「向こうもよもやデブリの中に入ろうとはしないでしょうけど…、危険な宙域での戦闘になるわ。操艦、頼むわよ」
宇宙開発が始まって以来、廃棄された宇宙ゴミ、或いは小惑星の類が地球の引力に引かれて辿り着く宙域─────デブリベルト。先の大戦の切っ掛けとなったユニウスセブンも、今は地球を取り巻く帯の中にある。
この中に艦が突っ込めばどうなるかは想像に難くない。埋め尽くされるデブリの中で身を隠す選択はなくはないが、距離も近く捕捉されている状況でそれは考えづらい。ミラージュコロイドの使用もまずないだろう。
相手の動きは未だない。正面での衝突がお望みか、それともまた何か奇策を施してくるのか。
「シンとルナマリアで先制します。準備、終わってるわね?」
「はい!」
タリアの問い掛けにメイリンが答え、バートが縮まっていく敵艦との距離を読み上げる。
「目標まで六千五百!」
次第に迫るボギーワンとの距離。俄かに慌ただしくなる艦橋の中で、ドアが開く音がした。何故このタイミングで…と、微かな苛立ちを堪えながらタリアは振り返る。
「いいかな、艦長?」
そこにはタリアの予想通りの人物が立っていた。デュランダルが見慣れた柔らかな笑みを浮かべて、一歩横へ立ち位置をずらす。
彼の後ろから続いてきた二人を見て、タリアは自分の想像力が足りていなかった事を思い知る。
「私はオーブの方々にも艦橋に入って頂きたいと思うのだが」
タリア達の戸惑いなど気付いていないかの様に言ってのけるデュランダルと、彼の後ろで気まずそうに立っているのはカガリ・ユラ・アスハとその随員。
「いえ、それは…」
他国の人間に艦を見せて回る事自体、通常であれば考えられない事なのだ。それを戦闘中の艦橋に招くなど、あってはならない。タリアは断固として拒否しようと口を開いたが、その前にデュランダルが言葉を重ねた。
「君も知っての通り、代表は先の大戦で艦の指揮も執り、数多くの戦闘を経験されて来た方だ。そうした視点からこの艦の戦いを見て頂こうと思ってね」
そうした視点からだけは見て欲しくない、というのはタリアの切なる願いである。デュランダル一人だけならば受け入れられた。なまじ経験、知識があるカガリに戦闘中、口を挟まれたり等したら堪ったものではない。
そう危惧したタリアは睨むにも近い視線をカガリへ向けるが、当の本人は居心地悪そうに艦橋を見回している。そしてふとタリアと目が合うと、直後カガリの方から小さく頭を下げて来た。
それを見たタリアは悟る。あぁ、この人も抵抗はしたのだな、と─────妙な親近感を覚えたタリアは仕方なく考え直す事にした。
「…分かりました。議長がそうお望みなのでしたら」
彼女も実戦を経験しているのならば、指揮官の立場を尊重する事くらいは知っているだろう。何より今の態度からして、変に口を挟めてくる事もなさそうだ。
大人しくしている限りは艦橋にいて貰っても構うまい。そうでなければいつでも外に放り出せば─────いや、丁重にお引き取り願えばいいのだ。
「目標六千!」
「艦橋遮蔽!対艦、対モビルスーツ戦闘用意!」
三人の部外者のオブザーブを受けながら、粛々と戦闘準備が進められていく。タリアの号令に応えて艦橋が沈み始め、モビルスーツデッキでも機体の出撃準備が完了し、発進の刻を待つ。
「目標、進路そのまま、距離四千七百」
「ザク、インパルス、発進」
バートの報告を受け、タリアが命じる。メイリンが通信を通してパイロットへ艦長からの指示を伝え、最初にルナマリアの乗機、赤いザクウォーリアがカタパルトから射出される。長砲身のオルトロス高エネルギー長射程ビーム砲と、大容量のエネルギータンクを背面に装備したガナー仕様のザクだ。
続けてコアスプレンダーが発進する。続いて脚部ユニットの
「ボギーワンか…。本当の名前は何というのだろうね、あの艦の?」
「は?」
背後で唐突にデュランダルが、隣席の少年に向けて話し掛けるのが耳に入った。突然話し掛けられたアスハ代表の随員は確か、アレックス・ディノという名前だったか。代表の私的な護衛という事だが、恐らく軍人上がりだろうというのがタリアの見立てだ。
しかし護衛というには威圧感もなく、物静かそうな容貌で話し方も知的だ。
「名はその存在を示すものだ」
ザク、インパルスの後にゲイツRが二機更に発進する。宇宙空間を遠ざかっていくモビルスーツを見送りながら、背後で交わされる会話に何気なくタリアは耳を傾けていた。
「ならばもし、それが偽りだったとしたら?それはその存在そのものも偽り─────という事になるのかな?」
こんな場所で哲学的な話を始めるデュランダルに、タリアは少し怪訝に思う。だが直後、彼はいきなり爆弾を投げ入れる様な事を口走った。
「アレックス─────いや、アスラン・ザラ君?」
「っ!!?」
その名に思わず、タリアは振り返りかけた。といっても、視線は背後のアレックス…否、アスランを端に捉えてはいた。今の自身の立場と状況を思い出して気を取り直し、すぐに前に向き直ったが、内心に奔った衝撃は簡単には消えてくれない。
─────アスラン・ザラですって…!?
同時にあり得ないという思いが心の中を埋め尽くす。何故ならアスラン・ザラは先の大戦で、ジェネシスと運命を共にして死亡した筈なのだから。母なる星に住まう、多くの命を守って。
「議長」
アーサーがクルーへと命令を掛け、戦闘準備に余念がない艦橋だが心なしか彼の声が浮ついている様に聞こえるのは気のせいか。
戦闘を前にして最もなってはならない空気の中で、カガリの鋭い声が響き渡る。タリアの視線の端で、メイリンが微かに体を震わせたのが見えた。
「御心配には及びません、代表。彼を咎めようという気はありません。ただ、どうせ話すなら本当の彼と話がしたかっただけなのです」
カガリの視線を、デュランダルは穏やかな笑みを以て受け止める。
メイリンがちらちらとそちらの方を盗み見ている。タリアもこの状況でなければ、最後まで話に聞き耳を立てていた事だろうと自己評価を下す。
しかし実際、今はそれどころではないのだ。自分達の目の前で、争いの火種を大っぴらに抱えながら逃走を図る敵がいる。後ろ髪を引かれる思いで意識を切り替えて、タリアは目の前の敵に集中する。
「インパルス、ボギーワンまで千四百!」
小さくも深く、呼吸をするタリアの耳にオペレーターの声が入り込んだ。
「未だ針路も変えないのか…?どういう事だ。何か作戦でも…?」
その報告を聞き、首を捻るアーサーと同じくタリアも当惑していた。
縮まっていく距離、これではそう時間が経たない内にモビルスーツ隊はボギーワンを射程距離に捉えるだろう。それなのにボギーワンは何の動きもない。捕らえられたあの三機が出撃してくる気配もない。
いや、或いは─────
「ッ─────しまった!」
「デコイだっ!」
そこまで考えが至った時、タリアはようやく事態を悟った。タリアが叫んだと同時、彼女と同じくこの艦がすでに罠に掛けられている事を察したアレックス─────いや、アスランが声を重ねる形で叫んだのだった。
何の動きも見せないボギーワンに対して違和感は抱いていた。これだけ近付いても反撃の素振りすら見せない。まさかこちらの接近に気付いていない訳もあるまいに。
デブリの海を進みながら、シンの中の不審は徐々に膨れ上がっていく。神経を尖らせ、隈なく周囲を警戒しながらインパルスを前へと進ませる。
─────何でまだ、何も手を打ってこない…?
インパルスとザク、二機のゲイツRが浮かぶコロニーの残骸に近付いていく。
─────いや…、もしかして
その時、彼らが傍らを通り抜けようとしたコロニーの残骸の陰で何かが動いた。
シンの瞳が鋭く動く。蠢いた影を捉え、正体を掴み、そしてシンは誰よりも早く動き出した。
「コロニーの方!待ち伏せられてる!」
咄嗟に口から突いて出た雑な報せでも、同僚達の反応は早かった。デブリの陰から飛び出して来たのはカオス、ガイア、アビスの三機。アビスのビーム斉射を、シン達は散開しながら躱す。
しかし次の瞬間、カオスが二基のドラグーンを分離する。狙いは微かに他三人よりも反応が遅れたゲイツR─────挟み撃ちにされると、瞬きする間もなく両側から撃たれたビームに刺されて、戦闘開始後僅か一秒で僚機が一機、炎に包まれた。
『ショーン!』
「散開!各個応戦するんだ!」
つい先程まで傍にいた同僚の死に衝撃を受ける暇など、彼らにはない。最も早く我を取り戻したシンが上ずった声で命じ、ザクとゲイツRがその言葉に従って離れていく。
彼らをガイアとアビスが追うが、フォローに向かうよりも先に今度はシンへとドラグーンの照準が向けられた。目まぐるしく動き回り、前後からビームを射かけて来るドラグーンに対し、シンは巧みに機体を捌いて対応する。
弾幕の数も射撃の精度も、先のアーモリーワンで戦ったあのモビルアーマーの方が凄まじかった。あれを味わったシンに、体勢を崩される事もないまま回避するのは容易であった。
交錯するビームを躱し、背後へと回り込んだカオスのビームライフルによる射撃もすり抜ける。背部にマウントされた高エネルギービーム砲、ケルベロスを展開。両腰に構え、反撃の二門の砲撃を撃ち放つ。
砲撃はあっさりとカオスに躱されてしまったが、その間にシンはモニターを見遣る。そこにはシン達の目標であるボギーワンを示す光点が浮かんでいた。しかし直後、シンの目の前でその光点が画面上から消えた。
「な─────っ!」
唖然とするのも束の間、シンは視線をモニターから切って周囲へ注意を移す。カオスが再びドラグーンでインパルスへとビームを撃ち掛けながら、ビームライフルを撃ってくる。
─────ボギーワンが消えた…、何で!?
機体の体勢を操りながら殺到する弾幕を回避し、スラスターを吹かしてその場から距離を取る。再びケルベロスを放ち、カオスを牽制しながらシンは必死に考えを巡らせていた。
それが罠だったとはいえ、シン達はボギーワンとの距離をかなり詰めていた。どれだけの高速艦といえど、このデブリ帯へと向けていた針路を切り替え、こちらの索敵範囲から逃れる程の距離を稼ぐ事など出来る筈がない。
しかし実際にそのあり得ざる事態が今、シンの目の前で起きている。ならばそれには理由がある筈だ。
『デイル!』
「っ…!」
ルナマリアの悲痛な声が上がり、シンはサブカメラを切り替え、この短時間の間に僚機二機がやられてしまった状況を把握する。
先程ゲイツRを撃ち抜いたアビスが次に狙いを定めたのは、シンのインパルス─────両肩のシールドを展開して三連装ビーム砲、そして胸部のカリドゥス複相ビーム砲を同時に放った。
カオスからの弾幕も合わせて、シンは反撃の一手を打つ余裕もないまま回避に集中せざるを得ない中、手元にレーザー通信で送られて来た電文が入った。ここでようやくシンはボギーワンの位置と、目の前で起きたあの事態の意味を知った。
『ミネルバが!?…私達、まんまと嵌ったって訳!?』
「そういう事らしいね!」
何とかカオス、アビスから撃ち掛けられる弾幕を抜け出したシンは、両腰のケルベロスと共に両肩のデリュージーレール砲も展開。計四門の砲門に、一斉に火を噴かせた。
先程入った電文は、敵艦の奇襲を受けたミネルバが帰艦を促すものだった。シン達がボギーワンのものと考え追っていた方向とは逆─────敵艦はエンジンを切ってどこかに身を潜め、シン達が来るのを待ち伏せていたのだ。偽のデータを発信する囮を仕掛け、そのデータを追い掛けるシン達が充分艦から離れたのを待ってから奇襲、ミネルバを叩く。
ルナマリアの言う通り、自分達は間抜けにもまんまと、敵が仕掛けた罠に嵌ってしまったのだ。
『戻れって言われたって、この状況じゃあっ!』
「弱音吐く暇なんかない!来るぞ!」
カオスとアビス、ガイアを振り切った先で背中合わせに合流したインパルスとザク。シンとルナマリアは互いの前方から迫る敵機に対して身構える。
戦況は一方的に彼らに不利であり、帰艦するどころか先程撃破されたゲイツ二機の後を追わずにいるのが精一杯だった。
「アンチビーム爆雷発射!面舵三十、トリスタン照準!」
「ダメです!オレンジ二十二デルタにモビルスーツ!」
タリアが敵が仕掛けた囮を追い掛けている事を見抜いた時には、すでに手遅れだった。モニターからボギーワンの反応が消失し、同時に偽の反応を追っていたモビルスーツ隊にカオス、ガイア、アビスが襲い掛かり、あっという間にゲイツR二機が落とされた。
更にミネルバの背後から、どこかで身を潜めていたであろう本当のボギーワンが、そして左舷側からはモビルスーツが迫り回頭もままならない。
「機関最大!右舷側の小惑星を盾に回り込んで!」
ミネルバは背後から放たれたミサイルを振り切って動き出す。追い縋って来るミサイルはミネルバの迎撃システムに撃ち落とされ、或いは小惑星の突き出した岩肌に激突して爆散していく。至近からの爆発によって揺れる艦橋でクルー達の悲鳴が漏れるが、タリアは彼らを叱咤するように命じた。
「メイリン、シン達を戻して!残りの機体も発進準備を!アーサー、迎撃!」
後方からミサイルを放ちながらボギーワンが追ってくる。後ろを取られたままではどうしようもなく、どうにかして回り込もうにも側面から攻撃を仕掛けて来るダガーLの存在がそれを阻む。艦に残っているレイのザクも、発進進路も取れない今の状況では出撃は不可能だ。
遮蔽物を得て即座の直撃こそ避ける事が出来たものの、小惑星にへばりつき、その上背後を取られている状況ではミネルバの主砲も使えず、反撃に移れないままじわじわと追い詰められていくだけだ。
「ミサイル接近!数六!」
その時、索敵担当から敵艦からの更なる砲撃が告げられる。咄嗟に迎撃を命じながらも、ミサイルの予想コースを見ながらタリアは違和感を覚えた。
敵艦から放たれた六発のミサイルはどれも、ミネルバの船体を捉えたものではなかったのだ。
小惑星に阻まれ当てられないと自棄になったとは思えない。何か狙いがあるのかもしれないが、それが何なのか分からなければ対応のしようがない。
「まずい!艦を小惑星から離してください!」
「え?」
直後、背後から切迫した声が聞こえた。それはアスハ代表の随員からの警告と思われるが、その言葉の真意を計りかねたタリアは思考を一拍遅らせ、行動へ移す事が出来なかった。
ミサイルはミネルバが身を寄せている小惑星に次々と命中していく。するとミサイルが着弾した小惑星の岩壁が抉れ、破片が散り、岩のシャワーとなってミネルバへと降り注ぐ。無数の破片が船体に突き刺さり、横殴りの衝撃が艦を襲った。
「右舷がっ…艦長ォッ!」
アーサーが上げた声は最早悲鳴も同然。手摺にしがみついて振り落とされないよう耐えながら、タリアは轟音にかき消されないように声を張り上げながら指示を飛ばす。
「離脱する!上げ舵十五!」
だがその指示も終わらぬ内に、索敵担当が叫ぶ。
「更に第二波接近っ!」
「減速二十!」
タリアは小惑星からの離脱を試みるが、それを後方ボギーワンから放たれた第二波のミサイルが許さない。ミネルバの退路を断つように軌道を描きながら、予測される着弾箇所はミネルバの前方に集中している。
今度はすぐに敵の狙いを悟ったタリアが行動の遅れによって引き起こされるであろう次の事態を思い描き、肝を冷やしながら指示を切り替える。
第二波のミサイル群はタリアの予測通り艦の前方に命中する。爆発によって吹き飛ばされた岩の弾幕が、今度は艦の正面から襲い掛かる。仮にミネルバの艦橋が下方へ沈み込むシステムを採用していなければ、ここにいる全員艦橋ごとペシャンコになっていた事だろう。
「っ…、これじゃあ進路が─────!」
九死に一生を得たミネルバだが、危機はまだまだ終わらない。第二波のミサイルによって砕き切らなかった巨大な岩が、艦の前方に降り注いだ。これも減速が遅れていれば、船体がこの岩によって潰されていた所だが、それを回避した今はその岩によって進路を妨げられている。
「四番六番スラスター破損!艦長、これでは身動きが─────」
そして先程の岩の弾丸によって右舷のスラスターに破損が生じた。岩が邪魔をして前へは進めず、右には小惑星。後方からは敵艦が迫り、スラスターが潰されては回頭も左方向への移動もできない。
「ボギーワンは!?」
「ブルー二十二デルタ、距離千百!」
「更にモビルアーマー、モビルスーツ接近っ!」
「エイブス、レイを出して!歩いてでも何でもいいから、急いで!」
敵は動けないミネルバに、確実に止めを刺そうとしている。こうなっては発進進路を取れない等と気にもしていられない。とにかくザクを出して、敵モビルアーマーとモビルスーツを止めて貰わなければ。
だが後方のボギーワンは止まらない。未だカオス、ガイア、アビスと交戦中のシンとルナマリアからの援護は期待できない。
ザフトの技術を集結して設計された新造艦、ミネルバ。急遽予定外の旅立ちを余儀なくされた彼らは、本来の進水の日である明日を迎える前に、旅の終わりを突きつけられていた。