~前回のあらすじ~
シン「え、勝てた?」
マユ「あいつに勝つにはもっと強くならなきゃ…」
戦いの影響で傷だらけとなったミネルバに機体を着艦させ、コックピットから降りたシンはルナマリアやヴィーノ達のみならず、その場にいるスタッフ全員からの盛大な出迎えを受けていた。
「シンっ!聞いたぜ、このぉっ!」
真っ先に飛びついて来たヴィーノが力強くシンの背中を叩く。
「イテッ!痛いって、ヴィーノ!」
「だってよぉっ!ホント、やってくれたな!シン!」
喜び爆発といった様子で語るヴィーノは最早、自分自身でも何を言っているのか分からない状態なのかもしれない。だがそんな事は別に珍しくもないヴィーノはともかく、シンにとって予想外だったのは彼を囲む他のスタッフ達もまた同様だった事だ。
「助かったぜ、シン!」
「いきなりスーパーエース級の活躍しやがって…、このっ!」
周囲からもみくちゃにされ、目を白黒させる。ようやく皆が自分の戦功を褒め称えているのだと気付いてから、シンもまた、あの戦いを乗り切ったのだと、生き残ったのだという自覚が湧き上がり、徐々にその顔に笑みが浮かんでいく。そうして暫くの間、色んな人達に囲まれ称えられていたシンだったが、それを見ていただけだった主任のエイブスが不意に口を開く。
「さーあ!ほらもう、お前らいい加減仕事に戻れ!カーペンタリアまではまだあるんだぞ!」
絶体絶命の状況を乗り切り、緩んだ雰囲気を引き締めるエイブスの一喝。その声を切っ掛けに、スタッフ達はシンの周囲から離れて、それぞれ仕事に戻っていった。スタッフの包囲から解放されて一息を吐いたシンに、今度はルナマリアとレイが合流する。レイはいつもの硬質な顔だが、やはり生存を遂げた事への安堵はあるのか、普段よりも表情が柔らかく見える。そしてルナマリアは、先程のスタッフ達と同じく興奮気味に声を掛けて来た。
「ホント、凄いじゃない!どうしちゃったわけ?」
弾んだ声で尋ねて来たルナマリアへ、パイロットロッカーへと足を向けながらシンは先程の戦闘について─────正確には出撃直前のあの感覚について思い出しながら口を開いた。
「自分でも良く分からないんだ。何かいつもよりも敵の動きが良く見えて…、自分の動きも冴え渡ってたっていうか…負ける気がしなかったっていうか─────」
自分の中で何かが弾けた様な、不思議な感覚。それはそう、地球軍艦隊とオーブ艦隊に前後を挟まれ、ここまでなのかと諦めかけた自分へ力を与えた。
「こんな所で死んでたまるかって、そう思ったら…」
「キレた、って事?」
「そうじゃないと思うけど…、ごめん。やっぱり上手く説明できないや」
要領の得ないシンの説明を自分なりに解釈しようと再び問い掛けるルナマリアへ、正しく伝えようと思考を回すも上手い表現が浮かばない。思わず顔を顰めるシンに、横からさり気なくレイが口を挟んだ。
「何にせよ、お前が艦を守った」
シンはルナマリアと一緒に、驚いて彼を見つめた。先程まで硬質であり、されどいつもよりも柔らかな表情を浮かべていたレイが、今は二人ですら滅多に見た事のない笑顔でそこにいる。
「生きているという事は、それだけで価値がある。明日がある、という事だからな」
口調も淡々と、しかしやはり穏やかな声でそう語ってから、シンの方を優しく叩いて先を行くレイ。
いつも必要最低限な事しか言わないレイが、ここまで口数多く語ってくれるとは。それも、笑顔で!シンとルナマリアはどちらからともなく顔を見合わせると、少しの間愕然としてから、不意に小さく噴き出した。
「びっくりした…」
「ね」
シンが言えば、ルナマリアが微笑んで頷き返す。
「っていうかレイ、何か台詞がじじむさいかも」
「おい、それはレイに失礼だろ…プッ」
「あ、今シン笑ったでしょ。レイに失礼だー」
「笑ってないし。ルナの聞き間違いだろ」
ルナマリアの言う通り、確かに先程の台詞は少々年齢不相応だった気がして、笑みを堪えられなかった。それを聞き逃さなかったルナマリアに追及されるも、誤魔化したシンは、並んでパイロットロッカーへと向かう。
当然ルナマリアとは別れてパイロットスーツから着替えた後、シンはふらりと一人甲板へと上がっていた。上部甲板はあちこち色が変わり、傷だらけで、激戦の痕が刻まれている。
「─────」
前から風にさらわれる様に、シンはふと背後へと視線を向ける。ミネルバの後方、つい先刻まで過ごしていた故郷の島々はもう見えない。広がる海の向こうを見通す様に、シンはじっと見つめた。
先程の戦闘中、オーブ艦隊から発せられた警告は耳にしていた。あの時はそれ処ではなく、あの通信について考える余裕もなかったが、こうして落ち着いてから改めて思い出すと胸が重くなった気がした。
事情は分かる。オーブは国の理念に従って行動しただけだ。現にあの威嚇射撃はミネルバだけでなく、地球軍にも向けられていたし、それを咎めるつもりなんて更々ない。だが、故国から砲を向けられるというのは、こうも胸が痛むものなのか。帰りを待つ者は誰もいない。プラントへ身を寄せる決断をした瞬間から、二度と戻る事はないだろうと忘れかけていた場所でも、やはり思い入れはそう簡単に断てやしない。
だが、裏切られたと感じるのは筋違いだ。シンは今ザフトの軍人であり、もうオーブの人間ではないのだから。今回の事で、それを改めて思い知らされた─────ただそれだけの事。
「…」
海の向こう側へと向けていた目を閉じて、シンは心に刻みつける。もうオーブは自分の帰る場所ではないのだと。今の自分が帰る場所は─────故郷は変わったのだと。
次に目を開けた時、シンの瞳にはもうかつての故郷を憂う色はなかった。後ろを振り返る事なく、前を向く少年の目が見るのは今。今の自分を温かく向か入れてくれる人達を守る為に─────シンはドアへと歩き出した。
アスハ家の別邸は、海に面した静かな場所に建てられている。今日は潮風も穏やかで過ごしやすく、別邸のテラスでは二人の男女が丸テーブルを挟んで向かい合って座り、静かな時を過ごしていた。
金髪で整った顔立ちの男の名前は、
「よぉし!」
間に流れる沈黙すら心地よく思える時間の中で、開け放たれた窓から満足げな声が聞こえて来た。ムウとマリューは沈黙を切り裂いて聞こえて来た声に驚き、同時に振り返ると、暫くしてから精悍な顔立ちの男が両手にカップを持ってテラスに出て来た。男の後ろからは、潮風に靡く長い黒髪を押さえながら続く、東洋風の美女。
「前回よりもちょいとローストを深くして見た。さぁ、どうかな?」
バルトフェルドが自慢げに尋ねると、ムウとマリューは笑いを堪えながらカップを口に運んだ。二人は一口味わってから、互いに違う反応を見せた。ムウは目を微かに見開いてから頷き、マリューは首を傾げる。
「俺はいいと思うな。マリューはちと違うみたいだけど」
「えぇ。前回の方が好きだわ」
「ふむ…、なるほど。君らの好みがだんだん分かってきたぞ」
バルトフェルドもアイシャが持っていたカップを受け取り、彼女と一緒に口に含み、味わってから尤もらしく頷く。アイシャも一口コーヒーを味わうと、ふとムウの方へと目を向けながら口を開いた。
「けど、やっぱり兄弟なのね。覚えてる、アンディ?ユウ君は味の分かる男だって、嬉しそうに話してたの」
「…そんな事もあったな。ほら、砂漠で僕がユウ達を招待した時だよ。あの時は試しも兼ねて、かなり苦めのブレンドを出したんだがな」
「あぁ…。アンタ、あの時ユウにそんな事してたのか…」
アンドリュー・バルトフェルド─────砂漠の虎の異名をとった、かつてのザフトの英雄とムウ、マリューらは幾度か交戦をした事がある。あの時はまだ地球軍、ザフトと別れた陣営に所属していた頃。アークエンジェルに搭乗していたムウ達は思いも寄らずザフトの勢力圏であったアフリカ南部に着陸する事になり、そしてそれを察したバルトフェルド隊と対峙したという経緯だったが、途中物資の買い出しに出掛けていたユウ達が一時行方不明になった事があった。それがまさか、バルトフェルドの家宅に招待されていたと知った時は気が遠くなったものだが、今となってはその話も懐かしさすら覚える。
「…一応聞くが、ユウから連絡は来ているのかい?」
「いや…。でも、あいつの事だ。死んじゃいないだろうさ。きっとどこかで、無茶苦茶してるんだよ」
ユウ─────父も母も死んだムウに唯一残された家族であり、掛け替えのない弟だ。今、ユウはこの世界のどこかで、ムウ達の知らないどこかで戦っている。オーブを発って暫くは何度か生存報告も兼ねて連絡が来ていたのだが、それもいつしかプッツリと途切れてしまい、ムウからはユウがどこに居るのか、生きているのかすら確かめる手立てがない。
「ムウ…」
「…大丈夫さ。俺はあいつを信じてるからな」
ムウの心情を察してか、マリューが優しく呼び掛ける。愛する彼女の気遣いを嬉しく思いながらも、男として気丈にムウは振る舞う。
そう。先程バルトフェルドにも言ったが、ムウはユウが死んでいるなんて微塵も思っていなかった。あいつは今もどこかで絶対に生きている。一つ心配しているのは、ユウは平気な顔でとんでもない無茶をするから、そこだけが心配だった。今頃どこで何をしているのか。怪我はしていないか、何か大変な事に巻き込まれていないか─────そんな心配をしていた矢先にあの事件、ブレイク・ザ・ワールド、そして大西洋連邦によるプラントへの宣戦布告が起きたものだから、ムウの心配は更に加速するばかりだった。
だが、ユウは生きている。その一点だけは、疑念の入る余地は一切なく。ムウは曇りのない顔で手摺の向こう側の海を眺めた。マリューも風に髪を靡かせながら、バルトフェルドとアイシャも手摺にもたれて日差しを受けて輝く海面を見つめる。
「それに…。俺が心配なのはユウよりも、あの二人の方さ」
優しく波を立てる海を見ていたムウは、砂浜を並んで歩く三人の少女を見つけてから口を開いた。彼の視線の先ではダークブラウンの髪とピンクの髪の少女に挟まれて、両脇の二人よりもやや背丈の小さい茶髪の少女が楽し気に談笑しながら砂浜を歩いている。
「
大戦中、彼らと共闘したキラ・ヤマトとラクス・クラインもまた、戦後はここオーブで一見穏やかな日々を過ごしていた。傍に愛する男がいないまま過ごす時間は、彼女らにとっては穏やかとは程遠いものなのかもしれないが、二人は健気にここでユウの帰りを待ち続けている。ムウが言った通り、今すぐに国を飛び出して行きたい気持ちを抑えながら─────。
「
「茶化すなよ…」
掛け替えのない絆で結ばれているのはもう、ユウ一人ではない。おどけた笑みで話し掛けて来る
「そういえば
マリューがムウを茶化した事で、緩んだ空気の中で声を出したのはアイシャだった。アイシャが話題を出したのは、今彼女らの視線の向こうで、
マユはつい先日、初めての出動を経験した。領海線付近でザフトと地球軍による戦闘が勃発した為だった。両陣営による侵犯を警戒して、マユが所属する護衛艦隊が出動した事を彼らは最近知ったのだ。
何故マユが今この場にいるのかだが、先日の初出動を受けて休暇を貰えたのだという。本人は実際に戦った訳でもないし休暇なんて、と思ったそうだが、トダカ一佐─────マユの後見人であり、今は直属の上司である人物に無理やり押し切られ、それならとアスハ家別邸へと足を向けたそうだ。
「実戦、ではないだろう。結局オーブ軍機は出撃しなかったのだし」
「えぇ。…マユちゃんは不満そうだったけれど」
ムウとマリューは先だってマユからこの話を聞いていた。戦闘なんて起こらないに越した事はない。それは分かっていると言いながらも、見習いだからとパイロットとして待機もさせて貰えなかったと不満げに話していたのを思い出す。一応、万が一に備えておけと心の準備は命じられていたそうだが─────しかし、娘にも等しい存在に、戦いに行け等と言いたくないトダカの気持ちも分かってしまう。大戦中、弟に背負わせてばかりだったムウは特に。
「親の心子知らず、て所かな?」
「いいえ。きっとマユちゃんは分かってるわよ。その上で認められたい、て思っているんじゃないかしら」
キラとラクスへ溢れんばかりの微笑みを向けて何かを話す今のマユの姿は、年相応の少女に見えた。しかしその実態は、オーブ軍に所属する期待のパイロット。年齢に相応しい穏やかな生活を捨ててまで、マユは軍人となって戦う道を選んでしまった。
「…大変だよなぁ。頑固な家族を持つと」
弟を戦いから遠ざける為に軍人となった経緯を持つムウとしては、どちらかといえばトダカの方へと同情を寄せてしまう。それと同時に、マユもあの時のユウと同じように、決して自らの道を譲りはしないのだろうという確信もあった。
ユウに救われ、憧れを抱き、短い間ながらユウの背中を追って、ユウの生き様を知った彼女は例えトダカでも、ユウでも説得する事はできない。
「なんでこう、あいつの影響を受けた奴はみぃんな、気が強くなっちまうんだか…」
憂鬱そうなムウの呟きに思い当たる節があるのか、マリュー達は一斉に苦笑いを浮かべる。彼らが同時に思い浮かべたのは一人の少年の顔。問い詰めればきっと、今のムウ達と同じ様に苦笑いをしながら「俺は知らない」なんて言うのだろう。
「プッ」
誰かが堪え切れずに噴き出した。それを皮切りに、四人が一斉に笑い声を上げる。
降り注ぐ日差し、輝く海、コーヒーの香り、子供達の笑い声。自らの手を血に汚してでも求め続けた、優しい時間がここにはあった。しかしこれらが再び失われようとしている事を、彼らは予感していた。
─────その瞬間は、もうすぐそこにまで迫ってきている事だけは、まだこの場の誰も気付いてはいなかった。
とっくに日は沈み、夜の帳が辺りを包む中で、波の打ち寄せる崖下に浮かび上がった黒い影があった。速やかに一つの影が岩場に上がると、似通った複数の影が後に続く。皆、身に着けていたウェットスーツと水中用のマスクを脱ぎ捨てて、代わりに暗視ゴーグルを装着する。一人が下ろした防水バッグから、ライフルと弾薬が取り出され、程なくして波打ち際には武装した十数人の部隊が整列していた。
「ターゲットは皆、承知しているな。─────決して
武装集団のリーダーらしき男が、密やかに命じると、男達は黙って頷く。
斯くして男達の足は崖上へと続く道へと向けられ、走り始める。足音を殺し、夜の闇に紛れて、誰にも見つからず─────微かな星明りを受けて視線の先に見える、アスハ家の別邸を目指して。
これこそが自らに課せられた任務なのだと、疑いを持つ事もなく─────。