~前回のあらすじ~
ユウナ「カガリカガリカガリカガリ…」
ウナト「アスハめアスハめアスハめ…」
シン「俺が─────、守ってみせる!」
マリクの操舵で敵艦からの砲撃を躱し、上空から降り注ぐミサイルを迎撃システムが叩き落す。甲板に立ったルナマリアのザクが、オルトロスを撃ち放ちミネルバを狙うウィンダムを貫けば、レイのザクは背面のポッドからミサイルを放って数機の敵機を同時に捉える。
多勢に無勢でありながら、ミネルバは当初の想定以上に奮闘していた。前方の敵艦隊は思うように距離を詰められず、それによって動き回るミネルバが敵艦の砲撃を掻い潜る。艦に取りつこうとする敵モビルスーツの数もそう多くはなく、今の所ルナマリアとレイの二人のみでも対応できるという状況だった。ここまでミネルバが戦いを優位といえなくとも立ち回れている理由─────それは彼らの前方、ウィンダムの群れに囲まれながら飛び回るインパルスにあった。
「すごい…」
艦橋にいる誰かがポツリと呟く。決して戦況は良くはない。しかしそれを忘れかけてしまう程にインパルスの─────シンの戦いぶりは凄まじかった。
片手に持つビームサーベルでウィンダムを次々と切り裂いていったかと思えば、不意に敵機の集団から動きを逸らし、ミネルバを狙って砲撃を放とうとした地球軍の戦艦をビームライフルで牽制する。敵から撃ち放たれる砲撃がミネルバを捉えられない、その要因の一つがこれだった。敵の思惑では、一気にミネルバとの距離を詰め、逃げ場を失ったこちらを短期決戦で撃沈させてやりたかった事だろう。奴らは元々カーペンタリアを包囲していた部隊の一部で、この戦闘が終わればまた包囲網に戻っていくつもりだった筈だ。
そこに立ちはだかったのが、シンのインパルスだった。大群に囲まれたシンの立ち回りは見事で、同士討ちを避けたい敵の心理を上手く利用した機体の配置と動きを続けている。それと同時に、ミネルバの包囲網を狭めようとする地球軍艦隊の妨害をも熟していた。インパルスを撃ち落とそうにも、戦艦が砲塔を向けた時にはすでにシンはウィンダムの集団の中に紛れて再び立ち回っている。こうしてインパルス一機に翻弄をされる地球軍艦隊は、当初の予定を大きく崩された形でミネルバを捉える事が出来ないでいた。
「アーサー!ボーッとしない!」
「あ、は、はいぃっ!?」
確かにシンの戦いぶりに目を奪われてしまう、その気持ちは分かる。彼の戦いはこの絶望的な状況の中で、僅かでも心に希望を持たせる光景だった。だからといって、その場で座りっぱなしでいていい訳ではない。シンがどれだけ凄かろうとも、こちらが圧倒的不利な事に変わりはないのだから。
何しろシンがあれだけ敵機を墜としても、勢いは衰えない。そして何よりシン自身も決して余裕はない筈なのだ。あの数を相手にしながらこちらのフォローをして、その分シンのスタミナも、そして機体のエネルギーも今まで以上のペースで減っている筈─────。
シンのお陰で現状互角に撃ち合えてはいるものの、突破するにはあと一手足りない。本来、大気圏内で使用するのは望ましくないとされているが、そんな悠長な事を言っていられる場合ではない。タリアが
「不明機接近!これは…!?」
艦橋にバートの不吉な声が響く。すぐにメイリンが反応し、モニターを切り替える。
「なんだ、あれは!」
「モビルアーマー!?」
波を蹴立てて低空で進んでくる、ずんぐりとした機体が映し出された。周囲のウィンダムと比べて明らかに巨大な機体は、高速でミネルバへと接近してくる。
「アーサー、タンホイザー起動!アレと共に左前方の艦隊を薙ぎ払う!」
周囲に僚機をつけず、こうも堂々と突っ込んでくるモビルアーマーに微かな違和感を覚えながらタリアは先程発しようとした内容をやや切り替え、アーサーへと命じる。
「えぇっ!?しかし大気圏内で…」
「沈みたいの!?」
「い、いえっ!タンホイザー起動!射線軸コントロール移行!」
反論しかけるアーサーを睨みつけて封殺。すぐさまタリアの指示通りに動き始めたのを見届けてから、改めて映像に映るモビルアーマーを見つめる。
いくら相手がミネルバ一隻とはいえ、正面から突っ込んでくるとは舐められたものだ。こちらに威力の陽電子砲が搭載されている事を知らない訳でもあるまいに─────。
「─────」
そこまで考えて、タリアは背筋をひやりとした何かが撫でたのを感じた。そう、敵は知っている筈なのだ。こちらの戦力を、武装を、何よりタンホイザーという存在を。
「照準、モビルアーマー!」
あんな出撃のさせ方をするのだ。敵もあの機体には相当の自信を持っているのは間違いない。それを使わせる前に勝負を決める─────!
「てーっ!」
艦首より迫り出した砲身が、アーサーの号令と共に閃光を奔らせる。砲撃が水面を掠めて水蒸気爆発を起こし、迫る光の渦に対して敵モビルアーマーが制動をかけるように極端な前傾姿勢をとった。直後、光がその巨体を呑み込む。モビルアーマーの後方にあった艦艇が一隻爆発を起こしたのを最後に、艦橋のモニター一杯に光が包んだ。
やがてゆっくりと光輝が薄れていき、映像が再びハッキリと周囲の景色を映し出す。タリアはそれを見上げて、思わず我が目を疑った。
モビルアーマーはまるで何事もなかったように、ボディに傷一つつけずに変わらず飛行を続けていたのだ。
「タンホイザーを…跳ね返した…?」
呆然とアーサーが呟く。艦橋に唖然とした空気が流れる中でも、モビルアーマーは更にミネルバへと迫る。いち早く自失から覚めたタリアが、矢継ぎ早に命令を発する。
「取り舵二十!機関最大!トリスタン照準、左舷敵戦艦!マリク、回避任せる!メイリン、シンを戻せる!?」
タリアの命令にマリクとメイリンが返事を返し、手元と向き合う。
ミネルバが急激に回頭を始める。直後、モビルアーマーが前方脚部を展開し、そこから強烈な砲撃を撃ち放つ。タリアの素早い判断により辛うじてその砲撃の回避に成功したミネルバだったが、モビルアーマーは当然攻勢を緩めようとはしない。再びモビルアーマーが前足部の砲塔をミネルバへと向けた。
甲板のルナマリア機、レイ機は周囲のウィンダムの対応に追われてモビルアーマーへ注意を割けない。万事休す化と思われたその時、モビルアーマーの前方に割って入る白い影が現れた。
「シン…!」
「ミネルバッ!」
一人突出し、モビルスーツ部隊を翻弄し続けていたシンは、突如姿を現したモビルアーマーによる一連の行為を目の当たりにし、メイリンからの通信が入る前から母艦の方向へと踵を返していた。それによってインパルスに掛かり切りだったモビルスーツ隊、艦隊の一部が自由となるが構わない。このままではあのモビルアーマー一機で、辛うじて保っていた戦線が一瞬で瓦解する。
─────もうすでに遅いかもしれないが、少なくともシンの判断は寸での所でミネルバを救った。地球軍艦隊の砲撃によって追われるミネルバには、モビルアーマーの攻撃を躱す余裕などなく、二度目の砲撃がもし放たれていれば間違いなく撃ち抜かれていた事だろう。シンの乱入は一先ず、目の覆いたくなる事態を防いだといえる。
しかし─────
「こいつ…っ!」
対峙は一瞬、すぐさまビームサーベルで斬り掛かるシンだが、敵機は鈍重そうな見た目からは想像も出来ない機動力を見せて斬撃を避けてみせる。機体を返すシンは、同時に旋回してこちらに向かって来たモビルアーマーと交錯する。
「速いッ!」
直後、モビルアーマーの後方に収められていた脚部が展開され、機体は後ろ向きのままインパルスへと砲撃が放たれる。機体を急上昇させてビームを躱したシンは、腰の後ろからビームライフルを抜いて再び旋回してこちらへ向き直ろうとするモビルアーマーを狙う。だが、銃口から放たれたビームは命中する直前、見えない何かに妨げられて霧散する。
一瞬戸惑い、言葉を失うシンだったがすぐにあれこそが、先程タンホイザーを跳ね返したものの正体なのだと悟る。機体上部に並ぶ四つの目のような装置から、ビームを反射させる力場を出力しているのだ。
とはいえ、厄介な事になった。
「クソッ…!」
モビルアーマーの両脚から撃ち放たれるビームを躱しながらシンは毒づく。相手の火力と意外な機動力も厄介だが、多少時間を掛ければ攻略できるだろう─────というのがシンの敵機に対する正直な評価だった。問題は、その多少の時間すら惜しい程に、ミネルバが追い込まれている事だ。
地球軍の砲撃に晒され、未だ直撃こそ受けていないものの何発かのミサイルは受けている。ルナマリアとレイも必死の防衛を続けているが、そろそろ限界だ。そして何より、シンが乗り込む愛機にも問題が起きていた。
戦闘開始から大多数の敵機を相手に、ペース配分を考えずに飛ばして戦い抜いたインパルスは、エネルギー切れが間近に迫っていた。敵機の火力とパワーに対応を続ける今、コックピットではアラートが鳴り響いている。
「─────」
エネルギーが切れればVPSは落ち、搭載された兵器も使用不可となり、何の手立てもなくインパルスは撃ち抜かれて終わり─────とはならないのが、この機体とミネルバの凄い所だ。それを解決する手立ては、ある。しかしこの混戦の中で果たして、自分の要求に応える余裕が彼らにあるのか…?
「…ッ!」
考え込み、僅かに集中が削がれたシンをモビルアーマーがクローを展開して襲い掛かる。思考によって多少削れたとはいえ、それでも極限の集中の中にいるシンは素早く反応。紙一重で拘束を試みるモビルアーマーの鉤爪を躱すと、ビームサーベルを振り抜き相手を牽制。斬撃の回避に下がったモビルアーマーとの距離を一気に開く。
迷っている暇はない─────残されている時間に余裕なんてないのだ。ならば、早く勝負を賭けなければ勝機はない。決意を固めたシンは、手元のテンキーを操作してミネルバとの通信を繋げるのだった。
時間はミネルバが出航をしてからそう時間が経たない頃まで遡る─────。オーブを発つ決断をしたタリアと、他一部のミネルバクルー達へこれまでの事への礼と挨拶を終えたカガリは、内閣府官邸へと戻ろうとしていた。問題は山積み、ミナからの提案についても考えなくてはならない。最近の多忙故に殆ど眠れず、目の下の隈を隠す暇もなく、カガリは動き回っていた。
「…カガリ。戻ったら少し休もう」
「いや、そんな暇はない。…アスランも疲れている所悪いが、少し付き合ってくれ」
「カガリ…」
自分が疲れている事などとっくに自覚している。アスランも、今はこの場にいないカナードもそんな自分を心配している事も知っている。だが立ち止まってなどいられない。世界がまたも混沌へと向かおうとしている時に、ここで踏ん張らなくていつやるというのだ。
優しく言葉を掛けてくれたアスランへ返すのは、彼の提案を拒む返答。それが強がりだとすぐに分かったのだろう、アスランは表情を曇らせながら、再びカガリへ何かを言おうと口を開いて─────声を発する前に彼の通信端末が音を出した。何か言い掛けた口を閉じ、アスランは通信端末を手に取ると通話に応じる。
「どうした。あぁ…、うん。…なんだと?」
「…?」
初め、穏やかだったアスランの声が次第に険しくなっていく。見れば、先程までカガリへの心配で曇っていた表情も、違う意味で険しく歪んでいた。
「…分かった。すぐに軍本部へ向かう」
険しい顔のままそう言って、アスランは端末を操作して通信を切る。一体何の話だったのだろうか。軍本部と言ったが…何かが起きているとでもいうのか。
「カガリ。領海線で戦闘が起きているらしい。…ミネルバと地球軍の艦隊だ」
「なに…!?」
アスランの口から出て来たのは驚くべき報告だった。つい先程出航をして、今頃は領海を出てカーペンタリアへの航海をしている筈のミネルバが、地球軍艦隊と戦闘を繰り広げている─────だが、それは。
「どういう事だ!まさか、漏れていたというのか…?ミネルバの出航が!」
「分からない。だが…今、軍本部に
「─────」
ユウナが軍本部へいる。そんな予定は全く聞かされていないし、第一彼が軍本部へ足を運ぶ理由がない。しかし現在、領海線付近で起きている戦闘…同時期にユウナが軍本部へと来ている…頭の中で一本の線が繋がった気がしたカガリは、急いで踵を返した。
恐らくユウナは発令所にいる筈。そこなら、起きている戦闘の全貌が見られる。そう当たりをつけてアスランと共に足を急がせ、カガリは発令所へと足を踏み入れた。
モニターには海上を埋め尽くした戦艦を前に、たった一隻で戦うミネルバの姿が映し出されていた。兵士達はそれを見上げながら不安そうな表情を浮かべ、そして彼らの後方ではまるでスポーツ観戦をするように寛いだ姿勢で座するユウナがいる。
「…何をしている?」
衝撃から立ち直ったカガリが、擦れた声を漏らす。兵士達が驚いて振り返り、立ち上がる。
「カガリ様!」
「報告は後で構わん。触り程度は聞いている。…それより」
一人の兵士がカガリの元へ歩み寄ろうとする。現在の状況について報告しようとしたのだろうが、それを遮ってカガリは後方へと向き直る。今、彼女には問い質さなければならない相手がいるからだ。
「か、カガリ…」
驚き椅子から腰を浮かしたユウナへと、カガリは怒りを押し殺しながら歩み寄る。
「これはどういう事だ、ユウナ」
低い声で問い掛けるカガリ。ユウナは一瞬息を詰まらせた後、息を吐いてから演技染みた所作で両手を広げた。
「見ての通りさ、カガリ。ミネルバが地球軍と戦っているんだよ。いやぁ、困るよね?こんな領海線でさ」
罰の悪い表情を一瞬で拭い去り、いつもの軽薄顔を浮かべるユウナを睨みつけてからカガリはすぐにモニター映像へと目を向ける。
上空をモビルスーツに取り巻かれながら、飛来するミサイルを必死に回避し続けるミネルバ。しかし余りにも数が違いすぎる。ミネルバの迎撃を掻い潜ったウィンダムが放ったミサイルが、右舷ハッチに命中して爆発した。ミネルバも粘っているが、あんな大軍が相手ではそう長くは保つまい。
「心配はいらないよ、カガリ。すでに領海線に護衛艦は出してある」
心配そうにモニターを見上げていたカガリを、何か勘違いしたユウナが声を掛ける。一瞬目を見開いた後、カガリは再び鋭くユウナを睨みつけながら口を開いた。
「ミネルバを領海に入れさせない気か」
「当然さ。だって、それが
「…」
ユウナからの問い掛けに、カガリは反論の言葉を見つける事が出来なかった。他国を侵略せず、他国の侵略を赦さず、他国の争いに介入しない─────それこそオーブの理念である。それを否定する事など、カガリには出来なかった。
「カガリ」
「…あぁ。大丈夫だ」
黙り込んだカガリへ、アスランが寄り添う。心を通わせた少年の笑顔から力を受け取りながら、何故かムッとしながらアスランを睨みつけているユウナを見上げる。
「そうだな、ユウナ。お前の言っている事は正しい」
「っ…、だろう!?カガリもようやく、僕の事を分かって来たじゃないか!」
「だが、勝手に軍を動かすとはどういう了見だ?話を聞かせて貰おうか」
「…はぇ?」
カガリが白旗を挙げたとでも思ったのか、威勢を良くしたユウナだったが続く問い掛けに対して情けない声を漏らす。
「お前にそんな権限はない筈だが?これは紛れもない越権行為だな」
「あ、いや…それは…、そう!そんな時間なんてなかったんだよ!僕も君に判断を仰ぐべきかと考えたさ!だけど…」
「そうか。その気持ちは有り難いが、それでも私、或いは他の上層部に伺いを立てるべきだったな。規則は規則だ」
セイラン家に軍を動かす権限はない。仮に首長の中で最も早く異変に気付いたのがセイラン家だったとしても、彼らに直接軍へと命令を下す事は本来出来ないのだ。どんな方便を使って軍を動かしたのかは知らないが、彼らも事実領海線で戦闘が起きている事を憂い、ユウナの命令にやむを得ず急いで従ってしまったのだろう。
「か、かが─────」
「連れていけ。そして、じっくりと話を聞いてやれ」
「カガリ?!そんな、僕は…ッ!」
また何か聞くに堪えない言い訳をされる前に、拘束を命じてしまう。カガリが発した命令に驚き、喚くユウナの両脇が二人の兵士に掴まれ、そのまま連行されていく。
「待って!カガリ、話を聞いて!僕はただ─────お、おい離せ!僕を誰だと思ってる!?」
「…」
扉が閉まるその時まで、見苦しく喚くユウナの声は発令所に響き渡っていた。カガリは最後までユウナを睨みつけ、彼の姿が見えなくなってから瞑目する。
─────十中八九、ミネルバ出航の情報を地球軍へと漏らしたのは
「ミネルバ、領海線へ更に接近。このままいけば、数分で侵犯します」
戦況をモニターしていた兵士が報告した。ミネルバは地球軍の猛攻に押され、必死の回避運動を続けながら少しずつ領海線へと押しやられていた。
報告を受けたカガリは僅かな熟考の後、決断するしかなかった。ユウナの与太話の中にも一つ、押しも押されぬ真実があった。
オーブは
「
それは今のカガリにとって精一杯の、ミネルバへの援護だった。