~前回のあらすじ~
ミナ「you、大天使解放しちゃいなyo」
カガリ「ちょっと考えさせて」
アズラエル「アンドリュー・バルトフェルドさんからの伝言でーす。ミネルバさん、早くオーブ出た方がいいっすよ?」
タリア「おかのした」
「最早、待ったなしですね」
ザフト軍の動きを報せる書類を見ていた長身の男、ユウナ・ロマ・セイランは小さく息を吐いた。
世界は急速に動き始めている。誰もが選択を迫られる時となってしまった。ユウナの父、ウナトは頷いてから口を開く。
「説得の方はどうなっている?」
父からのその質問を受けたユウナは、直前まで浮かべていた薄い笑みを硬直させる。その反応を見たウナトは微かに頭を振ってから、二本の指で眉間を摘まむ。
「…頑固さは筋金入り、か」
ウナトの溜め息を聞き、苛立たし気に小さく舌を打つユウナ。
何もかもが上手くいかない。どれだけ説いてもカガリはユウナとウナトの─────セイラン家の示す道に決して首を縦には振らなかった。
戦後から急速に力をつけていき、国内外問わず復興に大きく貢献をしてきたセイラン家の言葉にカガリは耳を傾けようとしない。決して無視出来る筈のない力にカガリは見向きもしなかった。
「やはり立ち塞がるか…、
セイラン家の歴史は他氏族と比べても浅い。家の興りは三十年ほど前、ウナトの父がオーブ内で急速に力をつけ、時をほぼ同じくして氏族の仲間入りをした。以降、セイラン家は氏族の中で唯一
この親子は先代とは違った。もっと大きく、強く、他者を蹴落とし、踏み台にしてでも─────そうしてセイラン家は更に成り上がっていく。だからこそ、二年前は大きなチャンスだった。
ウズミが退陣し、政権がカガリへと移り変わったのを機に五大氏族の入れ替えというチャンスが訪れたのだ。しかし結果は─────。セイラン家は候補にも挙がらなかった。候補の中にはセイラン家と比べて規模が弱い家もあったというのに、カガリは─────アスハは、彼らを歯牙にもかけなかったのだ。
「父上、お任せください。私が何としても、カガリを…」
「出来るのか?仮にも獅子の娘…、いや。あれは最早小さくとも獅子だぞ」
それでも親子の野心は止まらない。むしろ、自分らを選ばなかったカガリへの敵愾心を燃料に、更に心燃やしたのがウナトだった。彼の目に映るのは更なる高み─────国の頂き、すなわち代表首長。その為には、その座に座るカガリが邪魔であり、蹴落とすべき対象だ。息子であるユウナは、違った道を思い描いているようだが。
ユウナ自身は決して認めようとしないだろうが、十中八九カガリへ懸想している。出会った当初はただ頭が固く、世間知らずでその上叶いもしない理想ごとばかり叫ぶだけの娘が、大戦を通して成長していった姿を。代表として堂々と手腕を振るう姿を見て、当初の印象とは違うものを受けたらしい。
「ああは言っていますが、カガリも分かっている筈です。どちらが頭の良い選択か─────そして、誰の傍にいるべきなのかも…」
ユウナが代表首長の夫に収まれば、セイラン家の家格はこれ以上なく上がる。五大氏族に連なるだけでなく、宰相として補佐をする道も開けるだろう。そうなれば、オーブを実質的に動かしていくのはセイラン親子となる。
しかしそう上手く事は運ばないだろうというのがウナトの本音であった。ユウナは未だにカガリを侮っているようだが、
危険─────だからこそ、気が遠くなりそうになる程に慎重に、カガリの周囲から求心力を少しずつ削いできたのだ。本人も気付いている頃だろう。天秤が僅かに、ウナト側に傾き始めている事に。
ウナトが動き出す前、カガリが代表首長に就任した頃であれば、今回の大西洋連邦との同盟など一蹴できていただろう。当時より提出してきたセイランの対案がそうであったように。だが、今は違う。ウナトの、セイランの影響力は少しずつ浸透していき、五大氏族ですら無視できない程になっている。五大に数えられない一氏族でありながら、五大氏族に肩を並べる家格へと成長したのだ。
ウナトはそう、自負している。
「…そちらは任せるぞ」
「えぇ…。それと父上。
半ば無理だろうと諦めつつも、それを愛息子へ突きつけられる程、身内に対してウナトは冷酷になれなかった。せめて息子の目が覚めるまでと、カガリについては好きにさせておこうと考えるウナトに、ユウナが話題を変えて話し掛けた。それは、ウナトが最も気に掛かっている件についてだった。
「
「そうか…」
厳しい顔つきだったウナトの顔に、微かな笑みが滲む。
様々な可能性を考慮し、内だけでなく外にもパイプを繋げておかなければならない。
デスクに肘を突きながら、親指と人差し指を合わせて擦る。それは、機嫌が良い時のウナトの癖。
自身の理想を実現させる為の最初の一歩を踏み出せる。その瞬間がようやく訪れたのだと、ウナトは喜ばしく思うのだった。
「FCSコンタクト、パワーバスオンライン。ゲート開放─────」
和かな朝の陽射しを浴びながら、ミネルバのエンジンが灯る。前方のゲートがゆっくりと開いていき、ドックにさざ波を立てながら微速で前進するグレーの艦が外海へと漕ぎ出した。
モニターでは次第に遠ざかっていく島影が映し出されている。艦長席に座して航海を命じたタリアは、感慨深げにモニターの映像を見遣った。
『貴君らの航海に、幸があらん事を』
僅か十八歳の幼い国家元首が、出航を決めたタリアを訪ねて来たのはつい先程の事だった。カガリ自身忙しく、時間が取れたのがミネルバの出航直前になってしまった事を詫びてから、カガリは言葉少なくタリアを始めとしたクルーへと激励の言葉を発した。
ミネルバへの訪問など、彼女と対立する立場の閣僚に知られれば一大事だろうに─────それでもカガリが自分達を気に掛け、最後に言葉を送りに来てくれた事を、ザフトの軍人という立場上本来持ってはならない感情なのだろうが、嬉しく思えてしまった。
あの謎の男…アンドリュー・バルトフェルドからの伝言だというあの情報からは、オーブも今後苦しい立場になるという話だが、自分達の背後にあるあの国こそ、今後に幸がある事を願いたい。そして願わくば、今後も中立を保ち、敵対する事がない事を切に─────。
「間もなくオーブ領海を抜けます」
アーサーが明るい声で告げる。難しい状況下でありながら、しかし彼の気持ちも分からないでもない。ここは南海洋上。久々となる航海が、この美しい海の上というのは心が弾むのも無理はない。
「降下作戦はどうなっているのかしらね…。カーペンタリアとの連絡はまだ取れない?」
「はい。呼び出しは続けているんですが…」
タリアが振り返り、メイリンへと確認を取る。昨日の謎の通信から、幾度となくカーペンタリアへの交信を試みて来たミネルバだが、未だ返事は得られていない。今も航海の片隅でメイリンがカーペンタリアへ電文を送っているが、上手くいっていないらしい。
首を振るメイリンを見てから、前を向き直ったタリアが溜め息を吐く。まぁ、これから距離が縮まっていけばその内繋がるだろう─────そう考えた時だった。彼女の右側で、バートが息を呑んだ。
「本艦前方に多数の熱紋反応っ!これは…、艦隊です!地球軍艦隊!」
緊迫した報告に、反射的に目をやったタリアは耳を疑った。
「スペングラー級四、ダニロフ級八…他にも十隻ほどの中、小艦艇を確認!本艦前方、左右に展開しています!」
「えええぇっ!!?」
アーサーが血相を変え、勢いよく立ち上がる。タリアも先にアーサーが平静を失っていなければ、叫び出したいくらいだった。しかし状況と彼女の立場は、それを決して許さない。艦長としての責任と矜持が、彼女の思考に冷静さを残し、状況の整理をさせた。
空母四隻を含むに十隻以上の地球軍艦隊が、こちらを待ち受ける隊形で展開されている。
「どういう事ですか!?オーブの領海を出た途端に、こんな!」
「本艦を待ち受けてたってのか?地球軍はみんな、カーペンタリアじゃなかったのかよ!?」
突如彼らの眼前に迫る軍勢に、パニックになりかける艦橋。だが、彼らへと更なる凶報が襲う。
「後方っ…、オーブ領海線にオーブ艦隊!展開中です!」
報告を告げるバートですら信じ難いのだろう。震えた声による報告を信じられないのは、タリアもまた同じだった。
これ程の大部隊を揃えて来るのだ、こちらの情報が漏れていたのは間違いない。なら、地球連合へと情報を漏らしたのは一体どこの誰なのか─────自然と出て来る答えは一つ。オーブだ。大西洋連邦へとミネルバの出航の日時を伝え、連合軍が急ピッチでカーペンタリアを包囲する部隊の一部を切り取り、オーブへと向かわせる。段取りとしてはそんな所だろうか。
「…あぁもう!考えるのは後よっ!」
タリアの頭の中でグルグルと巡る迷い。まさか彼女が、いやそんな筈は─────そんな逡巡を激しく頭を振る事で打ち消し、タリアは前方の地球軍艦隊を見据える。
そう、考えるのは後でいくらでも出来る。とにかく今は、この場を生き延びる事に集中しなければ。
「コンディション・レッド発令!艦橋遮蔽!対艦、対モビルスーツ戦闘用意!大気圏内戦よ、アーサー!分かってるわね!?」
「は、はいっ!」
タリアの剣幕に弾かれるようにアーサーは席に着き、戦闘準備を始める。他のクルー達も同様に、一斉に手を動かし始めた。
戦闘の為に沈んでいく艦橋で、席に座しながらタリアは爪を噛む。相手は空母四隻を含めた大艦隊。対してこちらは戦艦一隻─────絶望というただの一言で簡単に説明出来てしまう程、タリア達にとって状況は切迫している。
しかしタリアは諦めるつもりなど毛頭なかった。降伏も撃沈も、断じて認めない。それが例えただの強がりであっても、絶対に。
「艦長、タリア・グラディスよりミネルバ全クルーへ」
クルー達の動きを見守りながら、タリアは手元の受話器を取って艦内の放送と繋げ、声を発する。
「現在本艦の前面には、空母四隻を含む地球軍艦隊が、そして後方には自国の領海警護と思われるオーブ軍艦隊が展開中である」
毅然とした態度を心掛けながらも、タリアは自身の声が果たして震えていないだろうかと。艦に乗る部下達に、心の怯えが果たして伝わっていないだろうかと懸念する。
「地球軍は本艦の出向を知り、網を張っていたと思われ、オーブは後方のドアを閉めている。我らには、前方の地球軍艦隊を突破する他に活路はない」
怯え─────あぁ、そうだ。自分は今、目の前の大艦隊に怯えている。そうだろう?たった一隻でこれから、あの数を相手にしなければならない。人気者は辛いというが、それも限度がある。これより自分達に降り掛かる不透明な未来が、怖くて仕方がない。
「これより開始される戦闘は、かつてない程に厳しいものになるだろう。だが本艦は何としても、これを突破しなくてはならない!」
だから、どうした?とタリアは自身に言い聞かせ、奮い立たせる。強がりでも何でもいい。この怯えを少しでも振り払えるのなら、それに縋る。今はとにかく、目の前の絶望に立ち向かう為の勇気がほしい!
「このミネルバクルーとしての誇りを持ち、戦いなさい!最後は─────
蛮勇と嘲ろ。愚昧と嗤え。後ろ向きで死ぬくらいなら、最後までその気になって前向きに戦い抜いてやる。
艦内放送で伝わるタリアの最後の声は力強く、全てのクルー達の元へと響き渡るのだった。
─────何が起こってる?
タリアによる艦内放送をパイロットアラートで聞いていたシンは、混乱の極みにいた。コンディション・レッドの発令で、ルナマリア、レイと共に格納庫にある愛機へと急いだのは良いが、その間も心ここにあらず。コックピットの中で未だ、シンは自問自答を繰り返していた。
─────オーブが…、何故?
しかし実際に、オーブは地球連合と繋がっている。今、シン達を取り巻くこの状況が、それを証明している。その理由が分からず、混乱し続けるシンに構わず状況は進んでいく。
領海を出たミネルバへ、ゆっくりと地球軍艦隊が迫って来る。後方へ引き返そうにも、そうはさせじとオーブ護衛艦隊が道を塞いでいる。元々自分達に残された路はただ一つ、タリアの言う通り前方の地球軍艦隊を突破する他ないのだ。
それが出来なければ、死ぬ。
「…死ぬ?俺が?」
混乱の最中、力がなかったシンの瞳に小さな火が灯る。ここで、死ぬ─────こんな所で。何も果たせず、
「死ねない…、死んでたまるか─────!」
機体を立ち上げ、発進の時を待つ。決して心が晴れた訳ではない。しかし目的はハッキリしていて、その為にすべき事も明確で、そしてシンの中で覚悟は定まっていた。
戦う。自分は死なないし、そして仲間も死なせない。たった一隻の戦艦が空母四隻を前にして、敵う筈がない…そんな定石なんて真っ平だ。もし、ここを脱する為に奇跡が必要だとでもいうのなら─────起こしてみせる。手繰り寄せてみせる。
「俺が─────、守ってみせる!」
瞬間、シンの中で形容し難い初めての感覚が奔った。まるで何かが
直後、目の前のランプがグリーンに変わったのを見て、シンは操縦桿を前方へ傾けた。
「シン・アスカ!コアスプレンダー、いきます!」
気迫を漲らせて、機体を発進させる。続けてカタパルトから射出される三基のユニットと空中で合体し、フォースシルエットを装備したインパルスが空中へと飛び出していく。
すでにシンの前方では、空母から発進した無数のウィンダムが空を覆っていた。フォースインパルス同様、大気圏内飛行を可能とするウィンダムの集団へと、シンは一気に飛び掛かる。
ルナマリア、レイの二機のザクは大気圏内での飛行は出来ず、迎撃用としか使えない。ミネルバ内で使える機動兵器はインパルスのみ。寄せ来るは地球連合の大艦隊。
こうして、絶望的な戦いの火蓋が切って落とされた。