~前回のあらすじ~
ルナマリア「シンにお土産でも買っていってあげよう!…は?」
シン「迷ってたけど上陸する事にしたら何故かルナが不機嫌になりました」
メイリン「姉の痴話喧嘩に巻き込まれた哀れな妹です…」
ユーラシアに属するとある国。決して大規模な場所ではなく、お世辞にも栄えているともいえない国の更に外れに男はいた。この場所を知っているのは男に近しい数名の部下のみ。周囲を山と森に囲まれた小さな隠れ家の中で、男─────
「…随分と素早く動くじゃないか。ジブリール」
地球圏で高まる反プラント感情。そして多発するコーディネイターによる無差別テロ。それらに後押しされた形とはいえ、ユニウスセブン落下テロ─────ブレイク・ザ・ワールドと名付けられた事件が起こってからまだ一ヶ月と経っていない。それがまさか、ここまで早く開戦にこぎつけるとは─────それを煽ったのは自身であるという自覚を持ちながら、密やかな笑みを浮かべてDは手元に置かれた資料に目を落とす。
そこに書かれているのは、先のテロに際し大西洋連邦を始めとした地球各国がプラント側へ送った要求の内容であった。テログループの逮捕、引き渡し…賠償金、武装解除、現政権の解体、連合理事国の最高評議会監視員派遣─────これだけ吹っ掛けながら最後には、
「本当に…、実によく働いてくれる」
一の餌を与えてやれば張り切って十の働きをしてくれる犬が、今頃自分の企み通りに事が進んでいると悦に浸っているのだと思うと、嗤いが止まらない。本当に─────先の大戦末期、ジブリールは自ら最前線に足を運んだというが、そこで一体何を見て来たのやら。きっと、
…これからもジブリールには働いてもらわなければ困る為に、
やはり人は、相応しい力を持つ者によって管理、導かれなければならない─────そうしなければ、ジブリールの様に愚者によって世界が汚される。今でさえ、いっそ滅びた方がマシなのではないだろうかと、
「…いかんな。まだ私には希望がある。私の意志を引き継ぎ、愚か者共を導く事が出来る後継者がいる─────」
昏い衝動に呑み込まれそうになる感情を引き上げ、気を取り直す。この世界の人々は実に哀れで、愚かで、救い難い者達ばかりだが─────まだ間に合う。偶然にもDが見出す事ができた、絶望の中の希望。
Dがすべき事は二つ。一つは
「ユウの意識を多少揺らすくらいは出来ると思っていたのだがな…」
Dの脳裏に思い出されるのは、ユニウスセブン落下の為にアズラエル達が動くと先読みし、足止めに送り出した
「…まぁ、いい。奴らの足止めがなければ、ここまで上手く事を運べたかは分からん」
期待以下の結果だったとはいえ、最低限の働きをした事は事実。あの足止めがなければ、盤面が引っ繰り返っていた危険性もあったのだから、それを溜飲を下げる理由としてもいいだろう。それにしたって、『別に墜としてしまっても構わんのだろう?』と鼻を鳴らしていた阿婆擦れの顔は、今でも思い出すだけで盛大に笑い転げたくなる程だが。
大体、自分で戦いに行く訳でもあるまいに、何故あそこまで偉ぶれるのかさっぱり分からない。─────やはり大きな戦力低下を覚悟してでも、あの世界の癌は今すぐに処すべきではなかろうか…?
「─────落ち着け。今奴を処分するには、こちらもそれ相応の犠牲を伴う」
込み上がる殺意と憎悪を力づくで押し留める。忌々しいが、アコード達の能力は確かだ。あの阿婆擦れと敵対するという事は、アコード達を丸ごと相手しなくてはならない事も意味する。戦いの火蓋が開かれ、これから忙しくなるDには他に構っている暇などない。
この戦争に乗じて地球、プラント内に巣食う膿と、Dにとって障害になり得るモノを処理する。そしていずれ来る戦いへの備えと仕込み─────その為にも、余分な戦力の浪費は控えなくてはならない。理由がただの私怨など以ての外だ。
「…入れ」
扉がノックされる音がして、Dは微かに体を揺らしてから声を返す。今、この隠れ家にD以外に唯一滞在している、Dが最も信頼している部下の一人─────
アンドレアスは部屋へと入り、Dの前に立つと音を立てずその場に跪く。アンドレアスとは逆に、細い体格をしているDに巌の様な男が跪いているというアンバランスな光景が広がるが、それに反応する者はこの場には存在しない。
「どうした?」
「ご報告致します。…Ms.Cが部隊を動かしました」
部下の口から、Dを含めたほんの一部にしか通じないコードネームの一つが聞こえて来た瞬間、嫌な予感がした。先程押し留めた筈の怒りがじわりと滲み出すのを感じながら、Dは分かり切った質問を返すので精一杯だった。
「…一応聞こう。目標は?」
「方角から見るに、
「…」
Dは天を仰いだ。これから忙しくなるというのに、余計な手間しか増やさない癌細胞に怒りを焦がした。
「アンドレアス。やはり、今すぐにあの女を殺すべきだと思うか…?」
「…ご命令とあらば、実行致しますが」
「…冗談だ」
やはり手を組むべきではなかった、とDは後悔した。癌は早急に治療すべきだったのだと、何故出会った時に思わなかったのか。
陰鬱とした気持ちを隠そうともせず、表情に張りつけたままDは立ち上がった。
「オーブへ向かう。最悪な事態だけは避けねばならん」
「畏まりました」
あの女が何を企んでいるかなど手に取る様に分かる。何しろオーブには、前々からDにも確保できないのかと何度も窺いを立てて来た─────奴らにとっての
余談だが、Ms.Cの名付け主はDである。何故Cなのか─────
地球連合からの宣戦布告よりも少し前、プラント前面に築かれたザフト軍事ステーションから続々と戦艦、モビルスーツ隊が発進していた。ローアシア級、ナスカ級を中心とした艦隊と、その後方からゆっくりと姿を現したのは余りにも巨大な、最早艦には見えない構造物─────大型空母ゴンドワナ。
全長千二百メートルにも及ぶ、まるで要塞ともいうべき空母の中に、イザーク・ジュールを始めとしたジュール隊はいた。月基地を発ち、プラントへ向かいつつある地球連合軍の動きに対応して出撃したのだ。デュランダルを中心とした評議会は、事態の鎮静化を目指して様々な外交手段に訴え続けたが、相手は話に耳を傾けず、更には敵の部隊がプラントへ接近しつつある以上こちらも動かなければならない。
願望としては何事も起こらず、ただの睨み合いで終わってほしいと─────しかし現実そう上手くはいかないだろうとイザーク自身も感じていたが、実際には予想よりも遥かに早く事は動き始めた。イザークがそれを悟ったのは、ゴンドワナ内部に響き渡った警報によるもの。
「…なぁ。これ、冗談だろ?」
士官室から飛び出し、モビルスーツデッキを目指すイザークと途中で合流したディアッカが、固い顔で呟いた。対して、イザークは何の声も返す事が出来なかった。彼もまた、これが冗談であってほしいと、夢であってほしいと願う者の一人だからだ。先の大戦から二年。たったの二年しか経っていないのだ。両軍共にあれほどの犠牲を払いながらまた開戦などと、悪い夢であってくれたらと願わずにはいられなかった。
だが宣戦布告は決して撤回されない。彼の目の前から敵が消える事もない。ならばすべき事は一つ─────祖国を守る為に戦う。パイロットスーツに着替えたイザークは、ディアッカと共に愛機へ飛び込む。
「ジュール隊、イザーク・ジュール!出るぞ!」
イザークのスラッシュ・ザクファントムがカタパルトから勢いよく飛び出し、続けてディアッカとシホのザクが射出される。空母からは彼らだけでなく、全てのハッチから次々とモビルスーツが出撃し、波の如く迫り来る地球連合軍艦隊と対する。
『第一戦闘群、間もなく戦闘圏に突入します。全機オール・ウェポンズ・フリー』
ノイズに混じった管制の声が届いたのとほぼ同時、両軍モビルスーツ隊が動き出した。無数の砲撃が撃ち交わされ、展開していたモビルスーツの何機かが貫かれ爆散する。
その脇を通り抜け、イザークは漆黒の虚空を駆ける。先行するザクファントムに敵の砲火が集中するが、それに怖気る事もなく瞬く間に敵の戦線へと迫る。
『イザーク!ったく…、行くぞ!隊長に遅れを取るなよ!?』
過ぎるともいえる隊長の先行具合に溜息を吐きながら、ディアッカが同部隊の隊員へと檄を飛ばしながらイザークに続く。
─────オーブ宇宙ステーション、アメノミハシラ。主であるロンド・ミナ・サハクが本国へ降りているが為に不在な中でも、その動きには澱みがない。施設内は忙しく作業員が動き回り、アズラエルが保有する戦艦サッバーフの補修・補給作業が行われていた。
そしてアズラエルと共にあるユウもまた、アメノミハシラで自身の機体…
先の航海はかなりの長旅となり、機体を酷使してしまった。特にフレームの損傷はかなりのもので、今もユウは作業責任者の男とその点について話を続けていた。
「─────では、そのように」
「はい。お願いします」
一通り話したい事を話し終え、作業員の男が去って行く後ろ姿を眺めてからユウは大きく息を吐いた。
致し方ないとはいえ、思っていたよりも長くここで足止めを喰らいそうだ。ユウの想定を超えて傷ついていた今の愛機を見上げ、思わず申し訳なさを覚える。
─────果たして、壊さず返す事は出来るのだろうか…。
アストレイ・ファントムフレーム。VPS装甲が採用されたフレームはカラーアウトした状態で、ユウの眼前に立っているこの機体は、本来ユウが使ってはならない代物だ。それをアズラエルの伝手、交渉術等々を駆使して力づくで借り受ける事に成功した。この機体の本来の持ち主…今はこの場にはいない、ロンド・ミナ・サハクが額に青筋を立てながらも了承させられていたのはユウの記憶にも新しい。
彼女には悪いが、この機体には大いに助けられている。先のアコードの襲撃も、アストレイを受け取る以前のムラサメで出撃していたらどうなっていたか─────罪悪感がない訳ではないが、アズラエルの力に甘えてこのまま力を借りさせてもらう。何しろ近い内に、先の相手よりももっと手強い人物と相見える可能性があるのだから。
─────ラクス…、キラ…。
ユウの脳裏に過るのは、愛すべき二人の女性の笑顔。ラクス・クラインと、キラ・ヤマト─────彼女らの笑顔を汚す手が、二人へ向けて伸びている。叶うならば、今すぐにでもここを飛び出していきたい。先程、ユウが整備責任者と話していた内容もその部分に触れる所があった。
修理は最低限にと急ぐユウと、パイロットの命を守る為にも万全を期そうとする整備士─────話し合いの軍配は後者に上がったが、最早曲げる事の出来ない結果を前にユウは心を焦らしていた。この場に留まり、何も出来ない事がこうももどかしい─────。
「ユウ様」
涼やかな声がユウの耳朶を打つ。声の主にそこまでの意識があったかどうかは分からないが、その落ち着いた声が微かながら逸るユウの心を落ち着かせ、彼女の言葉に耳を傾けさせる余裕を生んだ。
「どうした、メテラ」
ユウに声を掛けたメイド服姿のメテラが、いつもの無表情のまま口を開いた。
「
「…そうか」
ユウにとって最優先はラクスとキラの二人だが、気掛かりなのはこの二人についてだけではなかった。
大西洋連邦から発せられたプラントへの宣戦布告。そして待ってましたと言わんばかりに進軍を開始した月艦隊。本当ならばユウ達もプラントへと発ちたい所だったが、出撃など出来る状態ではなく、ただプラントの防衛を信じる事しか出来なかった。
ギルバート・デュランダルという男を知っているユウからすれば、多少不安に思いながらもただの一度の侵攻に屈する筈がないと分かってはいた。が、ユウとは違い前世の記憶など持っている筈もないアズラエルは違う。各所連絡を繋げ、対応を画策していた彼は今頃同じ報告を受けて安堵の息を吐いている事だろう。
度合いの差はあれど、安堵したのはユウも同じだった。核攻撃は防げるだろうと確かな予測は立てられても、地球軍側にユウの知らない何かがあっても可笑しくはなかった。
「それと、アズラエル様からの言伝です。出港は二日後、詳細な時間は追ってまた伝える、との事です」
メテラからの報告が続く。今度はアズラエルからの伝言─────アメノミハシラを出て地球へ向かう日時についてだった。モビルスーツ、艦の整備・補給を考えればギリギリまで時間を詰めたスケジュールだろう。もっと早く、という思いがない訳ではないが、これ以上はどうしようも出来ないと理解をしつつユウは頷く。
「それともう一つ。現在オーブに駐留している
これで話は終わりか、とユウの中で思われたがメテラの報告はまだ終わりではなかった。
メテラの口から聞き流す事の出来ない単語が聞こえて来て、ユウは再び彼女の話へと耳を傾ける。
「『あの艦には今すぐオーブを出て行って貰おうと考えています。ユウ君はどう思いますか?』と、アズラエル様から伺いを受けています」
恐らくですが、これが年内最後の投稿になると思います。次回は来年です。