじゃなかったかもしれない。アスランが反旗を翻した事は、すでに軍司令部へと知られているだろう。となれば、ジャスティスを見つけたザフト機はすぐさま敵対をしてくる筈。
ヤキン・ドゥーエに取りつく事は恐らく可能だ。戦況の混乱が、自らの侵入を覆い隠してはくれるだろう。だが内部に侵入できたとして、そこから管制まで辿り着く事が果たして出来るか─────いや、今更どうしたって変わらない。それに、あそこでキラ達を見捨ててしまった方が後悔していただろう。
「─────いや、何でもない。それよりもお前は戻れ!俺に付き合ってくれる必要はない!」
「いーや、私も行く!言っておくが、どれだけ言っても無駄だからな!」
「このっ…。なら、精々遅れないようついて来る事だな!」
本当は引き摺ってでもカガリをオーブ陣営の誰かしらに引き渡してやりたい所なのだが、ジェネシス発射までの時間も迫っている。ここでぐずぐずしている暇もなく、仕方なくアスランはカガリを伴ってヤキンへと向かう事を選択した。
そう─────まずは己の父の元へどうやって辿り着くのか。父と言葉を交わす事が叶うのか。目を向けるべき問題はそこだ。話した結果、父がどういう結論を降すのか─────それを考えるの後でいい。
だがもし、自身の言葉が届かず父がジェネシス発射を強行するようであれば…、その時は。
前を見据えるアスランの瞳の中には、昏い決意の色が浮かんでいた。