少しの充電期間を経て…エピローグ一話目です。
地球連合、ザフト間による大規模破壊兵器の応酬となった第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦が集結してから、三か月が経った。あれだけの戦い、犠牲を経て世界は一旦の静けさを迎えている。だがその裏で未だ、争いの火種が燻っているのは情勢に多少にでも精通していれば知る所になるだろう。
地球とプラントの間で未だ終戦条約が締結されていないのが良い証拠だ。あの後、プラント最高評議会議長に就任したアイリーン・カナーバは条約締結に向けて懸命に努めているが、芳しい成果を得られていない。プラント側が求める条件と地球側が提示する条件、双方に大きなズレが生じているのもそうだが、両勢力の停戦─────その結果に良い顔をしない者達がいるのもまた事実だった。
当初はプラントの利権を巡った対立だったのが人種戦争の構図へと推移していき、戦争終盤には核ミサイルとジェネシスによる絶滅戦争を変貌した。それを事実として知りながら、人はまだ争いたがる。誰かが言った─────憎しみの目と心と、引き金を引く指を持つ者達が上に立ち続ける世界の中では、まだナチュラルとコーディネイターが本当の意味で融和をするのは時間が掛かるのかもしれない。
そんないつ爆発するとも知れない世界情勢とは掛け離れた、穏やかな風が流れる浜辺に戦火の中でボロボロになりながらも戦い抜いた少年はいた。
碧い瞳はぼんやりと水平線を眺め、どこか無機質な様にも見える。それは戦争で少年がどれだけ身と心を傷つけ、削り続けていたのかを物語って─────
─────うむ、眼福だ。
いる訳でもなかった。ぼんやりとした視線の先にいるのは、波打ち際で無邪気に水を掛け合っている見目麗しい二人の少女。
一人は黒みがかった茶髪を肩まで下ろし、アメジストの瞳を覗かせる美しい少女─────キラ・ヤマト。
そしてもう一人は桃色の髪を艶やかに流した、キラと同様に神に選ばれたかの如き美しさを持った少女─────ラクス・クライン。
普段は儚さすら感じさせる静かな雰囲気の二人だが、今は年相応の笑顔を浮かべて遊んでいる。砂浜に立つ少年─────ユウ・ラ・フラガは、柔らかく微笑みながら、その光景を眺めていた。
海辺で戯れる美少女二人…うむ、絵になるな。
我ながら内心きもいと思わなくもないが、この上なく整った美貌を携えたキラとラクスが無邪気に水を掛け合ってるんだぞ?何だったらあそこの間に挟まれたらどれだけ幸せか…、しないけどな?
目の前の光景が神聖にすら思えて、あの場に割り込むなんてとてもじゃないが出来ない。普通に躊躇うわ、あんなの。
オーブは赤道付近に位置しており、基本的に一年中高温多湿が続く国だ。雨天が多く、晴れても先日の雨の影響で蒸し暑いという事も多々あるが、今日みたいに過ごしやすい空気になる事がある。
こうした日にはよく三人で外へ歩きに出掛けている。たまに兄さんとマリューさん、バルトフェルドさんとアイシャさんがそれに加わったりする事もあれば、ヤマト夫妻が極稀に一緒についてくる事もある。
ヤマト夫妻─────二人にとって俺達フラガ家は、大切な姉を奪い、掛け替えのない娘に呪いを残した恨みが深い家の筈だ。それなのに、あの二人は─────今でも思い出す。ヤキン・ドゥーエでの死闘を終えて、オーブへと戻って来た俺達を二人が出迎えてくれた時の事を。
まず二人は当然だが、キラと抱擁を交わしていた。互いに微笑みながらも同時に号泣をして、何度も「ただいま」と「お帰り」を言い合って、固く、固く抱き締め合っていた。その光景を見て、キラが二人の元へと帰る事が出来て良かったと、少しでもその為の力になる事が出来たのだと心の底から安堵していた俺を、キラとの抱擁を解いたカリダさんが不意に見た。
一瞬の空白。互いに目を見合わせ、カリダさんは微かに目を見開いてから慈愛に満ちた微笑みを浮かべてこちらへと歩み寄って来た。何故こんな顔を、目を向けて来るのだろうと戸惑うばかりだった俺の眼前で立ち止まったカリダさんは、ぼんやりとする俺の両手をとってから言った。
『お帰りなさい』
今度こそ、頭の中が真っ白になった俺をカリダさんは柔らかく抱き締めた。何で、どうして、疑問ばかりが浮かび上がる思考を整理できないまま、この時の俺に出来るのは視線を回して周囲に助けを求める事だけだった。
何だ、この状況は。一体何が起こっているんだ?あり得ざる状況に困り果てた俺を誰も助けてはくれなかった。俺の戸惑いの本当の意味を知っている筈のキラも、ラクスも、兄さんも─────ハルマさんも、ただ笑顔でカリダさんに抱き締められる俺を見ているだけだった。
カリダさんに何を言い返せば正解なのか。何をすれば正解なのか─────どれだけ考えても分からなかった。それなのに、俺の身体は勝手に、正解を導き出すよりも先にそっと動き始めていた。
『ただいま』
気付けば俺はそう口にしていて、カリダさんを抱き締め返していた。自分でも何故か分からない。だけど「ただいま」と口にしてから、これで良かったのではないかとこの時の俺は思っていた。
「…何も良くねぇだろ。
あぁ、今思い出しても恥ずかしい。自分でも何となく分かる。あの時の俺はカリダさんに母性を感じていた。フラガ家にいた時は、次期当主としての教育がスケジュールにびっしりと詰まっていて、母との親子らしいやり取りなんて殆ど出来なかった。だから、だろうか─────俺があんな事を口走り、仕出かしたのは。
くそ、前世で生きてきた年数も加えたら俺はもう四十超えてるんだぞ…。身体に引っ張られるっていうのも、もしかしたらあるのかもしれないが…母性に飢える大人の男─────あ、まずい。心にクる…母性を感じた相手が自分より年下じゃないだけマシだと考えて精神を保たなければ…。
「一人でぶつぶつと、不気味でございますよ。
自身の四十年を超える人生の中で新たに出来てしまった黒歴史の記憶を打ち消そうと苦心する俺を呼ぶ声が、すぐ傍らから聞こえて来た。
一人考え事に没頭していたせいで周囲の気配に無頓着となっていた俺からは、声がした途端に突然パッとその人物が現れたような感覚に陥る。
「
─────オーブへと戻って少ししてから、俺と兄さんはかつて少年時代を過ごしたフラガの別邸を売り払った。勿論、親父が死んでからも俺達を世話してくれた人達の転職先を担保してから、だが。しかし何故か、メテラだけは俺達の傍から離れようとしなかったのだ。詳しくは知らないが見た目の感じ、まだそう年齢もいっていない筈。俺がメテラを紹介した企業の反応もそう悪くはなかったのに─────当のメテラ本人から、丁重に断りの返答を貰ってしまった。
今、俺はキラとラクス、兄さんとマリューさんとカガリが貸してくれたアスハの別邸に暮らしているのだが、そこにメテラも加わる事になった。
メテラはフラガの屋敷で暮らしていた頃と同じように─────いや、それ以上じゃないか?俺から離れようとしなかった。昔から表情に乏しい人だったが、ヘリオポリスの件からヤキン・ドゥーエまで、戦争に巻き込まれた俺の事を相当に心配していたらしい。生きている俺の事を見た途端、微かな表情の変化と共に静かに涙を流した時は驚いた。こんな風に泣いてる所なんて見た事なかったからな。
ついでに、俺とキラとラクスの関係を話した時もメテラは泣いた。俺が二股同然の行為をしている事への憤慨…ではなく、俺に愛する女性が出来た事への感激の涙だった事は良かったのだが、落ち着いたメテラの「旦那様に似ましたね、ユウ様」という言葉には苦虫を噛み潰した様な気分になった。
親父に…似た…、ぐぐ…今でも顔が勝手に顰めていく…。
「…ユウ様、よろしいのですか?」
「は…?何が?」
俺のやや斜め後ろに立つメテラが不意に問い掛けて来た。何の事を言っているのか分からず振り返りながら問い返す。
柔らかな潮風に長い黒髪を揺らしたメテラは、俺ではなくその向こう側─────浜辺へと漆黒の瞳を向けていた。
「おーい、ユウ~!」
「ユウもこちらに来ませんか?」
先程までこちらが割り込むのも躊躇う程に神聖な空気を生み出していた二人が俺を呼んでいた。
気配なく俺についてくるメテラに最早慣れてしまったのか、二人が気付かない間に俺の傍にまで来ていた彼女を気にする様子は全く見られない。
…折角に三人での外出なのに、それに水を差す身内の行動を代わりに申し訳なく思いながら、大きく手を振るキラと靡く髪を押さえて優しく微笑むラクスへと足を向けるのだった。
現在、俺達が住んでいるアスハ別邸は海沿いに位置している。俺達が水遊びをした砂浜から二十分程歩いた場所だ。
アスハ家が所有している邸宅という事で、一般住宅とは一線を画する広さを誇る家は六人が住んでも尚部屋に余りが出る。だから時折カリダさんや、マルキオさんが保護した孤児達を連れて泊まりに来る事もある。
今日がまさにその日であり、カリダさんとマルキオさん、子供達に加えて今日はバルトフェルドさんとアイシャさん、カリダさんと一緒にハルマさんも泊まりに来ていた。
過剰な広さを感じさせる居間だが、今日は大勢が訪問している事もあって普段が信じられない程に狭く感じられる。
テレビの前で兄さんが子供を三人背中に乗せて、馬の様な形で歩き回っている。流石にきついのか、蟀谷に汗が滲んで表情も苦い。そこにまたもう一人、兄さんの上に乗ろうとして…あ、潰れた。
因みに俺とバルトフェルドさん、ハルマさんの方は穏やかなものだ。兄さんはおちゃらけたキャラクター上、やんちゃな子供達に懐かれやすく、孤児達が泊まりに来る度にああやってグロッキーになっている。その一方で俺達も決して懐かれていない訳ではないが、毎度やんちゃチルドレンの遊び相手に兄さんが選ばれているのもあってかなり助かっている。
「南無」
「ユウ君…、ムウ君は死んでいないよ…?」
ベチャッ、とうつ伏せで潰れた兄さんは動かない。そんな動かない兄さんをぺちぺちと叩く子供達─────あぁ、お労しや…。
合掌する俺を苦笑いして見て来るハルマさん。そして俺とハルマさんの周りに集まっていた子供達は、俺の真似をして兄さんへ向けて合掌を始めていた。
その時、死に体の兄さんの頭上から影が差した。台所で食事を作っていた女性陣の一人、マリューさんが両手にお皿を乗せて居間へとやって来たのだ。
「ちょっとムウ、そこ邪魔だからどいてちょうだい」
「ま、マリュー…。俺、死にかけてるんだけど…」
「それだけ喋れたら大丈夫よ。いいからどいて、料理が出来たから」
両手の皿のバランスを取りながら片足で兄さんのお腹を蹴って奥へと押しやるマリューさん。兄さんの上に乗っていた子供達が「きゃー!」と歓声を上げながら転げ落ちるのを、微笑ましく息を吐きながら眺めてから、マリューさんがテーブルに料理を載せていく。
それを皮切りに、次々と台所から女性達が姿を現していく。さっきからいい匂いはしていたが、もうすぐ食事にありつけるらしい。
揚げ物にロールキャベツなど、様々な料理がテーブルに並べられていく。まだ全ての料理が並んでいない間につまみ食いを試みる子供達を嗜め、全員が揃うまで待つよう注意をする。「ちぇー」と唇を尖らせ不貞腐れながらも、注意には従ってくれた子供達と共に料理と女性達が揃うまでテーブルの傍で待つ。
賑やかながら、穏やかに─────時間は過ぎていく。食事が始まってからもそれは同じで、大人達で談笑をしながら料理に舌鼓を打っていれば、突如始まる子供達の料理の取り合い。収めようにも子供達はヒートアップしていき、それを収めたのはラクスの歌で…。
こんな穏やかな時間を過ごしていて、毎日ふと思う。本当に幸せだ、と。苦しい時もあった─────逃げ出したくなる時も、いっそ死にたいと思う時も。それでも色んな人に支えられて、キラとラクスに愛されて─────戦い抜いて、勝ち取った時間だ。─────勝ち取った、時間。
多くの人の命を踏み台にして、クルーゼを殺して…俺は今、この平和な時間に胡坐をかいている。
この上なく幸せなのに、この穏やかな時間を心の底から求めていた筈なのに、たまに胸が締め付けられるように苦しくなる。本当にこのままでいいのか、と…毎日ふと思ってしまうのだ。
「ユウ、どうしたの?」
「いや…、何でもないよ」
ラクスが歌い終わった後、ふと隣の俺の方を見たキラが首を傾げながら話し掛けて来た。すぐに頭を振って答えるが、キラにもラクスにも、たまに兄さんにもこうやってどうした、大丈夫、なんて問われる事がある。きっともう、少なくともこの三人には俺が思い悩んでいる事は見抜かれているんだろう。
だけど深くは聞いて来ない。いつか打ち明けてくれると信じてくれているのだろうか…、まだ打ち明けられていない秘密もあって、その上また新たに秘密を作ってしまう事に罪悪感を感じながら、それを振り払って穏やかな時間を過ごしていく。
だが、秘密の片割れを皆に打ち明ける機会は、意外にも早く訪れるのだった。
それはマルキオさんと子供達も集まった食事会が終わった次の日─────別邸に泊まったマルキオさんと子供達、バルトフェルドさんとアイシャさんの帰りを見送って少ししてからだった。
今はキラとラクスと、共有している自室で静かに読書していると、ふと下階から騒がしい声がした。
聞こえて来る声質からして、悪い感じは受けない。久しぶりに誰かが会いに来たのか─────誰だろう?アークエンジェル元クルーの誰かでも来たのかな?なんて思いながら読んでいる途中の本に栞を挿んでデスクに置き、階段を降りて俺も玄関を覗く。
来客の対応は兄さんとマリューさんがしていた。俺よりも先に二人の話し声を聞いて気になったらしい、キラとラクスがすでにそこにいて、遅れてやって来た俺へ視線を向けた。
「どうしたんだ?」
「ユウ。それが…」
二人に向けて尋ねると、ラクスが口を開いた。俺へ向けていた視線は戸惑いがちにまた扉の方へ向けられ、その視線を追って俺もそちらを見る。
来客は主に兄さんと話しているが、陰に隠れて容貌は確認できない。ただ話し声的に恐らく性別は男…それにしても、どうにも聞き覚えがある様な…いやここに来る時点で知り合いなのは間違いないのだから、声に聞き覚えがあるのは当たり前だ。だがそれにしても、懐かしさというか、どうも久しぶりにこの声を聞いた事がある気がする…。毎度この声を聞く度に、現についさっきも、俺の身体はぎくりと固まってしまう。どうも苦手意識を覚えるこの声は──────。
「おや…。お久しぶりです、ユウ君」
「む、ムルタさん…!?」
ムルタ・アズラエル─────ブルーコスモス元当主兼、元国防産業理事を務めた鬼才。公的にはザフトによるJOSH-A襲撃にて殉職した、死んでいる筈の男だった。
死んだ身であるが故に派手に動く事は出来ずとも、戦時中はアメノミハシラにて陰ながら、俺達に支援を送り続けてくれたムルタさんは、今は各地を回って何やら画策をしているらしい…というのは、前にカガリがここに来た時に聞いた話だ。
第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦後、大規模な戦闘行為はなくなったものの未だ終戦条約が結ばれない中、表立った動きは出来ずとも裏で工作をしているらしい。ムルタさんが戦死(偽)直後、過激派の役人が力を持ったものの、核を行使した全面戦争でザフトのジェネシスに敗北して以降、当時ほど発言力が削られた今、再び穏健派も力を持ちつつある。そういった人物とのパイプを駆使して、色々と政府に働きかけているのだという。
それも、あまり上手くいっていないというのは表世界でも、テレビを見ていて察する事が出来るのだが…。
「どうしてここに…」
「どうしても何も、君に用があってここに来たのですよ」
「…俺に?」
現在の活動の上で、ムルタさんには当然身の危険が付きまとう。もし、ムルタさんと関係値が良くない輩に生存が知られれば、当然過激派の元へ情報は伝わる。そうなれば、血眼でムルタさんの身柄を確保しようとしてくるだろう。オーブに入国するのも、ムルタさんにとっては命懸けの筈だ。それをおしてここへ来た理由─────それが俺、というのは一体どういう事なのか。
は?と声を漏らした俺へ、ムルタさんは微笑みながら続けた。
「単刀直入に言いましょう。ユウ君、僕と共に来て貰えませんか?」
「─────」
宣言通りに単刀直入に、簡潔に、だけどその意味は即座に伝わった。その瞬間、全身を電撃が奔るにも似た感覚が満たした。
望んでいた筈の時間を過ごしているにも関わらず、募り続ける違和感と焦燥感─────本当に俺は、ここに居続けても良いのか?俺が戦うのを止めるのは…、この幸せに包まれるのは、もっと先であるべきではないのか?
ムルタさんと視線がパチリ、と噛み合う。瞬間、俺の中ではもう結論は出ていたのだ─────。
だいぶ駆け足気味で、それも中途半端な形で終わりましたが、ユウ編はここまでです。もっと書きたい事(主にキラとラクスとのイチャイチャ)はあったのですが、それだといつまでも先に進めず、運命編の開始がその分遅れてしまいますので、心を鬼にしてここで区切らせてもらいます。悶々とする方もいらっしゃるかもしれませんが、運命編が始まるまでとっておいてください…。
次回はアスラン編を予定しています。