一年半にも及ぶユニウスセブンの事件が引き金となった戦争、後にユニウス戦役と呼ばれる事となる争いは終結した。
終戦条約として締結されたユニウス条約─────最早それも、地球連合の中の一部にとっては何の効力も成さない仮初の条約となり果ててはいるが、もうしばらくは表向き平穏な世界情勢が続く事となるだろう。
ただそれも長くは続かない、というのが、闇の中に潜み世界を憂う
「…愚かだな、人という生き物は」
部下から送られた地球連合の機密情報が記された電子データに一通り目を通した男は、端末の画面を切り替え天を仰ぐ。
あれだけの混沌とした戦争と、大量の犠牲を経ても尚、争う事を止めようとしない。どこまでも愚かだと吐き捨てた男の口元には、笑みが浮かんでいた。
こうなる事は分かり切っていた。地球連合の中枢には、未だ下らない羨望と妬みに塗れた老人共が居座っている。ましてやそれを束ねる男が、あの小物─────ロード・ジブリールなのでは、それも自明の理というものだ。
その立場にあの男、
アズラエルが復帰に成功していれば、ジブリールと比べてこちらのコントロールはかなり効きづらくなっていたに違いない。それに、今のアズラエルの元には厄介な奴がいる─────男のコントロールが効かず、仮にこちらの存在にアズラエルが気付き、今の戦力が整っていない状態で奴が率いる地球軍と衝突となれば、恐らく…負ける。
その事態を確実に避けられるのだ、男としては助かる事この上ない。
「…やはり
そして、その厄介な奴が男の存在を察知出来ていない事が何より助かる。微かに失望の念が湧いてくるが、まだ彼が
気付かれる種を撒いてしまった自覚はあった為に危惧はしていたが、それは杞憂に終わった。
ザフトが建造したジェネシスの存在を知り、このままでは地球が滅びる恐れがあると男はその対抗策を授けるべく、NJCのデータを地球連合に流した。これでジェネシスを破壊、或いは最悪プラントが滅びようとも構わなかった。その時は計画の方向性を修正していけばいいと─────だがその結果は、男の期待を大きく下回るものとなった。オーブの存在がなければ、本当に地球は滅んでいただろう…それを考えれば忌々しい紛い物とはいえ、奴も良い働きをしてくれたと言える。
良い働きというなら、あの
「…プラントの方はやはり、動きづらいか」
端末を操作して、今度はプラントの情報を画面に呼び出す。が、地球連合のものと比べて情報量は一目瞭然─────その少なさに男は気分を悪くした様子はなく、しかし重い息を吐いた。
「
アイリーン・カナーバの後を継いで、プラント最高評議会議長に就任したギルバート・デュランダル─────その存在もまた、男にとってはアズラエルに並んで厄介といえる存在だ。
何しろ、デュランダルは
それにデュランダルが厄介なのは何もこちらの存在に気付く恐れがあるからだけではない。統率力の高さと、政治的な手腕もある。これで駒─────あの女と同じ思想を持っていてくれたのなら、話はもっと早かったのだが。
「次に起こる争いで、どちらかが滅びる─────それまでに邪魔な膿を抜き、こちらの体制を整えなければな」
ムルタ・アズラエルとギルバート・デュランダル。どちらも厄介な人物なのは間違いないが、両者の思想は食い違っており、来る次の戦争では敵対するのは間違いない。そこでどちらかが斃れる─────或いは共倒れしてくれれば男にとって理想な流れになるのだが…それは叶わぬ願いだろう。
「…どちらかがと考えるなら、やはり消すのはデュランダルか」
二人の内で先に消すべきはどちらかと考えた時、男の存在に図らずとも近付きすぎているデュランダルの方だと断じる。それにあの紛い物は個としての戦力こそ随一のものを持ってはいれど、公的な影響力は皆無─────アズラエルが奴の後ろ盾になってくれるのなら、
地球側にもプラント側にも駒は撒いてある。それがどこまで、男の思惑通りの働きをしてくれるか─────特にプラント側に送り込んだ駒は、ユウが目覚める為の重要なピースだ。奴と邂逅する為にある程度は目立たなければならないのがネックだが、デュランダルにこちらの存在、狙いを悟られず役目を果たす事は出来るのか。
男と出会うまでの間、
「…何故駒の事でここまで頭を悩ませなければならんのだ」
自身が敷いた采配について、本当にこれで良かったのかと自身に疑いを持った事など、男にとっては初めての経験だった。自分が管理・教育していない人材という理由もあるが、子にそれなりの能力を備えたとしても、それを育てる親があれでは─────厚化粧を施し、自身に色目を使ってくる気色の悪い顔を思い出してしまい、男は忌々し気に顔を歪ませながら頭を振る。
世話になった事は認める。それについて感謝の念も持っている。だが、最早世界の癌という他ない存在になり果てたアレには辟易していた。
利用価値が失せたその暁にはこの手で葬ってやるとしよう。愛する子供達と共に─────認めたくないが、今ここに自身が存在しているのはあの女のお陰でもある。そのくらいの情けは掛けてやるべきだろう。
「─────なんだ」
思考の渦に沈んでいた男の意識を、不意に室内に響いた電子音が引き上げた。
その瞬間、男の意識は切り替わる。苛立たし気に歪んでいた顔は引き締まり、先の未来を覗いていた瞳は現実と今を見据えるものへと変わっていく。
男は手元のテンキーを操作し、通話を受けた。
『
「総員に第一戦闘配備を敷かせろ。モビルスーツ隊出撃用意。艦はミラージュコロイドを展開したまま目標へ接近、目標との距離が千まで迫ったらミラージュコロイドを解除と同時にモビルスーツ隊出撃。状況によっては私も出る」
『了解』と短く返答が返って来たのを聞いてから通信を切り、男は素早く椅子から立ち上がって部屋を出て艦橋へと急ぐ。
─────自らの家を、
現在の当主が、表向きは地球連合の情報機関に属している事を掴んだ男は、すぐにその所在を探った。人類の管理者を騙り、ずっと裏で隠れ続けて来た者達の所在を掴むのは決して容易ではなかったが、建前上でも何でも地球軍の一員である以上、居場所の特定は男にとって不可能な事ではなかった。
「もう充分、管理者気取りは楽しんだだろう」
乗り込んだエレベーターの中でぽつりと呟いた直後、下降が止まり目の前の扉が開かれる。
艦橋ではすでに船員達が手元のキーを叩きながら状況の報告をし合い、眼前にまで迫る戦闘への準備を着々と進めていた。
モニターには男達が殲滅目標としている戦艦が映し出されている。現在地球連合が開発を進めている新型の戦艦、ガーティ・ルー級という名称は決まっているらしいが、あれは予定されている武装はまだ全て搭載されていない試作機だ。
かのアークエンジェル、ドミニオンにも搭載されたゴットフリートを連装砲として六門装備し、高火力を誇ってはいるが本当に恐ろしいのは今、男が搭乗している艦と同じくミラージュコロイドの搭載を予定しているいう所だ。予定されている武装はまだ全て搭載されていない、といったが、これはミラージュコロイドの事であり、仮にあの艦がそれを搭載、展開しながら航行をしていた場合、居場所の特定は更に困難を極めていただろう。
「
「首尾はどうだ?」
「はい。すでにパイロットの待機は完了、目標との距離は残り千五百となっております」
「そうか。…タイミングは先程指示した通りだ。任せるぞ」
段並びとなった艦橋の最上段に置かれているのは、左右に並んだ二つの椅子。その内の左側に、Dと呼ばれた男は隣の副艦長からの報告を耳に入れながら腰を下ろす。
戦闘開始のタイミングは、自室での通信の際に伝えている。この副艦長は、Dの右腕を自称する勘違い女とは違って優秀だ。
「D様の思惑通りに進めばすぐに終わるが、万が一という事もある。各員、対艦戦への心の準備も怠るな」
すでに武装の装填は済んでいても、実際に戦闘が起きれば咄嗟に行動出来なくなるという事態は十二分に起こり得る。特に今回の作戦は、ミラージュコロイドをギリギリまで使用した隠密奇襲─────発進したモビルスーツ隊が全てを片付けてくれるのが本来の理想。
だがいつ何時でも、思わぬ事態が起こるのが戦闘というものだ。自身が立てた作戦を決して過信せず、出してもいない指示を独断で船員に送る副艦長をDは咎めなかった。
「目標との距離、残り千百!」
作戦開始の時が迫る。艦橋が静寂に包まれ、聞こえて来るのは小刻みに距離を計るCICの声のみ。
「距離、千!」
「ミラージュコロイド解除!モビルスーツ隊、出撃開始!」
そして、Dが指定した距離にまで迫った瞬間に口早に副艦長が命令を下す。
暗黒の真空空間に突如赤色の艦影が現れる。艦体の左右に一つずつ備わったカタパルトが開かれ、そこから続々と、ストライクダガーに似た機体が出撃していく。
対するガーティ・ルー級もこちらの襲撃を悟り、急激に針路を変える。ゴットフリートの射線をとろうとしているのだろうが、あれに搭載されているものはアークエンジェル級のものと違い、縦の稼働はほぼ出来なくなっている。その分砲塔の数を増やして配置し、多方面への対応を可能としているつもりなのだろうが─────データに描かれた構造を突き詰めていけば、射線を避けられる位置は見えてくる。
「面舵二十、上昇!いいか、絶対にあの艦と一列に並ぶんじゃないぞ!」
必ず避けるべきは、XYZのいずれかの座標を敵艦と合わせてしまう事─────逆にそこさえ避ける事が出来れば、砲塔の数を増やして対応力を強化したとしても、縦に稼働できない構造上射線は取りづらくなる。
そしてそれは戦艦だけでなく、モビルスーツにとっても同じだった。敵艦の周囲で上手く立ち回り、相手もゴットフリートを放つがそれによって沈む機体は未だ一機も存在しない。
しかし相手も古来より裏で人類を動かして来た一族─────切り札が存在しない訳ではなかった。
「ほぉ…。あれは、
名称、ZGMF-X12Aテスタメント─────プラントに忍ばせた部下から送られたデータをDは思い出す。
その時に見た外観と多少違っている。地球軍によって強奪されたと聞いてはいたが、その際に改造を施したのだろう。
「…あれの相手は私がしよう。モビルスーツ隊には、アレとの交戦は避けるよう伝えろ。
「承知致しました」
艦長席から立ち上がりながら、Dは副艦長へ告げて、返答を待たずに艦橋を出る。
あのテスタメントの相手をするには、モビルスーツ隊では荷が重いだろう。見る限り、パイロットの腕も中々のものだった。ならば、このDが直々に相手をしてやろう─────。
「D様─────パイロットスーツは?」
「いらん。そこまで時間が掛かる相手ではない」
モビルスーツに乗るべく格納庫のキャットウォークを進んでいくと、すでにDが出撃する事を知らされていたのだろう。作業員が心配そうに声を掛けてくるが、それを一蹴してDは自身が搭乗するモビルスーツの前に立つ。
背面には光輪を思わせるバックパックを背負ったその機体を見上げながら、Dは微かに笑みを零しながら呟いた。
「この私が、こいつに乗る事になろうとはな─────」
自身の理想の平和を生み出す為に使えるものは何でも使うと心に決めてはいたが、よりにもよって自分が、この機体に乗って戦う事になるとは…実に皮肉なものだと自嘲の笑みを零しながら、Dは開いたハッチからコックピットの中へと乗り込んだ。
機体を起動させ、コックピット内の機器に明かりが灯っていくのを確かめながら、Dは艦橋と通信を繋げる。
「こちらD。
確かに皮肉な話ではあるが─────しかし存外、Dはこの機体を気に入っていた。あの失敗作の手から離れ、自分の元へとやって来たのは正に、
コックピット内で、長い
「さぁ、往くとしよう。相応しき指導者が導く、理想の世界の為に─────」
Dが出撃してからおよそ十数分─────デブリが散らばった代わりに、宙域には静寂が訪れていた。
数百年もの間、人々を平和と幸福に導くべく自らの思想の下で暗躍を続けていた一族。長きに渡って築かれたその歴史は、一族に蔓延った悍ましい思い上がりと共に、この世界から潰えたのだった─────。
色々と言いたい事、気になる事があると思いますが、これにて《フラガとか聞いてない》のSEED編は完結です。予定通り、エピローグを四話で締める事ができました。
本編最終回の後書きでも書いた事を繰り返しますが、長い間ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました。次はDestiny編でお会いしましょう。それでは─────