コーディネイター、ナチュラル双方のコロニーが併存する中立地帯であるL4コロニー群─────プラント本国から離れたここ、
シャトルから降り立ったアスランは、警戒が混じった視線で周囲を見回してから背後へ振り返る。彼の視線の先では、少し遅れてシャトルから降りて来る簡素な紫色の上下に身を包んだカガリがいた。
オーブから長旅を経た彼らを出迎えた係員の案内に従って、アスランとカガリはVIP専用の通路を進んでいく。
大西洋連邦からの度重なる要求に我慢の限界を迎えたカガリが、プラントへ自ら出向くと言い出してから一ヶ月。カガリからの要望通りにプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルとの対談を取り付けたアスランは、彼女と共にプラント所有の工廠コロニー、アーモリーワンへとやって来ていた。
評議会議長との対談に臨む筈の彼らが、何故プラント本国から離れたコロニーに来ているのか。それは明日に、このアーモリーワンにてデュランダルも出席する予定の新造戦艦の進水式が迫っているからだった。
対談の場所にアーモリーワンを指定してきたのはプラント側だった。プラント本国ではなく、中立地帯のコロニー─────それも軍艦の進水式を明日に予定している場所をわざわざ選んだ。
元々内々、かつ緊急にと会見をお願いした側なのはオーブの方だ。その上でプラント本国へ直接赴くよりは目立たないだろう、というデュランダルの配慮があったのだろうとカガリは考える。それを理解した上でも、流石に一国の代表を出迎える場所としてはどうなのかと納得がいかない複雑な念を胸中に抱くカガリは、通路の下でごった返す人混みに目を向けた。
式典に招かれたプラント市民達は、皆興奮した調子で軍艦の必要性を語り合い、自分達の国家が持つ高い技術力を誇っている。
─────先の大戦を受けて、市民達が沈んでいるよりは良い…のだろうか。
それは果たして、本当に良い事なのか。判断がつかないままのカガリに身を寄せて来たアスランが、彼女へ声を掛ける。
「一応マーナさんからドレスを預かってるが、服はそのままでいいのか?」
「…あぁ。だが必要になるかもしれないから、いつでも用意できるようにはしてくれ」
分かった、というアスランの小声を背後に聞きながら、今にも零れ出そうになる大きな溜め息をカガリは必死に堪えていた。自分に黙ってあの侍女は、一体何をしているのやら。今回は飽くまで政治的な対談をする為の訪問だというのに、何故ドレスが必要になるという考えに及ぶのか─────いやしかし、場合によっては必要になるかもしれないという事で、アスランには念の為にいつでも取り出せるよう準備はさせておく事にした。
─────まず間違いなくいらないだろうが。
用意されたドレスを使わなかったと、自身が帰った後にあの侍女が知れば、またいつもの様に「姫様は!」なんて怒り出すのだろう。最早慣れ親しんだ侍女の怒りを想像し、内心苦笑しながらカガリは案内員の後に続き、アスランと共にエレベーターへと乗り込むのだった。
式典を明日に向かえた工廠は今頃準備でてんやわんやになっている事だろう。だがそんな事は、本日は非番である
「しっかし、すげぇ人だな…。おいシン、こっち来い。ちょいと狭いが、あそこの路地が近道だ」
しかしこのヨウランの言葉通り人波で大通りはごった返している。先程までシンとヨウランがいたデパートも物凄い人だった。
それも明日に行われる式典に招かれた名士達が多くここへやって来ているからなのだが、ここまで観光気分丸出しで来られると、
「っと…」
いけない、とシンは考え事に囚われた自分を取り直す。こうしている間にもヨウランはどんどん先に行ってしまい、人混みに紛れて姿が見えなくなりそうになっていた。
ただでさえ普通に歩くだけでも逸れないように注意しなければいけない程の人の数なのだ。急がなければ本当にヨウランと逸れてしまう。
「全くさ…、たかが戦艦の進水式だぞ?何だってこんなに観光客サンが集まってるんだか」
開けた通りと比べて狭く、歩く人も少ない落ち着いた路地へ入って一息吐きながら、ヨウランは先程まで二人が歩いていた通りを振り返りながら愚痴る。
ヨウランの呟きにシンは無言でただ苦笑いを浮かべるだけだったが、彼の気持ちには同意だった。
明日の進水式にはシンもヨウランも参加する。式典の主役である新造艦のクルーとして─────正式に軍の任務に就く事になるのだ。その門出をまるでお祭りの様に扱われる事に不満という訳ではないが、どこか引っ掛かりを覚えるのは事実であった。
だがそれを愚痴っても何にもならない。それはヨウランだって分かっているのだろうが─────
「うぉっ…と!」
ヨウランと話しながら路地から再び大通りに出ようとした時だった。急に目の前に女の子がふわりと飛び出して来て、気付く前にシンは思い切りその子とぶつかってしまった。
相手もシンに全く気付いていなかったようで、倒れそうになる寸での所でシンが手を伸ばし、抱きとめた。
「大丈夫?」
声を掛けると同時にふっ、と甘い香りが鼻を擽ったのを感じた。目の前に柔らかそうな金髪があって、それが揺れた直後、相手が驚いた様子でシンの顔を見上げた。
きょとんと見開いた大きな目と、少女が身に纏うホルターネックの白いドレスからどうも浮世離れしている。例えるなら妖精のような、非現実的な印象を受けるこの少女はもしかしたら、式典に招待された客の一人だろうか?
「────だれ…?」
少女が呟く。こちらを見上げるすみれ色の瞳に吸い込まれそうになる感覚を覚えながら、シンは少女の呟きに答えようと口を開いて─────シンが返事をする前に、少女の表情が一変する。かと思えば、次の瞬間には少女は鋭く両目を吊り上げると、荒々しくシンの手を振り払った。
余りの豹変ぶりに呆然としながら、ドレスの裾を翻して勢いよく走り去っていく少女の背中を見送ってからふとシンは理不尽なものを感じる。
あの態度は何なのか。確かにぶつかったのはこちらも悪かったが、まず余所見をしていたのは向こうだ。それなのにこれでは、まるでこちらが悪者みたいではないか。
「掴んだな、お前。胸」
「…っ!!!?あっ!!」
むすっとしながら少女が走り去った方を睨みつけていたシンだったが、不意に後ろからヨウランが顔を突き出して言ってきたのを聞いて愕然とする。
指摘されて、シンは両手に残った柔らかな感触に初めて気付く。どうやらまるで、ではなく、完全に自身が悪者だったようだ。
決してわざとやった訳ではない。ないが、これではあの子も怒って当然ではないか。あの態度に腹を立てた自分を恥ずかしく思うと同時に、今すぐにでもあの子に謝りに行きたい。どうせ今追い掛けても会える筈もないが。
「このっ、ラッキースケベ!」
「ち、ちがっ…!おい、ヨウラン!」
真っ赤になって弁解しようとするシンだったが、ヨウランは彼に背を向けて先を歩こうとしていた。慌てて先程少女とぶつかった時に落とした買い物袋を拾い集めてから、友人の後を追う。
「全く、ルナマリアに言いつけちまうぞー」
「止めてくれ!」
どうして真っ先にルナマリアの名前が出て来るのかはさっぱりだが、仲間に言い触らされでもしたらどれだけ弄られるか分かったものじゃない。
いや、それを考えれば確かにルナマリアに言い触らすのはシンには効果的だ。彼女が今回の事を知れば、それはもう嫌になるくらいに揶揄ってくること間違いなしだ。だからそれだけは─────それだけは絶対に避けなければなるまい。
つんとしながらも口元に微かな笑みを携えるヨウランの表情を見て、余地はあると見たシンはすぐさま友人との交渉に臨む。己の平穏を保つ為の戦いが、今ここに始まると同時に、シンは先程の一瞬の邂逅をすっかり忘れ去ってしまうのだった。
カガリ達の前で執務室の扉が開かれる。秘書官らしき随員と言葉を交わしていた、黒い長髪の男が二人へと振り向き、カガリの顔を認めると柔和な笑みを浮かべて歩み寄る。
「やあ、これは姫。遠路お越し頂き、申し訳ありません」
「いや。
鋭い目つきでありながらも、それにきつさを感じさせない、不思議な柔らかい雰囲気を持ったこの男こそアイリーン・カナーバから最高評議会議長の座を引き継いだ、ギルバート・デュランダルだ。
カガリはデュランダルに真っ直ぐ歩み寄りながら応じ、握手の手を差し伸べる。するとデュランダルは恭しくカガリの手を握り、ふと彼女の背後で素早く室内の危険をチェックしていたアスランを目に留めた。
デュランダルの表情に変化はない。だが、普通にVIPは随員になど視線をやらないものだ。少なくともこれまで、彼の様にSPにつけた誰かを見遣るような者にカガリは出会った事はなかった。
偽名を名乗り、顔を濃いサングラスで隠してはいるが、ここはアスランが属した場所。その場を仕切る男がアスランの顔を見知っていても可笑しくはない。
内心の動揺を表に出すような愚かな真似はしなかったが、直後のデュランダルの動向に注視するカガリ。しかし彼女の不安とは裏腹に、デュランダルはアスランの事に気付いた様子もないままカガリに向き直り、ソファを勧める。
「お国の方は如何ですか?姫が代表となられてからは、実に多くの問題も解決されて…盟友として私も大変嬉しく、また羨ましく思っておりますが」
「いや、まだまだ至らぬ事ばかりだ。他の首長達に支えられながら、毎日必死になって、何とか政治を成り立たせている」
傍から見れば戦後のオーブはさぞ順調に復興を進めている様に見えている事だろう。他国への援助を可能な限り行いながら、自国を潤していく様はデュランダルの言う通り確かに羨ましく捉えられるのかもしれない。
しかし実際はそんな良いものではない。大西洋連邦からの圧力に、カガリを甘く見ている内部からもそれに同調するような意見が挙げられ、それを突っぱねれば
ウズミからの説得もあり過半数の同意は得られたとはいえ、事実カガリは代表の座に担ぎ上げられた立場だ。それをよく思わない者は当然いるし、どれだけ頑張ってはいても未だ経験が浅いカガリを侮る者もいる。ウズミ等の退陣して尚影響力のある者達や、気心の知れた近い者達に支えられながら執務を続けるカガリではあるが、やり辛さを覚えるのは致し方なかった。
「それで、この情勢下、代表がお忍びで…それも火急なご用件とは、一体どうした事でしょうか?我が方の大使の伝える所では、だいぶ複雑な案件のご相談─────という事ですが?」
上滑りするような口調で尋ねてくるデュランダルを、カガリはじろりと睨みつける。
カガリが来訪した用件を、この男が知らぬ筈もない。知った上で尋ねてくるのは、果たして挑発のつもりか。穏やかな顔をしながら、やはりこの男も一国のトップに立つ者。腹の探り合いには長けているらしい、真っ直ぐすぎる性格である事を自覚しているカガリとしては、実に羨ましい限りだった。
─────仮に本気でプラントを追求するつもりでいたとしたら、この挑発に乗っていたかもしれないな。
「いや、案件としてはそう複雑ではない。あぁ、いや…私が直接議長に会いに来た理由も含めれば、多少複雑になるんだろうが…。まず単刀直入に、これだけは言っておこう。我が国は再三再四、かのオーブ戦の折に流出した我が国の技術と人的資源の、そちらでの軍事利用を即座にやめて頂きたい、と申し入れている」
地球軍、そしてザフトによるオーブ侵攻─────国全体として見れば受けたダメージは大きくはなくとも、あの戦いで失われた命。そして難民として彷徨うしかなくなった者達も決して少なくはなかった。
更に続けざまにウズミから発せられたオーブの参戦。他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない─────中立国として常に守り続けていた筈の理念を捨てた国を見限ったコーディネイター達が目指す先は一つ、プラントだった。
その流れが顕著になったのは戦後、特に今カガリの目の前にいるデュランダルが議長に就任した頃からだ。ウズミから代表の座を受け継いだカガリを忌み嫌いはせずとも、若い彼女を信じ切れない迷いと、そして強くなる大西洋連邦からの圧力。安住の地が失われる恐れを感じた彼らが、プラントにその行き場を求めるのは仕方ないと、そう踏ん切りをつけさせてしまった自身の不甲斐なさをカガリは強く自覚している。その選択を責めよう等とは微塵も思ってはいなかった。
彼らが他国で何を為そうと、こちらが口出しできる事ではない。
「議長。現在に至るまで、そちらから何の返答もないのは如何なものかと思うが」
強い視線を向ける先で、デュランダルは微笑みを崩さないままそこにいた。
カガリがこの場へ来た本当の理由、それは大西洋連邦へ
ただそれはそれとして、この会談に踏ん切りがつくその前からこの件については先程カガリが言った通り、再三プラントへと申し入れていた事は事実だった。しかし、その返答は何もなく今に至る─────それについてカガリはデュランダルを突く。
─────やはり手強いな。正直私じゃ荷が重い。
どういう事情はあれど、国同士のやり取りを先に無言を貫いて打ち切って来たのはプラント側であり、無礼を働かれたのはオーブ側だ。
だというのにデュランダルは余裕を崩さない。果たして彼はどんなカードを持っているのか、警戒を強めるカガリの目の前で突如、デュランダルはソファから立ち上がり口を開いた。
「姫、如何です?少し外を歩きませんか?工廠の中をご案内しましょう」
そうして彼の口から飛び出て来た提案に不意を衝かれたカガリは目を見開くが、すぐに鋭くデュランダルと視線を交わす。
「どういうつもりだ?」
「いえ、折角はるばるお越し頂いたのですから。室内でただ話をするだけで帰るというのも味気がないでしょう。無論、この場の全てをお見せする訳にはいきませんが─────」
デュランダルは一度言葉を切ってから、コツコツと足音を立てながら部屋の出口の前まで向かい、そして立ち止まるとくるりとカガリの方へと振り返り、再び彼女と視線を交える。
「
「ッ─────」
この男、至急にこの会談を申し込んだ本当の理由にすでに辿り着いている─────それを悟ったカガリの背筋に冷たい戦慄が奔る。
指導者としての格の違いをまざまざと見せつけられたカガリに、このデュランダルからの申し出を断る事など出来はしなかった。
町外れの大きなビルボードの前に、三人の少年少女が立っていた。彼女らの頭上では、巨大な電子ビルボードに映し出された映像が次々と切り替わっていく。
その様をボーッと見上げているのが、白いドレスを身に着けた少女─────ステラ・ルーシェ。ステラはしばらく映像を見上げていたが、何度も同じ映像が繰り返されるばかりなのに気付いて、視線を空に向けた。
「なーんか、地球とあんまり変わんないよな。つまんねぇー。…あ、でもプラントって毎日晴れなのか。天気予報いらなくて便利じゃん?」
「バーカ、プラントでだって雨くらい降るだろ」
空を見上げ続けるステラを挟んで言い合うのは残り二人の少年─────三人の中で最も背が高く、大人びた格好のスティング・オークレーと、中性的で少女のような顔立ちをしたアウル・ニーダ。
退屈そうに言った自身の台詞に対して言い返されたアウルが、驚きを露にしながら身を乗り出してスティングへと問い掛ける。
「はぁ?なんでわざわざ雨なんか降らさなきゃなんないんだよ!」
「さぁ?色々あんじゃないの、雨が降らないとさ」
「いやいや、雨降りなんてサイアクだろ。服とか濡れるし。な、ステラ?」
二人で言い合っていた筈が、ふとアウルから同意を求められたステラは素直に頷いた。
「うん」
だよなー、やっぱそう思うよなー、とまた退屈そうな態度で言うアウルと彼を眺めていたステラの隣では、スティングが彼らへ近付いてきた車へ目を遣った。
バギーが一台停車する。前部座席にはザフトの軍服を着た男達が座っていて、スティングの視線を受けると黙って頷いた。
彼らは町から更に離れて、軍事工廠の敷地内へと入って行く。入口のゲートで前部座席の男達は見張りの軍人にIDを見せ、VIPを案内する係官であるかのように振る舞う。VIPというのは自身たちの事を言っているのか。何よりこの男達は本当にザフトの軍人なのか、それとも自分達のように偽の身分を名乗っている者なのか─────それをステラ達は知らないし、知る必要もない。ただ今の彼らを不審がる者は周囲にはいない、それだけが彼女達にとって重要な唯一の事項だった。
バギーはモビルスーツが歩き回る敷地内を走り抜け、巨大な格納庫の前で停車する。座席から素早く降りた男の一人がスリットにキーをスキャンし、重々しい扉を開ける。扉がゆっくりと開かれている間に、ステラ達はもう一人の男から渡された武器を手に格納庫の中へと侵入。
内部に駆け込みながら、慣れた手つきでスティングとアウルが銃に弾倉を装填する。ステラは鞘からナイフを抜き放ち、刃に反射した自身の顔と見合わせながら、やがてつい先程までぼんやりと空を見上げていた瞳に剣呑な光を灯らせる。
薄暗い建物の奥ではモビルスーツ運搬用のクローラーが並んでいて、その周囲には二、三十人の軍人の姿があった。
─────この程度なら、問題はない。
逡巡は一瞬。言葉もなく、スティングのアイコンタクトと共に、彼ら五人は一斉に物陰から飛び出したのだった。