普通に現実が忙しくて間が空いてしまった…。申し訳ない…。
─────悪夢を見る。誰もいない世界に一人立ち尽くす自分の周りを、黒い霧が満たす。その霧が、殺してきた者達の憎しみが具現化したものなのだと、何故か夢の中の自分は悟るのだ。
嫌だと喚いても、頭を抱えてしゃがみ込んでも、全力で逃げようとしても、憎悪の霧は俺を逃してはくれない。何をしていても必ず、どこまで逃げても俺の足を冷たい手が掴む。
何が、と目を向けた先には─────地べたに這いつくばりながら、爛々と目を憤怒に輝かせてこちらに手を伸ばす父がいて、問い掛けて来るのだ。何故、と。
何故裏切った、何故ナチュラルと手を取り合う、何故──────
何故、何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故
─────何故、殺した?
─────絶対に許さない。貴様だけのうのうと、幸福に生き残るなど。
妄執の権化が悪夢の最後に怨嗟の言葉を残した所で、アスラン・ザラは目を覚ます。
ヤキン・ドゥーエでの戦いから四か月…悪夢はまだ、アスランを手放してはくれなかった。
オーブ連合首長国には大小二十もの島があるが、その中でも首都オロファトが所在するヤラファス島、国防総省とモルゲンレーテ本社があるオノゴロ島、マルキオ導師の孤児院や今はキラ達が暮らすアスハ別邸があるアカツキ島、マスドライバー施設を有する宇宙の玄関口となっているカグヤ島、この五つの島がオーブという国を支える大きな柱となっている。
現在アスランがいるのは首都オロファト、そこにある住宅を借りて暮らしていた。アスランがオーブで暮らす様になった経緯は話せば長く、複雑になるのだが─────いや、アスランがオーブに暮らしているという文言そのものが、まず
何故なら、ここにいる男は
理由はどうであれ、その行動が齎した結果が何であれ、
アスラン・ザラは暴走したパトリック・ザラを殺害後、ジャスティスの核爆発を利用してジェネシスを破壊、その際に爆発に巻き込まれて死亡─────それがプラント本国での扱いだ。国家元首を殺害したアスランは本来、罪人として扱われる筈だったのだが、現プラント最高評議会議長であるアイリーン・カナーバと、ユウキ隊長を筆頭した当時あの場にいた兵士達の働きもあって戦犯扱いは免れる事となった。
普段は行政府でカガリの秘書として働いている。父の跡を継ぐべく懸命に働きながらも学ぶ、彼女の傍にいるのはアスランにとって心地が良かった。…一つだけ、
仕事が休みの日には、キラ達が暮らしているアスハ家の別邸に遊びに行く事もある。そこで久しぶりに再会したキラの両親、特にカリダに会った時は少しだけ胸が高鳴ったのは秘密だ。別に変な意味ではないと、そこだけはハッキリ言いたいと、アスランは心の中で謎の言い訳をする。かつての、まだ今よりももっと幼い頃の話だが、カリダはアスランにとっての初恋の女性だった。そんな人と再会したのだから、少しくらい嬉しく思ったって仕方ない─────うん。
…ラクスともう一人、
そう─────キラ達と再会したのと同時に、アスランはユウ・ラ・フラガと初対面を果たした。照明を受けて輝きを発する金髪は艶やかに、アスランを覗くサファイア色の瞳は男である身でも吸い込まれそうになる感覚を受ける程。まるで神に愛されたのではないかとすら思える美貌を誇る少年は、一方的に敵意と殺意を向けた自分を微笑みながら出迎えてくれた。
ユウと対面するまでの緊張を返して欲しいと、彼と握手を交わしながら内心愚痴ったアスランの胸中を知らず、きょとんと首を傾げた所作ですら美しさを覚える─────この時、アスランは色々と心配になった。キラもラクスも、きっと気が気でないのだろうな、なんて。
「なぁ、アスラン…どう思う?」
「何がだ?」
「ナチュラル用OSの事だよ。あれを他国に売って資金を作って、戦争で被害を受けた国への援助の予算にしようってやつ」
「…」
オーブへ来てから今までの事を思い返していたアスランへ、同じ室内で作業をしていたカガリから声が掛かる。行政府にある一室、そこにアスランとカガリはいた。
「カガリ、その名を呼ぶなと何度も言っているだろう?」
「あ、ごめん…。ってそうじゃなくて、さっきの会議で出た話だよ。お前はどう思うんだ?」
アスラン、ではなくアレックスと呼べと何度もカガリに言い聞かせているが、一向に直らない。これでも初めの頃よりはだいぶ、偽名の方で呼ぶのに慣れてはきているが…こうしたふとした時に口を滑らせてしまう。それもカガリらしくはあるが、と考えてあまり強く注意出来ない自分に内心苦笑しながら、カガリから問われた内容について思考を馳せる。
それはとある下級氏族から出された提案だった。モルゲンレーテ─────正確にはキラとユウが開発したナチュラル用OSを、戦争の影響をあまり受けず余裕のある他国家に売り、それで得た金額を今度は戦争の傷が深い国家へと援助しようというもの。
「…止めた方がいい、だろうな」
実に聞こえの良く、慈悲深い提案に思える。だがそれをアスランは否定した。
「だよな、やっぱり。さっきの議会でも、全員一致で否決されたよ」
そうだろうな、と内心でアスランは呟く。
地球連合で開発されたモビルスーツ─────ストライクダガーに搭載されたOSは、オーブ製のOSとは違い半自動操縦方式を採用しているせいで、複雑な操縦を行えず、イレギュラーな動きに対して弱く反応速度にも限界がある。キラとユウはそれらの課題をクリアしたOSを開発できたが、地球連合ではそれが出来なかったのだ。
故に、地球連合は喉から手が出るほどにオーブ製のOSを欲している。それは現在でも同じだ。大規模な戦闘が終結し、表向き平穏を保っている現状だが、終戦条約は未だ結ばれず、またいつ本格的な開戦へ向かっても可笑しくない情勢下で、まだ活発に軍備は動き続けている。
その中で、オーブがOSの売却、或いは特許を与えればどうなるか。その情報を地球連合が嗅ぎつければ、死に物狂いでそれを手に入れようとするだろう。そして地球連合に抗する事ができる国など、地球上にオーブ以外でどれほど存在するか─────。
「それに何故、今更そんな話が湧いて出てくる?援助の手は惜しんでいない筈だが」
「それでも一国家で出来る事は限界がある。その枠組みを超えた援助が出来る手があるのなら、それを行使するべきだ─────というのが言い分らしい。まあ、他国の復興も順調とは言い難いが…」
作業の手を止めたカガリが、頬杖を突きながら言い淀む。彼女が思っている事は言わずとも分かる─────まだ戦争が終わってもいない現段階で話すべき事ではない、といった所だろう。仮に現段階で地球、プラント間で終戦条約が結ばれていたとしても、避けるべき策なのは間違いないが。
「
その時、執務室の扉が開かれると、ずかずかとカナードが中に入って来た。
「聞いてたのか、カナード…」
「盗み聞きをするつもりではなかったがな」
誰かが来た場合に話を止めるつもりだった、と言いながらカナードはその手に持っていた紙束をカガリのデスクに置く。その量を見たカガリの表情が苦々しく歪んだ。
「そんな顔をするな。俺も手伝う」
「…頼む」
そんなカガリの顔を見たカナードが、苦笑いを浮かべながら声を掛ける。カナードの言葉にフッ、と微かに表情を和らげたカガリが、彼を見上げながら一言答えたのだった。
「…本当に兄妹なんだな、二人は」
二人のその様子を眺めていたアスランの口から無意識に出て来た感想─────兄と妹が呆けた顔で、アスランの方へと振り返った。
キラとカガリから二人の出生の秘密と、カナードとの関係と、そしてユウとの繋がりについてアスランが聞いたのは割と早い段階だった。今の自分にそんな話をしてもいいものかと遠慮が勝り、二人に大丈夫かと問い掛けもしたが、二人は遅かれ早かれ話すつもりだったし、とあっさりと言いづらそうな内容の話を教えてくれた。
それからこれまで、何度もアスランは彼らのやり取りを目にしてきた。その中でもキラとカガリは彼女らの出生について聞く前から仲が良かったらしく、何も知らない時点から互いに不思議な縁を感じていた様でもあって、姉妹として仲睦まじく見えた。どちらが姉でどちらが妹か、言い争う二人は微笑ましかったし、自分が姉だと言い張るカガリに対してムキになるキラの姿は昔と重なって懐かしく思えたものだ。
一方のカナードだが…、キラとカガリと違って、カナードとはプライベートでのやり取りが殆どなかった。カガリはよくアスハの別邸に遊びに行っているし、それにアスランも何度も同行している。しかしカナードはアスランが知る限り、一度もそこに行っていない。キラとカガリと三人でたまに会っているとは聞いているが、特にカガリと交わしているやり取りの殆どを占めているのは公務の時間中だ。当然、兄妹らしいやり取りなんて目にした事なんてなかった。
だからこれがアスランにとっては初めてだったのだ。カナードがカガリに対して微かにでも表情を緩め、慈しみの情を向けるのを見たのは。妹に甘えられる兄の姿を見たのは─────。
「何が可笑しい、貴様」
「え?いや、可笑しいなんて事は…」
「ならその不快な笑みを止めろ。気色悪い」
「きしょ…」
カナードの物言いにアスランはショックを受けた。俯いたアスランを鼻を鳴らしながら一瞥したカナードは、それ以上彼に言葉を掛ける事なく自身のデスクに落ち着いて公務を始めるのだった。
「あー、アスラン…。
そう、例外はあれど殆どの相手に対してカナードは今の様な態度を貫いている。だがザフト時代から戦場を共にして、敵対した時期はあれど今もこうして職場を共にする間柄なのだ。少しくらい態度が和らいでくれても─────とアスランが願ってしまうのも仕方のない事だろう。なお、その願いは一向に通じる気配は感じられない。
カガリに苦笑と共に慰めの言葉を送られたアスランは、大きな溜め息を吐く。横目でカナードを見遣るが、とっくに彼は手元の資料に集中を向けている。カガリも先程カナードから手渡された紙面に視線を落としている。
…このままでは帰るのが一番遅いのは自分になってしまう、とちょっとした危機感を覚えたアスランもまた、自身の仕事へと思考と手を向けるのだった。
アスランが業務を終え、行政府を出た頃にはすでに辺りは夜の帳に包まれて、街灯が整備された路を照らしていた。建物の近くに止めていた車に乗り込んだアスランは、一度後方を振り返ってからエンジンを掛けて発進する。
まだ建物の中にはカガリとカナードが残って業務をしている。本当はアスランも最後まで残るつもりだったのだが、カガリに気遣われてしまった。アスラン自身、自覚はなかったのだが顔に疲労の色が出ていたらしい。カガリだけでなく、カナードにすらそれを指摘されてしまう程に。
『疲れてるんだろ?早く帰って休んだ方がいい』
『明日に響いて足手纏いになるくらいなら、とっとと帰れ』
カガリからは優しく、カナードからは突き放す様な口調で─────後者については彼なりの心遣いなのだと言い聞かせながら、二人に従ってアスランは帰る事にした。繰り返すがアスランに疲れが残っている自覚はない。自覚はないが…、そんな状態に陥る理由には一つ、心当たりがあったから。
「っ─────」
ハンドルを握り、運転をするアスランの耳の中で蘇る、悪夢の中の怨嗟の声─────アスランが殺して来た相手からの…父からの憎悪。
あの戦いで、カガリは大切な友を喪ったという。キラとユウも、戦いの中で仲間を殺され、ラクスはたった一人の家族を失くした。それでも彼らはとっくに前を向いている。それらの原因はアスランにもあるというのに、決して恨もうとせず、むしろ彼らの方から和解をしようと申し出てくれた。
嬉しかった─────幸せだと感じた。身勝手に彼らの厚意を振り切って、銃を向けた自分が受け入れられているのだ。それは幸せ以外の何物でもない。それと同時に、彼らが眩しかった。強い…どうしてそんなにも強くあれるのだろう?自分には─────無理だ。その証拠に、アスランは未だ悪夢から抜け出せずにいる。戦いの中で殺して来た者達に取り込まれそうになりながら、それから逃れるだけで精一杯だった。
「くそ…ッ」
ハンドルを握る両手に力を込めながら、アスランは小さく声を吐く。
生きる方が戦い─────カガリの言葉に、道が拓けた予感がした。進むべき道が見えた様な気がした。
…それは気のせいだったのかもしれない。だって、自分はまた迷っている。何をすればいいのか…、この命をどうやって費やしていけば良いのか。
分からない─────分からない─────どれだけ考えても、自分が戦うべきものが何なのかが定まらない。
戦いを失くす、誰もが平穏に生きていける世界にする─────目標、目的を定められても、その行程がまるで定まらない。一体自分は、何をすればいい?何をすれば、それらを実現する為になるというのか…?
今のまま、カガリの傍で働いていればそれに近付くのだろうか?それとも、もっと別の何かがあるのか…それをただ、自分が見つけられていないだけなのか─────?
「あっ…!」
信号待ちをしていたアスランの背後からクラクションが鳴る。気付けば信号は青を灯しており、慌ててアスランはアクセルを踏んだ。
いけない、とドツボに嵌っている自分に言い聞かせる。戦争中、特に第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦直前では毎日毎日、今の様に深く迷い続けていたのを思い出す。ここ最近はこの様な思考に陥る事は少なくなったのだが、特にあの悪夢を見た日は、こんな風になってしまう。
そんな風に考えてはいけないと分かっていても…、
アスラン・ザラ─────未だ死人に囚われ続ける彼が、本当の意味で解放されるのは果たしていつになるのか。
それはまだ、もう少し先の事だった。
まだまだ迷い続けるアスラン・ザラのエピローグ二話目でした。消化不良な所は運命編でね…。
エピローグも残り半分。次回の主人公は、怒れる瞳の彼の予定です。