周囲に格納庫が建ち並び、時折モビルスーツが地響きを立てて横切る広い路面をデュランダルに伴われて歩くカガリの後ろをアスランはついていく。
きびきびと動き回る兵士達やオイルの匂い、雑然とした雰囲気の中で郷愁のようなものをアスランは覚えていた。かつてはこの場の中に身を置いていた。警戒の為に周囲を見回しながらも、その目はついついモビルスーツの方へ向いてしまう。ジン、シグーは当時のままで、ゲイツは実装当初とは変わりアンカーがレールガンへと換装されている。
戦いから離れて久しく、自身の心は二度とその場に戻りたくないと叫んでいる筈なのに─────これは最早、刷り込まれた習性というべきかもしれない。こちらに背を向けて前を歩くカガリの背後に隠れながら、アスランは微かに苦笑を零した。
「姫は先の戦争でも、自らのモビルスーツに乗って戦われた勇敢なお方だ。また圧力に屈する事なく自国の理念を貫く固い意志を持ちながら、その理念を曲げながらも世界の為柔軟に動く事の出来るオーブの獅子、ウズミ様の後継者でもいらっしゃる」
行き交うモビルスーツや格納庫の中を時折指示して解説しつつ、デュランダルはカガリの方へ微笑みを向けながら言った。
「貴女ならば今のこの世界情勢の中、我々がどうあるべきかは、よくお分かりの事と思いますが」
「我らは自国の理念を守り抜く。そうでありたいと
「他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない?」
「そうだ」
ぽつりとカガリの口からデュランダルへ向けられた皮肉の一言に気付かなかったのか、或いは気付いて尚知らぬ振りをしているのかは分からないが、二人の会話は流れるように進んでいく。
「それは我々も無論、同じです。そうであれたら一番いい。ですが─────それは力がなければ、叶わない。姫も、それが判っているからこそ、軍備を調えていらっしゃるのでしょう?」
どれだけ心地の良い理想を掲げても、力なくば叶わない。力のない者の言葉など、誰も聞こうとはしない。先の大戦で力のない者が、いかに容易く滅ぼされて来たか、アスランは知っている。
「…すまない。話を腰を折って悪いが、その
どうもさっきからカガリがむず痒そうにしているのは見てとれたが、原因はデュランダルからの呼び方だったようだ。ずっと我慢をしていたものの、それも限界を迎えてしまったらしい。
カガリから言い返された当のデュランダルは、一瞬虚を衝かれたように目を見開いた後、笑いを嚙み殺しながら頭を下げた。
「失礼─────ですが姫…あぁ、いや。アスハ代表は大変お美しくいらっしゃる。ご謙遜をなさる必要はないと思います」
「お言葉はありがたいがな。私の事は、私が一番よく知っている」
デュランダルからの謝罪を素直に受け取ったカガリは柔らかく返事を返してからふと、一つの格納庫の中を覗く。そこにはジンの流れを受けたデザインを残した、一機のモビルスーツが立っていた。
「ZGMF-1000ザク…これはザクウォーリアと呼ばれるタイプです。ニューミレニアムシリーズとしてロールアウトした、我が軍の最新鋭機です」
モスグリーンを基調とした装甲色に、頭部のモノアイや鎧武者を思わせる全体のフォルム。それに目を奪われながらも、アスランは懸念を誤魔化せずにいた。
最新鋭機─────こんな機体を無造作に、自分達に見せてよいものなのだろうか?
「議長、先程の質問に答えよう。私は何も、貴方達のしている事自体を否定するつもりは一切ない。規模は違えど、我が国も同様の事をしているのは貴方も知っての通りだからな」
アスランと同じく、ザクを見上げていたカガリが振り返り、デュランダルへと向き直って口を開いた。
「だが、知っている筈だ。先の大戦…、互いに互いを滅ぼさんと憎しみは際限なく広がり、そして世界は危うく終わる瀬戸際にまで立たされた─────」
プラントはジェネシスを、地球は核を…躊躇なく撃ち交わされたあの戦場。カガリの言う通り、全てが失われる瀬戸際に一度、人類は立たされた。それでも人は今、ここに生き永らえている。多くの犠牲を伴いながらも、人という生き物は生き続ける事が出来ている。
もう二度と、あのような事を起こしてはいけない。人同士が争い、滅ぼし合う─────そんな哀れな自滅を許してはならない。
しかし今、世界は。
「強すぎる力は、また争いを呼ぶぞ」
また世界は、あの一途へと足を向けようとしている。あれだけの命を失いながら、人という生き物はまた、自滅の途へと飛び込もうとしている。
工廠の中を見て回ったせいか、カガリの頭からはこの会談が大西洋連邦へ向けてのポーズである事などすっかり抜け落ちているらしい。
デュランダルを見上げ、鋭く睨みつけながら、警告を施すように低い声で語り掛ける。しかしデュランダルは動じる気配もなく、緩やかに頭を振ってから答えた。
「いいえ。争いがなくならぬからこそ、力が必要なのです」
視線の刃を向けるカガリと、微笑を携えてそれを受け止めるデュランダル。二人の間で流れる空気が、次第に冷たく凍えていく。
無言の睨み合いは数秒続いて尚、終わる気配が見えない。その沈黙を破ったのは、睨み合う二人のどちらかではなかった。
「─────なんだ!?」
突如警報が鳴り響く。二人は睨み合いを解いて周囲を見回す。アスランを含めた随員達も、にわかに緊迫した表情で事態を把握しようとしていた。
不吉なサイレンの音は鳴り止まない。アスランがカガリの傍に寄って、再び辺りに油断なく目を配らせた…その時だった。
一棟の格納庫から巨大な扉を貫いて、数条のビームが放たれた。扉は融解しながら吹き飛び、向かいの格納庫へと突き刺さったビームが誘爆を引き起こす。
「カガリ!」
咄嗟にカガリを抱き締めて、物陰に飛び込んだアスランは身を屈めながら爆風をやり過ごす。
「一体なにが…っ!?」
アスランの腕の中でもがくように身を起こしたカガリが呆然と声を上げる。
何が起きたのか─────物陰から顔を出したアスランはまず、随員達に庇われて無事でいるデュランダルの姿を確認する。だがそこで安堵をする間もなく、爆炎が上がる方向へと視線を遣ったアスランは、三つの巨大な影を目にした。
「
身を低くしていた議長の随員が、煙の中から現れた三機のモビルスーツを見上げて驚愕の声を上げる。
光るツインアイと二本の角を持つ特徴的な頭部、ジン等と比べてすらりとした直線的なフォルム。三機それぞれに特殊武装を施されてはいるものの、あの基本的なデザインは見間違えようがない。
「ガンダム…!」
絶句するアスランの腕の中で、カガリが愕然と呟いた。
「代表をシェルターへ!何としても押さえるんだ!
最初に衝撃から立ち直ったのはデュランダルだった。すぐさま随員へと指示を飛ばし、それに従った一人の兵士が二人の前に立つ。
すでに三機のガンダムは行動を開始していた。両肩を覆う甲羅のようなシールドの裏面、三門の砲口からビームを噴かせるアビス。ビームライフルで式典用装備のジンを、的当ての如くビームライフルで撃ち抜いていくカオス。空中で四足歩行型へと変形し、黒い疾風のように大地を駆け抜けるガイア。
あっという間に周囲が火の海へと変わっていく。迷う余地などない。アスランはカガリの手を掴み、素早く兵士の後に続いた。
兵士に先導されながら格納庫の間を走る。しかし建物の陰を出た所で、アスランは両腕でカガリの身体を抱えながら足を止めた。ほんの十数メートル先で、モビルスーツ同士が戦闘を繰り広げていたからだ。
ザフトの反撃は素早く行われていた。しかし、ガンダムタイプの新型三機はそれらを物ともせず破壊活動を続けている。今も二人の目の前で緑色の機体、カオスがビームサーベルを抜き放ちジンを斬り払った。
「っ─────!」
カオスがサーベルを抜き放つよりも先に、アスランは動いていた。カガリを抱えたまま建物の陰へと飛び込む。直後、彼の背後で爆発が起こり、反応が遅れた二人を先導していた兵士が炎に呑み込まれてしまった。
「こっちだ!」
目の前で一人の命が失われた、その衝撃に堪える暇もなくアスランはすぐに立ち上がり、カガリの手を引いて戦闘区域から離れようと駆ける。
その行く先でも、二人の退路を阻むように漆黒の機体、ガイアがいた。
四足歩行の機体背部の二翼からビームブレードを出力して跳躍、空中のディンと交錯すると、ディンの機体が両断される。
落下してきたディンが二人から程近い格納庫の屋根を突き破り、中で爆発を起こす。またも二人を爆風が襲う。
「アスラン!」
「くっ…、俺は大丈夫だ!」
吹き荒れる風に振り撒かれた破片からカガリを守るアスランへと、心配の声が投げ掛けられる。幸い破片が直撃する事はなく、出血を伴うような怪我もない。
「何だっていうんだ…。なんで、こんな!」
笑顔を見せるアスランを見て一瞬、安堵の表情を見せた直後に今度はやり切れない思いを吐き出すカガリ。
本当に、何故こんな事になっているのか。どうしようもない苛立ちを抱きながらも、アスランは思考を回す。こうなってしまった以上、何としてもカガリは守らなければならない。こうしている間にも暴れ回っているモビルスーツの餌食になるのも時間の問題だ。デュランダルが言ったシェルターも、果たしてどこまで安全か─────狂おしい思いで辺りを見回したアスランの目に、路上に倒れた濃緑色の機体が入った。
デュランダルが先程ザク、と説明していた機体だ。先程破壊された格納庫から飛び出したものか、どちらにしてもアスランにとってそれは、一筋の光明を見出させた。
「カガリ、こっちだ!」
「なっ…、おい!?」
カガリを促してそちらに駆け出す。幸運にもザクは仰向けに倒れており、しかもコックピットは開いていた。
「乗るぞ!」
カガリを抱き上げて、アスランは開いたハッチに身を潜らせてコックピットへと乗り込む。素早くシートに着き、慣れた手つきで機体を立ち上げるアスランにカガリが身を寄せて来る。
「君をこんな所で死なせてたまるか…!」
「…アスラン」
頭上でハッチが閉じる。この状況ではむしろ、外を駆け回るよりも断然ここの方が安全だ。幸いザクには損傷もなく、操縦系統も旧型とは異なっているものの、大方の見当はついた。操れない事はないだろう。
そうあれたなら、二度と触りたくはなかった操縦桿を握る。滑らかなエンジンの駆動音を感じながら、まずザクの身を起こさせた。その動きで機体の上に乗った瓦礫がばらばらと落下する。
─────気付かれた!
先程、ディンを破壊したガイアがザクの起動に気が付き振り返る。先程までの四足形態とは違い、二足形態の姿でガイアはビームライフルを構えた。
長いブランクがありながらも、アスランの身体には戦士としての勘が刻み込まれていた。レバーを操作し、ペダルを踏み込む。横へ跳び退いたザクの背後で、放たれたビームが壁を灼いた。
着地した足で踏み込み、アスランは機体を突っ込ませる。そのスピードに虚を衝かれたのはアスラン、そして目の前のガイアもまた同じだった。ザクの突進に反応しきれず、まともにショルダーアタックを受けてガイアが後方へと吹き飛ばされる。
「こいつ…」
自身も背後へと跳躍しながら、アスランはザクという機体の性能に舌を巻いた。予想以上のパワーとスピード…これなら─────!
微かながらも確かな光明を掴んだアスランは油断なく、体勢を立て直してビームサーベルを掲げて迫るガイアを見据える。素早く武器を探り、肩に装着されたシールドからビームトマホークを抜き放つ。相手との距離を計りながら斬撃をシールドで受け、ビームトマホークを振り下ろす。ガイアもザクの斬撃をシールドで受け止め、二機の衝突の間で激しい火花が飛び散った。
アスランが機体を下がらせながら、敵を躱して後退するタイミングを探る。カガリを守る為、逃げ場を求めて乗り込んだザクだが、戦いに勝つ為に機体を借りた訳ではない。
しかしガイアは激しくザクへ向けて打ち掛かって来る。ザクも凄まじい性能を誇っているとはいえ、火力は向こうが上─────これだけ凄まじく攻めて来られるとこの場からの逃走はかなり難しいだろう。となれば、戦って勝ち取るしかない。
二機は再び刃を切り翳し、互いに斬りかかった。
『インパルス発進スタンバイ。パイロットはコアスプレンダーへ─────』
工廠区で激しい戦闘が行われている一方で、ドックでも慌ただしく動きがみられていた。戦闘区域から程近く位置する港に繋留されているのは、淡いグレイの戦艦─────明日に進水式を控えた新造艦ミネルバだ。旧来のザフト戦艦とは趣を変えたやや直線的なデザインをしたミネルバ内を、赤いパイロットスーツに身を包んだ
格納庫へと駆け込み、コアスプレンダーと呼ばれた白と青の愛機に乗り込んだ彼は、モビルスーツ管制と設定を打ち合わせる。
『モジュールはソードを選択。シルエットハンガー二号を開放します。シルエットフライヤー、射出スタンバイ…』
機体に乗り込んだのは良いが、シンは未だ状況を掴み切れていなかった。買い物を終えてヨウランと艦へ戻った途端に招集されたと思えば、工廠内で開発されていた新型機が何者かの手によって奪取されたと、恐るべき事実を知らされただけだった。
─────ふざけるな…。
ハッチを閉じ、込み上げる怒りを抑えながら機体を立ち上げる。発進シークエンスに従って、上階へと機体が運ばれていく。やがて上方への動きが止まり、同時に前方のハッチが開き始め、隙間から青い空が覗いた。
─────なんでだよ…。そうまでしてまた、したいってのかよ…!
『ハッチ開放、射出システムのエンゲージを確認。カタパルト推力正常。進路クリアー…コアスプレンダー発進、どうぞ!』
「シン・アスカ!コアスプレンダー、いきます!」
スロットルを全開にして機体を加速、大空へと飛び出した機体を傾けて旋回し、目標の区域へと急ぐ。
「…クソッ」
外を見下ろせば酷い惨状だった。工廠区内の至る所で立ち昇る黒煙と巻き上がる炎。幾つもの格納庫が潰されており、地面には無数のモビルスーツのものも混じった破片が飛び散っている。
機体が奪取された、としか聞かされていなかったシンは飛び込んで来た光景に愕然とする。あの光景の中に、自身の同僚がいる筈なのだと彼らの顔が脳裏を過り、またも怒りで頭が沸騰しそうになりながらも、シンは目的の三機を見つけた。
アビスはこちらからやや離れた地点で暴れ回っていた。ガイアは一体誰が搭乗しているのか、ザクウォーリアと交戦を繰り広げている─────が、驚くべきはそのザクがガイアを押している所だ。ガイアの動きは決して悪くない、されどザクはそれを上手く躱しながら敵に攻撃を打ち込んでいる。
「一体誰が…ッ!」
一パイロットとして、ザクの動きに目を奪われかけたシンは、ザクの背後から忍び寄る緑の影…カオスの姿を視認する。
しかし、当のザクはカオスの接近に気付いていないらしい。
「危ない!」
シンはすぐさま、背後について飛ぶ三つのユニットを確認し、相対速度を合わせながらこの機体特有のシステムを起動させた。
コアスプレンダーの機首が回転し、翼端と共に下部へと折りたたまれていく。変形したコアスプレンダーは後方から追いついて来たユニットと接近していき、ドッキングする。更に続けて後方のもう一基のユニットともドッキングすると、機体から両手両足が伸び、更に前方ユニット突端から特徴的な四本角を持つ頭部が現れた。
最後にシルエットフライヤーと呼ばれた無人機が運んできたユニットを分離し、それが背面に装着される。
変形を終え、戦闘機からモビルスーツへと変身を遂げた機体は鉄灰色から白と赤に配色されたカラーリングに色づいていく。
シンは背面の長大な二本の剣、エクスカリバーを抜き放ち上空からカオスへと斬り掛かる。
寸での所でカオスは上空から迫る機体に気付き、咄嗟に後方へ飛びずさる。二本の斬撃は地面を叩き、二筋の灼けた切り痕を刻みつける。
それを見もせず、シンはエクスカリバーの柄を連結させ、アンビデクストラスフォームへと移行─────一度頭上でくるりと回転させてからその切っ先をカオスへと向けて構えた。
ZGMF-X56Sインパルス─────従来のモビルスーツとは違い、合体機構を施したこの機体の名称だ。
突如戦場に現れたインパルスによってこの場の戦闘は一旦止まり、静寂が訪れる。
「散々戦ったじゃないか…。散々殺し合ったじゃないか…。なのに…、なのにッ!」
シンの脳裏に次々に過る、今目の前で広がる惨状とよく似た光景。あのような光景を二度と生み出したくないが為に、戦う事を決意したシンの目にまた同じものが広がっている。
「また戦争がしたいのか!?あんた達はッ!
シンの中で仮面がサブリミナル…